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Chapter39[俺は弱いぞ]

 ホルストに見送られてランゲルハンス商会を出て、俺は真っ先に宿を新しくとった。俺が宿泊している『閑古鳥亭』に泊まっているのは、礼儀正しい開拓者見習いのタロウ・タナカであって、王都で話題の中心になっている風の魔法使い、ショウタ・シブヤではないのだ。


 そのタロウ・タナカがショウタ・シブヤの買った奴隷を連れて宿に戻ったら不自然にもほどがある。

 よしんば別人として扱われても関係があるのは疑われて、せっかくの安眠が台無しだ。

 せっかくヤドカリに戻れたのにまたも追い出されて宿無しになるわけにはいかない。


 迷惑をかけることは予想されるので、開拓者ギルドに用心棒の依頼を出し、奴隷の泊まる新しくとった宿に泊めれば大丈夫だろう。誰かが騒いでもゴールドランク開拓者様が怖い顔で追い返してくれるはず。

 ついでに被害拡大を避けるために空き部屋は丸ごと貸切にする。金の力は素晴らしいな! しぶった宿の主も金板を出したら快く貸してくれる。


 成金万歳。

 流通しているのが硬貨じゃなくて札束だったらそれでビンタでもかましてみたかったところである。


「さて、ここで寝泊まりするわけだが、何か質問は?」


 半分くらいの部屋を借り切った『狸親父亭』の一室に二人を連れて、ドアを閉めながら聞いたが、返事はなかった。フランクはむっつりと押し黙っているし、サクラの方はそっぽを向いている。


「ないらしいな」


 人目がないので遠慮なく『倉庫』から椅子を引っ張り出して座る。


「まあ掛けてくれ」


 ベッドを指差したが、二人とも俺をじっと見たまま動かない。さすがにインパクトが強かったらしい。


「今のは何だ?」


「空間魔法で仕舞っていた椅子を引っ張り出した。ひとり分しか持ってないからベッドにでも腰かけてくれ。話がしにくい」


 その言葉でフランクはベッドに座ったが、サクラは部屋の壁近くで立ったままだった。

 反抗的だこと。


 商館でのにらみ合いで徹底的に逆らう気はなくしても唯々諾々と従うつもりもない様子のサクラの様子を見て俺は笑った。これはこれでいいや。余裕があるときは逆らわれるのも面白いし。


 とりあえず対人関係の基本は自己紹介から、ということで名前と職業、種族を教えておく。


「つまり、俺たちを買ったのは詠唱時間のためか」


「そうだ。俺は弱いぞ。同級生……同い年の女の子に勝ったためしがないくらいにな!」


 学校のテストでは由比ヶ浜(ゆいがはま)に。スポーツは弥生に。唯一弥生よりうまかった剣道では富士原に。喧嘩では日毬(ひまり)に。ゲームでは伊吹に。家事能力では六花に。それぞれ負け越しを食らっている。

 文章にするとものすごく情けない男だな俺……。


 せっかく異世界に来たわけだしこっちで練習して見返してやろうとひそかに企んでいるが、まずは地盤固めからということで後回しにしていたのだ。

 幸いにも時間は何十年とあるのだ。こっちで老衰して死んでも向こうでは一秒だって経っていないって神が言っていたし、そういうのもありだろう。


「威張って言うことじゃないでしょ。女の子に負けたなんて」


「まったくだ」


 でも事実だしー……。

 情けないのは自覚している。


「開拓者と言っていたが、宮仕えではないのか? 空間魔法使いなぞ世界中探してもどこにもおらん。わざわざ開拓者なんぞせんでも、有事の切り札として輜重部隊に取り立てられると思うが」


「平時からずっと馬車に揺られていたら腰を悪くしちまうよ」


 奴隷商人の檻馬車に乗せられた俺は馬車に苦手意識を持っている。この世界の馬車はかなりローテクだから振動もダイレクトだ。

 貴族街を走っていた馬車はなんとスプリングのサスペンションが入っていて、いかにも文明の違う知識で補強した形跡が技術に見受けられたが、かなり高価みたいで位の高い貴族しか持っていない。


 スプリングつきの馬車を見たときの違和感を例えるなら飛行機の形をしたものがUFOのようにふわふわ浮かんでいるとでも言った感じだ。

 地球人が真横に高速で飛行する飛行機など見れば不気味だと思うのではないかと思うが、過程となる技術がないままいきなり完成形に至っている馬車を見るた俺は似たような感想を抱いた。


