Chapter31[ヘンな人、発見しますた]
この話はもはやただの売買取引の値上げ交渉の場ではない。
客に紹介した商人が「ギルドを通したのだから」などと詐欺まがいの方法で信用をだまし取り、相場のはっきりしないものだからといって安く買いたたこうとしていたなどと広まれば商人ギルドはギルドの信用を守るために行動するだろう。
ましてその客とは王都では話題のど真ん中になっている空気の手こと俺である。
体調の悪くなった演技をしていた商人の男にそこまで説明をしてやり、マジ泣き一歩手前にまで追い詰めた俺は言う。
「さて……自分の店にいくら払えるんだろうな?」
商人のうるんだ眼球に反射して映った俺の笑顔は晴れやかだったが、同時に悪魔のような邪悪さをたたえていた。
それで勝負アリ。最終的に俺はタイラントドレイクの革鎧を俺とラナの分で二着、歯で作ったナイフを一本、頭蓋の骨で作った大盾を一つを約束させ、売値として現金一億デローを即金で用意させた。
相場だと全体で七〇〇〇万デローくらいらしいから、残りは口止め料である。ぼろ儲けでゲス。ゲースゲスゲス。
交渉している間、ラナがどんどんうなだれていく商人を気の毒そうに見ていたが、このくらいはやって当然だ。場所が商人ギルドの中だろうと、その辺りの買い取り商とやってもらうことは変わらない。
まして信用を失ったら困るのは向こう側なのだ。
普段から脅していたらただのイヤな奴だろうけど、寄生虫五人衆を相手取った時からこういうヤツバラに手加減遠慮はしない方針なのである。
それに、ギルドに通報してまっとうな商人を紹介しなおしてもらうよりもこうやって悪徳商人の弱みにつけこんで口止め料をもらっておいたほうが金になる。
俺は別に聖人じゃないのだ。悪人になろうとしているわけじゃないが、だからと言って悪いことをしないわけではない。
ケンカもたくさんしたし、校則も破った。学校を無断で休んだことは数知れない。
いじめを仲裁することもあったけれど、それに下心がなかったなんてことは言わない。
あれはかわいい子と仲良くなりたいという気持ちが確実にあっての行動だった。
どちらかといえば。
俺は鬼畜、または外道と呼ばれるべき人間だろう。
べつにそれを恥じてもいないけれど。
きれいごとで世界は回らない。
なんて。高校生に入りたてでそこまで言うとさすがに中二病の言動になるだろうか。
「またあんたか」
「いきなりご挨拶だな……」
「うるさい。王都中大騒ぎになってて一部じゃパニック起きてるのよ。もうちょっと目立たずに行動できたはずでしょうが」
開拓者ギルドに行くとドローレスに一言目から小言をもらった。
エアハンマーに乗せて運んでいたタイラントドレイクが早くも噂になっているらしい。
「なんかもう、ここで怒られるのも慣れてきたな」
「こっちも小言を言い慣れたわよ……」
「おお、ツーカーだな。どうだ、今夜、お前のおすすめの店で、一杯」
「あらいいわね。とっておきのお店を知ってるのよ」
「だめか? エリーゼ?」
狙い通りにつられてくれたドローレスをしり目に、まじめに一心に仕事をしていたポンコツ受付嬢の手を取って言い寄ると、ポンコツは一度何が起きたのかわからないようにぱちぱちとまばたきをして、大声で驚きを表現した後、承諾をくれた。
「あんたいつか刺されるわよ。ってかわたしがキル」
「軽いジャブだろうが……」
冗談の応酬だというのに切断と殺害のダブルミーニング使って本気で殺気を向けるのはやめてほしい。
そういえばカールと会った運命的なカール記念日に一緒にいた女剣士が睨まれていたな。
「そっか……。そんなに男に苦労していたんだな……」
「ぐっ……! そんな目で見られる日がこようとは……」
見た目は美人だし、ギルドの受付嬢の中では立場もありそうだ。稼ぎが足りないなら開拓者でもやってれば金には困らないだろう。気風の良さもある。
こうやって箇条書きにしてみればいい物件なのだが、いかんせん婚期に対する反応が過剰すぎる。
古今、人々の求めるものは商品の質よりもラベルである。歴史あるとか、伝統だとか、アイドルがコマーシャルをやっていたとか、キャラクターとのタイアップだとか、そういうラベルをべたべた貼り付けられたものが売れていく。
仮にそれをラベル効果とでも呼ぶことにして、ドローレスの現状はマイナス方向にそれが働いている。行き遅れを気にしすぎて本人が自分にマイナスイメージのラベルを貼り付けてしまっている。
俺の世界、特に日本では婚期は二十五までなんて言われてクリスマスケーキに例えられるが、どんなおいしいクリスマスケーキでも一日過ぎただけで「売れ残り」のラベルが貼られてしまって、かぴかぴのまずそうなケーキに見えてしまうというのと同じこと。
