273.エピローグ ただいま
気が付くと、俺はまたあの奇妙な空間に居た。
周囲に無数の歯車が宙に浮かび、その間を同じく無数の光の線が飛び交っている。
足場はないのに、しっかりと宙に立っているという奇妙な空間。
「カオス・フロンティア・システムサーバー……」
どうして俺はまたここに居るのだろう?
そもそも現実の俺はどうなったんだ?
≪――現実でのアナタの体は砕けました。なので私が意識のみをこちらへ呼んだのです≫
声が聞こえた。
振り返れば、そこにはあの白い少女が居た。
真っ白な髪に、真っ白な服。しかし瞳だけは金色に輝くあの謎の少女が。
≪お久しぶりですクドウカズト。また会える日を楽しみにしていました≫
「……お久しぶりですね」
相変わらず喋らずに脳に直接話しかけてくる彼女である。
普通に喋ってもいいと思う。
≪効率を重視しているだけです≫
「さいですか……」
白い少女は一切表情を変えず、しかし不意に頭を下げた。
≪ありがとうございます、クドウカズト。彼を――ランドルを止めてくれて≫
「……」
≪アナタや仲間のおかげで、システムのバグは消え、今後は正常に機能するでしょう。大陸融合や移民も基盤世界への負荷をほぼゼロにする形での完全な融合を行えます≫
……世界を元に戻すことは出来ないんですか?
≪それは出来ません。既に二つの世界は新たな一つの世界として成り立っています。これを再び元に戻すことは不可能です≫
まあ、そうだよな。
リベルさんも元の世界に戻すのは不可能だって言ってた。
そこだけはもうどうしようもないのだろう。
「……せめてもう少し時間とか貰えないんですか?」
リベルさんの予想通りなら第二段階の大陸融合が起こるまではあと二か月程度。
色々と準備するにはあまりに短い。
向こうの世界の寿命も一年程度と言っていたが、これはランドルが色々と細工した部分もある気がする。もしそれが修正されているのなら、もう少し世界の寿命を引き延ばせるのではないだろうか?
≪――アナタたちはよくやってくれました。それに報いるとは言えないかもしれませんが、最大限の準備期間を与えましょう。――十年です。それ以上は向こうの世界の寿命を引き延ばせません≫
十年か。
元々が一年程度だったことを考えればかなり伸びたな。
≪それと報酬とは言えないかもしれませんが、もし質問があれば答えましょう≫
「じゃあ教えてほしいんだけど、君は何者なんだ? リベルさんのお師匠――母親とか?」
≪いいえ、違います。彼女の母親ルリエル・レーベンヘルツはシステムの中核としてシステムを維持する為だけの存在になっています。すでに彼女の意識はありません。私という存在を定義するならば、疑似的な人格を与えられたシステムのサポートプログラムといったところでしょうか≫
疑似的な人格を与えられた存在、か……。
「ならリベルさんの母親――ルリエルさんの意識がないなら、どうして君は俺達に力を貸したんだ? アロガンツの固有スキルや、最後のアレだって君の仕業だろ?」
というか、そのせいで俺は死んだんだ。
そう思うと、なんか凄い腹が立ってきた。
だが彼女の協力が無ければ、ランドルを倒せなかったのも事実だ。
≪全てはシステムを正常に稼働させる為です。ランドルの介入によって生じた負荷を解消する為には、どうしても現実世界の人々の協力が不可欠でした≫
「ならもっと早くに手を貸してくれてても良かったじゃないか?」
≪私がアナタ方に直接介入するだけでも、システムには相当な負荷が掛かります。出来たのは精々アナタへの一回限りの管理者権限譲渡と、発現する固有スキルの補助。最後の力も、システムのバグがほぼ解消されていたからこそ出来たことなのです。これ以降の介入もおそらくは出来ないでしょう≫
「随分と不完全なんだな、システムってのは」
ついそんな愚痴がこぼれてしまう。
≪この世界、カオス・フロンティアはまだ不完全な状態です。それを支えるシステムもまた不完全な状態といえるでしょう≫
「正常な状態であっても、完全な状態ではないと?」
≪はい。完全な状態に移行するのは第三段階『移民』の完了後となります≫
……移民。異世界からの住民の本格的なこの世界への転移。
ランドルにはああ言ったが、果たしてこれからどうなるのか。
まあ、それは一之瀬さん達に任せるしかない。
俺はもう死んだのだから。
――死んだ。
そう、死んだのだ。
「あぁ……ああ……うああああああああああああああああああああ……」
その事を自覚するとともに、涙が溢れてきた。
