Chapter44[その服は鋼鉄でできている]
「ねえ。やっぱりちょっと切らせてくれないかしら?」
「俺が悪かったよって。何度も謝ってるじゃないか怖いっつーの」
「先っちょだけ。先っちょだけならいいでしょ? 本当に先っちょだけだから……」
「本番拒否る女に迫る男かお前は! エロっぽく聞こえなくもないけど剣の先っちょじゃエロがグロになっちまうことだけははっきりわかるっつーの!」
冗談だとわかっていても身がすくむ。
毎回同じような答えを返している俺に、隣を歩くドローレスは先ほどからずっと似たようなことを尋ねてくる。
買い物に付き合ってほしいと言ったつもりだったのが目的語を外して紛らわしい言い方をしてしまったせいで恋愛的な意味と取らせてしまい、未婚女を舞い上がらせたのが原因。
「ちくしょー……。どうせそんなことだろうとは思ったのに妙な期待をした自分ごと切り捨てたい……。切ってバラバラにしてしまいたいわ……」
「だから物騒なんだってば」
すぐに勘違いさせていると気づいて訂正したのだが、その時には既にエリーゼがどうだとか年の差がどうだとかもごもご言って悶えていたので婚期に焦っている姿を見られたドローレスの精神的なダメージたるや相当なものになったのだった。
「ああもう穴があったら入りたい……。いっそあんたを殺してわたしも墓穴に……」
「無理心中は勘弁だからな」
九平次に金を騙し取られた訳でもないのに、こんな理由で死んでたまるか。
悲劇というか喜劇にしかならない。
「じゃああんたを殺してわたしは生きようかしら……」
「それはただの殺人事件だ!」
無理心中ですらない。喜劇どころか、ドローレスの腕前から考えて凄まじい捕り物劇が始まってしまうではないか。
誰が捕まえられるというのか。刑事役が務まる奴に心当たりがない。
「いいわよいいわよ。いつかわたしにだって誰か良い人ができるんだから……」
二十四時間三百六十五日目を開けたまま寝言を言い散らす赤毛がコンプレックスの孤児じゃあるまいし夢ばかり見てないで現実を見ろと言いたかったが口をつぐませてもらおう。左手に下げている剣が怖い。
腰に下げていないのは、きっといざとなればもたつかずに剣を抜けるからだと思っている。
ギルドでは金具でベルトに固定して腰に下げている姿を見ているので、たぶん、心配して一緒にいる間だけでも守ってくれているのだろうと考えると余計に言い出しづらい。
「……。何よ、人の顔見て笑ったりして気色悪いわね」
「色目でも使ってみようかと思ってるのに酷い言われ方だなぁ……」
「はいはい、そういうのはエリーゼにでもやってなさいよ。一日に二度も騙されるもんですかっての」
ついには、どうせわたしは焦ってるわよー、と唇を尖らせてしまう。
今のはそこそこ本気だったのにいままでにからかいすぎたか……。
それとも年下はダメってことか? 守ってもらうシチュエーションに憧れがあったりして、自分より強くて包容力のある男でなければストライクゾーン外しているというのだろうか?
だとすれば男っ気がまったくない理由もうなずけるというものだ。
漫画やアニメに出てくる主人公みたいな無敵超人は現実にはいないのだから。
いやまあ、目の前のは別にして。
王都の中を、城を中心とした同心円状に走る環状通りの一本から九本の尾を持つ狐と鏡の旗を掲げて魔法の道具を売っている、通りの角にある店の前を曲がると大店の並ぶ商店通りに出た。
現代日本人たる俺からすれば大きい店と言えば通りに面したガラス張りのショーウィンドウに流行りものや売れ筋商品をズラリと並べて客を引き寄せている印象が先に出るのだが、ガラスが高価なためか、それとも透明度の高いガラスを作るのが難しいのか、この世界ではそうした風景は見られない。
もしかしたら高価なガラスを綺麗なまま維持するのが難しいのかもしれないし、あるいは高価なガラスを置いていると割って盗むやからがいるのかもしれない。
識字率が低くては商品を目に付く形で置けないのは何の店なのかわからずに客が来なくなって困るような気もするのだが、代わりに看板を出して絵を描いているので相殺。
さて、その看板を見る限り、ドローレスが両開きの戸に手をかけているのは服屋であるように思うのだが。
「ドローレス。俺は確か武器防具を売っている店を注文したんじゃなかったっけ?」
うん。思い返しても間違いはない。
俺はドローレスなら武器でいいのを売っている店も知っているだろうから買い物に付き合ってほしいと言って三十路前の、二十五過ぎてセルフバーゲン始めたクリスマスケーキをぬか喜びさせたのだ。
「それも後で連れてってあげるわよ。でもそっちの二人にボロ着せたまま歩くつもりだったの? 奴隷の扱いとしちゃあ珍しいものでもないでしょうけど、その子を馬鹿にされるのがいやなんだったらまず見た目くらいは整えておくべきよ?」
ズタ袋に頭を出す穴をあけたら着れちゃいました、とでも言いたげな「私奴隷です」と外見で主張する、黒いビニールのゴミ袋でできた合羽のほうが雨をしのげるだけマシではないかと疑う貫頭衣はみすぼらしく、道行く人間からじろじろとぶしつけに見られていた。中にはわざとらしく失笑していく者までいる。
なるほどもっともな話だと手を打ってうなずいている間に入って行ってしまうので、おいて行かれないように店のドアをくぐる。
一歩店の中に入ってしまえば圧巻という数の服が出迎えてくれた。以前にドローレスから教えてもらって、今着ている平民服を買った中古服リサイクルショップとは品ぞろえが桁違いだ。
