168.屈服の時間
いきなり女子高生に命乞いをされた。
何を言ってるかわからないと思うがそういう状況である。
(というか、なんでこの子がここに居るんだ……?)
目の前で涙目になって震えているのは、俺の母校の元生徒会長五十嵐十香である。
藤田さんの実の娘で、『魅了』という非常に厄介なスキルを持っており、学校では西野君も一時その毒牙にかかった。
市役所に来てからは特に不穏な動きも無かったし、俺自身もあまり関わり合いたくないので距離を置いていたのだが……、
(……さっきの視線の主は間違いなくコイツだよな?)
ほかに人やモンスターの気配はない。
周囲のトレントたちも上位種である『花付き』がやられたせいかおとなしくしている。
正真正銘、ここに居るのは俺と彼女の二人だけだ。
(……大丈夫だ。『精神苦痛耐性』がある以上、彼女の洗脳は俺には通じない)
西野君の『命令』は俺には通じなかった。ならば彼女のスキルも俺に効かない筈。
非常に厄介なスキルを持つ相手だが、一対一のこの状況なら彼女の長所は生かせない。
ちらりと、彼女の方を見る。
「ひっ……」
いや、そんな軽く見ただけで怯えるなよ。
俺、そんなに怖い? それとも『進化』した影響が出てるのか?
いや、まさかな。西野君たちはなんともなかったし。
「どうしてそんなに怯えているんですか?」
「え……? いや、これは、その……」
「まるで何か後ろめたいことでもあるようじゃないですか?」
「ッ……!」
そういうと、彼女は目に見えて動揺した。
「先ほど、頭の中に妙なアナウンスが流れましてね。『鑑定妨害』というスキルのレベルが上がったんですよ」
「……あ、その……」
じりじりと距離を詰める。
一歩近づくたびに、彼女は腰を抜かしたまま後退する。
「……あ」
もう後が無かった。
彼女の背中が壁にぶつかる。
膝を地面に着け、吐息が掛かるほどの距離まで顔を詰め、眼を見る。
「五十嵐さん、アナタは『鑑定』スキルを持っているんじゃないですか?」
「ッ……」
彼女は答えなかった。
でも、その態度は雄弁に答えを物語っていた。
そうだよな、持ってるよな。そうじゃないと、説明がつかないよな。
「どうやってそのスキルを手に入れたんですか? そして何故、こんな深夜にこんなところに居たんですか?」
「……」
質問しても、彼女は答えない。
顔を逸らし、口をつぐむ。
ちょっとイラッとしたので、彼女の顔の傍の壁を叩く。
ひぅっと彼女は怯えた。
≪一定条件を満たしました≫
≪スキル『威圧』を獲得しました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『威圧』がLV1から2に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『威圧』がLV2から3に上がりました≫
お、新しいスキルを獲得したらしい。
『威圧』ね……。多分、言葉通りの効果を持つスキルだよな。
さっそく『威圧』を発動させてみる。
「……ひ……ぁ、ぁぁ……ぁ……」
先程よりも三割増しで怯えている。
成程、文字通り相手を怯えさせるスキルか。
それにパッシブじゃなくて任意で発動するってのはいいな。
「なんで……? ど、どうして、効いてないの?」
「? ……ああ、そうか。もう使ってたんですね、スキル」
おそらく今の間に、彼女は『魅了』を使っていたのだろう。
スキルのレベルが上がらなかったから気付かなかった。
つまり逆を言えば、俺にとっては熟練度が上がらない程度のスキルだったって事だ。
なんだ、用心して損した。
「というかさ、なんですか、それ?」
「え?」
「俺、一応アナタの事は『味方』だと思っていたんですが」
「!」
西野君からアルパ戦の話は聞いている。
その後、市役所の復興に尽力した事も知っている。
だからこそ、俺は今日まで彼女と距離を置くぐらいで済ませてきた。
でも――俺たちに危害を加えるなら話は別だ。
(ああ、そうか。俺、結構怒ってるのかも……)
彼女に対してだけじゃない。
自分に対してもだ。
俺はちょっと甘かったのかもしれない。
「もし、アナタが俺たちに害をなす様なのであれば――」
俺はそこで一旦言葉を区切り、
「――俺はここでアナタを潰します」
最大限の『威圧』を込めて俺はそう宣言した。
そう、容赦はしない。
もし彼女が俺たちの『敵』に回るならば、俺は彼女を潰す。
その覚悟はとうに済ませている。
「ッ……!」
俺が本気で言っている事が伝わったのだろう。
コクコクと彼女は何度も首を縦に振った。
(とはいえ、それを鵜呑みにするほど俺はお人よしじゃないけど……)
その場しのぎの演技の可能性だってあるんだ。
だから、きちんと『保険』を掛けさせてもらおう。
「分かりました。信じましょう」
「ほ、本当?」
