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Chapter40[グルメなので]

「やっぱり来たか」


 空間魔法を展開して座っていた椅子を収納しながら、俺は言い捨てた。

 予想よりも早かったな。嗅ぎつけられる頃には護衛の開拓者が間に合うと思っていたのに、宿をとってから一時間で本人が乗り込んできた。


「貴族の情報網も意外とバカにできないってことか」


 せめて昼過ぎになると予想していたのに。この分だと王城、それから伯爵位以上の貴族には俺の居場所はもう知られていると見たほうがいい。


 タロウ・タナカとして宿泊している『閑古鳥亭』に戻る時にはこれまで以上に細心の注意を払おう。

 いくらカメラがない異世界でも、シルファリオンで消えたりあらわれたりしているところを人に見られたらそれまでだ。もしかしたら映像を記録できる魔法道具なんてものもあるかもしれないし。


「やれやれ、とりあえずおさめに行くか。宿の主人じゃ貴族のご令嬢のお相手は荷が勝ちすぎるだろうし」


 想定外というほどじゃない。

 向こうが俺を探しているのはわかっていたことだ。

 なにしろこれまでだって、雑用仕事の先を回って待ち伏せをしたりしては魔法を教えてくれと頼みに来ていたほどなんだから。


 曰く、試験には落ちましたから弟子入りは諦めますけれど、なら顧問教師として招こうと思いましたの、だそうだ。

 たしかにルール違反とは言えないけれど、それは詭弁だと口の端が引きつるのをこらえられなかった。


「いいから空気の手(エアハンド)を出しなさい! いいえ、そこをどけば許して差し上げますわ!」


「ですから、何度も申し上げているように、どなたであってもお客様にお取次ぎしないまま通すことはできないんです……!」


「そんなことをしたらまた逃げられますのよ! ここにいるのはわかっていますの。せめて話くらいはしませんと引っ込みがつきませんわ!」


 階段を下りていると嫌になるほど目立つ少女ヴィクトリアが後ろに赤と白のツートンカラーの革装備を身に着けた男を二人引き連れて宿の主人に迫っていた。


「どうしても貴族(わたし)のいうことが聞けないの!? まさか、後ろ暗い人間を匿っているのではないでしょうね?」


「真偽の石板に誓ってそのようなことはしておりません……!」


「あらどうかしら? そこまで必死になるのですもの。怪しいと思うのは仕方がありませんわよね? 後ろ暗いことを生まれてから()()()()したことがないと、本当に証言できまして?」


 後ろ暗いことを一切したことがない人間などいるはずがない。犯罪にならない範囲で他人を貶めたり、ウソをついたりなど誰もがしていることだ。

 本気で後ろ暗いことをしていないと言い張れる人間は自分のすることは全く間違えていないと盲信できる、正義感にあふれたクソガキくらいのものである。


 日ごろから不特定の人間が宿泊したりする宿屋が金を受け取って犯罪者をかくまっていないかどうか、領主などは捜査のために宿屋の台帳を確認し、実際に踏み込んで捜査する権限を持っているらしい。

 家宅捜索(ガサ入れ)をすると求められたら領民は従うことを義務付けられていて、これに反抗すると犯罪者が逃げる時間を稼ごうとしているととられ騎士に切り殺されても文句を言えない。


 しかし宿屋というのは客商売だ。まっとうな客から誰も通すなと言われていればそうせざるを得ない。まして注目されている俺に悪いうわさを流されたらもう王都で宿の商売は成り立たないと来ている。

 ただでさえ血色の悪い宿の主人の顔がさらに青くなっていく。

 このまま放置していたら倒れてしまいそうだ。


「いいですわ。強情を張りますのね? では犯罪者蔵匿罪の容疑者としてひっとらえます」


「誰が犯罪者か。……できもしないことを言って宿の主人を脅すもんじゃないぞ」


 見るに見かねて声をかけた。


「でましたわね!? ようやく尻尾をつかみましてよ!」


「それはお前の顔を見りゃわかるよ……。他の客に迷惑だ。できもしないことで主人を困らせてやるんじゃない」


「なんのことですの?」


 あくまで事務的に、しれっととぼける貴族のお嬢様。


「貴族はたしかに反逆者を処刑する権利を持っているが、それは領内だけだって話じゃないか。国王が直接治めている王都で無辜の市民を勝手にひっとらえたら問題になるのにできるわけがないだろうが。だいたい、国王の直轄地で勝手に犯罪者の捜査なんてしたら国王のメンツを完全につぶすことになる」


