おためし彼氏Ⅲ
黎の膝の上で寝ていた胡桃を起こし、胡桃の屋敷の執事に案内され、黎とまだ眠そうな胡桃は胡桃の母、優子の待つ部屋へと入っていった。
「失礼しまーす」
コンコンとノックし、部屋の向こうから返事が来て、黎は扉を開けた。
個室にしてはやけに広い部屋が広がっていて、本棚には本がびっしりと並んでいた。
「来たわね、黎君」
本棚に囲まれている真ん中にある机に座っている優子が笑顔で出迎えた。
胡桃は頬を自分でパンパンと叩き、机の前にあるソファに座った。
「さ、座って」
優子に言われる通り、黎は胡桃の横に座り優子は二人の前に座り、話を切り出した。
話を切り出す前に部屋に使用人が紅茶とクッキーを持ってきて、胡桃は食べたそうに見ていたが話が先だ、と自分に言い聞かせ、視線を優子の方へ再度移した。
「単刀直入に言うわ、天津黎君、胡桃の彼氏になってほしいの」
「「・・・・」」
時計の針が時間を刻む音と外の鳥の鳴き声や人の話し声が黎達三人のいる空間を支配した。
優子の目はいたって真面目で嘘を言っているようにも思えない。その証拠に隣にいる胡桃もポカンとした表情をしている。
数秒前に優子に言われた発言が黎の頭の中で何回もループする。
「・・・・は?」
「・・・お義母様、どういうこと?」
「私が言った通りの意味よ、二人には恋人同士になってほしいの」
繰り返される沈黙の時間。黎はポカンとした表情で胡桃はと言うと顔を真っ赤にして下を向いている。
「えっと、その理由は・・・?」
「色々あるけど、まずは胡桃が他の貴族や他の大手企業グループの息子など、色んな所から求婚されてるのよ、胡桃は頭いいし一応大月家は社会でも知られる程度には認知されてる。そしてなんといっても胡桃の美貌に惚れたんでしょうね」
確かに他の貴族や企業グループからすれば、家柄良し、成績良し、見た目良しで、弱点という弱点が見つからない。
大月家は日本でも上位の企業だし、他の企業から迫られるのは当然だろう。
「私はね、どこの馬の骨だか知らない男と結婚なんてさせたく無いのよ、胡桃にはちゃんと恋をしてほしいのよ、この世界に引き込んだのは私だからそれぐらいの事はしてあげたいの」
「お義母様・・・」
胡桃を大月家に招いたのは他でも無い優子なのだ、こんな世界に招いた詫びとして出来ることが未来のパートナーは政略結婚などせず結婚してほしいというのが、優子の願いだった。
「それでも、周りの人間は胡桃の事を諦めてないのよ、だから黎君には一時的に胡桃の彼氏になって胡桃を狙う輩を返り討ちにしてほしいの」
「偽の彼氏・・・ですか」
「胡桃も黎君と話していて、とても楽しそうだったし胡桃自身は嫌じゃないはずよ?ね、胡桃」
黎が少し赤面しながら胡桃の方を見てみると胡桃は黎の何倍も赤くなっていて、俯いていた。
そして優子の問いにはコクコクと頭を縦に振っていた。
「でも、俺には彼女が・・・」
「本当は付き合って無いんでしょ?」
「・・・・なんでそう思うんです?」
優子が言ったその言葉に胡桃は驚きを隠せていなかった。それは黎も同じで動揺していた。
「恋人っていう感じがしない、私はそういうの見抜くの得意なのよ」
今何かを言い返してもそれ以上の返しが来て、また詰まるだけ。何も言い返せない黎は、はぁ、とため息を吐き、優子に質問をした。
「その彼氏を演じる期間は?」
「そうね、1ヶ月程かしら」
こうして、黎と胡桃は1ヶ月間、恋人になった。