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第1話 神の奇跡入りますか?

「お姉ちゃん……お水でないね……」


「そうだね…きっともう少し掘れば出るよ。だからがんばろ?」


 暗闇の中、少女二人がひたすら穴を掘っている。

 周囲を見ると同じように穴を掘っている住民が他にもいる。

 そこは草木も生えないほど乾いた大地。

 雨が降っていないのか大地はひび割れ所々で砂塵が舞っている。


 一箇所を重点的に掘ればもっと早く深く掘れるというのにそれをしないのはどこから水が出るかわからないからだろう。

 なにせどこの穴も乾ききっていて湿った土さえ出てこない。

 穴を掘っている住民は老人か女子供ばかり。

 力は弱弱しく一度に掘れる量も少ない。


「おーい…朝日が出たぞ。」


 その言葉が聞こえた人間は皆朝日が出る方角を憎々しげに見つめる。

 それからまるでゾンビのように各々家へと戻っていく。

 これがこの町、コリアッドの住人たちの日課となっている。


 食事も水も今残っている分だけでなんとか暮らすため日中は動かず、夜間のみに穴を掘って水を探すのだ。

 穴を掘った際に虫でも出てくれば儲け物。食料は乾物ばかりで当分の間過ごす分は問題ないくらいはある。

 しかしそれを食べるためには水分を含ませる必要があるのだ。だがその水がもうほとんどない。


 この村周辺に雨が降らなくなったのは半年ほど前から。

 雨が少なかったのは前からだがそれでも今の今まで降らないというのは聞いたこともない。

 幾つかあった溜め池は全て干上がり、周辺に広がっていた草原は雨が降らないため枯れ果ててしまった。


 少し前にこの村の男や若い衆は危機を感じて他の町に避難して行った。

 そのうちの何人かは援助を求めるからそれまでは耐えてくれと言っていた。

 しかしいくら待っても助けどころか人一人こなかった。


 今更他の町に逃げることなんてできない。

 もともと逃げていない者たちは歳をとりすぎたため体力が持たないだろうということで置いて行かれた者。

 若い女子供が残されているのは移動手段の馬が足りなかったためである。


 そんな中取り残された姉妹は両親がはやり病で亡くなり二人っきりで生きてきた。

 彼女たちが取り残された理由は両親がいなかったことも大きいだろう。

 今日も外が明るく照らされている中隙間をしっかりと埋めた真っ暗闇な家の中で寝ている。

 そして再び夜が来たら起き出して穴を掘るのだ。




カーン!カーン!カーン!


