146.進化
候補としては、『上人』、『鬼人』、『影人』、『新人』の四つだろうか。
どれも見た目は普通の人間と変わらない上、他の進化先のようなデメリットも少ない。
『鬼人』は戦闘時や気分が高揚した時には角が生えるらしいが、その辺はスキルの効果と言ってしまえばいい。
六花ちゃんも『狂化』を使ってる最中は目が爛々と赤くなるし誤魔化すことは出来るだろう。
『上人』は俺のスキルの量を考えれば、かなりのポイント節約が出来るのは魅力的だ。
でも逆を言えばそれ以外のメリットがあまりないんだよな。他の三つに比べれば。
『影人』は『操影』やモモとの連携強化が期待できる。
でもこれだけ見た目の記述が無いのが気になるんだよなぁ。
他の三つは『見た目は普通の人間と変わらない』と書いてあるのに、『影人』にはそれがない。
『新人』は他の三つに比べれば弱いが、可能性の広がりって部分が気になる。
一之瀬さんにも『質問権』で得られた各種族の説明を行い、二人でしばし話し合う。
「私は……出来れば今のステやスキルをカバーできる種族にしたいですね」
「となれば『蛮女』や『鬼人』、『機械人』辺りでしょうか? あくまでメリットだけを考えれば、ですが」
「うーん……」
一之瀬さんは顎に手を当てて考え込む。
「確かに説明だけ見れば魅力的なんですが……正直自分が『蛮女』や『鬼人』とか『機械人』になるのってイメージできないんですよね……。なんというか、自分に合ってないというか……」
「うーん……」
確かにどれも一之瀬さんの今までのイメージとは大きくかけ離れた種族だ。
『機械人』に至っては、そもそも人間なのかも怪しい。
それにステータスが固定されるって事はそれ以上成長する見込みもないって事だし。
「……ぶっちゃけ『鬼人』や『蛮女』って私より、リッちゃんの方が合ってません?」
「あ、それは確かに」
イメージぴったりだ。
角生やしながら目を赤くさせて鉈を振り回す六花ちゃんのイメージが簡単に思い浮かぶ。
『蛮女』だと、あのスタイルで性欲が高まるのか……。
ちょっと襲われたいと思ったのは内緒だ。
「イメージってすごく重要だと思うんですよ。実際、私やクドウさんも今まで自分の性に合ってるスキルや職業を選んできたわけですし」
あー、確かにそれはある。
俺も職業やスキル決めは自分の感覚――直感によるところが大きかった。
モモやアカのアドバイスも多分にあったけどな。
「それに『機械人』なんて生殖が無くなるって記述があったじゃないですか。……好きな人とえっち出来なくなるって嫌じゃないですか?」
「……へ?」
本当に何気なしに言ったのだろう。
言った後で、一之瀬さんは自分の発言に気付いたらしい。
かぁーっとその顔が赤くなる。
「~~~っ! いや、違いますから。べ、別にそういう意味で言ったんじゃないですから!」
「ええ、はい、分かってます。分かってますとも!」
手をわちゃわちゃさせながら必死に弁明する一之瀬さんに俺は頷くほかなかった。
なんで俺まで声張り上げてんだ……?
一之瀬さんはぷいっとそっぽを向きながら、
「…………私だって女の子ですからそういうのに憧れるんです……」
……ぽつりと言ったその発言は聞かなかった事にした。
いや、まあ一之瀬さんの言い分も分かるよ。
俺だって男だし、そういうのが出来なくなるって嫌だよ。した事ないけどさ。
「くぅーん?」
モモがふたりともどうしたのー?と首をかしげる。
なんでもないよ、モモ。気にしないでくれ。
「と、ともかく『機械人』は無しです! 『武器職人』との相性は良さそうですけど、これだけは無しですから!」
「は、はい……というか、一之瀬さん、顔近いです」
「あ、すすすすいませんっ!」
赤かった顔が更に赤くなってゆく。
なんか見てるこっちまで照れてくる。
一之瀬さんも頭抱えてぷるぷる震えている。
正直めっちゃ可愛いと思った。
とりあえずお互い気分を落ち着かせること数分。
ようやく冷静になったので話し合いを再開する。
俺と一之瀬さんは気になった事を片っ端から『質問権』を使って調べることにした。
得られる固有スキル、種族ごとのステータスの上昇率、既存スキルへの影響、見た目の詳細、生殖の有無etc……。
その結果、残念ながら、先ほど判明した以上のことは分からなかった。
どうやら『質問権』で教えてくれるのは、あくまで必要最低限の情報だけの様だ。
それぞれの進化先で得られる固有スキルなんかが分かればだいぶ選択肢が絞れたんだけどな。