覚えてなさーい、と捨て台詞を置き残してドローレスは駆け去ってしまった。
少しいじめすぎただろうか。
馬鹿を言いながら依頼の報酬、五〇四〇デローを受け取った。例によって本筋の依頼で手に入れた額よりも「ついで」で受けた依頼の合計額のほうが多い。
外に出て稼いだ割に少ないな、なんて感じていると、ラナはびっくりしたように目を丸くしていた。
「さすが先生です……。わたしなんて、一日に一〇〇〇も稼げたらめちゃくちゃラッキーですよ!!」
「さっき一億見ておいて何を言っているんだ……」
額がこのくらいのほうが実感としてお金の大きさを体感するのだろうか。
まさか雑用をしているだけで日常的に二五万稼いでますとは言えない雰囲気だ。
「でも、今日はあんまり稼げなかったんですね」
「え? どういうことですか?」
「あ、おい……」
「だってショウタさんは毎日金貨三枚くらい稼いでるじゃないですか」
口止めが間に合わず、ポンコツ受付嬢は実にあっさりと俺の日々の稼ぎを言ってしまった。
「な……」
「「「なにィイイイイイイイイイ!!!?」」」
ラナの悲鳴を押しつぶす地鳴りのような声。
どうやらギルド全体が聞き耳を立てていたらしい。
視線を向けると一斉に視線をそらされた。ああ、なんか「何見てんだコラ」みたいなガンをつけたみたいになっている。
一部の開拓者は雑用依頼の貼りだされている掲示板に張り付いておいしい仕事を探しているようだ。
話を聞かれるとわかっているとなんとなくうっとうしいので風を切断して音を遮断する真空の壁を背中において、聞き取りにくくする。気やすめだろうが、これで落ち着いて話ができる。
「え……は、ええっ!? ほん、本当なんですか先生!?」
「まあな……」
隠す理由としてはそのほうが無難に済むかという程度だったので無理してまで秘密にするほどではないので、ここは認めてしまう。
「で、でも先生、いつもは雑用ばっかりやってるって……それなのにそんなに稼いでるなんてへんです!」
「そうですよ? ショウタさんは雑用ですっごく稼ぐ、へんな人なんです! あんまりいっぱい仕事するから、みんな、真偽の石箱がおかしくなったんじゃないかって疑ってたんですから!」
「おい……」
なにを力強く変人認定してくれているんだ。
「そういえば、攻撃用の魔法を運搬に使ってましたけど、あれもですか!? 王都の人の魔法の使い方なのかって思ってたんですけど……」
「そんなへんな魔法の使い方する人はショウタさんだけです!! だいたい、魔法使いで雑用の依頼をしてるなんてへんな人しかいません!」
「お前ら……」
そんなにへんなことなのだろうか。たしかに魔法使いが雑用に来たことなんて見たことないけど。
常識知らずなことをしていたようだが、しかたない。俺はこっちに来て日が浅いし、いろいろと常識が足りないのだ。ある程度は【FAQ】を見れば保完できるが、何でも分かるわけじゃない。所詮はよくある質問とその回答集だ。
やはり奴隷の購入は急務だ。
口止めしておけば外に漏れることはないし、知識のすり合わせもしやすい。
万が一どこから来たんだ、なんて聞かれるような疑いを向けられても奴隷なら無理を通して道理をひっこめられる。いざとなったらシャラップと言えばいい。
「まあいい……ラナ、今日の分だ」
露店で買った小さめの袋に今日稼いだ金の中でラナの取り分を入れて渡しておく。
「半分もあげちゃうんですか?」
「そりゃあな。一緒に仕事したんだし、普通だろう?」
「やっぱりショウタさんってへんな人ですねー。普通、上下のあるパーティーだと上の人が多く取るんですよ?」
「よそはよそ、うちはうちだ」
「そんな。ショウタさんってば、お母さんみたいなことを……」
俺の世界であれ、異世界であれ、子供に母が言うことは同じなのか。
多く取るも何も、俺は今回、魔法を遠くから打っていただけで、頑張ったのはラナなんだからラナが半分もらうのは当たり前だ。
むしろ俺が半分ももらっていいかなやむくらいである。
「なんだか、妙に重たいですね……? 銀貨ってこんなに重たかったでしょうか……?」
「ん? 半分って言わなかったか?」
「「え?」」
二人そろって間抜けな顔をしたので俺は説明する。
「だから。今日の半分って言ったらタイラントドレイクを倒して売った分の金もに決まっているだろうが」
銀貨ではなく、袋の重さは金板の重さだ。金板五〇枚に銀貨三枚。小銀貨を五枚持っていなかったのでざっくり勘定にして銀貨単位でラナのほうに渡しておいた。理由はマイナスのイメージを持たせないようにするための下心。ヒロイン攻略はもう始まっているのだ。
端数の四〇デローはもらっておくが。
「「へ……」」
「へ?」
「「へんな人です!!」」
二人そろって俺を指さして叫んだ。
なんでさ。