 今日も夜の訪れを知らせる鐘の音が鳴らされる。

 その音を聞いた村人たちは一斉に起き出してぞろぞろと外へ出てくる。

 今日もまた穴掘りの時間が始まったのだ。穴掘りに向かう村人たちを一人の男が見つめる。


「ホガードのとこが今日は来ないか…あそこもギリギリだったからな……ファラッドの爺さんはまだ大丈夫か…しかしいつまで持つか……」


 男はこうして毎日村人たちが毎日ちゃんと来るかどうか見守っている。

 しかし見守るだけで救うことはできない。

 自分のことでいっぱいいっぱいなのだ。

 自分だって明日もこうして見守ることができるとは限らない。

 明日はわが身かもしれないのだ。

 そうして最後だと思われる村人を見送った後に自分も穴を掘りに行く。


 少女たち姉妹も穴を掘り続けている。

 若いだけあって他の住人よりも深く掘れているように見える。

 それでも乾いた土しか出てこず、水の出る様子はない。

 それでも穴を掘り続ける。

 なぜならそうするしかないからだ。


 姉が穴を掘って妹が土を運ぶ。

 時折交代もするが妹にはまだ穴を掘るだけの力はないようだ。

 妹は地球で言えば小学校に上がる前くらいだろう。

 姉にしてもまだ小学校高学年に入るかどうかである。

 その体は水分が足りないのか肌はひび割れ、風呂にも入れないせいで妙な匂いがしている。

 しかし誰もそんな状況を気にしていない。

 気にする人間などどこにもいないのだ。


 そんななか土を運んでいた妹の方が転んだ。

 息は荒々しく立ち上がるのも辛そうである。

 そんな妹の元に姉が急いで駆けつける。


「ご、ごめんね、お姉ちゃん。大丈夫だから…」


「いいから。うちに戻ってお水飲みにいこう。」


「でも…もう残りがないよ。」


「いいから。お姉ちゃんと一緒にいこう。ね?」


 姉に促されるまま姉妹は自分たちの家へと戻っていく。

 その様子を誰も気に止めることなく穴を掘っている。


 家へと戻った姉妹は水瓶に近寄る。

 水瓶の蓋は水が漏れることがないようにきっちりと密閉されている。

 それをゆっくりと外すと中にある水が見える。

 水瓶から姉が水で汲むと妹に手渡す。

 それを受け取った妹は大事そうにゆっくりと飲む。

 その様子を見ていた姉はもうつばも出ない喉を鳴らす。

 それに気がついたかわからないが途中で飲むのを止めた妹は残りを姉に渡すが姉はそれをなんとか我慢して妹に返す。


「お姉ちゃんも喉乾いたでしょ?」


「お姉ちゃんは大丈夫だから。飲みなさい。」


 そう言われて妹は残りの水を大切そうに飲む。

 飲みきったのを見て姉は水瓶の蓋を閉め再び穴を掘りに行く。

 しかし姉のその足取りは重い。

 それは水が飲めなかったからではない。

 水瓶の中の残りの水の量を知ってしまったからだ。

 先ほど水を汲んだ時残りの水が水瓶の底にうっすら張っている程度だった。

 それは今日の終わりに水を飲んだらそのあとはもう水がなくなるということだ。


 今日は乗り切れるかもしれないが明日は来ない。

 今日のうちに水が出なければもう死ぬしかない。

 その後は必死になって穴を掘った。

 喉の渇きで目がくらんでくるがそれでも必死になって穴を掘る。

 必死になって穴を掘りに掘りまくる。


 もう汗も出ないかと思ったがしっとりと濡れる位の汗が出るほど穴を掘った。

 あまりに夢中になって掘っていると何かの光が見えた。

 反射的に上を振り向くとそれがなんの光かわかってしまった。


「あ、朝日が…そんな……嘘……」


 朝日を見た姉はその場でスコップが手から離れ、へたり込む。

 悟ってしまったのだ。

 これが最後に見る朝日であると。

 明日の朝日は見ることができないことを。


「お、お姉ちゃん。」


 妹が不安そうに姉の方を見つめる。

 きっと姉の様子から察してしまったのだろう。

 そんな妹を姉は抱きしめる。

 体に水分さえあれば号泣していたであろう。

 しかし涙が出るだけの水分が体に残されていない。

 涙が枯れたまま嗚咽する。


(お願いです。私はどうなってもいいです。だけど…妹だけでも助けてください。お願いです。お願いです。神様。妹だけでも助けてください。お願いです。お願いです。)


 心の底からそう願った。

 神様なんてものはこんな状況になった時から信じることをやめた。

 それでも都合いいとは思う。

 都合いいとは思うがこんな状態では神様を頼むしかない。

 そんなことしかできないのだ。

 他の村人は家へと帰っていく。

 また明日生き抜くために日光に当たるわけにはいかないのだ。


「お姉ちゃん…あれ…」


 そんな中姉に抱きしめられる妹は唯一朝日の方角を向いていた。

 妹に言われて朝日の方角を見る。

 そこには朝日に照らされた人の影が見えた。


 逆光によってその姿をうまく見ることはできない。

 その人物はゆっくりと姉妹の方めがけて歩いてきた。

 その姿は近づくにつれて徐々に見ることができた。

 白い服の上から黒い服を着ている。

 首には何か布を巻いている。

 その服装はあまりにも場違いだと言える。


 近づくにつれて顔も見ることができた。

 男だ。

 しかも顔の作りが他の村人とは全く違い今まで見たこともない顔つきをしている。

 目を引くようなイケメンとは言えない。

 大勢の中に入れば誰も気がつかないような顔つきだ。

 しかし姉妹はその男から目を離せない。

 いつまでも見つめていると男は目の前で立ち止まった。


「失礼。依頼人はあなたですね?」


「い、依頼?もしかして村人の誰かが町に伝えてくれたんですか?」


「?すみません。それについてはわかりかねますが…先ほど願ったでしょう?」


 先ほど願ったと言われてなんのことか一瞬わからなくなる。

 そしてふと神頼みしたことを思い出す。


「え、えっと…あの…」


「あなたが初めての依頼人になりますね。」


 そう言うと男は身なりを整えるように軽く服を叩く。

 そして姉妹に手を差し出す。


「神の奇跡いりますか?」



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