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Chapter36[ディナーデート]

 ロナルドとラナに魔法の指導をしてから街に取って返した俺が各属性の魔法を加速に使って開拓者ギルドに直行すると、エリーゼが当たり前のようにして壁を背に立っていた。

 異性である俺に食事に誘われたからだろう。私服に着替えてきたようで、いつものギルド受付の制服ではなく、地味ながらも白いワンピースを着ていて、それがよく似合っていた。


 スレンダーというでもメリハリがついているというわけでもない普通の娘なので派手な服にするとミスマッチになるし、ああいうのをセンスがいいというのだろうか。牧歌的というか、野花のような魅力を引き立てている。

 そわそわとした様子で周囲を気にしながら自分の格好を何度も確認する様子は、いる場所が大通りの開拓者ギルド前ではなく路地裏だったら不審者そのものなのだが。


「……よし」


 食事に誘った男として女に待たせた挙句に何もフォローしないというのはカッコ悪い。近くの店でアクセサリを見繕って買っておこう。


 服が白にオレンジのリボンのワンポイントだからあまり派手にならないもので……あんまり暗い色にするのも地味になりすぎるし、この明るい茶色のベルトを合わせて腰の飾りにするか。

 肩にかけるケープと合わせていい感じになる。


 いや、ファッションセンスでは頑張っているんだからここは当初の予定通りに小物程度にしておこう。


「げえ……なんで布の飾りだけでこんなに高価くなるんだ?」


 コサージュに目をつけては見たが、値段が恐ろしいことになっている。

 店員によると飾りリボンに透かし布(レース)を使っているから高価になるんだとか言っていた。レースを大量生産する方法がなく、しかも手間もかかるのでべらぼうに値段が高くなってしまうらしい。このコサージュに使われているのは貴族の古着をクリーニングしてとったレースだが、それでもかなりの値段だ。


 金はあるが、一度素寒貧になっただけに貧乏性が抜けない。

 しかしここでためらうのもカッコ悪い。


 悩んだ末、俺はその赤と白のコサージュを買っていくことにした。


「待たせたな」


 声をかけたのが俺だとわかると不安げだった表情が一気に明るくなった。


「い、いえっ……! わちゃしもいみゃきたところでしゅ……!」


 がちがちに緊張している。


「今来たところです」


 言い直しても噛んだ事実は消えない。その証拠に顔が真っ赤になったままだ。

 いじくりたいのはやまやまだが、待たせているわけだし、ここはぐっと我慢して流されておこう。


「うっそお……あの子、二時間前にはもう居たわよ?」


「健気……もう十時なのに……」


「待ちぼうけさせてたのかよ……」


「空いてる店も少ないんじゃないか……?」


「男のほう、死ねばいいのにね……」


 人間のカスを見るような反応をする周囲の反応は正直だ。数人は俺の正体に気が付いているようで、魔法を恐れて何も言わないが、その視線は蔑みに満ちている。

 なんとか抑え込みはしたが、笑顔のまま頬がひきつるかと思った。


「あ……」


 周囲の声はしっかりエリーゼにも聞こえているようで、あわあわと手を宙に彷徨わせている。重たくなった空気をどうにかしたいけど、今来たところだと言い張った結果がこれなので手を出せないのだろう。

 だが俺は動じない。

 それを見越してプレゼントを買ってきているのだ。

 この切り札を開帳すればどうにか流せるはず。


「ごめん。プレゼントを選んでたら遅れちゃってさ」


 平然とうそをつくコツはできるだけ自然体であることでゲス。

 さっき近くの店で買ったばかりのコサージュを右肩のところにつけて渡す。ワンポイントとして正面には薄い緑色のリボンがあるので、ここなら競い合わないだろう。


「いや、腰のところのほうがいいかな……ちょっと動かないでくれよ?」


「あ、ありがとうございま……れ、レースですかっ!?」


 レースの別名は糸の宝石で、透かし布の綺麗さから貴族に人気のある布だ。手間も技術もいるので貴族しか買えないというのもある。

 なんでもない糸でも努力で宝石と肩を並べるというのが庶民的に気に入ったので買った。本人がその意味に気づくかどうかを期待する楽しみが持てるのもいい。


「じゃあ行こうか」


 地球で妹や友達とデートをしている時の癖で肘を開けると、エリーゼは少し戸惑うしぐさをした後、そっと腕をからめてきた。

 デートとは言ったが、妹と男女交際的な意味でお付き合いをしている、世間体なんてなんのその、インモラル上等という兄だったわけではないし、もちろんそのうえ多人数を彼女と言い張っている恐るべきハーレム野郎だったわけではない。

