第3話 神谷信治
今回の途中から視点が変わります。
「どうぞここが我が家です。」
「失礼します。…すみませんあなたも他の皆さんと同じように騒ぎたいだろうに。」
「大丈夫です。今のうちに水瓶の中も貯めておかないといけませんから。」
男が家の中に入った後に姉は家の中にある器を全て外に出し水を貯めている。
外では村人たちが狂喜乱舞している。
その様子に男は若干引いている。
全ての器を出した後に姉は男の前に座り込む。
「この度は助けていただきありがとうございます。しかし私たちには助けていただいても返すものがございません。あなたが欲するものが村にあれば何でも差し出します。この私を奴隷にしても構いません。」
「え?い、いや…そういうのはちょっと…」
姉の土下座とあまりの迫力に男はたじろぐ。
男がおどおどしているとそこに妹が入ってきた。
妹は何も言わずにそのまま姉の横で土下座をする。
それを見てさらに男はたじろぐ。
「あ、頭を上げてください。報酬の件はちょっと相談するので待っていてください。それよりも今は水を汲んだり、体を洗ってください。」
そう男に言われて頭を上げる姉妹。
姉妹は自らの体の匂いを嗅ぐ。
水分を吸ったことによって体の匂いが強くなっている。
それに気がついた姉妹は急いで外に出て体を清める。
「ふぅ…まいりましたね…というよりこんなことになるとは。本当に神だったんですね彼女。」
そんなことを言いながら懐からスマホを取り出した男。
この男、神谷信治がなぜこんなことをしているか。
それを知るためには時間を少し遡ることになる。
俺の名前は神谷信治。
個人でコンサルタント業をしている。
昔は大手のコンサルタントをしていたが個人事務所になってからは仕事もほとんどなく毎日ギリギリの生活をしている。
そんな俺の元に一本の電話がきた。
電波が悪いのか言葉も途切れ途切れだし聞きづらかったがようやくすると会社を立ち上げたいので相談に乗ってほしいということだ。
こんな良い話は滅多にないのですぐに会う約束をするとなぜか近所の神社にある御神木の前ということになった。
珍しいがまあない話でもないのだろう。
起業するのに神頼みをしておくというのはよくあることだ。
集合場所をここにしたのもなんらかのご利益を求めてだろう。
俺はすぐに準備をして30分前からその御神木の前で待つことにした。
今の俺にできることはまず信頼関係を作ることだ。
俺は以前の問題のせいで信頼というものがかなり薄くなっている。
だから細かいところでこうしてアピールして行くのだ。
それにしてもこの神社には時折神頼みに来るがこの御神木の前には始めてきたかもしれない。
立派な御神木で樹齢は数百年だと石碑に書かれている。
それだけたいそう立派なものだが神社の裏手にあるため人通りもほぼなく俺が待っている間も誰一人として現れなかった。
時計を見て見るとすでに約束の1分前である。
まあ俺が請け負った側だし、事務所も小さいので文句はない。
ただ起業するのであればこれから多くの人と会うことがあるだろう。
その際にこうして遅刻をすると印象が悪くなるから後でそれとなく注意しておこう。
それからしばらくして時計を見て見ると約束の時間10秒前だ。
別にそこまで木にする必要もないのだがやることがなくて周囲を眺めるか時計を見るしかない。
そしてとうとう約束の時間になる。
すると俺の目の前が白く変化し、そしてどこか知らない部屋へときていた。
「なんだ?何が…」
「やあ、時間通りだね。遅刻もせずに待っていて偉い偉い。」
急に背後から人の声がする。
少女のようでいて少し大人びた声だ。
驚いて振り返るとそこにはまさに絶世の美女がいた。
シュッとしているがそれでも出るところは出ていてこんな美人今まで見たこともない。
俺が言葉もなく見つめていると微笑んで席に座るように促された。
俺は言われるがままに席に座る。先ほど美女といったが笑顔には少女のような愛らしさがある。
どこか人を惹きつける雰囲気を醸し出している。
「驚かせてしまってすまないね。私の名前はレアー。今回の依頼人さ。」
