Chapter38[奴隷を買いました]
「部屋の隅にでも立たせておいて続きを見せてくれ」
次いで二組のワノクニ人の女奴隷を見たが、どいつも俺の食指には触れなかった。サクラと比べると見れるところがない。口元のほくろがチャーミングな胸の大きい美人もいたが、俺が開拓者と知るとそっぽを向きやがった。
危険な開拓地に連れて行かれるうえに、危険指定種との戦いの後は興奮した開拓者に組み伏せられることも多いと聞く。
そんな時に力ひとつで金を稼いで成り上がろうという野蛮な開拓者が奴隷として買った女をどう扱うか。
おまけに奴隷による主人の殺害対策として主人が死ねば奴隷にも死を共有する魔法術式が隷属の刻印に含まれているので、主人の職業が生死をかける開拓者というのは奴隷にとっては最悪の環境に近いものであるらしいことは昨日のスパインからの話で聞いているが、こうも露骨な反応をされると食指も止まる。
それもあの奴隷からすれば狙い通りのことなんだろうな。
たぶんだが、あれは自分が美人だということを自覚していて、自分ならもっと金持ちの男を籠絡できると思っている。開拓者になんて買われるより貴族なんかの情婦になったほうがよほどいい暮らしができるからな。
開拓者なんぞの捌け口になるのは嫌なのだろう。
余談だが。
開拓者の死亡率はほかの職業に比べてぬきんでて高く、毎年五パーセントくらいが開拓地や訓練中の事故で死んでいるらしい。百人中、五人が死んでいるわけだ。
主に死んでいるのはストーンランクやガラスランクで、アイアンランクやブロンズランクになると少なくなるので、引き際を知らないままに素人が死んでいるのだろう。
そっぽを向いた美女のいた組がワノクニ人の最後の組み合わせだったようで、次の組には黒髪がいなかった。
これまでと違って、男女混合の十人組だ。人間種もいれば獣人種も半獣種もいる。背が低いのは小人種か鉱人種か。種族ごとに固めて性別で男のほうが右に来るようになっているので見やすい。
細かい気配りがされている。
「今、当商館における優れた戦士たちでございます。右から人間種のダリウス・オーラヴ、ニルス・ベックマン、パティ・ムーミン。森人種のラゼット・ウィグル。鉱人種のジョー、フランク。獣人種のザクセン、ヘンリー、ヘレナ。半獣種のルカ。皆、若いですが勇敢な戦士ですよ。健康状態も良いですし、ラゼットとヘレナとルカは未通です」
鉱人種の二人とダリウスとニルス、ヘンリーとヘレナは盾を構えて立ち回るタイプで、パティとラゼットとザクセンはスピードを活かした戦い方が得意らしい。
半獣種のルカは豪快なことに素手に熊の剛腕を載せて戦うそうだ。
たしか北海道に行ったときに熊の動物園でもらったパンフレットでは熊の両手で挟むような攻撃は人間の首をもぎ取るだけの力があるとか書いてあったように思うし、爪も合わせて恐ろしい武器になっていそうだ。
半獣種が同じ力を持っているかは知らないけど。人間の分、スペックが落ちていそうな気がする。野生動物に負ける分は人間の知能でカバーか。
要望通り、前衛以外の攻撃手段を持たないやつを選んできてくれたらしいが、部下が選んできた奴隷についてすらすらと紹介できるホルストは奴隷を全部覚えているのだろうか。
知るごとにこの商人の有能さが浮き彫りになっていくな。
俺は敏腕すぎる商人から戦闘奴隷のほうに目線を向けた。戦闘奴隷だけあって、最初から開拓者でも気にしていないらしい。
特に獣人種たちは先ほどの胸の大きいワノクニ人の美女とは逆にアピールらしきものも積極的だ。
半獣種のルカは顔が人間と違うので表情がわかりにくいが、貴族たちが私的な護衛に買い求めるのは人間種と相場が決まっているので、このまま売れ残って鉱山で働くよりもいいと思っているのだ。
女のほうはしなをつくろうとして変なポーズになっていたり、男は男で筋肉アピールが暑苦しいので見苦しいものになっているのが残念。
一番筋肉の盛り上がりを見せたヘンリーがにやりとこちらを見た。うん、キレテルキレテル。ナイスバルク。種族は馬なんだっけ?
