Chapter8[開拓者になりました]
連れて行かれた先はギルド一階の十畳間ほどの場所で、中央に透明な直方体の安置してある部屋だった。
直方体はだいたい高さは二メートルくらいで、底辺は二十センチ×一メートル弱の大きさで、板の中央部に天秤を意匠化したデザインの模様が刻まれている。
よほど大切なものなのか、部屋の中には武器を持った男がいた。
「嘘に反応して呈色する『真偽の石版』。開拓者って言っても誰でもなれるんじゃあ犯罪を招く。ギルドの信用度を上げるためにもこういうものを使うことになってるの。カードを作ってる間に試させてもらうわよ?」
「なるほど。悪いことはしてません、とでも言わされるわけだ。色が変わったらそこの奴らが飛び掛かってくる、と。てっきり大事だから守ってる衛兵かと思ったぜ」
「ご名答。両方ともね。彼らはギルドに勤めてる衛兵で、ここで犯罪者を見つけたら裁判所まで引っ立てるの。縛り上げて真偽の石版で調べて処罰するわけね」
「黙ってれば反応しないんだろう?」
「その時はいっちばん重たい罪に準拠するからみんな吐くわよ? 斜めにクロスさせた板に縛り付けて剣で何回もなますにするんだから」
|凌遅刑に処される《少しずつ肉を切り落とされる》のか……。これは悪いことはできない。なんとなく、子供のころに『真実の口』の占い機に手を突っ込まされた時のことを思い出した。
親父が「うそつきは手をかみちぎられるぞおおお?」とおどろおどろしくいうものだから泣いて逃げようとしたのだが、無理やり引きずって突っ込まれたのだ。お前こそ手を突っ込んで噛み千切られてしまえと強く思ったものである。
俺がビビったのが分かったのか、ドロップキック女はニタリといやらしい笑みを浮かべた。
「さあ、さっそくやりましょうか? 『わたしは嘘をついたことがありません』」
「そのレベルで犯罪なのかよ!?」
やばい。そんなことしたら一発で犯罪者確定である。
手をつかずに逃げようとしても、俺だったらそんな怪しい奴とっ捕まえないはずがない。
つまりここでDEAD END?
「とっ……、投擲の魔石となりて飛べよ炎塊!」
こうなったら徹底抗戦しかない。世界の果てまで逃げ延びるのだ。未開の部族は嫌なので、盗賊でもやって暮らします。
とっさに壁のほうに向けてファイアボールを詠唱して――
「がぁ!?」
世界が一回転して床にたたき伏せられた。
「ふー、あぶないあぶない。ほんの冗談じゃないの。真に受けないでよね……」
どうやら組み伏せられたらしい。腕がひしぐようにとられていて、頭の上から声が降ってくるという図になっている。
足に痛みがあることからして、どうやらそのあたりから払い飛ばされたようだが、では実際にどうされたのかが全く分からない。
「冗談よ冗談。いい? 嘘くらい誰だってつくでしょう? そんなのいちいち罪に問うてたら国がほろぶってのよ」
「冗談……?」
「そう。冗談だから落ち着いて」
そう言ってから解放される。
「ちょっとしたお茶目だったんだけど……ぷくくっ……まさかここまで本気にされると慌てた分だけ笑えてくるわね……」
肩を震わせて笑うドロップキック女。
次第に俺にも事態が呑み込めてくる
要するに、からかわれたと。
「衛兵さん! この人捕まえてください! 嘘つきの罪で!! 嘘つきの罪でッ!!」
「落ち着け。そんな罪はないんだ」
「あっははははははは!」
俺と衛兵のやり取りを見てさらに大笑いするドロップキック女。オオカミ少年のように嘘から出た真みたいな感じで処刑されてしまえばいいのに。
ぎりぎりと歯をこすり合わせるほどに悔しい。
「あー、笑わせてもらったわよ。こんなに笑ったのなんていつぶりかしら……。うん、かわいいかわいい」
頭を撫でてくるが、こちらはますます悔しくなるだけだ。
「衛兵さん。本当はなんて言えばいいんだ?」
「ああ、ちょっとちょっと。ごめんってば。悪かったわよ。謝るから機嫌直して?」
まだ思うところがないわけではないが、いつまでも意固地になっているのも子供っぽいと自分を説得して怒りを抑え込む。
「じゃあ真偽の石版に手をついて、犯罪はやったことないって言ってくれる?」
促されるがままに真偽の石版に宣言して、部屋を後にする。
ホールのダメ受付のところで金属製のカードプレートを受け取った。例によってポンコツ受付嬢は使えない状態だったので腹は立つが嘘つき女に手続きをしてもらっている。
