0-4話 遺伝子サンプル
「すいません、どういうことでしょう?」
遺伝子をサンプルとして欲しい。それは理解出来る。
しかし、
「だから、このビーカーにあなたの精を取らせて欲しいの」
なぜだ。
血を採るとか、細胞を取るとかではないのか。
あぁ、判った。変態だ、この人。
隣でスイちゃんも困った顔をしている。
「ごめんなさい、あの、それはちょっと・・・」
「そんなぁ。そんなに時間はかからないでしょ? すぐ済むわよ、ね?」
ね?ってなんだよ。
「すぐでしょ? ね、あなた早いわよね?」
そんなに早い早いと言われると流石にムッとする。
俺は妙なプライドを刺激され、売り言葉に買い言葉で反論する。
「早いけど、何度でもいけます」
「一回でいいのよ!」
横に目をやるとスイちゃんが恥ずかしさで顔を真っ赤にしている。
しまった。スイちゃんに対するイメージダウンは避けたい。避けなくては!
どうしたらいい!
いや、、、答えは簡単だ!
「ね、お願い、一回だけでいいから。一回分だけ。ね? お願いよ」
「遠慮させてもらいます」
そう。きっぱりと断ること。
紳士として振舞う俺。スイちゃん、見てくれてますか?
俺は椅子から立ち上がって一礼。部屋を出て行こうとする。
「なんで!?」
「何でって・・・いや、そんな、イキナリだし」
ミオン先生が俺にすがりついてくる。腰にしがみついて、胸を押し付けてくる。
「お願い。ね? 私も手伝うから。ね?」
服が乱れ、肩が見えている。先生、落ち着いて下さい。胸がこぼれそうですよ!
何でこんなに必死なのか。
ベルトに手をかけるのはやめて下さい、ミオン先生。
「ミオン先生!ダメですよ。シチロウさんはこの後いろいろと〈おもてなし〉が待っているのですから」
良かった!スイちゃんも助け舟を出してくれた。
「そう、もう行かないとね」
「はい、行きましょう」
「うん。ミオン先生、すいません、お邪魔しました」
「失礼しますね」
「傷の手当、ありがとうございました」
ここは一気に行く。流れで出て行く。
ミオン先生の手をそっと解いて、この展開にミオン先生がついてこれないように素早く行動する。
無事に部屋を出て行った俺たち二人の後から、
「また来てね!待ってるから!」とミオン先生の声が聞こえた。
***
そのあと、スイちゃんの言う〈おもてなし〉が待っていた。
それは予想と全く違っていて、
「お城を挙げての宴」「鯛やヒラメの舞い踊り」「乙姫様のおもてなし」的なものはなかった。
一言で言うと、地味で静かだった。
お城の結構豪華な一室で、結構豪華な夕飯を食べさせてもらい、そして結構豪華な部屋に泊めてもらった。地味、とは言ってもそのどれもが、俺のような平凡な人間は夢見たこともないような豪華さだったが。
城主で且つ国王であるヤム様は遠くに出ていて「しばらく不在」ということで、会うことはなかった。
翌日はアビス観光をさせてもらえるという。
「今日は早めにお休み下さい」
そう言ってスイちゃんは部屋から出て行った。
・・・寂しい。
***
もう寝よう。今日は色々あって疲れた。
そう思ってベッドに入る。シンプルだけど柔らかいベッド。
すぐに眠れそうだ。
ところが、夜中にミオン先生が訪ねてきた。
ウトウトしていたところにトントンと戸を叩く音がするのでよく確かめもせずに開けると、ミオン先生が立っていたのだ。
「ミオン先生!なんの用ですか!?」
待ってる、じゃなかったの!?(行くつもりはなかったが)
ミオン先生は答えない。先に会った時のような朗らかさはなく、俯いて、少し気落ちしているような? うなだれるミオン先生の首筋から胸にかけての曲線が美しい。
相変わらず胸は開かれ、長くて綺麗な生足を晒していて、可愛くて美しいその姿は夜の静けさに溶け込もうとしても溶け込めない。
先生は無言で俺の部屋に入り、そっとドアを閉める。
あ、やばい。逃げられない。
「あなた、ノア伝説って知ってる?」
「ノア伝説? ノアの箱船のことですか?」
「そう。でも、あなたの知ってるのとは違うの。〈私達の〉ノア伝説のことよ」
「私達の?」
ミオン先生は俺にノア伝説について教えてくれた。
はるか昔。
世界は大災害に見舞われた。大気は汚れ、大地は割れ、海は沸騰し、とても人が生きていける環境ではなくなった。
そこで十二人の研究者が「人類が生き永らえるように」と、人と動物の遺伝子を融合した。
人をベースに動物の特徴を持たせた生命体、動物をベースに人の知能などを持たせた生命体、多様な生命体を生み出し、過酷な環境で生存できる可能性を探ったという。
「だから遺伝子の研究をすることは、私達の発生を知るためにも重要だし、未来に再び起こるかもしれない大災害に備えるためにも必要なことなのよ」
ミオン先生は言い訳するように言い、俺の許しを請うような目で見つめてくる。
きっとさっきのことを謝りに来たのだろう。
しおらしい。
いつもは明るく朗らかな美女がシュンとしてしおれている姿には憐憫の情を禁じ得ない。
だが、それで終わりではなかった。
ミオン先生はおもむろにローブを脱ぎ、その胸を露わにすると、身を寄せて、上目遣いに俺を見つめてきた。
「だから・・・ね?」
***
それから小一時間。
ミオン先生は手や口や舌や胸を使って俺に様々な刺激を与え、
ビーカーにいっぱいの精を集め、
新しいおもちゃを手にいれた子供のように嬉々とした顔をして部屋を出て行った。
「一回だけじゃないじゃないか」
疲れ切った俺はベッドに倒れ、夢も見ずに眠った。