 女子はどうやら親しい友達や家族相手でも「デート」という言葉で出かけたりするようなのだ。

 男には理解できない感覚である。


「寒くないか?」


「だっ、大丈夫です」


 こっそりファイアの魔法を唱えておこう。夜に待たせていたのだし、冷えていたら悪い。実際に火を出さず、火の魔法元素を加速させる程度で温熱は発生する。このあたりの手加減ができるのもチートらしいところ。

 しかし待ち合わせの二時間も前に待っていたなんてこの娘は俺に気があるのだろうか。ちょっととろいけど可愛いから期待したいところだが、自分から「俺のこと好きですか?」と聞けるほど強い心臓を持っているわけでもない。


「あ……」


 魔法に気付いたらしいエリーゼが俺のほうを見る。


「風で熱を出せるんですか?」


「少しならほかの魔法も使えるんだ」


 このくらいなら言っても問題にはならない。どんな魔法使いでも得意な魔法属性以外でも練習したらある程度使える。普通はそんな暇があったら単一的に能力を伸ばしていくと、そういう風潮があるだけだ。

 これがシルファリオンの火属性バージョンであるサラマンダイトだったら大騒ぎ間違いなしだが。


「でも内緒にしておいてくれよ? 実は風以外もそれなりに使えるっていうのはエリーゼと俺の秘密な?」


 カミングアウトしたようでぼかした言葉である。唇に指を当ててウィンクすると、暖かくしたせいか別の理由か、赤くなった顔でこくこくと何度もうなずいてくれた。

 店についたのでドアを開けて中に案内する。すかさず店員が水の入ったカップを持って注文を取りに来たのでおすすめの料理を頼んで、食べながらゆっくりと話をする。


「聖鍵宝窟?」


 このあたりでお宝とかそういうものが眠っている遺跡とか、そういう場所はないかと尋ねたエリーゼの答えがこれだった。

 奴隷の話を聞いたときにスパインからも少し耳に挟んだが、たしか宝の噂のある不思議遺跡だっただろうか。


「ってなんだ?」


「ユヴェルの森の奥にある遺跡です。入口は洞窟なんですけど、奥に行くと遺跡になってるそうで、そこには山のような財宝が隠されているらしいです」


 名前の由来は七代目の聖鍵の勇者、アキエ・ヤオイが聖鍵を使って集めた世界中の宝を隠したと曰くされていることからで、事実、アキエ・ヤオイはそこを拠点にしていたとされている。


「勇者?」


 魔王でも倒しに行くのだろうか。


「そうですよ? あたりまえじゃないですか」


「あ、いや、俺、魔法の修行で人里を離れて生きてきたもんだから常識に疎くてさ」


「そういえばそうでした。ではお教えしますね?」


 魔王とはおよそ二〇〇年の周期で復活しては人類を滅亡させようとしているらしい。人類はこれに対抗するために毎回十二人の勇者を魔法で召喚し、神より賜った十二の聖宝具と補助聖装を使って魔王を倒す。


 つまり勇者というのは魔王の復活に合わせて召喚される、エリーゼが曰く多くは黒髪黒目の人間種で、いわば英雄だ。その財産ともなれば山のよう、と表現されるに足りるだろう。


 ましてその勇者がタイプの違う千人の美男を集めて代わる代わる寝所に呼んでいたと伝説の残るほど享楽的で退廃的な生活をしていた『千夜勇者(アルフ・ライラ)』ことアキエ・ヤオイであるというのがますます財宝のうわさに信憑性を与える。

 もしかしたら神々の武具まで見つかるかもしれない。


「でも二〇〇年もたっているんだろう? 王都からも近いユヴェルの森にあるんじゃあとっくにとられてるんじゃないか?」


「そうなんですけど、誰も宝物を見つけたことはないらしいんです」


 聖鍵宝窟にたどり着く前にユヴェルの森の奥地に立ち込める濃霧『アローシャル』が迷いの魔法で人の神経と感覚を狂わせ、聖鍵宝窟のある洞窟の中はガラパゴス的に進化した魔物が住み着いて、それらを潜り抜けて聖鍵宝窟にたどり着いても幾重ものトラップや衛兵代わりの自律動人形(ゴーレム)が侵入者を待ち受ける。