「じゃあこれで開拓者だけど、説明はいる?」
「ああ、頼む」
情報は武器だ。この場合は身を守る防具というのがしっくりくるか。
「これからアンタは、さっきのカードを持っている限り開拓者ギルドで依頼を受けて報酬を得ることができる。じゃあさっきのアンタがはがしてきたこの紙を見てみましょうか。端っこにFって書いてあるのがわかる?」
わかる。正確にはFに似ているだけのへんてこな文字だけど。
「開拓者ギルドに限らず、ギルドなら所属員にランクをつけてるわけなのよ。下から順にストーン、ガラス、アイアン、ブロンズって感じにね。対応してFからE、D、C……って感じにランクの高い依頼を受けられるようになっていくの。だからランクに対応してストーンランクの開拓者をFランク開拓者って言ったりもするわね」
「いきなり難しい依頼はできないってことか」
「そういうこと。ルーキーに信用が大事な依頼とか任せられないし、危険指定種の討伐なんてやらせても死なせるだけでしょう? この制度ができる前は若年層の死亡率がすごくてね。今でも血の気が多いのが勝手に仕留めに行ってるんだけど、ギルドとしては非推奨。そういうのはたいてい死ぬから、先輩が脅すんだけど。中には煽るバカもいるから気を付けるのよ?」
死にたくはないのでうなずいておく。老年まで生きて給料がっぽりもらって帰るのだ。
今の時給で六十歳までこっちで生きていれば、元の世界に帰った時に手に入るお金は約四億円。働かなくてよくなっちゃうでござる。
寝ている間まで給料が入ってくるだなんておいしすぎる。
「ランクを上げるためには?」
「しっかり仕事をこなすことね。ギルドには承認基準が設けてあるから、仕事ぶりをわたしたちが評価つけて、条件を満たしたらランクアップが認められるわ」
「試験みたいなのもあるのか?」
「いいえ? 画一的な試験をしちゃうとどうしても合わないやつもいるから。条件を満たしてればそれでランクアップさせてあげる。ああ、最初に言っておくけど、何年やってるかとかは全く関係ないわ。ヘボはヘボ。老害が威張れるような世界じゃないの。実力主義なわけ」
「金持ってるやつとの癒着とかあったりするんじゃねえの?」
「残念。そりゃあギルドごとに条件は違うけど、うちはそういうのは受け付けてないのよ。ギルドも献金とかもらえたらうれしいけど、それでランクの信用度がなくなっちゃあギルド全体の信用にかかわるし。金持ってるならそれで強いの雇えば一緒に仕事できるわね。そうしたらランクも上がるけど」
やはり非推奨行為ではあるのだそうだ。
「っていうのも、依頼を失敗したらその報酬額の倍を払ってもらうことにしてるからなの。取り消し、撤回も同様ね。どんな理由があっても、依頼を受けたからには責任を持ってもらう」
「払えなかったら?」
「報酬の二倍額から報酬の倍額から手持ちのもの全部売ってもらった額を引いて、それを規定の額に乗せた状態で奴隷落ち。もちろんギルドランクも取り消しになるし、どころか除名扱いになるわ」
怖い。
今の俺だと何を失敗しても一発で奴隷落ちしそうだ。手持ち十三デローだし。持ってるものなんて貫頭衣だけだし。
「例外は特定の事情がある場合。たとえばアンタがどこそこの村に出たオークジェネラルの討伐依頼を受けたとして、それをほかの人に倒されたりした場合とかね」
「証明する手段は?」
「さっき見たでしょうが。真偽の石板があれば一発よ。つまりその場合、そう見れるだけの確たる調査をした上に、報酬はもらえないってことになる」
まさに骨折り損のくたびれもうけというわけだ。
「危険指定種の討伐で死んだ場合はどうやってるんだ? 失敗して逃げるやつもいるんじゃないか?」
奴隷商人の馬車のなかにいた奴隷は目が死んでいた。およそまともな扱いを受けている世界とも思い難い。
だったら誰だって奴隷になりたくはないだろうし、失敗しても馬鹿正直に奴隷になりに報告するバカもいないのではないだろうか。
「そりゃあ逃げるバカもいるけど、無駄ね。追跡方法があるの。一度でも登録したやつはもう逃がさない」
ギルドも鬼ではないので、一回失敗しても猶予としてしばらくの時間をもらえるが、やっぱり逃げようとするやつは後を絶たないらしい。
「それでね? そういう馬鹿にはきっちり思い知らせてから奴隷にすることにしてるの。端的に言うけど、医療魔法って便利よねえ?」
「精一杯、お仕事させていただきますっ!」
