188.ペオニー攻略戦 その6
――『安全地帯』の中に爆弾を仕掛ける。
西野君のその作戦を聞いたとき、俺は正気を疑った。
なぜなら『安全地帯』は俺たちの守りの要だ。自分達からわざわざそれを捨てるなど戦略的にありえない。正気の沙汰ではない。
『勿論、これは最後の手段です。ソラのブレスや自衛隊の援護射撃、ガソリンやガスタンクによる燃焼――これらで仕留められればそれに越したことはない。でも……俺にはそれだけであの化け物を仕留められるとはどうしても思えないんです』
『……』
確かにそれは俺もうすうす感じていた。
あれは正真正銘の化け物だ。
まだ俺たちに見せていない『奥の手』や、最悪戦いの最中に『進化』する可能性だってある。予定通りに行く可能性の方が少ないだろう。
『でもだからと言って、わざわざ俺たちにとっての最大のアドバンテージを捨てる必要はないのでは?』
『ですが、ここしかないんです。ペオニーや他のモンスターに邪魔されず、気付かれず、決戦まで大量に爆弾を仕掛けておける場所は』
西野君はそう言って、言葉を続けた。
『以前、市長に聞いたんです。『安全地帯』の再設定は可能かどうかを』
『……教えてくれたんですか?』
『大分渋りましたがね。結論から言えば、同じ場所での再設定は不可能。レベルはリセットで一から再スタート。そして、新たな場所に『安全地帯』を設定するのに一時間のクールタイムが必要とのことです』
『ふむ……』
レベルのリセットと同じ場所での再設定は不可能か。それに一時間のクールタイム。そのくらいのリスクは当然というべきか……。いや、『その程度』で済むと考えるべきだろうな。モンスターが入って来れないという破格の性能から考えれば安いもんだ。
『根は植物にとっての重要な器官です。ペオニーもトレント、そして植物である以上、その特性は同じはず……。もし奴の根を爆破することが出来れば、間違いなく戦局を左右する一手になると思います』
『……でもリスクも大きいですよ。失敗すれば俺たちは全滅です』
『クドウさんらしくないセリフですね。どの道、勝てなきゃ俺たちは全滅です』
『……そりゃそうですね』
正論である。
そもそも、勝てなければ俺たちは全滅するのだ。
ならばリスクを負ってでも、少しでも勝率を上げるべきだろう。
参ったな。いつの間にか、西野君の言葉に乗せられてしまった。
まあ、悪い気はしないけどな。
あと西野君、勘違いしてる様だが、俺はいつだって安全第一だからね。
『ちなみに、もし仮にその作戦を実行する場合、新たな『安全地帯』の候補地はどこにするつもりなんです?』
『隣町の自衛隊基地なんてどうでしょうか? あそこならこの人数でも収容できますし、元々の目的地ですから『座標』を再設定する手間も省けます』
成程、確かにあそこなら、自衛隊の兵器を回収しに行かなきゃいけないんだし、手間は大して変わらないな。
モモの『影渡り』とアカの『座標』があれば、短時間で大人数の移動が可能だろうし。
『戦闘が始まれば、ペオニーもこちらに集中せざるを得ないでしょう。一時間程度であれば、気付かれずに済むはず。勿論、それまでに倒せてしまうのが一番ですけど……』
『うーん……』
顎に手を当てて、西野君の作戦を吟味する。
いい作戦だとは思う。成功すれば戦局を左右する一手になるだろう。
でも――
『出来るなら、もう一手欲しいですね』
『……というと?』