「ええ、勿論」
にっこりと笑う。ついでに『威圧』も解除する。
すると安心したのか、彼女は大きくため息をついた。
その瞬間、俺は彼女の口に『ある物』を放り込んだ。
「むぐっ――な、何を!?」
そして口を押え、無理やり飲み込ませる。
ごくりとしっかり飲み込んだのを確認して、俺は手を放す。
「がはっ……な、何を飲ませたの?」
「『保険』ですよ。言葉だけで信じる程、俺はアナタの事を信用していないので」
ぱちんっと指を鳴らす。
「! おごっ……あがっ、いぎ……な、何を……何なのよこれぇぇ……」
その瞬間、彼女は腹を押さえ苦しみだした。
床にうずくまり、涙や鼻水を垂れ流しながら彼女は痛みに悶えている。
再び指を鳴らす。
「……い、痛みが引いた……?」
体液でグチャグチャになった顔で彼女は俺を見上げる。
「今ので分かったでしょう? 俺はその気になれば、何時でもアナタの命を奪えるということを」
「嘘……そんな事……」
「信じられませんか? ならもう一度、試してみますか?」
再び指を鳴らす。
「ま、待って! 信じる! 信じるからもうやめえええおっごおおおっごええええ! お、おねがひ……やめ、やめへ……おねがひしましゅ……」
足元にすり寄り、必死に懇願する少女を俺は冷ややかな目で見つめる。
それと同時に罪悪感が込み上げてくる。
無論、彼女に対してではない。
(……ごめんな、アカ。嫌な役を押しつけちゃって)
(……)ふるふる
きにしないでー、と服に擬態したアカが震える。
そう、今彼女に飲ませたのはビー玉サイズのアカの分身体だ。
それを腹の中で膨張させ、地獄の苦しみを味わわせた。ただそれだけだ。
時間が経てばアカの分身体は消える。
何時でも殺せるというのはハッタリだが、効果は十分だろう。
なにせ彼女には俺のステータスやスキルは見えないのだから、『そういうスキルを持っている』と思わせるだけで十分に行動を制限できる。
(これで十分だろうって思っちゃう辺り、まだ甘いのかなぁ……)
本当なら知りたい情報を全部吐かせた後で、殺すなり、モンスターの餌にでもしてしまうのが一番いいんだろう。
もしくは大野君のように『影檻』に閉じ込めてしまうとか。
そういう手段を取らない辺り、まだ自分が甘いんだと思わされてしまう。
でも、なんとなくその甘さは捨てちゃいけないような気がした。
これだけの事をしても、全然心が痛まないのに、その甘さまで捨ててしまったら、自分がどんどん違う人間になっていくような気がしたから。……凄く自分勝手な考えだけどな。
「それじゃあ話してもらえますか? まず、どうしてこんな深夜にこんなところに居たんですか?」
「あ、はい……実は――」
事情を要約するとこんなところだった。
彼女は彼女で自衛隊が壊滅した原因や町の人々が消えた理由を調べていたらしい。
いくら質問しても答えてくれない自衛隊員に業を煮やした彼女は、隊員の一人に『魅了』を使い、無理やり情報を聞き出した。
そして隣町に居る化け物と町の人々が消えた理由は関係性があると考えていたところ、
「――大きな音がして、それが何かを調べに来たと」
「は、はい……それに――」
「それに? なんですか?」
すっと指を鳴らそうとする。
「す、すいません! 言います! 言いますからお願い止めて!」
手を降ろすと彼女はあからさまにほっとした。
「それじゃあ、話して下さい」
「は、はい……その、この辺りはまだ探索していなかったので、まだ『宝箱』が残っていると思ったので……」
「……宝箱?」
「ほ、本当です! ふざけて言っているわけじゃありません!」
俺が信じていないと思ったのだろう。
彼女は必死に弁明してくる。
「宝箱って言うとアレですか? あの四角い木の箱に装飾が施された……」
「は、はい、それです。中にはスキルが手にはいるアイテムや回復薬、役に立つ武器なんかが入っているんです。その、偶に外れもありますけど……」
「……」
俺や一之瀬さんが見つけた宝箱と同種のものか……。
俺たちが見つけたのには素早さが上がる『敏捷の指輪』と効果が分からない『癒しの宝玉』というアイテムが入っていたけど、彼女の言い分だと宝箱にも当たりはずれがあるって事か。
「あの……どうかしましたか?」
「ああ、いえ。そうですか、宝箱ですか……。スキルが手に入るアイテムというのは?」
「スキルオーブと呼ばれるアイテムです。見た目は透明なガラス玉で、大きさは野球ボールくらいですね」
『癒しの宝玉』と同じくらいの大きさだな。
「ほぅ……それを使うとスキルが手にはいると?」
「はい。赤い玉がスキル、黒い玉は職業が手に入り、白い玉だとステータスが上昇します」
そ、そんなに種類があるのか……。
というか、やっぱ一之瀬さんの『ガチャ』以外にもスキルや職業が手に入る方法があるんだな。