精一杯強がってみたが、やっぱり嫌だ。死にたくなんてなかった。
もっと一之瀬さんやモモたちと一緒に居たかった。
というか、なんだよ、あの最後の台詞。もっと他に言うべき事があるだろ俺。
好きって言えよ。告白しとけよ俺。
いや、でも死ぬ間際にそんなこというのってちょっと、いや、だいぶ重いよな……。一之瀬さんには幸せになってほしいけど、ちょっとくらいは俺のことも思ってて欲しい。
あー、くそっ。こんなことならとっとと一之瀬さんに告白すれば良かった。
もし断られたら、その後のパーティー関係がギスギスするかなと思って言えなかった。
ホント、なにやってんだよ、俺。
たぶん一之瀬さんも俺のこと、そんなに嫌いじゃなかったと思うし。
たぶん、きっと。そうだと思いたい。
嫌だぁ、このまま消えたくない。
「……死んだらどうなるんだ?」
≪死んだ魂はシステムに還元され新たな生命体へと転生します。どんな生物に生まれ変わるかはランダムです≫
律儀にシステムさんが応えてくれた。
転生か。ウェブ小説でよく出てきたなそういうの。
この世界のシステムってそんなウェブ小説みたいな仕組みなのか。
ん、待てよ?
ということは、転生先次第ではワンチャン一之瀬さん達にもう一度会えるってことか?
≪仮にクドウカズトが転生する場合、転生先は苔かビブリオ菌になる確率が高いです≫
嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああ!
なんで!? なんでその二択なの? もっといい転生先とかあるだろ?
俺、今世でけっこう徳積んだと思うよ? 頑張ったじゃん。
なんで苔か細菌なんだよ。せめてイルカとか柴犬とかがいい!
……ん? ていうかちょっと待て?
「……あの、なんで仮になんですか?」
俺はもう死んだのだから、仮になんてつける必要ないだろうに。
すると白い少女は表情も変えず淡々と――。
≪――だってアナタはまだ死んでいないのですから、仮にと付けるのは当然でしょう?≫
そう言った。
「…………は?」
死んでない?
どういうことだ? 俺の体は砕けてなくなったんじゃ?
≪はい。その通りです。ですが、まだシステムはアナタとリベルの死を承認していません。だから最初に言ったでしょう。意識のみをこちらに呼んだ、と≫
「?」
え、ちょっと待って? 意味が分からないんですけど?
≪体は完全に砕けましたが、魂はまだ消えずに残っていたのです。なので彼が――いえ、その理由は現実に戻ってから、直接聞くといいでしょう。とても良い仲間に恵まれましたね。そろそろ現実のアナタの意識も戻る頃でしょう≫
俺の体が、だんだんと透けはじめた。
「も、戻れる? 戻れるのか! 俺は……俺はまた皆に会えるんだな!」
その事実にどうしようもない程の嬉しさがこみあげてくる。
すると少しだけ白い少女は笑みを浮かべた。
≪――戻ったらあの子に、リベルに伝えて下さい。立派に頑張りましたね、と……≫
その言葉と共に、俺の意識は暗転した。
●
――目を覚ますと、目の前に一之瀬さんが居た。
「…………は?」
どうやら俺は一之瀬さんにひざまくらをされている状態らしい。
一之瀬さんの表情は凄かった。驚きやら混乱やら喜びやら色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざったような表情で。
「…………えっと、その……」
「クドウさんっ!」
一之瀬さんは俺の名を叫ぶと、ぎゅっと抱きついてきた。
「……本物ですよね?」
「まあ、その……本物です、一応」
「良かった。本当に良かったです。もう会えないと思っちゃいましたから」
俺は一之瀬さんの背中に手を回すと、彼女を落ち着かせるように優しく撫でる。
「……心配をおかけしました。でも、どうやって俺の体を元に戻したんですか?」
「それは……」
ちらりと、一之瀬さんがどこかを見る。
「――私の固有スキルですよ」
体を起こして声のした方を見れば、そこには相葉さんがいた。
「英雄賛歌で目覚めた私の固有スキルは『完全再現』。これでアナタとリベル様の体を元の状態へと戻しました。元々所持していた『再現』と違い、こちらはリスクや反動もありません。『英雄賛歌』の効果が切れた後も有効です。……皐月さんやキャンプ場の皆様にも有効でした。ありがとうございます、クドウさん。これでやっと私も彼らに謝れます」
「と、とんでもない効果ですね……」
システムで砕けた体すら再現可能とかチートもいいところだ。
でもどうして『英雄賛歌』の効果が消えていないのだろう?