ためらいなど持てるはずがない。恐怖のあまり直角に腰を曲げて大声で忠誠を誓わせていただいた。
医療魔法があるから痛めつけても値段は下がらない。高位の医療魔法使いなら――たとえば俺だが――指くらい切り落としてもすぐのことなら繋げなおせるらしい。リハビリはいるらしいが。
それを踏まえてのおしおきなど考えたくもない。
凌遅刑のことといい、意外と怖い世界である。
「まあ死んだ奴は仕方ないわ。死んでると追えないし。だから死ぬくらいだったら奴隷になって頂戴ね?」
「できればそうならないようにしたいな……」
死ぬのも奴隷もお仕置きもごめんだ。
「だったら堅実に行くことね」
仕事は掲示板に張り出されてるからそこから選ぶのと、依頼者が個人に向けて依頼するパターンがあり、同時に受けられる依頼はストーンだと三つまでだそうだ。
あと、依頼には期限が設けてあって、それを越えると達成していても失敗扱いになってしまうらしい。
「あとは……そうね。初心者講座として手習いもやってるけどどうする?」
「なんだ、それ」
「開拓者ギルドは後進の育成にも力を入れててね。全くずぶのど素人をルーキー程度にするためのものって言えばいいかしら。二週間、先輩開拓者がみっちり鍛えてくれるわよ」
参加料も百デローばかりかかるが、受けているのといないのでは外に依頼で出て行った時の生還率が段違いらしい。
次の手習いは八日後だそうだ。
「今は金がないからな。やりたくてもやれない」
「あらそうなの? さっきのお詫びに貸したげよっか?」
おっと。これは魅力的な提案だ。お詫びというなら負い目に思う必要もないし、素直に受け取っておくのもいい。
「いや、やめとく。自分で稼いでみるわ」
何しろ俺には魔法チートがあるのだ。どうにかなるなる。
「そう? かわいくないわね……」
「明日の金も危ういんだ。これで無一文でさ、百ばかり貸してもらっても八日後までに使ってる。とりあえず自分で稼がないとまずい。八日後、金持ってて受ける気が残ってたら受けることにするよ」
「そうなの。じゃあそのときまで生きてることね」
「まるで明日にも俺が死ぬみたいな言い方だな」
「新人は二十日までが山場なのよ。特にレニングヴェシェンだとね。ユヴェルの森が一時間くらい北東に行ったところにあるんだけど、そこでツインテールウルフにやられるから」
「ああ、あれか」
あの二つ尾のあるオオカミは集団で襲ってくるうえ、連携を取って獲物を狩るため、危険指定六号種――つまり平均レベルの開拓者が一人、ないし二人で倒せる個体の強さでも群体では五号種並みの評価を受けているらしい。
自分たちより少ない相手にしか襲い掛かってこない狡猾さも持っているし、連携を取れば二メートルくらいの大きさの豚鬼でも殺してしまう。
このあたりのなりたて開拓者の死因を大きく占めている。
「どうも最近女王が近くに来たみたいだから特に多くて。まあ、今朝、ゴールドランク開拓者の宮廷魔導士様が討伐に向かったからじきに収まるだろうけど」
ゴールドランク。開拓者たちの頂点ともいえる開拓者たち。
「それってもしかして十歳くらいで、騎士っぽい甲冑の人を連れてた?」
「そうそう。知ってるの?」
「ここに来る前に森で会った」
「無愛想だったでしょ? あれが魔法姫って呼ばれてる、今年宮廷魔導士になった子よ。名前はレティシアちゃん。ちなみに九歳で歴代最年少」
「宮仕えがこんなところで依頼を受けてもいいのか?」
仕事はどうしているのだろうか。
「さあ? わたしは宮廷魔導士じゃないし。本人に聞いてみればいいんじゃない?」
「あんたは聞いてないのか」
「聞いたけど答えてくれなかったのよ。澄ました顔して「何か問題がありますか?」って。ないけど小生意気よね」
なんだか想像できる図だ。あの子供とは話したこともないが、俺のことも助けたという意識さえ持っていなかったように感じる。
一緒にいた人の名前さえ間違えていたし。頑張れ中年。俺も名前忘れた。
「それで、この依頼はどうする? エリーゼがハンコ押しちゃったけど、今なら撤回させてあげるわよ? 説明受けてなかったわけだし」
「いや、それ、Fランクだろ? だったらやってみるよ」
「あ、そう。じゃあ正式に受領っと。内容はアヤシ草の採取、数は二十。期限は六月二十二日までね」
メニュー画面で確認する今日は六月の十日。
あと十二日ということか。
 




