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Chapter30[危険指定四号種・恐怖の象徴]

 危険指定四号種、タイラントドレイクとは俺の感覚で表現するならば暴君と呼ばれ親しまれる肉食恐竜、ティラノサウルスだ。


 全体的に俺の知る、いわゆる二足歩行のデカいトカゲデザインのティラノサウルスよりもあちこち尖った形をして鋭角なフォルムをしているし、トカゲティラノサウルスと違って前足がちゃんと発達していて、オークジェネラルをつかんで口に持っていったりもできているなど、細部に違いはあるが、基本的にはティラノサウルスで間違いない。


 俺たちの前に現れたタイラントドレイクは事実、それくらいに大きい。人間などわざわざそのワニのように大きい顎で噛み砕かずとも駆け寄って跳ね飛ばすだけで死んでしまう。


 大きいから小回りは聞かないだろうとか、二足歩行だからバランスは悪いとか、そんな風に考えても実際に立ち回れるのはドローレスくらいに腕の立つ、ごく一握りの、人間をやめたような動きができる達人だけだ。


 少なくとも俺では足元に潜り込んでも瞬時に見せ場もなく次の一歩で蹴飛ばされて死ぬか、もしくは顎で噛み砕くためにタイラントドレイクが下がった拍子に間違って踏み殺されるだろう。


 恐竜よりもはるかに動きの遅かったマンモス相手でさえ、人間は何十人も人を集めて罠までおびき寄せて、身動きを取れなくしたところで、ようやく犠牲覚悟で決死に戦って狩ることができていたのだ。


 オークジェネラルでさえブロンズランク以下の開拓者には荷が重いとされ、一も二もなく、わき目も振らずに逃げ切れと言われている。

 タイラントドレイクについても似たようなことを言われているが、その前に一言付け足される。


 命はあきらめろ、だ。


 タイラントドレイクは馬の何倍も速く走るため、たとえ騎乗していても馬ごと跳ね飛ばされたり噛み殺される。騎乗した動物が人を乗せて空を飛べない限り追いつかれて狩られるのだ。


 しかも奴の力はオークの体を綿毛のようにちぎり取り、鋭い歯は鋼の鎧を貫き、発達した顎の咬合力は岩石をも噛み砕く。

 皮膚は岩のように固く、剣も槍も矢も通らず斧の刃でも断つことができず、力強い肉体は大槌の一撃を受けてもびくともしない。

 タイラントドレイクにまともなダメージを与えようと思ったら攻城兵器に匹敵する攻撃を仕掛けるしかほかにない。もちろん、実際に破城槌など持ち出してもぶつける前に破壊されて終わりだが。


 そこで、身軽に動けて高い攻撃性能を持つ魔法使いが活躍するのだが、タイラントドレイクの疾走速度は実に時速一〇〇キードメーテルを超える。

 ティラノサウルスの見た目のくせに発揮されるふざけたスピードは魔法使いが詠唱するよりも早くその体を引き裂き、詠唱の間に合う弱い魔法では岩石のごとき皮膚を貫けない。

 詠唱時間の間、前衛が持ちこたえることができない以上、前から順に食い散らされていくだけだ。


 倒す手段はただ一つ、タイラントドレイクの牙の届かない空を飛ぶワイバーンなどの騎竜や騎鳥に魔法使いを乗せて空から一方的に魔法の雨を降らせることである。

 つまり、地上にいる時点で開拓者を待っているのは勝てないと知りながら戦って玉砕して腹の中におさまるか、逃げられないとわかりながら逃げて背中からかみ殺されるかの究極の二択。

 だからだろうか。


「うおおおおっ!」


「せ、先生っ……これ、き、金板……ですよっ!」


 商人ギルドに持ち込んだタイラントドレイクの死体にはなんと二八〇〇万デローという目玉の飛び出そうな金額がついた。

 思わず叫びもする。


「内訳はどうなっているんだ?」


 商人ギルドの中の一室で長椅子に座った俺がたずねると、向かい合っておかれた長椅子に座っている商人がパピルスという紙を間にある机に置いた。


「まず皮が一五〇〇万デロー。骨が七五〇万デロー、歯牙が三〇〇万デロー、肉が全部で一三五万デローの評価額となっております」


「えらく皮だけ高価いんだな」


「ナイフも剣も槍も通さない硬い皮膚はなめすことで最高の革鎧の材料となります。刃も矢もはねのける革鎧が作れますので」


 それは高価いだろうな。普通の革鎧よりは重たくなるようだが、金属鎧よりも頑丈な鎧が、革鎧の軽さと可動域で使えるんだから。

 骨はハンマーで叩いても折れないので武器の芯材としても使えるし、岩をかみ砕いて割れもしない歯牙は刺突向きのナイフの刃や槍の穂先になる。中空なので毒物を入れておいたり、穴をあけておくことでその穴から刺した相手の血が流れ出すようになっている武器を作れるらしい。