「は、初めまして。私は神谷と申します。この度はご連絡いただきありがとうございます。」
「そんなに固くならなくてもいいよ神谷くん。長々と世間話をしてもいいけど仕事を済ませてしまおうか。今回の依頼の件なんだけど…」
「そ、その前に…ここは一体…」
依頼人のレアーは何事もなかったかのように話し出したけど俺には何が何だか全くわからない。
まずはこの状況の説明をしてもらわないとまともに話ができそうにない。
「ここかい?ここは私の部屋…といってもそれが君の求める答えじゃないことはわかるよ。ここはね、神界。神の住まう領域さ。」
「神界…?じゃああなたは…」
「言っただろ?私はレアー。この家の主人、つまりは神様ってやつさ。」
神様。
そんな現実離れしたものを聞いてもピンとこないし、そうですかと納得できない。
しかし先ほどのここにきた方法は明らかに人知を超えている。
つまり超常の類であることは間違いない。
神でなかったとしても天使とか悪魔とかその類である可能性は十分ある。
「そう…ですか。では神レアー。あなたはこの度起業したいということでしたがそれは一体。」
「そんなにかしこまらないでくれよ。すでにこの世界じゃ信仰もろくにされていない神だからね。それと起業したいというのは人界を見ている時に誰もが仕事をしていたから興味を持ったんだ。だけど神である私が誰かにこき使われるというのもおかしいからね。そこで起業しようと思ったのさ。」
な、なんとも安直な理由だがまあわからないでもない。
確かに神だとしたらそれを雇える企業など存在しない。
そうなると自分で起業するしか方法はないだろう。
「で、では一体どのような仕事をなさるんですか?」
「ふっふっふ。それはね…」
何やら言葉をためている。
神のする仕事とは一体どのようなものなのだろうか。
ものすごく興味がある。緊張の中、俺の唾を飲む音だけが部屋に聞こえる。
「なーんも考えていないんだよね!」
「はい!?」
「いやぁ、いざ仕事をしようと思った時に何をするか考えたんだけどいいのが思いつかなくてね!服飾とか飲食店とか色々考えたんだけど神ってやつは想像力があまりなくてね。苦手分野なのさ。だから神谷くん。何か良い案ないかな?」
まさかの丸投げである。
そんな良い案とか言われてもすぐに思い浮かばない。
とりあえず今までの経験からどんどん良さそうな案を出していく。
「販売の委託はどうでしょう。家電や家具などを企業から仕入れてそれを売るんです。」
「う〜ん却下だね。私ここから出られないからここでできることで頼むよ。」
「ではwebデザイナーやブログの広告収入のようなものは…」
「デザインは無理だし、ブログに書くようなこともここから出られないからないね。」
「で、では…」
それからもいくつも言っていくがどれも気に入らないのか首を縦に振らない。
数十個の案を出していくが全てダメだと言われる。
もう完全に諦め状態へとなってきた。
口調も先ほどまでより緊張もほぐれ随分と軽いものになっている。
「あ〜…もう全部ダメじゃないですかぁ。神様だったら願いを叶えとけばいいじゃないですかぁ。」
「願いを叶える?そんなことでいいのかい?」
「え?願いを叶えるなんてある意味奇跡を起こすようなことですから…それを仕事にしたら間違いなく繁盛しますし信仰も増えるでしょ。むしろ考えつかなかったんですか?」
「だって最近の人々は願いは自分で叶えるって言うだろ?神もあんまり介入するのはまずいからって最近は願いを叶えるのは禁止になっているんだけど…問題ない場所も探せば多分あるし仕事になるんならそれをするよ。」
「じゃ、じゃあ…仕事内容は…願いを叶えて奇跡を起こす?」
まさかの神様ならではと言える仕事である。
それとなんとなく神の実情を聞いてしまった木がするのだが気にしないでおこう。
触らぬ神に祟りなしである。
「じゃあ仕事決まったからそれに必要なこと調べたり用意しておくよ。そうだね。来週の同じ時間にまたきてくれ。入れる時間は決まっているから遅刻は厳禁だよ。それじゃあまたね。」
そう言うと俺の視界は再び切り替わり御神木の前に立っていた。