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Chapter4[初めての魔法]

 五感が消失して意味喪失しそうな不安になる感覚はまず圧覚から回復した。足の裏が地面を踏む感触で急激に安心感を取り戻す。

 次に味覚、嗅覚、聴覚が戻って視覚が最後。

 まぶたに日差しが突き刺さって網膜を刺激する。

 目を開けて、見ればそこは。


「おお……」


 言葉もない。

 見渡す限りの草原が広がっていた。


 なんて――感動的。

 どこまで地平線まで続く草原の碧。岩が点在していて、左側には森があるが、ここまで広い草原は日本には存在しない。

 思わず叫び出したくなる衝動に突き飛ばされてそのまま駆け出した。


「イイィイヤッホオオーーーーーッ!!」


 ただの草原だ。何の変哲もない草原だ。なのにこんなにも感動できる。きっとこれは今だけだ。子供に返ったように叫べるのは今だけに違いない。

 中途半端に大人になれば珍しいものがなくなるように。この世界に慣れてしまうとこの感動は手に入らない。やがては旅の長さや代わり映えのしない風景にうんざりする。

 今だけ楽しめる。今だけの特権。なんて楽しい。笑い声が止まない。走りながら笑う。笑う。笑う。笑う。この楽しさを楽しみ尽くす。貪るように駆けてとことん無邪気に大声で笑う。


 なんて楽しい。

 周りも気にしないで笑ったのなんていつぶりだろう?

 恥ずかしさも見栄も風聞も気にならない。それだけの価値がここにある。

 やがて体力が尽きて息を切らせて膝に手をついて、草原なのだからとせっかくなので後ろに倒れて寝転がった。


「ふっふはっ」


 まだ笑う。

 決めた。

 まだこの草原しか見ていないけれど、俺はもう決めた。

 思い切り楽しもう。

 仕事として調査はしても、まずは楽しもう。この世界を楽しみ尽くそう。


「……忘れてた」


 仕事と言えば、だ。

 一番にメニューを開いてヘルプ項目を開けと言われていたのだ。

 仕事を楽しむと決めたアルバイトが逆らうのもよろしくなかろう。


「でもメニュー開けってどうやれってんだ?」


 肝心のところで手落ちである。

 あれこれ考えて首をひねっているだけでは仕方がない。


「開け、メニュー!!」


 なにも。起こらない。


「ぎゃ、逆だったかな、メニュー、開け!!」


 なにも。起こらない。

 もうこの世界を楽しめないかもしれないな、と俺は思った。メニューを開くたびにこのかっこ悪さを思い出しそうで。


「オープンメニュー! メニューオープン! コールメニュー! ポップアップメニュー! トゥルー、メニュー画面! 開けゴマ! ちちんぷいぷい! 黄昏よりも暗きもの!」


 最後はもうやけくそで適当になっている。血の流れより赤いとか言って等しく滅びを与える詠唱を終えても何も起こらなかったが。


「おいいいいいいい! いきなり詰んでんじゃねえかあああああああああああ!!!?」


 そのあとも必死になっていると、どうやらメニューを開こうとした状態で手を軽くフリックすることでメニューが開けるらしいことが分かった。

 開いたメニュー画面は虚空に投影されていて、しかも俺の位置を中心にしている。触ってみたらちゃんと感触があった。

 メニュー画面の一番下までスクロールバーをスライドしてヘルプ項目を呼び出す。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【ヘルプ】

 【職務内容】

 【給料明細】

 【指令一覧】

 【FAQ】

 【Q&A】


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 すっきりしたものだ。画面をタッチすることで操作できるようなのでまずは【職務内容】を選ぶ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【職務内容】

 調査員です。平衡世界の一つである世界が最高神の管理権限から外れたのでその視点、観測手の役目を果たしましょう。

 言い換えれば面接をした神様のカメラのようなものです。


 この世界にあるあなたのデータは神様によって保護されていません。

 神様の干渉を『彼女』に気づかれると排除されるためです。


 同じ理由で、死んでしまうともう一度送りつけることはできません。死人が生きているという矛盾は世界へ与えるひずみが大きいため、ばれやすいのです。

 ここで死んでも元の世界でまで死んでしまったりはしませんが、働き続ける意思があるのなら自衛しましょう。

 一秒でも耐えたほうが向こうに帰った時に手に入る額が上がりますよ! ファイト! 目指せ借金返済、億万長者!


 異世界を調査したら毎日の報告をメニューの【レポート】に記述(タイプ)して神様に送信しましょう。

 やはり『彼女』にばれるとまずいので送信できるのは一日一度だけですが、質問や要望などもついでに送るとタイミングを見てこたえてもらえるかもしれません。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 別に借金などないのだが。

 いや、ほかにも転移者はいるという話だし、これは共通項目なのだろう。

 【給料明細】を開けば現在の時給と累計給料金額が端的に表示されている。

 【指令一覧】は空っぽだった。

 流れで【FAQ】を開くと結構な数の項目が並ぶ。

 Frequently Asked Question。

 よくある質問と回答集。

 全部読んでいると軽く日がくれそう――というのは大袈裟にしても少し量が多いのでばっさりと自己裁量で割愛しよう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【FAQ】


Q1:異世界で言語は通じますか?

