175.何事もノリと勢いが大事
作戦そのものはシンプルだ。
まず俺が忍術でペオニーの注意を引く。
その隙に、銃弾に擬態したアカを一之瀬さんが撃ち、竜の近く――可能であればペオニーの枝や蔦の一部に被弾させる。
そして即席の『影』によって竜に接近し、モモとキキが説得する。
以上。
これが俺の考えた作戦。
『竜を仲間にするのではなく、竜“に”仲間にしてもらう、ですか……。よくもまあ、そんな馬鹿げた作戦を思いつきましたね……』
五十嵐会長は呆れていた。
そうだな。自分でもそう思うよ。本当に馬鹿な作戦だ。
その馬鹿な作戦に自分だけならまだしも、仲間を巻き込まなきゃいけない。
この十日間で何度自分の命を賭け金にしただろう。その賭けに、何度一之瀬さんやモモたちの命を上乗せしただろう。
もっと俺が天才だったら、もっと俺が賢かったら……きっともっと安全でもっと確実な方法を思いつくんだろうに。
でも俺みたいな凡人にはこれが精一杯なんだ。
――ああ、感覚が麻痺してくる。
戦闘に、この世界に、そして命の軽さに。
駄目だと分かっていても、離れない。
たった十日で俺の価値観や精神は随分変わってしまったように思う。
――アンタは好きに生きたいとは思わねーのか?
不意に『彼女』の言葉が、脳裏に蘇る。
俺は……――いや、考えるな。
今は、目の前の作戦に集中するんだ。
モモの『影渡り』を使って俺は外に出る。
位置的には竜から一番遠い位置、それでいてペオニーの注意を引くには十分な場所。
まだペオニーは気付いていない。
索敵能力はあまり高くないのか、それとも竜との戦いに集中しているのか、まあどっちでもいい。
その注意をこっちに向けて貰うぞ。
「さあ、上手く行ってくれよ……」
俺は祈るように上級忍術を発動させた。
「――『巨大化の術』」
次の瞬間、ビルを軽々超える程の巨大な『俺』が出現した。
『――?』
その瞬間、ペオニーは硬直した。
……アレはナンダ?
竜との戦いの最中、その巨人は突如として出現した。
大きさは竜の数倍。その顔には見覚えがある。まだ辛うじて覚えている。
確か昨日、取り逃がした人間だ。
でもあんな巨大じゃなかった筈だ。
人間は不敵な笑みを浮かべながら、足元の岩の柱をまたぎながら此方へ近づいてくる。
それを見て、ペオニーは思った。
――喰イ甲斐ガアリソウダ……。
竜との戦いの最中であるにも関わらず、ペオニーの関心は巨大な人間に引き寄せられた。
なぜなら自分は空腹なのだ。とてもお腹が減っているのだ。
多少は強いけど一口で終わる小さな竜と、弱いけど喰い甲斐がある大きな餌。
どちらを選ぶかと問われれば、ペオニーは後者を選ぶ。より腹が満たされる方を選ぶのだ。
『~~~~~~~~~~~~~~~~ッ』
体を揺らし、ペオニーは無数の蔦を巨人へと放った。
巨人は避けようとしなかった。
ズブリ、とペオニーの蔦は容易く巨人を貫いた。
――脆ィ。
感想はそれだけ。
だがペオニーの攻撃は――いや、『食事』はまだ終わらない。
なんと巨人を貫いた蔦の先端がハエ取り草の口のように変化し、巨人へと喰らいついたのだ。
ムシャムシャ、ガツガツ、グチャグチャ、モグモグ、ごくり。
僅か数秒。声にならない悲鳴を上げて、あっという間に巨人はペオニーに喰らい尽くされた。
――喰イ足リナイ
巨人を喰らい終えたペオニーの感想。
ああ、まだまだ全然足りない。
あれだけ大きな獲物だ。そこそこ喰い甲斐はあったが、まだまだ満たされない。
『飢え』がまたすぐに襲ってくる。
その直後だった。
「――どうした、俺はまだここに居るぞ?」
『ッ!?』
ペオニーは驚いた。
何故ならそこには先ほど喰い終えた巨人が再び現れたのだから。
しかも先程よりも大きい姿で。
何で? どうして?
