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不器用なふたり  作者: いしかわ
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9、二十歳

9、二十歳



「綾香…浮気したって、どういうこと」


彼女からのメールを読んですぐに彼女の家に向かった。

これから会いに行くという電話もせず。

仕事終わりそのままの格好。

自宅から彼女の家までは車で一時間程の所にあり、お互い独り暮らし。

運転しながら、会おうと思えばいつだって会える距離にいたのだと今更ながらに感じながら、彼女の事を考えていた。

他の男の所へ行くなんて、彼女は自分の事が好きではなかったのか。

そうだとしたなら何故、もっと早い段階で別れ話を持ち掛けなかったのか。


彼女の住むアパートの脇に車を停め、階段を上がる。

ここへも何度かしか足を運んだことはない。緊張で手すりを掴む手に汗が滲む。

部屋の前に着いた所で呼吸を整え、呼び鈴を押すと中の物音が止み玄関の方へ足音が近づいてくる。

ガチャ、という音がして扉が開かれ、彼女と対面した。


「…新一…。」

「説明して。メールのこと。」

「それで、わざわざきたの。…あがって。」


綾香はとても驚いた顔をして新一を部屋に誘導した。

中は生活感があり、料理の途中だったのか食欲をそそる匂いがする。

ワンルームで女性らしい内装。小さなテーブルのすぐ横にあるベッドに目がいくが、乱れた形跡が無いことに内心ホッとした。

焦って駆けつけた自分とは対照的に、随分と落ち着いた様子でお茶の用意までしている綾香に少し腹が立つ。

あんなメールを送っておいて、何を考えているのか…。


「相手は?いつ、どこで何したの」

「…大学のサークルの人。昨日の夜、飲みの帰りに相手の家で。」

「!何でっ…」

「だって新一、私の事好きじゃないでしょう!」


ここで初めて大きな声を出した彼女は、怒ったような、泣き出しそうな表情で新一を見つめた。

新一は彼女の予想外な言葉に動揺する。

自分が彼女の事を好きじゃない。そんなことはない。でなければとっくに別れているし、ここまできていない。

まさかずっとそんな風に思わせていたのか。だからと言って。


「好きだよ!好きだし、別れたくもない!どうして俺の気持ちを確かめもしないで決めつけるの?どうして浮気なんて!」


浮気をしていい理由にはならないだろう。仮にも付き合っている恋人がいるわけなのだから。


「…寂しかったの。連絡もこない、会いにも来ない。…それで付き合っているって言える?」


彼女は泣いていた。ポロポロと落ちる涙が彼女のスカートの裾をぬらす。

何も言葉が出てこない。付き合うって、形が大切じゃないか。

頻繁に会っていても恋人という形がないと意味がないように。

綾香と自分には気持ちに差がある。

自分だったら今の状態で寂しさを感じて浮気をするなんてない。


「俺は、言える。付き合ってる彼女がいるって。…あまり会っていなくても。」


伝えた瞬間、彼女はとても悲しそうな顔をしてうつむき、ポツリと言った。


「わかれよう。…新一…」

「…別れたくないって、言っただろ。」

「あなたは私を離したくないんじゃない。彼女っていう存在を失いたくないだけ。…もう一緒にはいられないわ。」

「そんな事ない」

「出てって。」


うつむいたままピシャリと言う。

もう、駄目か。

また、駄目だった。どうしていつも。


「綾香…。俺のどこが好きだったの…。」

「…分からない。」

「…俺の何がいけなかった?」


悲しくなった。終わらせたい訳じゃなかったのに。もうどう人と付き合えば良いのか分からない。


「本音を言わないところ…よく見られようとするところ…。

素直じゃないところ…。」

「どういう意味。」

「私、新一の事よく分からなかった。いつも。何を思っているのか、私の事を本当に好きなのか。きいてもどこか本心じゃない気がして。」

「…。」

「…気持ちは言葉にしないと伝わらないよ。…さよなら新一。」


グイっと背中を玄関の方へ押された。そのままドアの外まで。

ガチャリと鍵が閉まる音。

そのまま動けずにいると、暫くして中から物音がし始めた。

綾香はもう料理を再開するようだ。

自分だけ、時間が止まったまま。


「さよなら…綾香…。」


どれだけ経ったか、どこからももう音が聞こえなくなった頃。

乗ってきた車に向かって階段を降りた。

辺りには誰もいない。

ひとりになった。



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