172.急転
――竜をテイムする。
言葉にすれば簡単だが、それがどれだけ難しいことかは身に染みて理解している。
巨大なクレーターを作り出す超火力、消えたと思うほどの高速飛行。
なるほど、確かにこれを戦力として手に入れることが出来るのならこれほど魅力的なモンスターは居ないだろう。
だが、それはあくまで『手に入れることが出来れば』の話だ。
(無理ゲーだよな……)
だって竜だぞ?
最近のネット小説なんかじゃ竜って主人公の踏み台や噛ませ犬のイメージが強いけどあんなの嘘っぱちだ。
実際に相対してみると生物としての『格』がどれだけ違うかを思い知らされた。
ペオニーもあり得ない強さだが、竜だって十分すぎる程あり得ない存在だ。
思い出しただけでも震えてくる。
「くぅーん……?」
俺の不安を感じ取ったのだろう。
モモが『影』から顔を出し心配そうな眼差しでこちらを見つめている。
「……なんでもないよ、モモ」
「……」じー
モモは「ほんとに?」と首を傾げて見つめてくる。かわいい
更にキキも『影』からひょこっと顔を出し、こちらを見つめてくる。
「「……」」じー
無言の圧力ちっちゃい二匹。かわいい。
こんなの耐えられるはずもない。
「本当に大丈夫だって。な?」
「「……」」こくり
納得はしていないけど了解したという感じでモモとキキは『影』に戻った。
(とりあえず一之瀬さんたちにも相談してみるか)
実行するにしろ、しないにしろこんな作戦俺一人では絶対無理だ。
一之瀬さんや西野君の意見も聞きたい。
西野君は藤田さんや市長と一緒に『安全地帯』からペオニーへの攻撃方法についていろいろ話し合っている。
「――という訳で、トレントには農薬や除草剤が有効です。今からでもあるだけかき集められませんか?」
「出来るとは思うが……だがあのサイズじゃどれだけかき集めても焼け石に水だぞ?」
「無いよりかはマシです。集められるだけ集めておきましょう。柴田にも頼んで『薬品生成』で同じような成分の液体が作れないか相談してみます」
「ふむ……職員や新しくレベルを上げた奴にも確か『医者』の職業を持ってる奴がいたな。ソイツにも頼んでみよう」
「それと農薬や除草剤が有効なのであれば、『酢』や『塩水』でも同じような効果が期待できると思うんですが……」
「塩や酢は貴重だ。外からの救援が期待できない以上、これ以上、食料を浪費するのはあまり好ましくないが……」
「そんな事を言ってる場合じゃないだろう。そもそもアレをどうにかしなきゃ儂らは全員死ぬんだぞ?」
「そんな事は分かってますって。でも意見の一つとして留めておいてほしいんですよ、市長」
「塩ですか……。海水を使えればいいんですが『安全地帯』の外ですからね……」
「ああ、アイテムボックスに入れるにしても、一旦海まで行かなきゃいけねぇ」
「外に出た瞬間、あの蔦に絡め取られて終わりでしょうね」
「それより火はどうなんだ? あれも一応植物なんだろう?」
「有効だと思いますが火力が足りません。何よりスキルではなく、通常の火だと『安全地帯』の中に引火しないよう注意しないといけませんし……」
「だったら――」
どうやら『安全地帯』の中からペオニーに攻撃する手段を考えている様だ。
農薬、除草剤、それに火。
こちらから一方的に攻撃できるのは『安全地帯』の大きな利点だが、どれも決め手には欠ける。
(やっぱり遠距離からの強力な攻撃手段が必要だよな……)
竜をテイムできれば、その問題が一気に解決する……かもしれない。
他には自衛隊のミサイルとか……いや、無理だな。あのサイズじゃ通常火器じゃ役に立たないだろう。
「クドウさん、どうしたんですか? そんな難しい顔して?」
「え? ああ、すいません」
悩んでいたのが表情に出てたらしい。
一之瀬さんが心配そうな顔で見つめてくる。
あと、顔が近い。下から上目使いは止めてください。
「いえ、実はちょっと思いついたことがありまして――」
俺は一之瀬さんに先程考えていた事を話した。
「なんですかその無理ゲー」
んで、聞いた第一声がこれである。
俺と全く同じ感想だ。
「というか、よくそんな事思いつきましたね」
「思いついただけですよ。実行するかどうかは別です」
「でもあの竜ですか……うーん……」
「何か気になる事でも?」
「いえ……その、あの竜って隣町の方から来たじゃないですか。それって多分、ペオニーから逃げてきたんじゃないんですか?」
「……おそらくは」
以前、戦った時もどこか焦っているような様子だったし、あれはもしかしたらペオニーからの追撃を恐れていたのかもしれない。
「それを戦力……というか『切り札』にして大丈夫なんですか?」
「うーん……」
「それに、その……まず大前提としてクドウさんが『魔物使い』を選ばなきゃいけないわけですし……」
「……」
確かに、そうなんだよなぁ。
竜をテイムするには、まず第五職業を『魔物使い』にしなければいけない。
正直、未だにこの職業だけは選びたくないというのが本音だ。
――『魔物使い』
一之瀬さんのクラスメイトだった少女――葛木さやかが選んだ職業。
彼女は『魔物使い』と固有スキル『職業強化』を組み合わせ、無数のモンスターやシャドウ・ウルフのような強力なモンスターを従え、学校を地獄へ変えた。
大量の経験値を得る。
ただその為だけに、ただ自分の目的の為だけに彼女は何十、下手をしたら何百という人間を虐殺しようとした。
ある意味、彼女ほどこの世界に適合した人間は居なかっただろう。
誰よりもこの世界を受け入れ、そして心の底からこの世界を楽しんでいた。
少なくとも、俺の目にはそう見えた。
――アンタは好きに生きたいとは思わねーのか?