俺の体が砕けたのなら、その時点で俺のスキルも強制的に効果が消失するはずだ。
『この子のおかげだ。感謝するといい』
「わんっ」
すると今度はアロガンツの台詞と共に、モモが俺に抱きついてくる。
『固有スキル『共鳴』。どうやらその効果は、パーティーメンバーの固有スキルと同じ効果を発揮するというものらしい。君の体が砕けた後も、モモが『英雄賛歌』の効果を共鳴させて維持したようだ。……もっとも本人、いや本犬も共鳴の効果は今まで理解しておらず、無自覚だったようだがね』
共鳴……。そういえば、ずっと効果が分からなかったモモの固有スキル。
今まで発動しなかった条件は、ひょっとして固有スキル所有者の死や離脱が条件になっていたからだろうか?
だとすれば今まで発動しなかった理由も納得出来る。
『まあ、他にもペオニーや他の者の固有スキル、西野のアイテムといった、君たちを蘇生出来た要因は他にもあるが、全てはモモの『共鳴』が無ければ不可能だった。本当に君は仲間に恵まれているね。羨ましいくらいだ』
「そうだったのか……。最後の最後に、お前に救われる形になるとはな。ありがとう、モモ。俺を助けてくれて」
「わんわんっ。……くぅーん」
ぺろぺろと、顔を舐めてくるモモを撫でると、その毛並みと温もりが伝わってきた。
「はは、お前の毛並みは本当に癒されるな……」
「わんっ」
もう絶対にはなれないとでも言いたげに、モモは俺からぴったりとくっついて離れない。
少し離れたところを見れば、リベルさんも復活していた。
シュラムやフランメに抱きつかれて苦しそうだ。
「クドウさん、クドウさん」
つんつん、と一之瀬さんが肩をつついてくる。
「……今度はどこにもいきませんよね?」
「行きませんよ。ずっと一緒に居ます。なあ、みんな?」
俺が目を向けると、キキやアカ、スイ、シロもくっ付いてくる。
「きゅー」「……(ふるふる)♪」『お父さん……』
『かずとー。良かった~、良かったよ~』
ああ、帰ってきた。本当にこの世界に帰って来たんだ。
「……約束ですよ? 絶対。絶対ですからね。嘘だったら許さないです」
「勿論ですよ」
俺と一之瀬さんはじっと見つめあう。
そしてどちらかともなく顔がゆっくりと近づいて――。
「あー、おっほん」
その瞬間、六花ちゃんがわざとらしく咳払いをした。
俺と一之瀬さんはハッとなって離れる。
「まー、そのさ。再会したのが嬉しくてイチャつきたくなる気持ちも分かるんだけどね? いちおうほら? 私達も見てるわけだし……ね?」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
一之瀬さんは顔を真っ赤にして、モモの影の中へと引っ込んでしまった。
ややあって、顔だけ出すと、恨めし気に六花ちゃんを見つめる。
「……リッちゃんの馬鹿」
「あはは、ごめんて。でもいいじゃん。これからいくらでも出来るんだし。……おにーさんが生きてるんだからさ」
「……ん」
六花ちゃんが一之瀬さんを宥めていると、他のみんなも近づいてくる。
「クドウさん、本当に良かったです」
「心配したぜ、ホントによぉ」
「……私との約束を守らないまま死んでもらっては困ります」
「私も無事に一命を取り留めました。お互い命拾いしましたね」
「先輩~、カズトせ゛ん゛ばい゛ぃぃ! 良かった! 良かったですよぉぉおお!」
「二条さん、少し落ち着きなさい。クドウ君、本当にお疲れ様」
皆、口々に声を掛けてくれる。
「西野君、柴田君、五十嵐さん、五所川原さん、二条、清水チーフ……」
他にも藤田さんや十和田さん、上杉市長、大野君。
少し離れたところにはシュヴァルツの姿もあった。
ああ、こんなにも大勢の仲間に囲まれて、俺は本当に幸せだ。
「みなさん、ご心配をおかけしました」
俺は万感の思いを込めて返事をした。
「――ただいま」
――第273話 エピローグ ただいま




