Chapter2[最強にはしてあげないよ?]
すすめられるままに椅子に座る。
「安物だ……」
パイプ椅子である。
やわらかいとかそんな意外性もないごく普通の椅子である。
「アルバイトの面接ってこんなものだろう? 平社員だって面接のときにいい椅子は使わせてもらえないさ。待遇向上は成果を上げたらだね」
「あのさ、座っておいてなんだけど……異世界って何だよ」
「異世界は異世界さ。平行世界。これだって立派な異世界だろう?」
「そうじゃなくて。俺、高校生で」
「遊ぶ金ほしさなんだろう?」
セリフを先んじてとられてしまう。
「そりゃあさすがに驚かないさ。安心してくれよ。君が懸念したように向こうで何年たとうともこっちでは一秒だって経っていないようにできる。だってそうじゃないと君たちはうなずいてくれないからね」
「そんなものか……じゃあやっぱりこれは夢じゃあ……」
「嫌だなあ。もちろんお給料は弾むよ。君のゆう○ょに入金してもいいし、君の部屋に現金で用意してもいい。神様は信用第一、妙な噂ひとつで変な属性を付けられちゃうからね」
そういうものなのか。
「とにかくモニターを見ておくれよ」
促されて見たモニターには歴史を感じさせる市街のイラストの前面に【ENTER】の文字が光っている。
「クリックをしてくれ。それで始まる」
クリックした。
すると、市街の中にありそうな酒場に画面が切り替わってキャラクターシートのようなものがコルクボード風のウィンドウとして現れた。
画面の端でマッチョな髭のハゲがいい笑顔を浮かべている。
「項目、多いなあ……」
「そりゃあ人間一人分の項目だからね。異世界フォーマットに直しても膨大な量になるのは仕方がないさ。差し引きゼロってくらいには情報量がカットされたりしてるんだけど、まあおいおい話をしていこう。働く気はあるんだろう?」
「そりゃ、まあ……」
だがごちゃついていなくてもここまで項目が多いのはどうなのか。
スクロールバーがすでに短くなりすぎて線になっているじゃないか。
「そう言わないでくれよ。モニターを増やして対応したりしてるんだ。前は百個くらいモニターを用意して全部見えるようにしたんだけどその時はかえって面倒くさいって文句を言われちゃったんだ」
困ったように|イケメン《名状しがたくなくもないモノ》は肩をすくめた。
「まあ、大まかにはいじる必要はないさ。完全マニュアルを望むわけでもないのなら選んだ項目に最適化させてもらうから。たとえばこの……」
|イケメン《名状しがたくなくもないモノ》が何かをした途端、画面が一気に上へと流れて下のほうのとある項目が開かれた。
どうやら項目のところをクリックすることでメニューが開いて、その中からチェックを入れるようになっているらしい。
神からは位置関係的に画面は見えないと思うのだが、やはりご都合主義的な能力があるのだろうか。
「【呼吸機能】の【呼吸使用気体】なんていじる必要はないだろう? 酸素であろうと窒素であろうと呼吸ができれば君たちは困らない。むしろ窒素で呼吸するようになると生命活動レベルで肉体が変化するからいじらないほうがストレスを受けないくらいだろうね」
「ならそういったものは除外しておけばいいのに」
「でも本当に望むのなら改ざんするのもやぶさかじゃないってね。僕もいろいろ人間に言われているせいでいろんな人格性を保有しているんだ。意地悪な僕だっているんだってことだと納得してくれればいいよ」
そんな奴に自分のデータを任せるのだろうか。
「まあ最低でもアバターネームと各種パラメータくらいはいじっておいて損はないよ」
再び画面が流れて、キャラクターシートのトップに戻る。
ここから先は好きにしてくれ、そういうことらしい。
そしておおよそ流し読みで確認すること長時間。
長時間としか言えない理由は、ここに時計がないからだ。
|イケメン《名状しがたくなくもないモノ》いわく、ここに時間の概念はないのだそうな。