「例外はありましてよ? 現行犯をひっとらえる場合など、わざわざ見逃す必要を論じられまして?」


「……腐ってやがる」


 冤罪で引っ立てる気か。

 ここに逃げ込んだとでも言えば、宿の主人が抵抗する間に逃げられたということにできる。

 手っ取り早い脅迫方法だが。


「いざとなれば俺は白州で弁護に立つぞ。……バロックワークス家に敵対していて、俺に首輪をつけたいと思う貴族に心当たりは?」


 たかが宿の主人の命のために何か月も拘束されるつもりはないが、このお嬢様の顔をつぶす嫌がらせとしてこれ以上のものはあるまい。

 俺自身はただの開拓者なので普通なら証言台に立つ前に権力で握りつぶされるだろうが、ほかの貴族を味方につけて「自分もそこにいたがそんな行為はしていなかった」と言わせればいい。

 

 伯爵様にもなれば妬みや嫉みも集まる。敵に回している貴族の心当たりも多かろう。

 ただでさえこの国の貴族は急進派と穏健派に、さらに前国王時代に分派した王室派、諸侯連盟派などなど、いくつもの派閥に分かれている。

 そこそこ地位のある貴族に取り入っておけばその派閥に属している、その貴族の寄り子や、協力している貴族は利害が合えば全員が証言に協力してくれるはずだ。


 実際にそんな取引をしてまで助けたいとはこれっぽっちも考えていないとはいえ、実際に実行されるかどうかは俺の胸三寸。冤罪を意図的に人にかぶせて国王をたばかったとでもなればバロックワークス家はお家取り潰しにされるかもしれない。

 そこまで考えられないほど馬鹿でもないようで、ヴィクトリアは押し黙った。


 恐るべきはそれらを取りまとめている現国王の器量か。

 中央集権化を図っている今の国王なら魔法姫に比する魔法を持つ俺の存在を知れば後ろ盾にもなってくれるだろう。

 まさか無詠唱でなきゃダメとは言うまい。


「っ……」


 貴族相手に直接脅迫したとなれば外聞が悪い。逆に貴族側も脅迫するとスキャンダルになるため、言い逃れのできる範囲での言葉を使ったやり取りだったが、十分に意図するところは伝わる。

 これができなければ貴族として最低限にも立てないのだろう。ここ数日でスカウトに来た貴族はみんなそうだった。

 直接的に暴力を言葉に出して脅迫してきた貴族もいたにはいたが、家名が領外の国民に嫌われるレベルでのマイナスブランドと化しているバカ領主ばかりだったしな。


「ふん。まああなたが出てきたのですからいいですわ。そこの平民。下がりなさい」


「え? は、はい」


 許可を求めるように俺のほうを見たので、手で払うようにして宿の主人を下がらせる。


「残念ながら出かけるところでしてね。立ち話もなんでしょう。またの機会にしませんか? そうですね……一週間後くらいに」


「あら。いつになく素直な態度ですのね」


 後ろの護衛がさっきから殺気立っているので敬語に直しただけだ。

 ただし、一週間後には王都を出ている予定なので、俺の言葉は意訳すると「おとといきやがれ(二度と来んな)」と、こんな感じになる。


「でも駄目ですわ。また雲隠れされてはたまりませんもの」


「しかしヴィクトリア様。貴族の方がいらっしゃったのにお茶の一つも出せないのでは失礼にあたるのではありませんか? 俺は無礼討ちにされたくはないのですよ。宿を取ったばかりで道具もそろえていないのです」