A1:問題ありません。言語、文字ともに自動翻訳するようにチートしてありますので難しいことを考えなくても日本語で通用します。


Q2:使われている言語は日本語なんですか?

A2:いいえ。言語とは名前を付けるまで指示できるものではないのであえて形容するなら『異世界語』です。各国で言語が違ったりしています。調査に不利なので、翻訳しているのです。ゴッドパワーです。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 おおよそコミュニケーションを取るうえで困りそうなことはないらしい。

 ほか、ちゃんと空腹になるし、絶食していると死ぬと書いてあったりしていて、普通に生き物として死ぬようなことになったら死ぬのだそうだ。

 こんな質問があったということは、調子に乗って無敵になったつもりで死んでしまうやつも多いのかもしれない。

 俺は気を付けよう。


「さしあたって問題になってるのは……無一文ってことだ」


 街を探すとか、それ以前に金がない。所持品は真新しい麻か何かの貫頭衣と革っぽい靴だけになっていて、いかにもみすぼらしい。

 腰のところを帯で締めている以外は模様も何もなく白いし。

 【FAQ】によると金を稼ぐ方法はいくらでもあるとのことだが、具体的なことが表記されていない。

 おそらく画一的な行動をとられることを避けようというのだろう。

 ではどうするか。

 決まっている。

 探すのだ。


「というわけでイベントその一、人間を探そう、だ」


 これで人間のいない、サルやスライムに支配された世界だったら泣こう。

 さっそくだが、見渡す限り何もない草原が敵に見えてきた。






 半日歩いて足が棒になった。

 もう歩けない。

 近くに岩があったのでそこに腰かける。


「あの神野郎め……どこだっつうんだよ、ここはよお……」


 ザ★遭難!

 元気に言ってみても気分が余計に落ち込む以上の効果は出してくれない。何も食べていないまま半日歩き通しだったので腹もシクシク痛み出しているし、明日の朝まで持つのかどうなのか。


「休んでる場合じゃない……歩かないと……」


 延々と続く草原がもう怨敵にしか見えない。あのときの感動を与えてくれた君はもういないんだね……。


 そういえば異世界転移や召喚で失敗したらどうなるんだろうとか考えたことはあったが、つまりこうなるらしい。転移直後、目の前に召喚をしたお姫様がいないと勇者も大変そうだ。

 俺には召喚者のお姫様なんて最初からいないけど。


「もうあったまきた!! 焼き払ってやるううううううううううう!!!」


 メニューを開いて【FAQ】から魔法の使い方について調べると、必要なのは魔力、知識、詠唱なのだそうだ。

 魔法は基本的に五つの属性と無属性の計六つのカテゴリに分かれていて、それぞれ詠唱すると使えるらしい。

 というわけで焼き払うために火属性、八つ当たりでストレスを解消するためにも一番強い奴だ。

 一番強い魔法なら派手だろうし、だれがが見つけてくれる可能性もある。


「緋色の王、滅びと再生をつかさどる偉大なる五大の一! 踊れ紅蓮の女王! 奔れ蒼白の君臨者! 滾りと焦熱を右手に! 怒りと劫火を左手に! 無音のうちに弾けよ炎! 結合と分離、反発と誘引! 万物は瞬きのうちに、万象は刹那のうちに! 来たれ! 浄化の炎、大地からすべてをさらう津波となれ! 淫蕩と呪詛を払う裁きと慈悲! 神の威光! 天の星さえ忘却の彼方に追いや……

 ……な、げ、え、よ!!!!!」


 本当に長い。

 魔法を使おうとすると詠唱が頭の中に浮かび上がってくるのだが、これはだめだ。ダメすぎる。何時までたっても詠唱が終わる気がしない。

 決まった調子で詠唱しないと魔法が発動しないっていうからその通りに詠唱しているが、二分近く詠唱して全体の半分も詠唱できていないっていうのはどうなのか。


「もういい! 投擲の魔石となりて飛べよ炎塊! ファイアボール!」


 ストレスを解消するためにストレスを抱えてどうする。

 極端に感じるほど短い詠唱でバスケットボール大の火の玉が前のほうに飛んで、


「っ!?」


 地面に着弾したあたりから爆弾のような爆発が引き起こされた。

 違う。これはなんか、違う。ファイアボールとかそんなものじゃない。

 もっと恐ろしい何かだ。


 爆発現場に背を向けてメニュー画面から【レポート】を呼び出してファイアボールについての説明を神に求めてみたが、不発だった。

 どうやら指定のタイミングでないと送信できないようになっているらしい。【FAQ】によれば一括して送受信したほうが『彼女』にばれにくいので、この場所では夜中前に自動送信されるようになっているのだそうだ。


「まじか……」


 すさまじい威力だ。ファイアボールにしては、という注釈はつくが、しかし火の玉で攻撃するチンケな魔法だとはとても言えたものではない。もしかしてこれがこの世界の魔法では当たり前の威力なのだろうか。

 だとしたら怖すぎる。

 今の調子だと最上級魔法はどのくらいになるのか。軽く草原を薙ぎ払ってクレーターにできそうではあるが。

 だがもうそうする必要はない。

 なぜなら、


「お前、一人か?」


 背後から忍び寄っていた誰かに首筋に剣を押し当てられているからだ。


「答えろ……!」


 首に軽い痛みが走ってちょっと切れる。

 助けてゴッド!


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