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Chapter27[はずかしい]

 毎朝の日課、習慣化したものは異世界に来たところで早々簡単に無くなったりはしないものだ。中学の三年間に剣道部に入部して比較的真面目に部活をしていた俺の体内時計はそんな必要がなくなったこの世界でも必ず朝五時には目を覚ます。

 二度寝でもすればいつかは習慣も崩せるだろうが、やったところで得になりそうにないし、なにより一度起きてしまった以上、もう一度寝なおすのは苦痛といっていいくらいにしんどい。


 二度寝万歳と言っている人たちはどうやったらそうやって寝られるのだろうかはなはだ疑問だ。

 腹黒亭の固いベッドはおろか、奴隷商人の護送馬車のなかでさえ一度目が覚めたらもう眠くはならないのに、まして今の俺が寝泊まりしているのは宿が密集している通りの中では上等な閑古鳥亭なのだ。


 俺の世界みたいにスプリングのきいたベッドではなく、干し草を積んでその上にシーツをかけただけの粗末なものだが、シーツさえかかっていなかった安宿が王都のような栄えているところ以外では普通の寝具なので、文句も言えない。

 外に出たいが、普通の服のままではまた取り囲まれて宿を追い出されるかもしれないので部屋の中でラジオ体操をして、そのまま革鎧を着てから外に出ていく。


「こんな朝早くからお出かけかい?」


「おはようございます。ええ、もう習慣なので。昨日はおいしいご飯をありがとうございます」


 宿のおかみさんも朝早いものだ。昨日は開拓者の旦那と楽しんでいたみたいだが、目覚めはいいのだろうか、特に疲れも見えない。


「開拓者になりに来たんだっけ? だったら知ってるかい? 今、レニングヴェシェンでは急激に有名になってきてる開拓者がいるんだよ」


「そうなんですか?」


 もちろん想像はついたが、今の……というか革鎧を着ている俺は王都についたばかりで右も左もわからないワノクニ人の開拓者見習い、タロウ・タナカだ。


 多重登録はできないのでもちろん仕事はしていないが、設定では仲間の世話になりながら、危険指定種の素材などを運ぶ荷物持ちポジションの下働きなのでカードは持っていないということにしてある。

 俺のキモい猫かぶりもタロウ・タナカのキャラである。俺も自分が無礼者とは思っていないが、普段の言葉遣いが全く違う人なら同じ黒髪黒目のワノクニ人らしき人物でも別人と思ってもらえるだろうし。


「残念ながらまだ王都についたばかりでして。にぎやかな街だとは思いましたけど、いつもはこうじゃないんですか?」


「ああ、なんでも風の魔法使いらしいけどね? その開拓者を追い掛け回してたんだってさ」


「何か悪い事でもしたんですか? その人」


「いいや、それがすごい魔法を使うってんで魔導士ギルドがスカウトに追い掛け回してたらしいよ」


 正確にはギルドの制御を離れた暴走した連中が勝手に弟子に取れ、パーティに入れと詰め寄ってきたのだが、おおむね間違っていない。


「夢ですね。開拓者になって名をあげる。お金もいっぱい手に入るんでしょうね」


「みたいだね。あたしは開拓者じゃないけど、ハンスからは上のランクだと金貨を稼いでるってはなしだから。うちの宿じゃあ十年かかっても難しいよ」


「その分、命の危険も毎日ですよ」


 ツインテールウルフのような危険な生き物でさえ大して金にならないのだから、割に合うかどうかの話をするのなら間違いなく割にはあっていないだろう。


「おかみさんまで死なれちゃあ俺の帰ってくる閑古鳥亭がなくなっちゃうじゃないですか。ミラちゃんはまだ小っちゃいんですから、おかみさんが宿を守っててくれないと」


「ハンスに聞かせたいもんだよまったく。たまにはそういう色のあるセリフを言ってみろってねえ」


「お手柔らかに。帰りは遅くなると思います」


 パーティが待っているという言い訳で切り上げて閑古鳥亭を出たら路地裏に入り、シルファリオンを使って、光の屈折率を変えて透明化してから閑古鳥亭の部屋に戻って魔法使いショウタ・シブヤの着ている普通の平民服を着てから再度透明化してギルドに向かう。