細かく、本当に細かく渋谷彰大という人間のデータが記載されているが、ほとんどの項目は【最適化する】にチェックが入っていて、そして操作する必要を感じなかった。
名前……は別に変えなくてもいい。
「おや? いいのかい? 結構な人数がここで名前を変えるんだけど。アッシュとかアーサーとか」
「別にいいかなあ……」
すくなくともそんなご大層な名前の似合う男じゃあないし。
「顔の造形も変えられるよ?」
「それでイケメンになってもどこか虚しいものが残りそうだからやらない」
向こうで好みの女の子を見つけても女の子に告白する勇気が砕け散りそうだ。
元が見れないくらいブ男なら考えるが。
少なくとも二目と見れないほどでは決してないし。
なので最初に項目を見たのは【種族】だ。
これがまあ、とにかく多かった。
デフォルトでは人間種になっているが、ほかに何があるのかといえば見事に植物から昆虫、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と勢揃い。
ヒト科のくくりで抽出しても人間種、森人種、鉱人種、小人種……と細分化されている。一部の項目はさらに細かくなっているときた。
「人間種は最初からチェックが入ってたからわかるけど……この森人種とか鉱人種ってなんなんだ?」
「森人種と鉱人種だよ。詳細を見れば種族的な特徴は表示されるから参考にしてよ」
「いや……なに? 俺の世界の平行世界にはファンタジーになってるのがあるってことか?」
「君たちの世界だって隠れて魔法使いがいたりするファンタジーなんだけど……うん、そうなるかな。エルフ、ドワーフ、エレメンツ、いろいろいるらしいことはこれまでの調査員の報告でわかってるよ。ほとんど神代の時代さ」
とはいえ、これも変えない。
魔法の才能が伸びやすいとか書かれていても、いきなりエルフになっても感覚がついていかないし。
【種族】の項目を閉じて【性別】、【年齢】と流れているが、これもスルー。
いろいろといじってみたりするうちに各種パラメータというわかりやすくゲーム的な項目にたどり着いたのだが、
「なんだこれ。動かないぞ」
根こそぎカンストさせようと思ってマウスでドラッグしてみたが、一番上のSTR――strength、ゲームなら筋力や攻撃力のことだ――からしてもう全く動かない。
「ここからはブースト項目でね。君には動かせないようになってるんだ」
「なんだそれ。俺には?」
「お約束通りにチートできるようにはなってるんだけどね。制限が設けてあるってことさ」
「遊び心かよ……世界を見て来いって話じゃなかったのか? まさか人間を駒にしてあがくのを見て愉悦するタイプの邪神なのか、オマエ?」
俺は主人公になってこいつを倒すことになるのだろうか?
愛する人のため、子供の未来のため、とか言って。
「いやいやまさか。あんまり無茶苦茶にいじくってると巨大化したり縮小化して消えたからさ、安全策なんだ。制限をかけてなかったときに調子に乗って最強キャラにした人がいたんだけど、これが向こうについた瞬間に強制退出されて元の世界に帰ってきちゃった。彼は夢を見たって感じに納得してたっけなあ。一瞬も向こうにいなかったからお給料も払えないし?」
つまり無茶な改造をすると向こうの世界の支配者に排除されるってことか。
「そういうことだね。彼女は僕のことを嫌ってるから。僕の観測手を見つけると排除しちゃうんだ」
「つまり殺されたり?」
「いいや」
イケメ……面倒だしもう神でいこう。
神は首を振った。
「彼女は優しいからね。八つ当たりで世界を呪った悪の大魔王だけれど、でも自分の世界の外から来た人間まで問答無用に殺すような非道でもないのさ。僕個人はかなり恨まれてるせいで入り込もうとしたら熱線砲撃たれたけど」
「恨まれてるって何したんだ、いったい」
「何も。僕は何もしないさ。不幸だったのは彼女自身のせいだ。逆恨みもいいところだよ。恨む相手が僕くらいしかいないだけなんだ」
言葉の厳しさに反して、神の口調は優しいものだった。
知己に対する、というよりも反抗期の娘に対するような。