標準的な人間種向けの服だけでなく、なんと背中側の開いた有翼種用のものから耐水性の高い水棲種用や人形用ではないかと疑う妖精種用の服まで取り揃えている。
「すごいな……どうなってるんだ」
荷馬車が魔獣や盗賊に襲われることもあるので離れた場所で量産して輸送し販売する形式をとると大量の商品を一度に奪われることもあり、損益の計算が非常に難しいのでこの世界には量販店というのは非常に少ない。
通貨レートの差を使って人件費の安い場所で加工して納品しようとしても大型トラック、貨物列車のような高速かつ大量に商品を運送できる技術がないと、馬の維持費や餌代で輸送費そのものが馬鹿高くついて商売にならないんだろうな。
結果、ミシンのような機械も発達していないこの世界の服はほぼ全て現地の人間の手が針と糸を扱って織りあげ縫って作っているため、そこそこの値段になってしまい、庶民に流通しているのは着まわしやすいように特徴の少なくて誰にでもサイズの合いやすい既製品となっている。
必然、店が用意する商品は現地のニーズが一番多いものに偏る。
このレニングヴェシェンなら人間種が一番多いのだから人間種向けの服を扱い、ほかの種族についてはサイズの合わない服が数着でもあれば御の字。
森人種のように人間種の服でも問題なく着用できるなら問題はないのだが、一部の獣人種や半獣種のように人間種向けの服には合わない種族は専門店を探すしかないのが普通なはずなのだ。
「前に教えてあげたのはコスト優先だったから。歴代の勇者様方がいろいろ考えては広めたから、勇者がよく逗留したこの王都じゃあ他の町よりいろんな服が手に入るわよ。予算はどのくらいで考えてるの?」
「常識の範囲で頼む」
「んー……よし、なら装甲服はやめておきましょうか。今あんたが着てるくらいのグレードに抑えましょう」
「装甲服って?」
「鉱石を魔法で糸みたいに加工したり、魔獣の毛を使ったり、服自体がちょっとした防具代わりに使えるのがあるのよ。いい素材を使ってると下手な鎧より頑丈な服ができるけど、代わりに……ね」
生産にかかるコストの関係で比較にならないくらい値段がお高いようだ。
「ちなみに一着?」
「ものによるわね。素材を糸や布に加工する費用でかなりかかるから一番安いのでも十万二十万くらいは普通にするし、上は青天井よ」
俺が障壁魔法を自動展開するような魔法を服に付与して『布の服プラス10』みたいな装備にできたら良かったのだが、残念ながら俺のチートは魔法を発動させられても魔法の道具を作ることができない。
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【Q&A】
Q29:詠唱時間の弱点を補うために投げたら魔法を発動するお札とか魔力を流すだけで火を噴き出す魔法の剣とか作りたいんだけど作り方がわからない。もしかしてチートの不具合か?
A29:不具合じゃなくて仕様だよ。君の選んだマジックブーストは魔法を使うことに特化しているのであって道具を作ることにはブーストされてないんだ。魔法の道具を作るのはアイテムブーストの領分だよ。そっちの時間軸で二日前にアイテムブーストを選んだ人を雇ったから探してみるといいよ。
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イケメン神とやり取りをしてから日にちが経っているから一部ややこしいことになっているが、残念ながら発動体、増幅体をはじめとした魔法付与処理はできないようなのだ。
魔法を継続して発動させれば似たことはできるようだが、それは俺が魔法を使い続けているだけであって、どうにもよそに魔力や魔法を固定したり定着させる方法がわからない。
しかし、魔法を物品に付与することはできなくても、魔法の風で物体を切り魔法の火で物体を燃やせるからには魔法で物体を加工することはできるはずだ。
鉱石などの素材を糸のように加工するだけなら俺にもできる。
俺が縫製をできれば装甲服を自作できたのに。
技術が足りないこともその通りだが、なにより根気が足りない。家庭でできる簡単な編み物でも何度投げ出そうと思ったことか。
今からホルストの店まで走って裁縫上手な奴隷を買おうかと半ば本気で思案したが、時間が足りなくて街を出るまでに間に合わないかもしれないのでやめておこうと考え直した。
数人分の服を作らせるためだけにいちいち人頭を増やしていたらキリがない。面倒くさいのを我慢すれば自分でもできることだ。
装甲服は奴隷に着せるものとしては贅沢品のような気がしてならないので店員に言って合いそうな普通の服を数着見繕ってもらう。
防御力は予定通り鎧や盾で確保だ。下手な鎧よりも頑丈なのはあくまで高価ないい素材を使っている装甲服であって、安価な装甲服には大した防護能力はないらしい。
二割引で一七万八〇〇デローだった鉄の装甲服でも山羊皮の革鎧と同じくらいか、毛が生えた程度という話。
半端な刃物では切断することは難しいという触れ込みだったが、殴打に関しては普通の衣類と同じ防御力しかないし、糸のようにしなやかなので有尖無刃器、つまりはアイスピックのように尖った物を使った刺突については織り目を広げて貫かれる。
そういえばレイピアっていうのは鎖帷子を貫通する目的で使われていた武器から生まれたんじゃなかったか?
「でも買うのね」
「切りつけられるのは防げるんだろう? 俺のだ」
そもそもこんなものが役に立つ場面が来たらおしまいなのだが、普段から装甲服を着ていれば不意の攻撃に対する保険にはなってくれるものと期待したい。