「それに、俺には目的があるんだ。世界中のものを見て聞いて体感して体験して、大冒険をするっていう」


 宮仕えなんていくら給料が良くてもやっていられない。

 何十人もの護衛を引き連れて各地に物資を届けるなんてことをしている安全な暮らしより、数人でも未開の地を開拓していく開拓者の方が面白いはずだ。


「厳命しておくが、空間魔法については絶対に誰にも話すなよ? 余計な騒ぎを呼ぶからな」


 奴隷なので口封じをしておく。左手にかすかな違和感を覚えたのは支配力が執行された証拠だ。慣れていけば薄れていくらしい。


「ふむ……風の魔法を完全に修めているだけでも大事であるしな」


「魔法ならおよそ全部使えるなんて大嘘(ホラ)、誰も信じないけどね」


「機会があったら見せてやるよ。とにかく、ショウタ・シブヤが風の魔法以外も使えることを他人に伝えることは禁止する。いいな」


 フランクはうなずき、サクラは鼻を鳴らした。


「大まかに俺の目的はそんな感じだ。次にお前たちの扱いについてだが……」


 言いよどんだ演技で三秒ほど置いて傾聴させる。延々話していると頭の中で整理がつかなくて途中から抜けていくので、緊張感を取り戻させる必要があると数学の教師が言っていた。

 おかげで(むつみ)先生の授業はかなり覚えやすかった。

 頑張る教師ほどとにかく丁寧に説明するために時間がもったいないもったいないとひたすらしゃべるが、得てして逆効果になってしまうらしい。


「俺の懐事情がお前たちの生活水準にダイレクトに影響すると思え。衣食住、ただで保証する気はない。逆に役に立てば立つほどいい暮らしをさせてやる」


「ふむ。具体的に何をさせるつもりだ?」


「その時々で指示する。なんでもやれることはさせる気でいるからこき使われることは覚悟しておけ。代わりに出来高に応じて金も支給するし、女で遊んでも、上等な酒を飲んでもいい。多少のわがままも聞いてやる」


 ただし役に立たなければ扱いはぞんざいにし、使いつぶすことも視野に入れている。


「媚を売れとは言わない。結果を出せばお前たちのありがたみも俺に沁みるだろう? そのうえで、何ができるか自己紹介を……フランクから」


「あいわかった。フランクだ。奴隷になる前はトレンス鉱鉄王国で鍛冶と戦いをしていた」


「トレンス鉱鉄王国……確か鉱人種(ドワーフ)の国だったか?」


 フランクは満足そうにうなずいた。


「俺たちはもともと鉱山で生まれたと言われるくらいに鉱山との縁が強い。トレンス鉱鉄王国は鉱山の密集地に建国されていてな。金属を鍛えて、周囲の魔獣どもの尻をたたき返して発展した」


 その鍛冶技術と鉱脈を狙ってくる人間も何度となく撃退している、陸上の国だ。

 主な産業は金属加工とトレンス大鉱脈からの発掘資源貿易。


 内陸の国で複数の国に囲まれているので塩が不足しがちかと思ったが、ドヒデルア連山から岩塩が豊富にとれるのでその心配はないそうだ。

 ただ、鉱脈や岩塩の多い山脈の国土なので農業に向いた土地が少なく、麦などは輸入に頼っている。


「狩猟と戦いの中で発展してきたトレンス鉱鉄王国のドワーフは誰もが鍛冶と白兵戦を学ぶ。俺はそういう民族の出身で、そういうドワーフなのだ」


「危険指定種と戦った経験は?」


「鉱山にはよくコボルドが出た。オークやゴブリンなぞは雑草のように繁殖する。それに、トレンス鉱鉄王国では生きた森が動き回っている。近くに来るたびに国民総出で撃退するのだ。俺も大剣を握って伐採した」


 生きた森……植物タイプの危険指定種が群れで動いているのだろうか。いつか行ってみよう。

 【メニュー】を開いてメモを取っておく。


「サクラは獣人種、槍使いだったな?」


 話を向けてもサクラはそっぽを向いたまましゃべろうとしない。

 ちら、と左手の刻印に目をやったが、その考えは仕舞い込んだ。

 まあいい。ラナに言われた純粋な前衛はフランクで確保した。


 飛行種だというからどのくらいの重さで飛べるかとか、どのくらいの高さまで飛べるかとかいろいろ聞きたかったが、無理に聞き出す必要があるほど切迫しているわけではない。

 話そうとしないなら直接市場に行ったほうがいいか。勝手に選ぶように言えば自然と好む装備もわかる。槍なら短い槍と盾を使うか、両手で長槍を使うのか。防具は金属か、革か。

 装備の方向性がわかれば得意な戦い方もわかる。いくらなんでも革でできた装備で敵の攻撃を受け止めますというアホがいるとは思えないし。


 ワノクニ人なら布の装備、なんてこともありうるので俺が勝手に押し付けてもあまりよくない。

 何しろ、普段着のままヤマト剣を振り回してスピードを究めようとする武人、サムライまでいるのだ。グリニャードの剣士が重さと力で叩き割るように切るのに対して、彼らは速さと鋭さで切り裂くと聞く。


「俺もそろそろ自衛用の装備を買いに行きたいしな」


 防具は出発するころにはできるだろうから、あとは武器だ。魔法に頼っている俺が持ってもあまり効果はないだろうけど、シルファリオンなんかを使っている時なら武器を持って戦うこともできる。

 椅子を収納して外に出ようとした時だった。


「おどきなさい!」


「こ、こまります……!」


「退けと、そう言っているのよ! わたしのいうことが聞けないの!?」


 階下から宿の主人と若い女の言い争う声が聞こえてきた。


「やっぱり来たか」


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