「でしたら屋敷にいらっしゃいな。一室を与えて差し上げてよ? 雑用などメイドにさせればよいの」


「そんなそんな。俺ごときが高貴なバロックワークス家に仕官などもったいなく思います。何分、教養のない、平民風情でございますので」


 にやり、といやらしく笑って貴族のヴィクトリアの後ろに立っている男の片方を見やる。

 フィリックス・マントヴァというこの爬虫類じみた目つきの痩せ体型の男はこのお嬢様の護衛の一人で、以前から鉢合わせるたびに平民風情、と俺のことを揶揄しているのだ。


「きさま……!」


 住み込みで雇ってやるというお嬢様の命令を断る言い訳に使われたフィリックスが歯噛みして睨めつけてきたが、やり返したところなので俺は飄々と流せる。

 お嬢様のお叱りを受けることを心配しているのだろうと思うと怨嗟の視線もむしろここちよいというものだ。


「そんな遠慮をすることはありませんのよ? むしろあなたは栄誉にむせび泣くべきなのですわ。バロックワークス家は歴史ある名門。あなたはそのお抱え魔法使いとしての実力は備えているんですもの」


「お戯れを。風しか使えない未熟の身です。軽いこの身は歴史という重圧に耐えることはできませんよ」


 笑顔で火花を散らす俺と薄い青のドレスの貴族のお嬢様。遠まわしにやり取りされる内容はこういうことだ。


 いいからさっさとついてこい。

 嫌だ。とっととあきらめやがれ。


 何度も何度も断っているというのにこのお嬢様は本当にしつこく俺を追い掛け回している。

 他の貴族は使用人や騎士を使って屋敷に呼んでくるのに、あくまで本人が交渉にやってくることだけは評価できるけど。

 だけは、な。


「お給金も出して差し上げますわよ? 不安定な開拓者暮らしなどやめて我が家に仕えなさい。そうね……月に金貨五枚でいかがかしら」


 金貨五枚。五〇万デロー。

 貴族にしても破格の条件に護衛の男が二人そろって驚いている。


「その程度なら三日で稼げます。ヴィクトリア様はご存知でしょう?」


「なら金板五枚出しましてよ? もちろん、空いた時間はこれまでのように開拓者として仕事をしてくださってもかまいません」


「お金の問題ではありません。不足に困っていないものを出されても魅力には感じないものです」


「お抱え家庭教師として、わが家のメイドを三人つけて差し上げます。いかがかしら?」


「使用人の女なら買いました。フランクという護衛もいます」


 ちら、とサクラのほうを見やる。

 ちょうど飛んできた燭台をかわすと、投げつけた本人から恐ろしい目で睨みつけられた。殺気さえ感じる。武器を持っていたら突きつけられていたかもしれない。

 主人(おれ)に向けて燭台を投げつけて攻撃した結果、左手の呪印が苦痛(ペナルティ)を発動していることを告げているのに、だ。


「獣人ではないか」


 失笑して侮蔑の笑みを浮かべるフィリックス。どんなコミュニティでも多数派が強く、そして多数派は自分たちに特別性を見出したがる。

 人間種至上主義を掲げているクリシュナムルティ皇国ほどではなくても人間種の国王を持ち、貴族もそうであるグリニャード王国では貴族の中で多種族を下に見る傾向がある。


「獣を犯すとはやはり粗野なものだ。せめて人間のメイドを抱けばよいものを」


「そちらの護衛の方のお言葉通り、この獣人の娘を気に入っているので。貴族の屋敷には立ち入れないのです」


「フィリックス。あなた、少し黙っていなさい」


「し、しかしお嬢様……!」


「黙りなさいと、そう言いましたのよ? あなたが喋ればそれだけ逆手に取られますの。わたしは、はっきり、邪魔をするなら帰れと言っているの」


「危険です! こんな、野蛮な衆愚どもの中にお嬢様お一人で歩かせるわけには参りません!」


「あら。心配には及ばなくてよ? 帰るのはあなた一人。マイラスがいれば賊の十や二十はどうとでもなりますもの」


 先ほどから彫像のように微動だにしていない護衛の片方を見やる。


「……」


 強いな。装備の隙間からのぞく体は筋肉質で力強いが、そんなことよりも突っ立っているのに隙が存在しない。

 隙とは弱点のことではない。動作の緩み、力点の移動における体重移動の合間に生じる力のムラ。そういった動作の隙間を指していう。そして、ただ立っているだけでも人間は動くものだ。