「じゃあ、もしかして『鑑定』も?」
「……はい、宝箱から偶然手に入れたスキルです」
「なるほど……」
『鑑定』はある程度使用範囲が調節可能らしく、対象を一人に絞ればステータスやスキルなど詳しく見ることができ、対象を複数にすれば名前が分かる程度になるらしい。
だから彼女はスキルを手に入れてからは、外に出るときは常に『鑑定』を使い、視界に映るモノ全てに『名前』を浮かび上がらせていたのだという。そのおかげで普通なら見逃してしまう様な場所にひっそりと隠された宝箱も見つけ出す事が出来たそうだ。
ちなみに現在の『鑑定』のLVは6。手に入れてからずっと使い続けてここまでレベルを上げたらしい。
(俺の『鑑定妨害』のレベルも6だった。同じレベルなら相殺されるって事か……)
つまり事前にあの知性ゾンビと相対していなければ、俺のステータスは彼女に筒抜けになっていたという事だ。
タイミングが良いんだか悪いんだか分からないな。
ともかく彼女が『鑑定』を手に入れた経緯やここに居た理由は分かった。
(『宝箱』か……これからの事を考えれば、出来るだけ押さえておきたいな)
ミミックの可能性もあるが、彼女の言う通り武器だけでなく職業やスキルまで手に入るならば『宝箱』の存在はかなり魅力的だ。
俺や一之瀬さんは『早熟』によるポイントボーナスや『ガチャ』があるから、複数の職業やスキルを手に入れられるが、西野君や六花ちゃんはそうはいかない。
『宝箱』から新たな力を得られるなら、かなり戦力が底上げできるだろう。
(彼女の『鑑定』を使えば効率的に探せるのであれば、利用するのもありだな……)
トリュフ探しに使う豚……いや、犬だな。
彼女にはその役を担って貰おう。
先に手を出したのは彼女の方だ。ならば逆にこっちで使い潰そうとも文句はないだろ。
殺さないだけありがたいと思って貰おう。
(……つい数日前なら、自分がこんな風に考えるなんて思いもしなかったな)
本当に嫌な慣れだ。
モモや一之瀬さん、大事な人を守るためなら自分がどこまでも残酷になれそうな気がする。この生徒会長さんや他人を使い潰し、切り捨てても構わないと思う程度には。
「事情は分かりました。それじゃあ一旦ここから――」
――離れよう、そう言おうとした瞬間だった。
周囲のトレントたちが急にざわめきだしたのだ。
「ッ……な、なに?」
「これは――?」
木々のざわめき、と表現するには余りにも不気味な怪音。
これは……怯えてる?
トレントたちが怯えているのか?
周囲のトレントたちはまるで『怖い』、『怖いよ』とでも叫んでいるかのように身を震わせていた。
「これは……どういう事だ?」
今までのトレントとは明らかに異なる行動。
その理由を、俺はすぐに知る事になる。
スキルが警鐘を鳴らす。
次の瞬間だった。
不意に、目の前の地面が――割れた。
「な、なに――!?」
「ッ――避けろ!」
反射的に五十嵐さんを抱えて、後ろへ飛ぶ。
その瞬間、割れた地面から無数の『蔦』が溢れ出した。
一本一本が人の体よりも太い極太の蔦。それが噴水のように何十、何百本も視界を覆い尽くしている。
(トレントの蔦か? いや、でもこんなの――)
余りにも長すぎる。
一本一本が何十、いや下手したら百メートル以上もあるぞ?
いや、考えるのはあとだ。
アレは『ヤバい』。間違いなく『ヤバい何か』だ。
スキルや本能が今までにない程に警鐘を鳴らしている。
(この存在感……昼間に戦った竜と同じ? いや、それ以上……?)
あり得ない。
いくらなんでもそれは――。
だが、思考が追いつくよりも先に、『蔦』が動き出した。
『蔦』は触手のようにうねり、周囲のトレントたちへと巻き付き始めたのだ。
「……は?」
『~~~~~~~~~~~ッ!!』
巻きつかれたトレントはメキメキと音を立て、あっさりと折れた。
『蔦』は地面に落ちたトレントの魔石を回収すると、そのまま地面へと引っ込んでゆく。
(なんだ……? あの『蔦』はトレントじゃないのか?)
他のモンスター?
いや、だとしても何故俺たちじゃなくトレントを襲う?
あ、そうだ、『鑑定』。
彼女の『鑑定』ならあの『蔦』の正体が分かるんじゃないか?
俺は左脇に抱える五十嵐さんの方を見る。
「五十嵐さん、アレを『鑑定』できますか?」
「え? は、はい! やってみます!」
顔を上げ、彼女は『蔦』の方を見る。
そして、その瞬間――
「え? 嘘……鑑定、出来ないわ!?」
「まさか……ッ!」
その瞬間、それまでトレントたちを襲っていた『蔦』の先端がこちらの方を向いた。
目は無い筈なのに、まるでこちらを見ているかのようだ。
(まさかこの蔦……俺と同じように『鑑定妨害』を――?)
蔦から伝わる『敵意』。
正体不明のコイツは、どうやら俺たちを『敵』と認識したらしい。
マズイ、選択間違えたかも……。