「お値段ですが、ダリウスが二〇〇、ニルスが一七〇、パティが二三〇、ラゼットが八〇〇、ジョーが三五〇、フランクが四七〇、ザクセンが二七〇、ヘンリーが二九〇、ヘレナが二四〇、ルカが三〇〇となっております」
「値段の差は実力か?」
「考慮に入っておりますが、戦い合わせてけがをさせると値段が下がります。年齢や容姿や能力などを加味した値段でございますよ。ヘレナとルカとラゼットは経験がありませんのでその分も加算されております」
奴隷の値段はその国々のニーズによっても違うが、大まかに美醜、男女、種族、年齢、能力の五つで決まる。
一般に奴隷を買うのは金を持っている貴族の子息だったりするので女のほうが需要があって高額になり、見た目が良いほうが高価だ。
希少だったり、優れた種族ならそれだけで価値があるし、レアな種族の奴隷は主人のステータスになっている。
年齢は十代から二十までが一番値が張って、それ以下、もしくはそれ以上だと遠ざかるほどに値が下がる。
能力については算術や語学、あるいは戦闘など、できることが多ければ多いほどに値が上がる。
何もできない場合は労働奴隷として僻地で重労働をすることになるので多くの普通の顔をしている種族的にも珍しくない奴隷にとって技術や能力は生命線とも言い換えられる。
俺の今の手持ちがサクラの購入を差し引いてもまだ五〇〇〇万近く、装備費や旅費を差し引いた予算も三〇〇〇万以上ある上に、人の値段が数百万では安いと思うかもしれないが、この世界で普通に稼ごうと思ったらみんな必死に命がけでその日の暮らしを支えている。
物価だって違う。
エール一杯で四デローなので、一〇〇万デローあれば二五万杯も飲めるが、日本の店でビールを同じだけ注文したら五〇〇〇万円くらいする。これをエールは安いとみるか、一〇〇万デローに日本円の五〇〇〇万円分の購入力があると見るかは人それぞれだ。
真実はその両方だろうな。そもそも文化が違うし、換算できる人間がいないのだから交換レートなど存在しない。
「ラゼットは魔法が使えますのでご紹介するべきか考えましたが、やはり優秀な戦士であることに変わりがありませんし、許可なく魔法の使用することを禁じればご要望を満たせると思いましたのでご紹介させていただきました。また、鉱人種のジョーとフランク、ルカは種族的に非常に力が強く戦士向きですし、ジョーとフランクは細工を作れます。フランクは鍛冶の経験もありますので、それらが差になっております」
「こちらが作品です」
奴隷を引き連れて戻ってきていた恰幅のいい男が机の上に金属に模様を描いた細工品を二つ、そして長剣を一本置いた。
「手にとっても?」
「もちろん」
物の良しあしを量る目を持っているわけではないが、感心させられる。街売りの工作品とはなんとなくレベルが違うと。そう素人に感じさせる技術が確かにあった。これがドワーフの持つ金属加工なのか。
長剣のほうは残念ながら手になじまないが、重心が安定していることまではかろうじて推し量れた。
「なるほど……いっそこれを作らせればいい商売になるんじゃないか?」
「その通りでございます。ただ、同じことを考える者がおりまして」
「そりゃそうか。あたらしく商圏に割り込むのは簡単じゃないとか、そんな話だな」
「ですが、生産者ギルドに使用料を払えば金床を借りることはできますし、ショウタ様で使う分を用意させるには十分かと。自分の趣味を存分に反映させたものも作れますし、奴隷ですので衣食住が事足りていれば報酬は必要ありません。まあ、その分、戦士としては割高になっておりますが」
それに、とホルストは言葉をつづけた。
「魔王の復活もそろそろという時期ですし、魔獣たちの活動も活発になってきておりますので、最近は戦闘奴隷が少しずつ高騰を始めているのですよ」
そういや魔王なんているんだよなこの世界。
頭の中でまがまがしい姿の巨大な悪魔が大笑いしている姿が浮かんだ。
いや、聖剣街道って聞いたときにちょっと考えたけどな?
やっぱり勇者ももう召喚されてるんだろうか。明日にでも調べてみるか。旅の指針にもなりそうだ。
勇者より強い主人公が魔王を倒して勇者よりモテるラノベとかあったし、その流れなのかもしれないだろ?
「うーん……」
単純にタンク……盾として使う戦士なら優秀なのは獣人種のヘンリーか半獣種のルカだが、そもそも戦士職なんて切りあってけがをするだろうから消耗するものと考えたら値段低めの人間種が適当なのか?
