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短篇集

コーヒーカップと砂糖菓子

作者:
掲載日:2015/06/24

多分1年くらい前にツイッターの診断メーカー『字書きさんにお題出してみったー(shindanmaker.com/185828)』を使って書いたツイノベ…をだいぶ手直ししたものです。

お題:『自室』を舞台に、『コーヒー』と『右手』と『強風』の内二つをテーマにして話を書いてみませんか。

 珈琲の入ったティーカップを、パソコンとにらめっこする姿の傍らに置く。かちゃり、という音で我に返ったらしい彼はこちらに振り向き、「ありがとう」と言った。

「あんまり根詰めても、よくないよ」

「うん、分かってる」

 眉を下げ曖昧に笑むと、彼はマウスから手を離し、ティーカップを持ち上げた。白いカップを持つ、右手に自然と目が行ってしまう。

 しなやかでうら若き乙女のように繊細、それでいて男の人らしいごつごつとした骨格の大きな手。それなりに長い付き合いの中で、私はこの手が――というよりこの肌が、日に焼けているところを見たことがない。

 仕事中は丸みを帯びたマウスを包み込むように操作し、長い指をそれぞれ器用に動かしながらキーボードを軽やかに叩く。

 休憩中は私が持って来た湯気の立つカップに触れ、滑らかな曲線を描く真っ白な取っ手に指を絡める。

 プライベートな空間であるはずの自室にまで、今日みたいに仕事を持ち帰ってくることの多い彼。

 仕事道具であるパソコンや書類に触れるのと、長年愛用するお気に入りの珈琲が入ったカップに触れる右手は同じもののはずなのだけれど、込められた感情がどこか異なるように思えるのは、私の気のせいだろうか。

 パソコンに触れる手はどこか緊張気味なのに対し、カップに触れる手はどこまでもリラックスしているように、私には思えてならないのだ。

 ……と、そんなことを考えながら彼の傍らにぼんやりと突っ立っていると、不意に彼が振り向いた。かちゃり、とカップをソーサーに戻す音が、やけに耳につく。

「……何」

 見つめてくる黒い瞳が、妖しく揺らいだ。私は思わず後ずさる。

 だらりと下げられた私の手を、伸ばされた彼の右手がゆるりと掴んだ。先ほどまで持っていたカップの温度だろうか、触れた部分はじんわりと熱い。

「休憩、しようかなって」

 すり寄るような、甘えた声。

 刹那、ぐいっと身体を引き寄せられ、私は椅子に座った彼の膝に自然と乗っかる形になった。

 間近に映る彼の顔。柔らかな、心の底から安堵したようなこの微笑みは、私しか知らないのだ。そう思うと、妙な優越を感じた。

 腰に回された左腕、そして私の頬に触れる右手。それは仕事用の道具に触れるものとも、リラックス用のプライベートな道具に触れるものとも違う。静かに燃える、炎のよう。

 このどこまでも優しく、熱っぽい右手の温度。これも、私しか知らない。知らなくていい、とさえ思う。

「……何、考えてるの?」

「何も」

 ふふ、と笑いながら、彼が唇を寄せてくる。

「俺のこと以外、考えちゃだめだよ」

 最初は優しく、徐々に深く激しく。降ってくる砂糖菓子のような唇の柔らかな甘さに、心地よくなった私は小さく笑みを浮かべる。

 あなたのことを考えていた、と言ったら、あなたは何と答えてくれるのだろうか……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい文章でとても良いですね。シーンが映像として浮かんでくる様です。
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