『こういうのはどうでしょう? 例えば、アカを銃弾に『擬態』させて――』
こうして俺と西野君は作戦を更に煮詰め、作戦は決まった。
まず俺とソラで先制攻撃を仕掛ける。
次に、自衛隊の援護射撃と、ガソリンやガスタンクによる爆発、ソラによる追撃。
更に一之瀬さんが弾薬に擬態したアカをペオニーに撃ちこみ、ヤツの体内に蓄積させる。
そしてここまでの攻撃で仕留めきれなかった場合、『安全地帯』を放棄し、住民たちは隣町に移動。
ペオニーを誘導し、仕掛けた爆弾とヤツの体内で爆弾に再擬態したアカによる二重爆破で追撃を仕掛ける。
ざっくりまとめるとこんな感じだ。
全てが綱渡りで、リスクの塊のような作戦。
どこか少しでも歯車が狂えば、全てがご破算の大博打。
藤田さんや市長を説得するには骨が折れたよ。
「――でも、やり遂げた」
眼下に広がるその光景を、俺とソラは見つめる。
安全地帯のあった場所には、根元の部分が大きく抉れ、今にも倒壊しそうな姿のペオニーがあった。
かつてないほどの大打撃。
俺たちの捨て身の『切り札』は、ペオニーに確かに届いたのだ。
――誰か一人でも欠ければ、この作戦は実行不可能だった。
西野君が居なければ、この作戦は思いつかなかった。
一之瀬さんやアカが居なければ、大量の爆弾を作る事も、武器を揃える事も出来なかった。
モモが居なければ、隣町まで短時間で移動する事も出来なかった。
キキが居なければ、トレントの妨害スキルを無効化する事も、爆弾を仕掛けるのに好都合な地下の空間に気付く事も出来なかった。
ソラが居なければ、そもそも作戦自体が成り立たなかった。
自衛隊の人達が居なければ、兵器の操作や訓練も出来なかった。
藤田さんや生徒会長さんが居なければ、住民の説得も、全体の統率も出来なかった。
皆の力が合わさったからこそ、今こうしてペオニーと互角に渡り合えているのだ。
「あともう少しだ」
間違いなくペオニーは死にかけている。
感じる気配も最初の時に比べ、明らかに弱々しくなっている。
あと少し、本当にもう少しで俺たちの勝ちだ。
「だからこそ、油断はしない」
最後の一手。
先程の戦闘で感じた、ペオニーの急所。
そこにソラのブレスを当てれば、俺たちの勝ちだ。
「ソラ、いけるか? あと一撃だ。なんとか付き合ってくれ」
『……』
「……? ソラ、どうした?」
ソラからの返事が無い。
一体どうしたのか?
すると突然ソラが腹を押さえ、苦しみだしたのだ。
『グッ……ウゥゥウウウ……ッ!』
「ソラッ!? おい、どうしたんだ? 大丈夫かっ」
『グッ……コンナ時ニ……!』
ぐらりと、体勢を崩しソラは落下する。
「ッ――! アカッ!」
「……!(ふるふる)」
刹那、アカは擬態を解除し、肉体を膨張させる。
更に『操影』を発動。地面に出来た『影』を操作し、蜘蛛の巣のような形状へ変化させる。
「~~~ッ!」
アカと影の二重クッションにより、何とか無傷で地面に落下する。
「あ、ありがとな、アカ」
「……(ふるふる)!」
アカは「それよりも、はやく、あっち」と、体の一部を突きだしてソラの方を指す。
ああ、そうだな。
「ソラ! 大丈夫かっ」
すぐにソラに駆け寄るが返事が無い。
ただ荒い呼吸を繰り返しながら、腹を押さえている。
まさかペオニーの毒がまだ残っていたのか?
そう思ったのだが、ソラの様子は毒で苦しんでいるという感じではなかった。
(これは何か別の――……ん?)