疑問が浮かぶが、そんな事は些細な問題だ。
『~~~~~~~~~~~♪』
だってこの巨人はわざわざ自分に喰らわれるために蘇ってくれたのだ。
ああ、なんて素晴らしい。
ペオニーは些細な疑問や小さな竜の事などすっかり棚上げし、再び巨人に喰らい付いた。
自分の『飢え』を満たすために。
――釣れた。
俺は内心でほっとしつつ、頭上で繰り広げられる光景を見つめていた。
ペオニーの蔦によって、巨大化した俺があっという間に貪り尽されてゆく。
肉が飛び散り、血の雨が降り注ぐ。正直かなり凄惨な光景だ。
(ま、俺自身は痛くもかゆくもないんだけど……)
――上級忍術『巨大化の術』
俺自身が巨大化するのではなく、俺の前方に巨大な俺の分身を作り出す忍術だ。
ただしこの分身には戦闘能力は殆どない。
ビルを壊そうとすればすり抜けるし、何かを掴もうとすればすり抜けてしまう。
質量を伴った幻――とでも表現すればいいのだろうか。
触る事も出来るし、声も出せるが、それだけだ。
――ただ相手の注目を集めるためだけの術。
それが『巨大化の術』の正体だ。
ぶっちゃけ使いどころが難しく役に立たない忍術だと思っていた。
おまけにやたらMPを消費する。
(一体作り出すのに必要なMPが100ってコスパ悪すぎだろ……)
昨日の竜戦でこの忍術を使わなかった理由は二つ。
一つは今言ったように消費するMPがあまりに膨大だから。
俺の現在のMPは300ちょっと。つまりたった三回使っただけであっという間にMPが尽きてしまうのだ。『MP消費削減』を使ってもこれなのだ。流石に使うのを躊躇ってしまう。
二つ目は、この巨大化した分身は、『本体の目の前』にしか作り出せないという点だ。
つまり分身に向かってブレスが放たれれば、俺自身も直撃を喰らうのである。
リスクが高すぎる。これなら『分身の術』で陽動を誘った方が遥かに効率がいい。
(ただし、これはあくまで普通のモンスターが相手の場合……)
相手がペオニーであるならば、この忍術が最適だと俺は確信していた。
昨日、『追跡』のパスを通じて流れ込んできたアイツの思考。
鳥肌が立つ程に悍ましい思考だったが、そのおかげで分かったことがある。
アイツは常に空腹を感じている。
理由は分からないが、異常なほどにアイツは『喰う』ことに執着している。
ならば、目の前に巨大な餌をぶら下げられたら喰いついてくるはずだ。
その予想は正しかった。
巨大化した俺の分身にアイツは無我夢中で喰らいついている。
実体を持った幻は噛んで、飲み込むことはできるが、胃袋が満たされることは無いのに、それを気にした様子は無い。
冷静に観察すれば、足元に『俺』が居る事にすぐ気付くだろうに、そんな気配は微塵も感じられない。
恐ろしい程の食欲への執着。
おそらくペオニーにとっては『喰う事』が全てであり、他は全て些細な事なのだろう。
ともかく、これで時間は稼げる。
(とはいえ、作り出せるのはあと一回……)
流石にあの巨体が、ものの数十秒で食い尽くされるのは予想外だった。
せいぜいもってあと一分。
その間に、竜を仲間に出来なければ全てがご破算だ。
(頼んだぞ、みんな――)
祈るように、俺は目の前の光景に集中し続けた。
「わんっ! わんわん!」
「……ギュァ?」
さて、モモの声は竜に届いただろうか?
ぽかんと固まっている竜の反応を見るに、おそらくモモの声はきちんと届いているように思える。
『意思疎通』と『念話』のスキルを持ってるから、他種族――人や犬であってもその声は届くのではないかと予想したが、当たっていてよかった。
これで第一段階はクリア。
とはいえ、まだ安心できない。
あくまでもまだ、『声』が届いただけだ。
それを受理するかどうかは向こう側次第。
もし奴がモモの声を聴き、それを受理したならば、俺たちのパーティーメンバーに、竜の名前が表示されるはず。
ステータスは常に開きっぱなしの状態にしているので、すぐに確認できる。
……ヤツの名前は、無い。
そうだよな。普通、こんな怪しい声に耳を傾ける筈ないよな。
でも、頼む。傾けてくれ。
そうすれば、お前は俺たちのパーティーメンバーとして『安全地帯』の中に入れる。
その傷を癒し、再びペオニーと戦う事も出来るんだ。
「わん! わんわん! うぉおおおおおおおおん!」
「―――」
モモが今、必死にその事をアピールしているのだろう。
言葉が通じるかどうかは分からないが、おそらく通じていると思う。
モモはアカやキキとも明らかに会話が出来ていたし、おそらくは『意思疎通』のようなスキルを持っている
「きゅー! きゅう、きゅううううう!」
「ギュアッ!?」
「わんっ、わんわんっ、くぅーん」
「きゅうー! きゅう、きゅううううん」
「―――」
更にキキも『影』から身を乗り出して、竜に語りかける。
突然現れたキキに驚いたようだが、モモの時と同じように、すぐに危害を加える様子は無いみたいだ。
ちなみに、今この場に居る『俺』は本体が『分身の術』で作り出した分身体である。
役目は常にステータスをチェックし、竜がパーティーメンバーに加わったら、即座に分身を解除して、本体にそれを伝える事。
本体は片時もペオニーから目を離す事が出来ないので、代わりに分身である俺が常にステータスをチェックしておかなければいけないと言う訳だ。
『MP消費削減』のおかげで、『巨大化の術』に使う分の残りでなんとか一体分作り出すことが出来たのである。
とはいえ、ステータス画面のMPの減り具合からして、向こうは持ってあと一分程度か。
予想よりも遥かに早いペースだ。
(頼む、早く……! 早く頷いてくれ……!)
