永遠の夏
短いです。少しポエミーです(笑)
「ここにいるのは夏休みだけなのね」
少女は寂しそうにそう呟く、それに対して僕は何も言えずにいた。ただ渋々頷いた。少女の薄い桜色の唇が小さく震えている、泣くかなと思った。少女の表情は子供には大きめの麦わら帽子が作る影で見えない。
僕の予想に反して少女の唇は緩く弧を描いた、笑ったのだ。
「そっか残念だね」
諦めと落胆の色が滲む声、それでも少女は笑っていた。それを僕は無性に寂しく思った。
僕は少女に泣いて欲しかった。泣いてすがってほしいと思っていた。けれど少女は僕が思っていた以上に大人だったから僕が告げた事実を淡々と受け止めている。僕を困らせたくなかったのかそれともただそこまで寂しいと思わなかったのか、僕には分からない。
「また、会えるよね?」
「うん、きっとまた会えるさ」
僕が答えると少女はほっと安堵の息を吐いた。それを見て僕は嬉しくなって微笑んだ。
日差しがじりじりと僕らの皮膚を照り付ける。こめかみから首に汗が伝っていくのが分かる。とても暑い真夏の日。
「私のこと忘れないでね」
「忘れるわけないよ」
「本当に?」
忘れるわけがない。きっと忘れられないだろう。
「絶対だよ」
少女の花柄のワンピースの裾が風でふわりと舞った。
「今日は何して遊ぼうか」
「んーとね……川にいこう!」
「そうだね暑いし」
※
「夢か……」
あの夏よりもたいぶ低くなった自分の声に少し驚いた、まだ僕の意識は夢の中を漂っていたらしい。
あの夏に少女と交わした約束を僕は破ってしまった。破りたくなかったけれどもあの場所には行きたくても行けなかったのだ。あそこは父方の祖父母の家、その翌年の春に僕の両親は離婚した。そして僕は母の方に引き取られ父とはそれ以降会っていない。
だからあの夏以降少女とは会っていない。
もう少女の名前も顔も忘れてしまった。ただ朧気な姿と交わした約束のみを覚えている。
僕の記憶は年とともに薄れていく。仕方のないことだと分かってはいても薄情なものだと思う、それとともにいつまで引きずっているのかと馬鹿馬鹿しくも思う。
きっと少女は僕の初恋の人だと思う。だから印象深いのだろう。
僕はまだしばらくは少女を忘れられないだろう。
まだしばらくは過去の幼く可愛らしい少女に囚われたままだ。
それも悪くない。
『私のこと忘れないでね』
それは永遠に僕を過去に縛る呪いの言葉。