203.キャンプ場
あれ? おかしいな。俺の聞き間違いだろうか?
今、彼女の口からあり得ない名前が出た様な気がしたんだけど……。
「あの……すいません。失礼ですが、もう一度お名前を窺っても宜しいですか?」
「……? えっと、五所川原皐月です」
「ッ……!」
やっぱり聞き間違いじゃなかった。
となればもう一つ、どうしても確認しておかなければいけない。
「……重ねて申し訳ないのですが、アナタの父親のお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
「……あの、どうしてそんな事を聞かれるのです?」
俺の態度を不審に思ったのか、彼女は少し距離を取る。
「いえ、五所川原なんて珍しい苗字だったもので……。私の知り合いにも同じ苗字の男性がおりまして」
「え? そうなんですか? ……その人、もしかして八郎って名前ですか?」
「ッ――! そ、そうです。もしかしてアナタは――」
俺が言い終える前に、彼女はぐっと詰め寄った。
か、顔が近い。
彼女は吐息が掛かるほどの距離で、
「そ、その人は――お父さんは生きているんですかっ!?」
「その反応……やっぱりアナタは……」
「はいっ。私、五所川原八郎の娘です! ああ、良かった……。お父さん、生きてたんだ……。良かった、良かったぁ……」
自分が五所川原さんの娘だと認めたのだった。
へなへなとその場に座り込み、大粒の涙を流す。
その仕草はとても演技には見えなかった。
(一体どういう事だ……?)
その様を見ながら、俺はますます訳が分からなくなった。
だって五所川原さんの家族はペオニーに喰われて死んだはずだ。
自衛隊基地での経緯は、俺も西野君から聞いて知っている。
あの戦いの中、ペオニーの巨大マリモは食った人間たちの姿を浮かび上がらせるという、最悪の攻撃を行った。
西野君たちのかつての仲間や、五所川原さんの家族が苦しみもがくさまは、彼らにとって二度と味わいたくないものだろう。
ペオニーが死んだことで記憶だけは取り戻す事が出来たが、死んだ人は戻ってこない。
なのに、だ。
何故、ここに五所川原さんの娘がいるのか?
(死んでなかったのか……?)
そもそもペオニーに食われてなかったのか?
いや、五所川原さんは記憶を失ってた。ペオニーに喰われたのは間違いない。
じゃあ、何らかのスキルで蘇ったのか?
学校で謎の復活を遂げたあのダーク・ウルフのように。
「ぐすっ……すいません。お見苦しい所をお見せしました……」
「いえ、そんなことありませんよ」
皐月さんは涙を拭う。
「あの……立ち話もなんですし、少し移動しませんか? この先に私達が拠点にしているキャンプ場があるんです」
キャンプ場……。そう言えば、この辺にそんなのあったな。
学校行事やイベント関係でよく使われるし、割と規模が大きかったはずだ。
それにそっちの方角から、多数の人の気配を感じる。
でも一人だけ妙な気配が混じってる。この気配はまさか――。
「……分かりました。案内して頂けますか?」
「はい、こっちです」
「モモ、おいで」
「わんっ」
ともかくここは彼女へ着いて行ってみるとしよう。
『――一之瀬さんとソラもそれでいいですよね?』
『了解です』
『フンッ』
足元の『影』に潜む、彼女達からも了承の気配が伝わってくる。
あのメタル・リザードは感知力が優れていたからな。また逃げられないように一之瀬さんとソラには事前に影の中に入って貰っていたのだ。
結果的に彼女達の力を借りる間もなくメタルリザードは倒せたわけだけど。
ソラは活躍できなくてまだちょっとご機嫌斜めだ。
『ああ、そうだ。一之瀬さん、西野君たちに連絡しておいて貰っていいですか?』
『了解です。というか、もうメールで送りました。リッちゃんに』
『早いですね、流石です』
これで皐月さんの事は向こうに伝わるだろう。
ここへ来る前に何箇所か石化したアカを設置しておいたから、すぐに駆けつけるはずだ。……逆に何かあったとしても逃げる事も出来る。
さて、鬼が出るか蛇が出るか……。
俺たちは皐月さんと共にキャンプ場へと向かった。
山道を抜け歩く事数分――キャンプ場に到着した。
学生の頃に一度遠足で来たことはあるが、やっぱ広いな。
広場にはいくつも大型のテントが建てられ、調理場には炊き出し用の大きな鍋が並んでいる。
見晴らしも良く、周囲で何かあったとしてもすぐに気づく事が出来るだろう。
人の数は……感じるだけでも二十人ほどだろうか。
キャンプ場へ入ると、数名がすぐに駆け寄ってきた。
「五所川原ー、大丈夫だったか?」
「ほんとよ、遅かったから心配したんだからね」
「おいおい、ボロボロじゃないか、怪我は大丈夫か?」
若い男女だ。しかも凄くリア充っぽい。
キャンプ場でうぇーいって、インスタに写真あげてそうな感じのチャラい感じの人達だ。