中途半端に情報を小出しにされるって中々意地の悪いシステムだよな。
ぱぁーっと景気よく教えてくれてもいいじゃないかよ。
まあ、愚痴ったところで仕方ない。
今ある情報を元に、進化先を決めるしかないだろう。
「……うん」
少し悩んだが、俺は決めた。
「一之瀬さん、俺の方は決まりました」
「あ、私の方も決まりました」
一之瀬さんも決まったか。
「何にしたんですか?」
「えっと、これです」
一之瀬さんが紙に書いた進化先の一つを指さす。
「……いいんですか、それで?」
「はい。もう決めたので。クドウさんは何にしたんですか?」
「俺はこれです」
俺も紙に書かれた進化先の一つを指さす。
それを見て一之瀬さんは目を丸くし、笑った。
「同じじゃないですか」
「ええ」
くしくも俺と一之瀬さんの選んだ『進化先』は同じだった。
お揃いである。
やっぱりお互い考える事は似ていたらしい。
「でもいいんですか、一之瀬さん。それだとあまり弱点をカバーできるとは思えませんが?」
「大丈夫です。それに……目先の情報に踊らされて選択するよりかは、自分の直感を信じて選択した方が後悔がありませんから」
迷いなくそう言う一之瀬さんは凄くかっこよかった。
ならば俺も是非もない。
「それじゃあ、さっそく進化しますか」
「あ、ちょっと待って下さい」
ステータスプレートに指を近づけようとした一之瀬さんを止める。
「どうしたんですか?」
ふと、俺は思い出す。
大事な事を忘れていた。
「念のため、モモ達の意見も聞いておきましょう」
俺は床に寝そべるモモとキキに目をやる。
声をかけると、なになにー? とモモとキキはとてとて寄ってきた。
なでてーと体を擦りつけて来るので、モフモフする。
「……」
一之瀬さんが羨ましそうな目で自分を見ている。
モフモフを譲りますか?
ノー。
「うー……」
「……すいません、冗談ですよ」
だからそんなふくれっ面で睨み付けないで下さい。可愛いです。
二人でしばしモモとキキをモフモフし、アカをぷるぷるする。
さて、本題だ。
「モモたちのお薦めはあるか?」
「くぅーん?」
「……(ふるふる)」
モモは首を傾げながら、目の前の進化先を記した紙を見る。
アカも擬態を一部解除して、紙の傍にぽよんと着地する。
これまでの選択で、モモたちは幾度となく俺たちを助けてくれた。
それは直感以上の何かを感じさせるほどだ。
三匹は紙の上に書かれた進化先をじーっと見つめる事数秒。
顔を上げ、それぞれ視線を合わせて頷く。
「わん」
「きゅー」
「……(ふるふる)」
モモとキキは前脚を、アカは体の一部をにゅっと伸ばして、一つの種族の上に乗せる。
――それはくしくも俺と一之瀬さんが選んだ種族と同じだった。
「……みんなの意見も同じみたいですね」
一之瀬さんがクスリと笑う。
「ええ。それじゃあ今度こそいきますか」
「はい」
意を決して、俺と一之瀬さんは新たな種族を選択する。
進化――すなわち人間でなくなる。
一瞬、そんな考えが脳裏をよぎるが、不安はない。
だって一人ではないから。
一番信頼している彼女が同じ種族を選んでくれたから。
だから不安はない。恐怖も無い。
一片の迷いもなく、俺は進化することができる。
≪クドウ カズトの種族を『人族』から『新人』へと進化させます
よろしいですか?≫
迷うことなくイエスを選択する。
≪これより進化を開始します≫
≪――接続――接続――成功≫
≪対象個体の肉体の再構築を開始≫
≪新たな種族を構築します≫
≪各種ステータスを上昇させます≫
≪進化を開始します≫
ぐにゃりと、目の前の景色が歪む。
直後、俺と一之瀬さんは床に倒れ伏した。
≪非通知アナウンス≫
≪人族における最初の進化を確認≫
≪対象を特定≫
≪クドウ カズト≫
≪イチノセ ナツ≫
≪両名に対し特典ボーナスを作成≫
≪―ザザ―――ザザザザザザ≫
≪――接続――接続――失敗≫
≪対象の個体が一定条件を満たしていません≫
≪スキルの作成を失敗しました≫
≪対象個体が条件を満たすまでスキルを保留とします≫
≪定時報告≫
≪ネームドモンスター 発生数48体≫
≪ネームドモンスター 討伐数5体≫
≪固有スキル 発現数27≫
≪固有スキル保有者死亡数12≫
≪特定固有スキル≫
≪七罪スキル『傲慢』『暴食』『嫉妬』発現を確認≫
≪六王スキル『狼王』『竜王』『海王』発現を確認≫
≪五大スキル『早熟』、『共鳴』、『検索』発現を確認≫
≪各項目は目標値に達していません≫
≪カオス・フロンティア 拡張を継続します≫