 開拓者ギルドが開くのは七時からなので、外に出て魔法の練習をして時間をつぶしてからということになるが。


「いらっしゃい。今日も早いわね」


「三日前にいい杖を買ったもんでな。旅の資金を稼ぎなおしてるんだ」


「七〇万もする杖を買ったんですか?」


「さすがは空気の手(エアハンド)


「掘り出し物だったんだ」


 使った分は昨日と一昨日の間に稼ぎなおしたが、弟子に支度をする期間として与えた一週間の間、何もしないというのももったいないというものだ。


「どんな杖なの? 銀製?」


「銀製で細い剣の形。装飾も綺麗で衝動買いしたんだ」


「ちょっと見せなさいよ」


「残念ながら仕事に使わないし持ってきてないんだよ」


 空間魔法の倉庫を開いたらここで見せることもできるが、これ以上目立つ危険を冒すのも面倒だ。

 セッターのところで買った杖だが、仕事に出ても使ったことはない。一度使ったきり、空間魔法で収納したままだ。


 買った日の夜に意気揚々と外で使ってみた俺は、いや、本当に外で使ってよかったと本気で思った。

 軽めに打ったつもりのウィンドカッターが向こう一キードほど先まで草原をバッサリ切りこんで、俺は事件にならないように土の魔法を使って証拠の隠滅に苦労したのだ。

 これが王都の中で実験していたら今頃指名手配犯になっていた。

 性能が良すぎて、仕事にはつかえないのだ。


「それで、今日も雑用?」


「その通り。リストは?」


 渡されたパピルスには今日一日分のスケジュールが埋まっている。

 一番下側には稼げる金額。

 開拓者ランクがガラスからシルバーになったおかげで同時に受けられる依頼の量も増えているので、ギルドに戻る時間が短縮されて一日の稼げる額も上がっている。


 初めはドローレスの厚意でしてもらっていたことだが、開拓者ギルドも街の人気をとれるし、依頼で上前を跳ねている分を稼げるのでニコニコ顔で協力してくれる。

 反面、例のご貴族のお嬢様が行く先々で騒いでくれるので理論上の利益を上げられないでいるのだが。


「そういえば、例の特別依頼の追加報酬はいつ手に入るんだ? たしか一割がもらえるんだよな。男がリーダー格一四〇万、盾使うやつがそれぞれ百十五万と百十万、短剣使いが九〇万で女が一二五万だったから、俺の分は五八万デローだな」


「それは調査報告の報酬。捕まえたのもあんただから、半額分上乗せして六割があんたの手取りよ」


 ということは、六倍して三四八万ほどが手取りになるというわけか。

 五人分の六割、つまり三人分の値段と同額だというのに少ないと感じてしまうのは、俺が雑用で二週間ほど働いたら同じだけの金額が手に入るからなのだろう。

 それくらいの無茶な荒稼ぎをしているのだ。

 さっそく仕事に向かおうとすると、ちょうどギルドに入ってきた少女に気が付いた。武器を持っているが、一人で雑用系の仕事が貼り出されている掲示板に向かうと、熱心に眺めている。


「おはよう、ラナ。雑用仕事か?」


「はひっ!? せ、先生!?」


 声をかけたら肩が跳ね上がるほど驚かれた。


「悪い。脅かすつもりじゃなかったんだが」


 昨夜の影響がまだ残っているらしい。

 どうやらラナは自分が弟子にとられたのは、俺の女の好みにあったからだと宿屋、伽藍堂亭の人に言われていたらしく、そこで昨日の俺の言葉を受けて完全に勘違いをしてしまったらしい。


