132.七日目の始まり
朝日が差し込む。七日目の朝だ。
隣には六花ちゃんの寝顔があった。
すぅすぅと可愛らしい寝息を立てながら、体を丸めて眠っている。
というか、距離が近い。
(勝手に布団に入ってきちゃ駄目だろ……)
ホント警戒心足りないなぁ。
仕方ないから俺は彼女を起こさぬようそっと起き上がり毛布を掛け直して部屋を出た。
(起きてる奴は……結構いるな……)
起きてる奴、寝てる奴。至る所で感じる気配。
職業『追跡者』によって手に入れた新たなスキル『広範囲索敵』。
その索敵範囲は今までの比ではなく、この市役所全体を軽々と覆える程の索敵能力を有している。
更に漠然としか判別できなかった細かな気配もはっきり分かる。
まあ、多少人の気配が鬱陶しく感じるけど、そこは慣れるしかないだろう。
洗面所へ向かうと先客がいた。
「おはようございます、西野君」
「ああ、おはよう、イチノセ」
西野君は顔を洗い、さわやかな笑みをこちらに向けてくる。
「他の人達は?」
「まだ寝てるよ、昨日は遅くまで話し合いをしてたからな」
「そうですか」
昨日市役所へ戻って来た後、俺は彼らと打ち合わせをした。
スキルや連携、そして明日の作戦や、その他諸々、いろいろ話し合っていたらすっかり遅くなってしまった。
西野君が事前に根回しをしておいてくれたおかげだろう。
俺は疑われる事無くすんなりと彼らの輪に入る事が出来た。
それだけではない。
西野君はイチノセさんと六花ちゃんのすれ違いについても説明してくれていたらしい。
彼の仲間からやたらと優しくされた。
褐色のギャルっぽい女子高生が「今までごめんなさい」と謝ってきたり、ガタイの良い不良君が「今度は俺たちが守ってやる」とか言ってきたり。
……この子達ちょっと良い子過ぎない?
優しすぎてちょっと泣きそうなったよ。なんで不良なんだ?
(ホント外見って当てにならないよなぁ……)
社畜時代は『見た目が全て』が当たり前だった。
寝癖、無精髭、服の皺。社会人ってそういう『見た目の良さ』を異常に重視する。
でもそれが今の世界では当てはまらない。
人の本性が剥き出しになるこの状況において、外見だけを取り繕っても何の意味も無い。
西野君たちのグループはその分かり易い例だろう。
「……どうしたんだ、人の顔をじっと見て?」
「いえ、何でもありませんよ」
とりあえず顔を洗う。
西野君は終わるまで待っててくれた。
「朝食までまだ時間があるな……少し話さないか?」
「いいですよ」
場所は変わって市役所外にある駐車場。
その外壁に俺と西野君は腰かける。
朝食まで見張りを交代すると言ったら、あっさり代わって貰えた。
「ここなら話を聞かれる事も無いでしょう」
西野君は口調を変えた。
あくまで彼は二人きりで話す時は敬語にするつもりらしい。
まあ、西野君らしいっちゃ、らしいか。
「いよいよですね」
「ええ……」
商店街に潜む女王蟻との決戦。
ここに住む人たちにとっては絶対に負けられない戦いだ。
「そう言えば、清水さんが喜んでいましたよ? 決戦前にあれだけ大量の殺虫剤が手に入ったのは幸運だって」
「それは俺じゃなくイチノセさんに感謝してほしいですね。彼女の『ガチャ』が無ければ、あれだけの量の殺虫剤を当てる事は出来なかったんですから」
昨日の夜、俺は大量の殺虫剤を持って市役所へ戻った。
実際には俺のアイテムボックスから出したストックだが、イチノセさんの『ガチャ』で当てたという事にしておいた。
アイテムボックスの存在はまだ隠しておきたい。
でも相手は『ネームド』だ。
打てる手は出来る限り打っておきたい。
「……それでも礼を言っておきますよ。今回の戦い、勝つ事は大前提ですが、それに加えて損失を抑える事も重要になってきますから」
「そうですね」
そう、もし女王蟻を倒しせたとしても、まだもう一体のネームドが残っている。
ゴーレム・ティタン。コイツをどうにかしない限り、この市役所に未来はない。
(一応、戦略は組み立てたんだけどな……)
新しく獲得したスキル。
加えてキキの『反射』、モモとイチノセさんの新スキル、アカの新たな擬態。
万全の状態でこれら全部をフル活用すれば、アイツにも通じるかもしれない。
だが……それだけに分からない事もあった。
(アカはどうして俺に『追跡者』を選ばせたんだろう……?)