逸る気持ちを押さえながら、じっとモモとキキを見つめる。
すると、状況に変化があった。
竜の全身からとてつもない殺気が湧きあがったのだ。
(―――ッ!)
ざわりと、寒気がした。
全身から怒気を迸らせ、竜が立ち上がった。
「ギュァァ……!」
ゴウッと息を吐く。
その仕草だけで全身が竦み、びっしょりと冷や汗が出る。
怖い、怖い、怖い――ッ!
思わず術を解いてしまいそうな程の圧倒的な恐怖。
そして、竜が吠えた。
「ギュァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「~~~~~~~~~~~~ッッ!!」
何とか俺はその場に踏みとどまった。
だが、その叫びをまともに浴びたモモとキキは吹き飛ばされ、何度も地面を転がった。
「モモ! キキ!」
「ギュァウ!!」
すぐにでも駆けつけようとしたが、その行動を竜が阻む。
まるでお前は引っ込んで居ろと言わんばかりに、その尾を俺の前方に叩きつけた。
地面が大きく抉れ、周囲に亀裂が走る。
「……ッ!」
駄目だ……今、この場で俺が術を解くわけにはいかない。
でもこのままじゃモモが……キキが……!
「……くぅーん」
「……きゅ、きゅぅー」
弱々しく二匹は立ち上がる。
こちらを見て、大丈夫だよーとアピールしてくる。
モモの眼は諦めていなかった。
キキの眼も諦めていなかった。
「わんっ! わんわん!」
「きゅううううう! きゅう!」
「ギュアアアアォォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」
二匹は叫ぶ。
だが竜が吠えると、再びモモとキキは吹き飛ばされる。
だが、諦めない。
その度に立ちあがり、竜へ訴える。
胸が締め付けられそうになる。
ああ畜生、なんで俺は見てる事しか出来ないんだ。
分身である俺にはスキルは使えない。同じようにパーティー申請も使えない。
ただモモとキキを信じて、この光景を見続けるしか出来ない。
――頼む! 届け! 届いてくれ!
必死に祈った。
歯を食いしばり、拳を握り、自分のステータス画面を見続けた。
「わ……わん! わぉぉおおおおおおおん! わぉぉおおおおおおおおおおおん!」
「きゅぅ……きゅうううううう! きゅうう! きゅうううううううううううう!」
「―――」
モモとキキも、もうボロボロだった。
僅か数秒、ほんの数回、ただ竜の叫びを浴びただけで、二匹の全身はボロボロの傷だらけになってしまった。
それでも、モモとキキは諦めない。
その目は死んでいない。
何度でも立ち上がる。
喉が裂けんばかりに叫ぶ、訴える、懇願する。
「――――」
そして次の瞬間だった。
不意に、竜がピクリと震えた。
ぐるんと、首だけを動かし、こちらを見る。
視線が、合った。
恐怖で震えた。
でも耐えた。
ほんの少しでも、眼を逸らせば、その瞬間に全てが終わりそうだったから。
「ギュァ……」
ほんの少しだけ、竜が感心したように声を上げた。
それが俺の神経を逆なでした。
「――いい加減にしろよ……ッ!」
拳を握った。
我慢の限界だった。
俺は竜を睨み返した。
「さっさとメッセージを受理しろよ馬鹿野郎! お前状況を分かってんのか! このままじゃ死ぬんだぞ! 死んだら意味ないだろうが! 戦いたいんだろ! 勝ちたいんだろ、あの化け物に! だったらこっちに来い! 俺たちと一緒に来い! 俺たちと一緒に戦ってくれえええええ!!」
叫んだ。
声がかれる程に、喉が潰れる程に叫んだ。
「わんっ! わぉぉおおおおおおおん! わぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
「きゅうううう! きゅうう! きゅううううううううううううう!」
モモとキキも必死に叫ぶ。
「―――」
その叫びが、竜に届いたかは分からない。
竜は口を開けた。
そして――ブレスを放った。
「――ッ!?」
次の瞬間、後ろに迫っていたペオニーの蔦が一瞬で焼失した。
「……へ?」
「ギュァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
咆哮が天を焦がす。
まさか……守って、くれた……のか?
竜と目が合う。
竜は――笑った。
今までのような嘲りを含んだ笑みじゃない。
それはまるで仲間に向けるような無邪気なもので――
「――ッ、まさか」
俺はすぐさまステータスプレートを確認した。
項目の一番下。
そこには――
パーティーメンバー
モモ 暗黒犬 Lv3
アカ クリエイト・スライムLV5
イチノセ ナツ 新人LV2
キキ カーバンクルLV2
ブルードラゴンLV38
そこには竜の種族名がしっかりと表示されていた。