 頭がい骨や肩甲骨のような扁平骨は鎧を補強するパーツだけでなく、盾に加工すればハンマーで殴られても凹みもしない頑丈な防具に使える。指先の骨でさえ鉄剣とぶつければ剣のほうが傷むくらいだとか。

 最後に肉は食用。肉という食材の中ではかなりうまい部類に入るようで、貴族のような富裕層に高価く売れるようだ。


「妥当なのか?」


 耳元に顔を寄せてラナにたずねてみた。

 商人は海千山千だというイメージが強い。この世界に来て日が浅い俺には鎧だの剣だのの相場がわからないが、そんなにいいものならもっと高額が付いてもいいのではないだろうか。


 矢をはねのける、と言ってもたやすいことではない。

 漫画やアニメの中では豆鉄砲のようなしょぼい扱いを受けているが、弓矢とは剣で叩いても凹むだけの頑丈な金属鎧(プレートアーマー)を貫通する威力を持っている。

 掛け値なし、本気で開拓者が矢をぶち込んでも刺さらない皮の値段としては少し安いような気がしてならない。


「い、いえっ! わたしはタイラントドレイクの武器も防具も買おうなんてお金は持ってませんからわかりません!」


「声がでけえよ……」


 小さい声で聞いた意味がないだろうが。


「ギルドを通しての買い取りです。信じていただきたく」


「ギルドに紹介されただけで、俺は商人と取引してるんだが?」


 商人ギルドは商人たちの集まりや互助団体であって、一個の巨大な会社ではないはずだ。

 日本人はよく、信じないなんて言ってしまうと相手に悪いんじゃないか、なんて考えを持っているが、それは違うのではないかと思う。

 信じられないと思ったら無理に信じず、そのうえで取引相手を変えるなりして対応を取るべきなのだ。


「……商人ギルドが信用できませんか?」


「ギルドは商人の紹介はしても直接商品を扱っていないはずだろう?」


 俺はラナのほうにパピルスを渡し、背もたれに背中を預けて、商人は膝に肘を置いて指を組み、笑顔で視線を交わす。

 何とも言えない緊張感が場を満たした。


「で、でも合計だと二六八五万デローですよね? 残りのはいったい……紙には書かれてないみたいですけど」


 緊張感を感じ取ったラナが取り繕うようにたずねた。話を移して緊張を払おうというわけだろう。

 初めに提示された額は二八〇〇万デロー、商人の渡してきた紙に書かれていた額との差に百十五万デローある。その金はいったいどこのものなのか。


「状態が非常に良好でしたのでその分です。普通は攻撃を受けて皮がボロボロになって減額されるのですが、お持ちいただいたタイラントドレイクには額から後頭部へ抜ける貫通創が一つだけでした。それもごく小さなものでしたので減額がなく、一体分丸ごとをお持ちいただきましたので増額させていただきました。いったい、どうやって倒されたのですか?」


「それは先生が……」


「情報を売り込んだ覚えはないぞ。買いたいならこれに二億デロー上積みしてもらおうか」


 ぺらっとしゃべりそうになったラナを手で制して言った。


「お前らにできる手段とは限らないけどな」


「……御冗談を。せめて倍に増額では?」


「話にならん。情報だけで二億だ」


 強気に繰り返すと、商人は口元に手をやって考え込んだ。確実に役に立つなら今度からは三〇〇〇万デローも出してタイラントドレイクの死体を買い取らなくてもいいとか思っているんだろう。

 しかし、せっかく情報を買っても実践できなければ大損だ。


「やめておきましょう」


「賢明だな」


 そして正しい。

 難しいことはしていないが、あの方法では俺たちでしかできないだろう。


 地上の王、タイラントドレイクに見つかった俺たちはまさしく絶体絶命のピンチだった。

 タイラントドレイクの突進はラナに止められるものではないし、アトモスフィリックパイルのような大きい魔法は詠唱している間に距離をゼロにされる。


 魔法の詠唱は脳にリズムを刻んで魔法を使うための演算をさせる手順だ。個人の思考回路の組み立てによって例外はあるが、早口でただ呪文を唱えても意味がない。決まった速さで決まった詠唱をしなければいけないのだ。