ラゼットは魔法が使えるらしいから鍛えてやれば魔法の援護を受けて強い魔法戦士になるかもしれないし、なにより見た目は抜群だ。さすがエルフ。美形種族の名は伊達じゃないな。
それで、あとは鉱人種が細工ができて、獣人種はそれぞれの動物の特徴を持っている。ダリウスがワニで、ヘンリーが馬、ヘレナがネズミ。考えれば戦士以外にも役立つかもしれないのがこの五人だ。
スピード優先にして囮をさせて魔法を完成させるか、それとも盾にして魔法を唱えるか。
全員買おうと思えば買えるし、もちろんそうしたほうが盾は分厚くなるが、その分だけ乱戦になると魔法を唱えづらくなる欠点がある。
巻き込まないように訓練はしているけれど、まだまだ完璧には程遠いのだ。
俺は少し考えて、誰を買うかを決めた。
「フランクをもらう」
「かしこまりました。合計で……そうですね。八〇〇、ということにしたいと思いますがいかがでしょうか」
「これでいいか?」
皮袋の中で空間魔法倉庫を開いて手を突っ込み、金板を八枚取り出す。
置かれていたはずのジョーとフランクの作品はいつの間にか恰幅のいい男の手に戻っていた。
「たしかに、頂戴いたします」
ホルストのアイコンタクトを受けて恰幅のいい男が扉を開け、奴隷が退出した入れ替わりで、奥の部屋に待機していた男が契約書とインクを持ってきた。契約魔法の使い手か。
インクを広げたシャーレのような容器には白っぽい結晶鉱物が二つ浮かんでいる。魔法の触媒で、プリズマストーンとウィスプコア。
これに主人となる人間の魔力を吸わせたマリンアンバーと奴隷の魔力を吸わせた樹氷翡翠を加えて溶媒となる魔法薬で溶解し、インクにして奴隷の体と主人の体に刻印を刻むのだ。
「刻印はどこに刻まれますか?」
「左手の甲にしてくれ」
「胸や背でなくでよろしいのですか?」
「わかってる」
奴隷の方は四肢を切り落として脱走するのを避けるために喉に、それができない場合はみぞおちや背中と決まっているため、これは俺の方に刻む刻印だ。
四肢欠損などでなくなると魔法の基点を失うので、この刻印を無くすと奴隷は言うことを聞かなくなる。そのため、主人も失いにくい、失ったらそもそも死んでいるような場所に刻むのが常だが、要は無くさなければいいのだ。
前衛で切りあうつもりはないし、だったら奪われても死なないところがいい。俺の手が切り落とされるところまで近寄られている時点ですでに致命的なのだから。
隷属の刻印は刺青のように洗っても落ちないが、ナイフを使って刻んだりするわけではないと聞いている。俺が差し出した左手の甲にインクが落とされ、玉のように乗せられた。
奴隷の方にもインクを塗り付け、契約魔法使いが詠唱する。
「今後の仕入れのためにお聞きしたいのですが、なぜあの九人の中からフランクを?」
「ドワーフは勇猛な戦士だと聞いてたから、だな」
鉱人種は小柄だが、体重は人間種の大人並みにあるし、ぎっちり筋肉の詰まった全身の力は圧倒的に強い。
「それに、さっきの金属工作を見て、職人として腕がほしいと思った」
戦士として使わない間は金属を触らせて、完成したら自分たちで使ったり売って金の足しにできる。
まあこれは言葉には出さない。ドワーフは戦いと鍛冶の腕を褒められるのが大好きだ。両方で期待されていると思わせることができれば向こうから張り切って仕事をするようになるのに、わざわざ商売目的だなんて言って水を差すこともないだろう。
「いきます、心の用意を。スレイブリィテスタメント」
長ったらしい呪文を唱え終えて魔法が発動した。焼きごてを充てられたと錯覚しそうな熱さを左手に感じて、乗せられていたインクが肌に吸収されて広がり、模様を描いていく。
渦巻く炎のような模様が一筆書きで左手に完成し、熱の感覚が途切れる。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
差し出された布は汗がにじんでいるなら使ってくれという店側のサービスだ。中には痛みで脂汗まみれになる人もいるらしい。
サクラの方にも喉に同じ模様が浮かんでいるので、これで主人側の支配権は問題なく発動できる。
フランクの分ももう一度耐えると、俺の左手の刻印が一画増え、その分面積を増していた。増えた分の一画と同じ模様がフランクにあるのを確認して、契約魔法使いが退出する。
帰り際、ホルストが一筆したためて渡してきた。
「他にご入用な奴隷がおりましたら是非当商会へお申し付けください。これを見せれば対応させていただけるはずです」
「他の街でもやってるのか、この商会」
「奴隷市場のある場所でしたらおおよそ。税の高い貴族の所領では商売も立ちいきませんし、なかなか国外まで手を広げられておりませんが」
「なるほど。覚えとくよ」
紹介状を受け取って、皮袋にしまうよう偽装しながら魔法収納空間の『倉庫』の中にしまう。奴隷が必要だったり、逆に売り払う時に便利そうだ。
盗賊なんかは生け捕りにして連れて行くと買い取ってくれるらしいから。
その建前で無実の人間が俺のようにつかまって売り払われるケースもあるのは知っているので微妙な気分にさせられるが。
かくして、俺は二人の奴隷を手に入れた。