確かに索敵範囲は広がったし、『追跡』や『地形把握』は有用なスキルだ。
でも今この状況で採るべき選択肢だったとは思えない。
ただ戦闘を有利に進めるなら『忍者』の上位職の方が理にかなっているように思える。
(アカに聞いても『なんとなくー』としか答えてくれないし……)
モモやアカの『勘』はどこか確信めいたものがある。
だからこそ俺もそれを信じたのだが、未だ『追跡者』の有効な活用手段が思い浮かばなかった。
(次のレベルアップまで第四職業もお預けだしなぁ……)
色々と歯がゆい。
それに加えて最大の懸念は―――。
「……藤田さんどうしたんですかね?」
俺がそう言うと、西野君が渋い顔をする。
夜が明けても、まだ藤田さんは戻って来ていない。
何かしらの異常事態があったと見るべきだろう。
モンスターに襲われたのか、それとも別の理由か。
「……西野君は昨日、彼に『メール』を送ったんですよね?」
「ええ。ですが、返信は来ませんでした」
藤田さんは市役所の中心人物だ。
だからこそ、西野君も『メール』を使う事を躊躇わなかったのだろう。
(メールリストに載った人物が死亡した場合、リストからその人物の名前は消える)
俺は知らなかったのだが、西野君は何度もメールリストを見直してその事に気付いたらしい。
リストに藤田さんの名前はある。
だからまだ死んでいない……筈だ。
「市役所の人達は?」
「昨日はかなり動揺してましたけど、もう大丈夫だと思います」
聞けば、市長が動揺する皆を一喝したらしい。
曰く――騒ぐな見苦しい。この程度で動揺していては藤田が帰ってきた時に笑われるだろうが。お前らが信じた男がこの程度でくたばる筈がないだろう。信じて待つのだ。
……いや、むしろ出し抜いてやろう。奴が戻ってきたら盛大に笑ってやれ。
お前が遅刻する間に全てが終わったぞ。この役立たずと、あのバカを盛大に罵ってやるのだ、と。
「……なんというか、凄いですね」
「指導者としての器の違いを見せつけられましたよ。俺にはとても真似できないと思いましたね……」
「西野君には西野君のやり方があります。別に張り合う必要なんてないでしょう?」
他人は他人。自分は自分だ。
絶対的な正しさなんて存在しないのだし、自分に出来る事をやるしかない。
「そうですね。まあ、こんな俺でも付いて来てくれる奴らが居るんです。……だから頑張らないといけないと思ったんですよ」
……そう言う事をすんなりと言えるから、君は強いんだと思うけどね。
西野君は立ち上がる。
「付き合わせてしまってすいません。そろそろ行きましょう」
「そうですね」
見張りを別の人に代わって貰い、俺と西野君は市役所の中へと戻った。
朝食を終えると、さっそく作戦会議が始まった。
西野君が話していたように役場の人達の動揺は少なかった。
ただ若干清水チーフの表情が暗い。大丈夫だろうか?
「皆、揃ったな。ではこれより作戦を説明する」
壇上に立つ上杉市長はそう言って『地図』を発動する。
「昨日、彼女達が女王蟻を見つけた場所はここだ」
上杉市長は立体的な地図の一部分を指でなぞる。
商店街の地下施設。その西側にある一角だ。
「階段は一箇所だけだが、周辺には奴らが空けた巣穴がいくつもある。侵入には事欠かないだろう」
ただし、と上杉市長は続ける。
「当然奴らも待ち構えてるだろう。だからまずは、燻煙式を使って奴らを弱らせる。……幸い殺虫剤の量は十分にあるしな」
ちらりと、その視線が俺に向けられる。
すっと俺は顔を逸らした。
「その後は突入して奴らを殲滅する。各自指定した場所から突入してくれ」
燻煙式で弱らせ、女王蟻に逃げられない様に包囲して殲滅する。
シンプルで分かり易い作戦だ。
ジャイアント・アントは数は多いが、一体一体の戦闘力はそう高くない。
懸念があるとすれば女王蟻自体の戦闘力か。
それと―――。
「……ゴーレムが出てきた場合はどうしますか?」
職員の一人が手を上げる。
そう、それが最も懸念すべき点。
アレに出てこられれば作戦どころの話じゃなくなる。
「作戦を中止して即座に撤退しろ……と言いたいところだが、時間もあまりない。なんとか逃げ延びつつ、作戦を遂行してくれ」
おいおい一番何とかしなければいけない部分が何とかできてないじゃんか。
「最悪の場合、誰かにティタンの注意を引いてもらいその間に作戦を実行する。それ以外に手はない」
つまり囮役か……。
実際そう言う場面に直面して、迷わず囮役を実行できる奴がいるのかね。二代目様じゃあるまいし。
何名かは不満そうな顔をしているが、代案が無い以上文句も言えないのだろう。
市長はぐるりと周囲を見回す。
「では今から三十分後、作戦を開始する。みんな、絶対に生きて帰ってこいっ!」
「「「「オオーーーーーッ!!」」」」
全員が気合を入れて立ち上がる。
女王蟻アルパ討伐作戦が始まった。




