第2話 初仕事
「……神の…奇跡ですか?」
「ええ。私は商人代行をしておりまして。とある事情からこうした商売をしております。で、あなたは何をお求めで?」
「水を…水を売ってください。お願いします!お願いします!」
「お願いします!」
姉妹揃って枯れている喉から声を振り絞る。
その声を聞きつけた村人が一人、また一人と集まってくる。
その様子を見た男は「えぇ〜…」と声を漏らす。
その額には汗が浮かんでいる。
そこから村人全員の「水を下さい」コールが始まる。
その様子を見た男はドン引きである。
「あ、あのみなさん!待ってください!私は水売りじゃありません!神の奇跡を売っているんです!静かにしてください。」
「商人さん。神の奇跡って何ですか?」
静まり返った後、妹がゆっくりとそう尋ねてきた。
それを見て男は「いい質問です」とニッコリ微笑む。
「まあ説明しても理解しづらいと思います。ですのであなた方が本当に欲しているものを願ってください。そうすればいいんです。」
そう言われて困惑する村人たち。
どういうことかと理解できずにいるのだ。
栄養が足らず上手く頭が働いてないのもあるのかもしれない。
そんな中妹が男に近づく。
「雨を。雨を降らせてください!」
雨。ここにいる人々が願っているのはそれしかない。
だが雨を降らせることなんてできるはずがない。
それに仮に雨を降らせることができたとしてもそれが一体いつになるのか全く見当もつかない。
雨が降るまでに村人全員が死んでしまうかもしれない。
しかし男は妹の言葉を聞き嬉しそうに微笑む。
「そうです!それでいいんです!では依頼人であるあなたは…この子のお姉さんですね?依頼内容は雨を降らせることでよろしいですか?」
「え?は、はい。雨を降らせてください。」
勢いに負けそういったが雨を降らせる前に自分たちは死んでしまう可能性の方が高い。
それだったらこの場で水をもらった方が何倍も嬉しい。
しかし男はそんなことも御構い無しだ。
「かしこまりました。では少々お待ちを。うちの社長…ここだったらなんて言った方がいいんだろう…会長?頭取?まあいいか。連絡を取りますので少々お待ちを。」
そう言うと男は懐から四角い板を取り出し、それに触れている。
しばらくするとそれを顔の横に当て何やら一人で話し出した。
「あ、もしもし。ええ私です。それにしても本当にスマホ使えるんですね。……ああすみません。依頼の件ですね。……見ていましたか。ではその通りにお願いします。……え?仕事風にですか?…まあいいですけど…では辺境の村からの依頼です。雨が降らないため水不足に至っている町に雨を降らせるという依頼が入りました。」
勝手に一人で話し出す男を見て周囲の村人たちは気が触れたかとざわつく。
姉妹はその様子をただ見ているだけだ。
しかしその場から離れようとはしない。
それは水を売ってもらえるかもしれないという希望からだ。
たとえ気が触れていようがなんだろうが水さえもらえれば悪魔にだって喜んでキスをするだろう。
「雨の降らせ方はどうしますか?雲を集めるのが一番だと思うんですけど……え?雲がない!?どういうことですか!……しょうもない連中がいるもんですね……そんなことよりどうするんですか?それじゃあやりようがないでしょ。……は?ジョウロ?そんなものでいけるんですか?」
男の表情は言葉に合わせて様々に変化する。
怒ったりあきれたり驚いたり。
そんな顔を見て妹は笑っている。
そんな妹を見て姉は少し嬉しく思う。
ここ数ヶ月の間、妹が笑ったところを見たことはなかった。
たとえ死ぬことになっても最後に笑えるのだったらいいのかもしれない。
「ああ。みなさんすみませんお待たせしてしまって。今雨の用意をしているみたいなんでもう少々お待ちを。あ、もしもし。準備終わりました?……後ジョウロって結構勢い強いんですけど大丈夫なんですか?……はぁ、丁寧にやってくださいよ。降らせすぎて今度は水害なんて笑えませんからね?それじゃあ切りますよ。」
そう言うと男は四角い板を顔の横からどかし、懐へとしまった。
その後懐にどう考えても入らないだろうと思える大きさの黒い傘を取り出した。
それを差すと短いため息をつく。
姉妹も聞いたことがあるぐらいだが陽の光を遮るために傘をさすことがあるという。
しかしそんなことをするのは貴族の女性くらいしか聞いたことがない。
そんな様子を黙って見ていた村人は一人、また一人と家へと戻り出す。
いつまでたっても水をくれる雰囲気ではない上、水を持っている様子もない。
ならば朝日が照らす中わざわざこんなところに残っている必要はない。
そんなものたちの中には村人たちの様子を見守っていた男、村長の姿もある。
水をくれるかもしれないという希望から一気にどん底に落とされた気分だ。
肩を落とし家へと戻る時、鼻に何かが当たった。
無意識に手を伸ばし鼻の頭をかくと少しだけ湿っていた。
「え?」
湿っていた理由がわからない。
汗をかいたわけでもなければ唾がついたわけでもない。
空を見上げるといつもどおり雲ひとつない快晴である。
快晴であるはずの空から何かが降ってきて再び村長の顔に当たる。
「あ、やっと降ってきましたね。お待たせしました。」
男の声が村長の耳に入る。
その声は別段大きかったわけでもない。
しかしなぜか聞こえた。
他にも異変に気がついたものたちがいたのだろう。
その場で立ち止まり天を仰ぐ。
「雨だ…」
すっと言葉が出てきた。
それは考えていった言葉ではない。
転んだ時に痛いというのと同じ、熱いものを持って熱いというのと同じ。
反射的に出た言葉であった。
自分で言って驚いたくらいである。
今起きていることに、今の自らの言葉に驚愕し歓喜し我を忘れる。
「雨だ!!」
村長のその声は人生の中で出した声の中で一番大きかったであろう。
その声に気がつき家の中にすでに入っていた村人たちはおもむろに外へ出てくる。
雨が降るなんてそんなことはあるはずがない。
ありえないと思っている。
しかし外へ出るとそんな思いが一変する。
それもそのはずだ。実際に雨が降っているのだから。
海のように青い空。
雲なんてものはどこを見回しても目に入らない。
絶対に雨なんて降るはずもない。
そんな快晴のはずなのに雨が降っている。
その雨脚は徐々に強くなっていきビタビタと大地を撃ち鳴らすほどだ。
「雨だ!雨が降ったぞ!」
「奇跡だ!奇跡としか言いようがない!!」
「やったぞ!俺たちは生き延びたんだ!」
「お姉ちゃん!雨だよ!もう掘らなくていいんだよ!」
村人一人一人がそれぞれの思いを言葉にし歓喜し泣いている。
妹が喜ぶ中、姉はその場でむせび泣いている。
そんな様子を見ていた男はそっと声をかける。
「お嬢さん。ご依頼の通り雨を降らしました。これで依頼は達成ということでよろしいですか?」
男の言葉に返事をしようにもうまく声が出せない。
仕方なく頭を縦に振ることで男への返事とする。
それを見た男はホッとため息をつく。
「ありがとうございます。株式会社レアー商会、初の依頼達成となりました。それでなんですが細かい話もあるとは思いますがとりあえず…家に入れてもらっていいですか?このままでは服が濡れてしまって。」
それを聞いた姉は男の言葉の場違いさに思わず笑ってしまった。