 まるで鉄壁が意識を持って動いているような印象を受けた。

 なるほど、格が違う。フィクションのように買った奴隷が理不尽に強いわけもなし、おそらくサクラとフランクがそろって武器を振りかざして襲いかかっても負ける。魔法を唱える時間がない以上、俺が加わっても同じこと。

 危険指定種を狩るのなら俺とラナには及ばないだろうが、対人戦においてはマイラスに軍配が上がる。


「……俺一人では一面しか守れない」


「あら情けないことを。騎士としてお嬢様は私がお守りします、くらいのことは言えなくて?」


「……本当なら二人といわず、小隊をつけたいところだ」


「十人も連れ歩く趣味はないの。うっとうしいでしょう? だからお父様にお願いして精鋭のあなたをつけていただいたのよ?」


「……フィリックスの実力は確かだ。帰すというなら引きずってでも連れ帰るぞ」


「冗談にしては目が本気ですのよ……」


 どう見ても冗談を言っているようには見えない。


「マイラス! 貴様、お嬢様に向かってその言葉遣いはなんだ!? 無礼であろう!!」


「……そうだったな。気を付ける」


「誇りあるバロックワークス騎士団の一員として節度を持てと日ごろから私は……」


「説教なら帰ってからになさいフィリックス。ショウタさんが退屈そうにしてますわ。ほら、あくびを」


「身内で騒ぐなら帰ってくれないか?」


「あなたのせいですわよフィリックス?」


 ヴィクトリアに鋭く睨まれたフィリックスが俺をにらみながらぎりぎりと歯ぎしりをする。後ろに向いたヴィクトリアから見えないことをいいことに舌を突き出して挑発してやると顔を真っ赤にした。


「話を戻しますわ」


 ヴィクトリアが振り返ったのでしれっと顔を元に戻す。


「わたしの傍で働けるという栄誉がありますのよ?」


 胸元に手をやって胸を張られるとその質量と存在感が強調される。

 太陽に輝く金髪と白い肌を持つ欧風美少女のヴィクトリアの傍という立場は貴族と家庭教師のスキャンダルを考えれば魅力的だが。


「残念ながら俺は肉食派なもので。絵に描いたステーキを眺めているよりも実際に食べられる鳥肉を好みます」


「メイドでは足りなくて?」


「申し上げるのも恥ずかしながら、偏食家なものでして」


 男女とも不思議と顔面戦闘力の高い生徒の多い中学校生活だったので舌が肥えてしまっている。

 女なら誰でもいいというわけではない。

 美少女が好きなのだ。


 そうでなければ誰が生真面目で小うるさい優等生に付きまとうアイスピック持った(ロックンロールな)ストーカーと鉄拳握りしめて熱烈なジルバを踊ったり、学校の生徒間コミュニティからあぶれているデイトレーダーゲーマーのために胡散臭い融資企業にお勤めの限界まで安い(刑事に似せた)スーツを着た(服装に偽装した)お兄さんたちと深夜の鬼ごっこに興じるというのか。


 魔法を教える代わりに誰かを好きにさせてもらえるとしても、貴族という立場である以上、いくら金髪巨乳の美少女でもまさかヴィクトリア本人を要求するわけにはいかない。よしんば許可されてもその時は婿入り確定でバロックワークス家に縛り付けられる。

 何故こんなことが言えるかと言えば、既に嫡子がいて廃嫡することが面倒な問題になるとしても、俺が現在の当主ならその嫡子の子とショウタ・シブヤとヴィクトリアの間にできた子供をくっつけて孫の代には強力な魔法使いの血を入れるからだ。


 最大のメリットとしては生活に不自由しなくなることだろうが、安定した生活が欲しければ空間魔法をフルに活用して王城に宮廷魔導士として売り込みをかけている。

 あるいはいかがわしい目的に使える魔法を活用してヒモになっている。ドローレスや魔法姫を手籠めにして手駒にして家宅から一歩も出なくても生活できる状況を作っている。

 その気になれば人類最強格の人間で身の回りを固めて世界征服だってできるだろう。さすがにすごい風魔法使い程度とは目立ち具合が違いすぎるので神の言及していた『彼女』にバレる危険性が高いが。


 だからやはりバロックワークス家に仕えるメリットはない。


「とにかく、謹んで辞退申し上げます」

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