嫌な気配は感じないので多分良い人たちなんだろうけど、正直、苦手なタイプだ。
……足元の影から吐き気を催す気配が伝わってくる。一之瀬さんェ……。
「皆、心配かけてごめんね。途中でモンスターに襲われちゃって……」
「マジかよ。なんで助けを呼ばねーんだよ!」
「途中でリュック落としちゃって……。発煙筒や警報機も全部中に入ってたし……」
「あー成程なぁ。また何か別の手段も考えねーとな。でも無事で良かったよ」
「そうね、皐月が無事に戻って来ただけでも――って、あら?」
「……あ、どうも……」
ようやく彼らは俺の存在に気付いたらしい。
誰だコイツ? みたいな視線です。
やだぁ、リア充独特のこの空気感、凄く嫌い。
足元の影からも苦しみ悶える一之瀬さんの気配が伝わってくる。
ちなみにキキとシロも今は影の中に入って貰っている。
シロは渋ったのでほぼ無理やり入れたので、勝手に出てこないか心配だ。
「えっと、アンタは……?」
リーダーっぽいチャラ男が訊ねてくる。
何だろうか? 妙に警戒されてる感じがする。
「えっと、俺は――」
「この人は、クドウカズトさん。私がモンスターに襲われてるところを助けてくれたんですよ」
俺よりも先に皐月さんが会話に割り込んで紹介をしてくれた。
すると場の緊張した空気が和らいだ。
「そうだったのか。わりぃな、警戒しちまって。ここ最近、色んなことがあってピリピリしちまってさ。皐月ちゃんの命の恩人とありゃあ、大歓迎だよ」
「それにモンスターを倒したってことはスキルも持ってるんでしょ? 戦力大幅アップじゃん」
「だよね。ねえ、クドウさんはどこから来たんですか? お若く見えますけど、お幾つなんです?」
な、なんか距離が近いな、この人達。
ちらりと皐月さんの方を向けば、申し訳なさそうな顔をしている。
両手を合わせてごめんなさいのポーズである。
(……まあ、彼女が紹介してくれたおかけで彼らの警戒心は解けた訳だし)
ともかく少しでも情報を集めるとしよう。
広場の一角に案内されると、一人の女性が駆け寄ってきた。
「皐月! 無事だったのねっ」
「お母さんっ」
お母さん……って事は、この人が五所川原さんの奥さんか。
名前は確か緑さん……だったか。めちゃくちゃ美人さんだ。
和服が似合いそうな儚げな日本風美女。
五所川原さんこんな美人を嫁にもらってたのか。
美人の奥さんに、超可愛い娘さん。そりゃ、家族大好きにもなるな。
「あら……? そちらの方はどなたかしら?」
「お母さん、この人が私がモンスターに襲われてた時に助けてくれたの。それにお父さんの事も知ってるみたいなの」
「……! それは本当ですか? あの人は……主人は生きているんですか?」
お、おぅ……奥さん、あまり距離を詰めないで下さい。
す、凄まじい色香だ。人妻だと分かっていても、思わずドキッとしてしまう。
てか、反応が皐月さんと同じ。やっぱり親子なんだな。
「ええ、生きてますよ。実は――」
俺はこれまでの経緯を簡単に説明した。
市役所でのことや、その後この町の自衛隊基地に移動し、今はそこを拠点に活動してる事など。流石にリベルさんの事は伏せたけど、五所川原さんに関することはだいたい全部話した。武器が丸太って部分もちゃんと話した。その丸太が大活躍したって部分もちゃんと話した。
「ま、丸太って……お父さん、何武器にしてんのさ……」
「ふふ、あの人の事だから、きっと自分は製材所務めだからこれが一番しっくりくるとか変な理屈をこねたんじゃないかしら……」
流石、奥さんだね。その通りでございます。
でもやはり生きていてほっとしたのか、気付けば二人とも涙を流して、五所川原さんの生存を喜んでいた。
しばらくして、二人が落ち着いたのを見計らって、俺は声を上げる。
「――私から話せるのはこんなところです。それで、今度はそちらの事情について教えて頂きたいのですが」
「ああ、そうですね。とはいえ、私達も似たようなものですよ。まず――」
今度は娘さん――皐月さんが何があったのかを説明してくれた。
とはいえ、最初の辺りは俺たちと一緒だ。
突然モンスターが現れ、それから逃げたり、戦ったりしながら、何とか人の集まる所へ向かい、生き延びていた事。その辺は俺たちと一緒だ。
だが俺が気になるのは、その先だ。
「――そしてある日、ふと山の方を見たんです。そしたら、空に届くんじゃないかってくらい巨大な樹が突然現れたんです」
「……巨大な樹のモンスターですか」
「はい……。とてつもなく巨大で、恐ろしくて……。私もお母さんも無我夢中で逃げました」
……そいつはペオニーで間違いないな。
流石にあんな化け物が他にも居るなんて考えたくない。
やはり認めたくないが、この二人がペオニーに襲われたのは間違いないのだろう。
でも、じゃあその後どうやって助かったんだ?