 タイラントドレイクを倒す時にわざわざ魔法使いを飛行可能な騎獣に乗せるわけである。


 ただ、ワイバーンなんて連れていなかった俺たちはその手段は使えなかったから、普通に魔法使いらしく応戦した。

 タイラントドレイクが近寄ってくるまでに唱えられるくらいに詠唱が短い魔法。

 ウィンドボルトで。


 俺の放った風の弩矢は駆け寄っていたタイラントドレイクの眉間をぶち抜いて首と頭蓋の境目のあたりから飛び出し、貫通した。

 それだけのことだ。


 タイラントドレイクをわざわざ長々と詠唱した大規模な魔法の雨で攻撃するのは、短い詠唱の魔法では威力が足りないからだ。

 だが、俺は神から魔法チートを受けている。コントロールして普通の威力だって出せるが、本気で打てば威力は計り知れない。

 チート任せの仕留め方なので、絶対にまねできなかっただろう。


「タイラントドレイクは崖上や空から狙ってようやく倒せる魔獣だ。誰でも倒せるわけじゃない。倒しても大体が騎竜を持っている国が独占するんじゃないか?」


「ええ、ですからこうして高額をつけさせていただきました」


「レアアースのミスリルで作られたプレートアーマーが店置きで五〇〇万。めったに持ち込まれないタイラントドレイクで無駄な端切れを出すとも考えられないし、オーダーメイド。ミスリルより頑丈で軽い鎧が値段で負けるわけがないから最低でも五〇〇から六〇〇。市場に出回りにくいことも考えればうまくすれば倍はいくか?」


「い、いえ、それは……ミスリルのほうが魔力を通しやすいのでミスリルのほうが高価なのですよ」


「へえ? 知り合いの防具屋に聞いてもいいか?」


 にたあ、と邪悪な笑みを浮かべると商人の笑顔に脂汗が浮いた。


「もしあれを直接工房に持って行って、適当な開拓者相手に売りにかければ競りで買ってもらえるんじゃないか? 四、五着分はありそうだし、職人に払う金をざっと引いても純利益は……おお、皮だけで二〇〇〇万を超えるな!」


 さも今計算しましたとばかりに言う。

 雑用開拓者としてこの街の工房を見ている俺を甘く見てもらっては困る。俺の見立てでは加工費は革だとなめして鎧にしても二万デローもない。

 体長一二メーテル以上ある動物から人間を鎧う分を割っていっても五着そこそこ。

 一着五〇〇万デローで売れるなら商人の利益は約二〇〇万になる。


「完全な状態で百十五万の追加だったら皮以外を売ってからでいいような気がしてきたなあ?」


「で、では、三〇〇〇万では……」


「残りも他で売るか、ラナ」


「え? い、いいんですか、先生!?」


「いいんだよ。開拓者になりたてだってことをどこかでつかんでナメた金額提示したんだ。ギルドに言ったら他の商人を紹介してくれるだろうぜ」


「お、お待ちください!!」


 立ち上がった俺に商人が顔色を悪くしたまま震える手で待ったをかけてきた。

 気にせずラナを立たせる。


「こ、こちらの計算が間違っておりました。全部で三〇〇〇万で、いかがでしょう?」


「三〇〇〇?」


「三五〇〇万では……」


 鼻で笑ってやる。


「よ、四〇〇〇万……」


「せ、先生……これだけもらえたら、もういいんじゃないですか?」


 商人が今にも倒れてしまいそうなひどい顔色をしているせいか、気の毒に思ったらしいラナが実に小市民的なことを言うが、俺は気にせずにドアのほうに向かう。


「ご、五〇〇〇万! 五〇〇〇万で買わせていただきます!」


 提示してきているってことはまだ余裕があるな。黙っていればまだまだ上がりそうだ。


「わたくしどもの手違いにより、ご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます。ですからどうか、これでお売りいただけませんか?」


「はあ……」


 まったく現状がわかっていないようなのでこれ見よがしにため息をついてやった。一度は二八〇〇万と言っておきながら五〇〇〇万も出せるとは、とことんまでコケにされていたらしい。


「先生、もういいじゃないですか。かわいそうですよ……」


「いいわけあるか。開拓者がなめられたら終わりだぞ。メンツとかじゃなくてな、命がけの仕事をはした金でやらされるんだからな。金がなくて足元見られてるならまだしも、余裕あるだろ? オークも倒したんだから今日明日中にどうにかなるってわけじゃない。誰かに借りてたりするのか?」


「借りては、ないですけど……」


「だったらまともな値段で買ってくれるところに売ったほうがいいだろ? 悪徳商人が消えて、まっとうに商売してるやつが儲ける。俺たちは金を手に入れる」


 まさにいいことづくめだ。

 だから俺は商人の男を見下ろして言った。


「流れを、勘違いしたな」



バトルにできずすみません。一瞬で終わらなかったらタイラントドレイクに接近されて逆に瞬殺されてたので、だったらいっそ回想に使いたいなと。


危険指定ですが、一号から七号まであります。

七号種は一般人でも複数人でかかったり、弱点を突けば十分に勝ち目がありますが、四号種より若い数字になると一種の災害じみた強さになっています。まっとうな人間で普通の装備品ではまず勝ち目がありません。熟練の開拓者でも命の保証はないです。

行殺してしまったので一応。


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