 つまり、要するに俺が外でラナに肉体関係を迫ろうとしたとか何とか。


 開拓者をやっているうちにパーティ内で下世話な話になったことはあっても、どうやら気恥ずかしくて避けてきていたらしく、キスだの胸を触ったりするえっちな、そういうことをして愛し合うということは開拓者仲間から聞いていても、具体的な行為については全く知識がなかったラナは、服を脱いでいないままでも行為(あいしあうこと)ができることに驚いていた。


 服を脱ぐだとか、何を言っているのかわからなかった俺はそうと知らずに赤面しているラナに魔力どうこうの話をしてしまい、知らず、豪快に地雷を踏みぬいてしまったというわけだ。

 しかも最悪なことに、俺のやった魔力量増大法は体の奥まで魔力でかき回すので、要約すると、まあなんというか、すごく気持ちよくなってしまう大人なマッサージ効果を持っていて。


 大人の愛し合う行為について気持ちいいとかそんな断片的なことだけを聞いていたラナは見事に失神している間に事が済んでしまったと思っていたらしく。

 ロナルドにすでにした説明をした時のラナは自分の勘違いに気づいて混乱もメーターを振り切ってしまい、落ち着かせるまでに一時間ほどもかかってしまった。

 相当に恥ずかしい思いをしているのか、声をかけたのが俺だと分かったラナは蒸気が出そうなくらい赤面している。


 見ている分にはすごくかわいいが、これではまともにコミュニケーションが取れないので早く克服してもらいたい。

 ぎこちなくなっている原因は据え膳に気づかずに女の子に恥をかかせてしまった俺のミスだが。

 とはいえ、このままではまずいよな。

 俺は赤面して固まってしまったラナを見ながら、思いついたことを提案してみることにした。


「今日の仕事は決まってるのか?」


「は、はい! いいえ……!」


 どっちだろうか。


「決まってません……」


「だったら、一緒に外まで討伐に行かないか?」


「討伐……ですか?」


「ああ。弟子をとるときに言ったとおり、俺は純魔法使いで、詠唱ができない外で仕事ができてないんだ。助けてくれないか?」


 シルファリオンを使えばブロンズランク開拓者五人を簡単に伸してしまえる力が手に入るが、あれは防御したり移動に使ったりすると圧縮して鎧っている風がどんどん消費されてしまうので、連戦に弱い。

しかも外で仕事をするためにはずっとシルファリオンを使い続けていなければならない。

 魔力のほうは無尽蔵に使えるくらいに余裕があるが、時間がたつと脳に刻んだリズムが薄くなって、魔法が消えていってしまうので、森のど真ん中で詠唱しなおすことになるかも知れないという危険性から、俺はまだ討伐系の依頼をこなしたことがない「雑用開拓者」なのだった。


「それに……」


 ラナの注意を引くためにわざと一度言葉を切って傾聴させる。

 そのラナは昨日の一件が尾を引いているのが丸わかりな赤面度合いで、俺のほうをまともに見れていない。

 旅をするのにこの調子では問題もあるだろう。

 と言うのは簡単だが、そんなことを言ったところでラナが無理をするだけだ。無理な力をかけずに自然な流れで回復させられるのならいいのだが、そうでもない以上、手を打っておかないと落ち着かない。


「このままラナとぎこちないのは俺も嫌だ。ラナとぎくしゃくするなんて耐えられない。だから仲直りする方法を精一杯考えた」


 弱っているところに甘い言葉をかけるなんてまるでホストみたいだなと思いながら、まさにそのようにラナのおとがいに指をかけて言った。


「一緒に仕事して、ラナとの距離を縮めたいと思ってるんだが、どうだ?」


「は……はい、先生……」


 昨日の夜から、ようやく見ることができたラナの目はうるんでいて、そういうのに鈍い俺でも彼女が抱いた感情に察しはついてしまうだけの熱を秘めていた。

 後日。俺はこの時の行動のキザったらしさを思い出して一人きりの時に悶絶することになるのだが、それはまた別の話。



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