笑いながら彼女はそう言っていた。
自分を偽らなくていい、今のこの世界こそ本当の居場所だと。
そんな彼女の最期は余りにもあっけなく、そして凄惨なものだった。
自分が使役していた筈のダーク・ウルフの黒い泥に飲み込まれるという自業自得の最期。
――やっと本当の自分でいられる世界になったんだ。
――こんなところで終わりたくない……死にたくない……やだ……やだよぉ……。
あの凄惨な最期は今でも脳裏に焼き付いている。
おそらくはアレこそがモモたちが危惧している『魔物使い』のリスクだ。
強力なモンスターを従わせるには、相応のリスクが伴う。
その理屈は分かる。
だが、それでも――条件さえ整えば、自分より格上の存在でも従える事が出来る上、それを何倍にも『強化』する事も出来る。
ハイリスク・ハイリターンな職業――それが『魔物使い』だ。
無論、この職業を選ばずとも、竜を仲間にする方法はある。
アカやキキのように自分から仲間になりたいと思っている場合だ。
これならノーリスクだが、そう都合よくはいかないだろう。
出会い頭にブレスをぶっ放し、一之瀬さんに眼を撃たれてるこの状態で「仲間になりたそうにアナタを見ている」なんてあるはずがない。
(五十嵐会長の『魅了』を使えば成功率は上がるか……?)
彼女のスキルがモンスターにも有効なのはアルパ戦で実証済みだ。
なんとか弱らせて、彼女の魅了を使えばテイムの成功率は上がるか……?
「あ、そう言えば、クドウさん、あの竜って今どこに居るんですか?」
「えーっと、ちょっと待って下さい」
『追跡』のマーカーを辿り、竜の位置を再確認する。
ペオニーと違い、こっちは大人しいもんだ。
「……ここから二十キロほど離れた山岳地帯ですね。昨日からずっと動いていません」
場所はペオニーが来た隣町とは真逆の方向にある山岳地帯。
おそらく一之瀬さんから受けた傷が癒えていないのだろう。
まだ体を休めているようだ。
(事前にいくつか座標を設置しないとな……)
竜に接触する為には、まずヤツの周囲にアカの座標を作らなければいけない。
その為には、まず『安全地帯』を出て、ペオニーの蔦を掻い潜らなくちゃいけない。
現在ペオニーは『安全地帯』の南西部――およそ四分の一程度を覆っている。
だが隣町から伸ばせるほどの長さだ。
その気になれば、この安全地帯周辺全てを蔦で覆い尽くす事なんてわけないだろう。
(おそらくはまだ『様子見』の段階……)
なぜ自分が入れないのか? どうすれば入る事が出来るのか?
ペオニーはこの『安全地帯』の性能を確かめているのだ。
『本体』が山の方から動いていないのがその証拠。
(動き出せば終わりだ)
もし奴が『間接的になら攻撃が出来る』ことに気付けば最後だ。
その前にどうにかして竜を手に入れるか、それに匹敵する攻撃手段を確立しないと――
「ッ……!」
ガタッと、俺は立ち上がる。
「ど、どうしたんですか、クドウさん……?」
隣にいた一之瀬さんが驚いた表情を浮かべる。
だがそれを気にする余裕はない。
だってこれは、この気配は――
「竜の気配が、変わりました……」
「え?」
『追跡』のマーキングを通じて、竜の気配が伝わってくる。
竜が動いた。
でもこの方角……。
「こちらに……近づいてきます」
「なっ――!?」
絶句する一之瀬さん。
話し合いをしていた西野君や藤田さんらも驚いた顔でこちらを見つめてくる。
「皆さん、緊急事態です! 竜がここへ向かっています」
物凄いスピードだ。
それにこれは……怒りの感情?
でも俺たちに向けられたものじゃない。
まさか――
「あの竜……まさかここでペオニーと再戦するつもりか……?」
冗談じゃない。
何の備えも無い状態であの怪物二匹に暴れられれば、その余波だけでココは壊滅状態になるぞ。
それに傷はまだ癒えていない筈……。
なのにどうして?
疑問と焦燥感に駆られながら、俺たちは会議室を飛び出した。