 魔法抵抗力が低い剣士や未熟な魔法使いではアローシャルを突破できず、魔法使いでは暗闇から急に襲って来る魔物や聖鍵宝窟に仕掛けられたトラップを潜り抜けることができない。さらに聖鍵宝窟内を守る自律動人形(ゴーレム)たちはミスリルの体を持ち、魔法にも物理的な衝撃にも強い。


「最深到達記録はゴールドランク開拓者が三十メーテル四方の大部屋にいたゴーレムを倒した奥の部屋を調べたところまでで、結局そこには壁に謎の文字なのか記号なのかわからないものが彫刻されていただけだったそうです」


「そいつの名前は?」


 貴重な情報だ。その人に聞けば詳しい情報が買えるかもしれない。


「あれ? 知りませんか?」


 エリーゼはパスタを巻きつけたフォークを口に頬張りながらそのゴールドランク開拓者の名前を出した。


「レティシアちゃんですよ。魔法姫、レティシア・オーデットです」


「あの子か……」


 十匹まとめて苦虫をかみつぶしたような気分になる。至近距離で会ったのは森での一度きりだが、たったあれだけのやり取りもしていない観察でレティシアが難物であることはよく理解できた。

 うわさでは二言目には勇者、勇者と言っているようだし、それにまつわる場所へ盗掘しに行きますと言って無事で済むかどうか。

 考えすぎだとは思うけど、下手をすると魔法をぶちかまされるかもしれない。


「魔法姫って宮廷魔導士なんだろう? 国は財宝を探そうとか思わないのか?」


「たしか一三〇年前と三〇年前に調査したはずですね。どっちも失敗したみたいです」


 一三〇年前は大量のロープを用意したそうだが、調査団は霧の外で控えてきた補給部隊と護衛以外が帰ってこず、三〇年前は前国王が手を出して聖鍵宝窟まで到達したものの、這う這うの体で帰ってきたそうだ。

 その後すぐに現国王に政権交代が起こったために詳細が明らかになっていないが、開拓者たちの間ではゴーレムにやられたのだろうと予想されている。


「でも魔法姫が一度踏破したんだろう?」


 だったらゴーレムも相当数が壊れていると考えるのが妥当なのではないだろうか。


「それが、聖鍵宝窟には一定以上に中が壊されたり、毎夜零時になると中の構造物の破損を全部直してしまう結界が用意されているらしいんです」


 だから調子づいて奥まで進んだ騎士団は復活したゴーレムに退路を断たれたのだろう、とエリーゼは言った。


「そんなところ、登録したての初心者に進めるなよ……」


「ショウタさんなら大丈夫ですよ」


「なんでそう思う?」


「だってあのタイラントドレイクをワイバーンにも騎乗せずに倒しちゃったんですから! きっと聖鍵宝窟に隠された宝物を抱えきれないくらい持って帰って、みんなをびっくりさせちゃうにきまってますよ!」


 いつもおどおどとうつむいて人と目を合わせないエリーゼに自信満々の表情で言われて俺は目を丸くさせられた。

 俺を見るエリーゼの目はまっすぐで、まるで憧れの人を自慢するように真剣で。

 空白になった頭のせいか、頬の緩みは一瞬で笑いの堤防を決壊させた。


「くっ……ははっ、はっはっはっは!! そうかそうか! うん。そうだな!」


「しょ、ショウタさん?」


 突然大声で笑い出した俺に店の中の視線が集中するが、気にせずに笑ってしまう。

 だってそうだ。こんなに面白い気分にさせられてしまったんだから。


「よし。聖鍵宝窟……だな。エリーゼ。そんなに言うなら一つ賭けをしようぜ」


「賭け、ですか?」


「ああ。俺が聖鍵宝窟から『千夜勇者(アルフ・ライラ)』の隠した宝を見つけてきたら、今度はお前がここをおごってくれ」


「え……、あ、はいっ! 待ってますね!」


 そんな面白そうな場所を見逃すのももったいないという理由ももちろんあるけど、それ以上に、ここまでまっすぐ期待されたんじゃあ応えないわけにもいかないよな。

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