「それで……その後は、どうなったんですか?」
「……」
皐月さんは一瞬だけ押し黙って、
「……気付いたら、このキャンプ場に倒れていたんです」
「…………はい?」
「ですから、私とお母さんも気付いたら、このキャンプ場で気を失って倒れていたんです。私達以外にもそういう人が何人も居て……」
「……つまり、何があったかは覚えていないんですか?」
「そうですね。運良く逃げ切れたのか、誰かがあのモンスターを倒してくれたのかは分かりませんが……」
嘘をついている様には見えなかった。
彼女達は本当に何も覚えていないのだろう。
(……一体どういう事だ?)
本当に彼女達の言う通り、運良く生き延びていたのだとしたら、五所川原さんが彼女達の事を忘れているはずがない。
逆にペオニーに食われたのだとしたら、彼女達が生きているはずがない。
俺はますます訳が分からなくなった。
「おーい、クドウさん。ちょっといいかい?」
「はい?」
考え込んでいると、先程のチャラ男君が手を振っていた。
「ウチのリーダーが是非、挨拶をしたいって言っててさ。悪いけど付いて来てくれない?」
「……ええ、構いませんよ」
俺は少し考えてから頷いた。
皐月さんたちと一旦別れ、俺はチャラ男君と一緒にキャンプ場を歩く。
「いやー、歩かせて悪いね。ホントはコッチから挨拶に行くのが筋なんだろうけど、ほらこんなご時世じゃん。ウチのリーダーもやること多くてなかなか自由に動けなくてさー」
「別に問題ありませんよ。リーダーがどういう方か興味がありますし」
「そう言ってくれると助かるよー。あ、リーダーも割とフレンドリーな感じの人だから、あんま緊張しなくてもいーよ」
というと、この人みたいにチャラい感じなのかな……。
「俺らはさ、マジあの人に感謝してるわけよ。リーダーがいなきゃ、俺たちきっと、あのまま野垂れ死んでたかもしんねーし」
チャラ男君は聞いてもいないのに、ぺらぺらと事情を話してくれた。
その内容は殆ど皐月さんたちから聞いたのと一緒だった。
どうやらこの人も、ペオニーに襲われた後、気付けばこのキャンプ場で倒れていたらしい。
適当に話を合わせながら歩いていると、広場の中でもひときわ大きなテントに案内された。
すげーな。今どきのテントってこんなデカいのもあるのか……。
「すいませーん。相葉さん、いますかー?」
チャラ男君に連れられて中に入ると、俺は驚いた。
テントの中には絨毯が敷かれ、テーブルやタンスが並び、おおよそテントというより、ホテルの一室の様な空間が広がっていたのだ。
椅子には一人の男性が腰かけていた。
歳のほどは三十代後半くらいだろうか?
黒い髪に日本人にしては妙に彫の深い顔をしている。
「やあやあ、お待ちしておりましたよ。わざわざ出向いて頂き申し訳ない」
男性は俺の方を見ると、立ち上がって手を差し伸べてきた。
反射的にその手を握ると、ニコッと笑う。
「初めまして、ここのリーダーをしております、相葉と申します」
「……クドウカズトです。初めまして」
この人がここのリーダー。
でも……この感じるこの気配は……。
「さあ、どうぞ。おかけになって下さい」
勧められるまま、俺は椅子に腰かける。
相葉さんと名乗った男性は棚からコップを取り出し、水を注いだ。
「すいませんね、こんな状況なもので、碌にお出しできるものがない。水だけは近くの河原から汲んでこれるんですけど」
「いえ、お構いなく」
「それじゃあ、相葉さん。俺はまだ仕事があるから」
「ええ、お疲れ様です」
チャラ男君がテントを出ていく。
残されたのは俺と相葉さんだけだ。
相葉さんは水を飲むと、朗らかな笑みを浮かべたまま、こちらを見る。
「……」
「どうされましたか? ずいぶんと緊張されてるご様子ですが?」
「いえ……」
「疲れているようでしたら、仮眠用のベッドもありますよ? 少し休まれますか?」
「大丈夫です。お気遣いなく」
俺は適当に相槌をしながら、じっと目の前の人物を観察する。
すると、相葉さんは感心したように頷いた。
「……ふむふむ。いやあ、素晴らしい。感じる強さも相当なモノですが、それ以上に感覚が優れているようだ。このテントに入ってから――いえ、そのずっと前、もしかしたらキャンプ場に来た時から警戒を怠っていない。相当な修羅場を潜り抜けていなければ出来ない事ですね」
「……恐れ入ります」
「それで……何をそんなに警戒しているのですか?」
「……」
「ふふふ、なら当てて見せましょうか?」
そう言うと、相葉さんは自分を指差して、
「――私の事を、ですよね?」
ああ、やっぱりだ。間違いない。
今の一言で確定だ。
「その言葉……。やはり相葉さん……アナタはモンスターですよね……?」
「ええ、その通りです」
あっさりと、相葉さんは頷いた。俺の言葉を肯定した。
そう、このキャンプ場についてからずっと感じていたモンスターの気配。
あの知性ゾンビから感じたのと同じ粘りつくような嫌な感じ。
それが目の前のこの人物であると、本人自ら認めたのだ。
(……本当に訳が分からない)
存在しない筈の人間たちと、それをまとめる人の形をしたモンスター。
このキャンプ場は一体なんなんだ?