そこで俺は違和感を覚えた。
それは強大過ぎたソラの気配が弱まった今だからこそ感じ取れた違和感。
ソラのお腹に宿る――もう一つの気配に。
まさか、これは――。
「ソラ……お前まさか……妊娠してるのか?」
『……』
ソラは答えない。
だが感じるもう一つの気配が、それが間違いではないと伝えてくれた。
「なんでだっ! そんな大事な事、なんで教えてくれなかった?」
『黙レ……人間風情ガ……!』
むくりと、ソラは起き上がり、俺を睨み付ける。
『問題ナイ……早ク指示ヲ出セ……!』
「ソラ……」
無理をしているのは明らかだった。
出産が近いのだろう。
腹の中の気配が強まり、ソラの気配がどんどん弱々しくなっている。
これじゃあブレスを撃つ事なんて出来ない。
いや、出来たとしても間違いなく出産に影響が出る。
どうすれば……。
「ギギギッ!」
「ギギャッ!」
「居タ! 見ツケタ!」
そんな俺たちの下へ、巨大マリモたちが集まってくる。
「クソッ! 邪魔するな!」
即座に俺はアイテムボックスを解放し、接近する前に巨大マリモたちを押しつぶす。
だが、
「ゲゲゲ!」「食ワセロ」「喰ワセロ」「喰ワセロ」「ゲゲゲゲゲゲッ」「――ケテ」「ゲゲゲゲゲゲゲゲッ!」「喰イタイ」「喰ワセロ」「喰ワセロ」「喰ワセロ」「喰ワセロ」「喰ワセロ」「喰ワセロ」「喰ワセロ」「喰ワセロ!」
俺たちをあざ笑うかのように、巨大マリモたちはその数を増してゆく。
地上だけでなく、頭上にも無数の巨大マリモたちが漂っている。
奴らは一斉に口を開き、その舌先を俺たちに向けて放った。
一方その頃、西野達は隣町の自衛隊基地に居た。
「そろそろ仕掛けた爆弾が爆発する頃だな……」
「おにーさんとソラちん大丈夫かなー」
「信じて待つしかないだろ。向こうの戦闘が終わるまで、俺たちはここを死守するんだ」
『安全地帯』の再設定まで残り一時間。
西野たちは何としてもこの自衛隊基地を守り抜かねばならないのだ。
「西野さん、非戦闘員は全員建物の中に避難したっす」
「モンスターの侵入できそうな場所にも配置完了したみたいだよ」
「中の人達の様子は?」
「不気味なくらい落ち着いてますよ。会長のスキルがばっちり効いてるみたいっす」
「……認めたくはないが、やはりこういう時は便利なスキルだな……」
市役所から自衛隊基地までの移動も、住民の説得も驚くほどスムーズに進行した。
それも全ては十香の『魅了』と、話術のおかげだろう。
やはり大人数を扇動することにかけては、彼女の右に出る者は居ないと西野は改めて思い知らされる。
「周辺のモンスターも、事前に会長の弟妹があらかた片付けてくれてたみたいっすね」
更に彼女の双子の弟妹はこと戦闘に関しては非常に優秀だった。
ペオニーが去った後、自衛隊基地周辺に集まってきたモンスターを、この三日間でことごとく駆逐していったのだ。
「でもやっぱり、生存者は今の所確認できてないみたいっす」
「そうだろうな……」
自衛隊基地も、その周辺の民家や建物にも、生きてる人間は一人も居なかった。
全てペオニーに食い尽くされたのだろう。
(餌が尽きたから、俺たちの町に来たんだろうな……)
今更ながらペオニーが自分達の町に来た理由に気付く西野であった。
「ともかく、後はここを守り抜くだけだ。全員、気合を入れろ」
「「「了解ッ!」」」
武器を構え、周囲を警戒する西野達。
そんな彼らの前に現れたのは、やはりと言うべきか、『奴ら』であった。
「ゲゲゲ」
「ゲヒッ」
「ギギギギギ」
全長一メートル程の巨大なマリモ。
ペオニーの生み出した化け物――『豊穣喰ライ』たちである。
「やっぱりこの周辺にも種が届いてたか……」
先の戦闘で、コイツらを生み出した種は、ペオニーから全方位に向けて発射されていた。
その種はこの周辺にも届いていたらしい。
数は向こうに比べればかなり少ないだろうが、それでも油断ならない相手だ。
なにしろ接近して傷つけようものなら、その毒液をまともに浴びる事になるのだから。
「みんな、迂闊に近づくなよ。距離を取って戦い、防衛に専念するんだ!」
西野の指示の下、学生たちは『豊穣喰ライ』へと挑む。
とはいえ、六花を始め、自分達のメンバーの殆どは近接タイプだ。遠距離の攻撃手段が限られてる以上、厳しい戦いになるだろう。
そんな中、前に出たのは五所川原だ。
「――ここは私の出番だね」
「五所川原さん……?」
その手には極太の丸太が握りしめられている。
一瞬、何をする気だと西野は訝しげに見つめていたが、
「ぬうううううううんっ! 伸びろおおおおおおおお!」
なんと五所川原が丸太を振り回した瞬間、その丸太が『伸びた』のだ。
「……は?」
「ギギッ!?」
その光景に、西野だけでなく目の前の『豊穣喰ライ』すら驚きの声を上げた。
たっぷり十メートル以上も伸びた丸太は、数匹の『豊穣喰ライ』をまとめて叩き潰し、周囲に毒液をまき散らせた。無論、その毒液は西野たちまで届かない。
「「「……」」」
ぽかんとする西野一同。
そんな中、どんなもんだいと笑みを浮かべる五所川原と、掃除機のコードのようにシュルシュルと元のサイズに戻る丸太。なんだこれ?