「それはいいけど……じゃあ、まさか俺は生身そのままで魔法が当たり前の世界に行かされるんじゃないだろうな」
「それこそまさかだ。向こうには危険指定種っていう風に呼ばれてる生き物や魔物がいるんだよ? 普通の村人として送り込んだ人間なら今のところ間に合ってる。君にはきちんとチートを施させてもらうよ」
「普通の村人として送り込まれた奴もいるのか」
「もちろん。強キャラを送り込んで駄目だった反省でね。なんの力も持たせずに放り込んだ人たちに情報を集めてもらったんだ。でなければあの世界を覗き見ることができない僕がどうしてあの世界のことを知っているんだい? 機会があれば話してみるのもいいんじゃないかな。若い子はチートしてあげないとみんな嫌がるから、借金がかさんでどうしようもなくなってたり、職場と割り切ってくれるおじさんばっかりを選んでるけど、日本人トークに花を咲かせるといいさ」
「日本人ばっかりなのか?」
「うん。日本人だけ。それぞれ平行世界の住人同士だけれど、連れて行くのは日本人に限定しているよ」
「そりゃまた、どうして」
「世界的なレベルの話で、日本人ほど勤勉な民族ってまれなんだよ。これがアメリカ人だともう拉致だとか農耕に対する報酬がどうだとかうるさくって。その点、日本人はあんまり怠けないし、働き者が多い。列車の時間で一分遅れたら謝罪が放送されるなんて変わってるよ。普通は三十分、いや三時間遅れても何もないっていうのに。世界的に見てもあの国は特異的なんだ。独自的と言い換えるべきかな?」
褒められているようでまったく褒められていない。
「各種パラメータが君には触れないようにしてある理由はそんなところさ。でも村人Aや町人F、あるいは宮仕えさんDにしようってわけじゃない。そろそろ大規模に調査を入れようと思っててね」
「人数を増やすってことか?」
「いいや。あんまりたくさん送り込むと彼女に気づかれるから一人一人にすごい力を渡して調査してもらう」
「あんまりチートするとバレてログアウトさせられるんじゃないのか?」
「だからその加減を見極めるための偉大な先輩たちがいるんだ。感謝しなよ? 村人になった人たちのおかげで君はチートを受け取れるんだから」
促されてスクロールバーを一番下に引っ張る。
「違法改造項目……」
クリックしてメニューを開くと、チェックの入っていない項目が表示された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
・フィジカルブースト
・マジックブースト
・スキルブースト
・コマンドブースト
・アイテムブースト
・ディアティーブースト
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「説明がいるかな? いるだろう? ようし、説明しちゃうぞ!」
「テンション高けえよ!」
思ってはいたが、この神はかなり説明好きだ。
上から目線で訳知り顔に説明するのが愉悦なのだ。
「まずはフィジカルブースト。これは文字通り肉体を徹底的に強化するチートだよ。これをとれば神話の英雄みたいにバケモノじみた肉体を手に入れられる。たとえば百メートルを四秒で走ったり、岩を握りつぶしたり、果てには気合と根性で滝を割ったり理不尽な耐久力を手に入れる」
端的に言えば超人になれるということらしい。
石ではなく岩を投げつけられる。
ぱんちで城門を壊せる。
ジャンプすれば数百メートル。
深海に素潜り。
鉄の剣を目玉に食らっても「ふっ、何かしたか?」とか言える。
「いや、さすがにそこまでは無理だって」
「え?」
「言っただろう? あんまりやりすぎると世界にはじかれるって。最強キャラにした奴は文字通り最強キャラになったんだ。僕と同レベルの神様みたいな権限、権能持ちにね。彼が強制退出させられた以上、肉体がどれだけ強くても意味がない。調査するための力があればいいんだから、逸脱してるほどの力はあげないよ」
最強キャラにはしてあげないよ、と神は言った。
 