「あ、あの……五所川原さん……その丸太は?」
「これかい? あのペオニーの枝から作った丸太だよ。余った枝を一之瀬ちゃんに加工して貰ったんだが、どうやら武器(丸太)にする過程で伸縮機能が付いたみたいなんだ」
「嘘でしょう!?」
丸太すげぇ! と思わず素で突っ込んでしまった西野である。
バッと振り返り、後ろで休む一之瀬に目を向けると、
『いや、私もびっくりです、丸太って凄いですねー』的な感じのリアクションをされた。
いや、でも、そんな……ええー。
「ぬおおおおおおっ!」
動揺する西野をよそに、五所川原は丸太を振り回し、どんどん『豊穣喰ライ』の数を減らしてゆく。
冴えないオッサンが丸太を振り回し、無双する様は傍から見ていて、とてもシュールな光景であった。
「ふぅー……ふぅー……さて、あともう少しだね」
額の汗をぬぐい、丸太を構える五所川原。
既に『豊穣喰ライ』はその数をかなり減らしていた。
残った個体も、流石に目の前のおっさん――もとい丸太が脅威である事に気付いたのか、必要以上に近づいて来ようとしない。
西野たちにとっては願ったり叶ったりな展開だ。
(……十五分が経過した。よし、このペースなら十分防衛できる……)
『安全地帯』の再設定まで残り四十五分。
周辺にモンスターはおらず、残るは数匹の『豊穣喰ライ』だけ。
――大丈夫だ。この調子で行けば問題ない。
誰もがそう思っただろう。
だが、だからこそ――『油断』してはいけなかった。
『希望』が見えたからこそ、絶対に気を緩めてはいけなかったのだ。
その隙を――この世界の悪意は見逃さないのだから。
「ギッギャアアアアアアアア」
不意に、一匹の『豊穣喰ライ』が五所川原へ向けて特攻を仕掛けた。
五所川原は丸太を伸ばし、これを叩き潰そうとする。
先程と変わらない攻防。
だが丸太に叩き潰されそうになったその瞬間、『豊穣喰ライ』の無数にある口の一つが『声』を上げた。
「――ィ――サン……」
「え……?」
ぴたりと、五所川原の動きが止まる。
「どうしたんですか、五所川原さん?」
「いや……今、何か声が聞こえたような……?」
「声……?」
訝しげな表情を浮かべる西野とは対照的に、五所川原はその声が妙に気になった。
彼は目の前の丸太に押し潰されそうになる豊穣喰ライを見つめる。
だが、彼はその声を気にしてはいけなかった。
彼は迷うことなく目の前の『豊穣喰ライ』を叩き潰すべきだったのだ。
「――クルシイヨ……オトウサン……」
「ッ――!?」
それは今までの『豊穣喰ライ』が発していた声とは明らかに別種のモノであった。
ボコボコと、目の前の『豊穣喰ライ』の一部が盛り上がり、やがてソレは人の顔へと変化する。
「苦しいヨ、助けテ……お父さン……」
「アナタ……お願イ、殺シて……」
『豊穣喰ライ』の一部に浮かび上がったモノ――それは、かつて五所川原が愛した妻と娘の顔だった。
その瞬間、彼の奪われていた筈の記憶が――妻と娘との思い出が脳裏に蘇った。
――『安全地帯』再設定まで残り四十二分。




