Chapter25[奴隷オークションのパワーゲーム]
カールたちと職人通りで買い物を楽しんだ記念すべき、否、もはや俺の世界で生誕祭が世界規模で行われているあの聖人並みの祝日にするべき日の二日後。
俺は朝早くにいくつかの雑用依頼をこなしてから、王都の広場に足を運んだ。目的は昨日からここで開かれるオークションである。
昨日は仕事をしていても先々で開拓者がパーティに誘っていたり、ギルドに戻ってくるたびに弟子に取らなかったお嬢様が何度も絡んできてうっとうしかったし、一昨日は二万そこそこしか稼げずに貴族が爆死した杖を五〇万デローで買ったのでもう奴隷を買うだけの金は残っていないのだが、とりあえずどんなものかを見に来たのだ。
オークション自体は昨日から始まっていたのだが、俺が今日に見に来たのは、俺が捕まえた例の五人組がセリにかけられるのが今日だからだ。いくらの値がつくのか、俺の手元にいくら転がってくるのか気になったので見に来たというわけだ。
会場には組み立て式の半円型の座席が用意されていて、遠くからでも壇上が見えるようになっていた。
入り口で金を支払って、代わりにパピルスでできたカタログを受け取る。望遠鏡のレンタルもやっていると言われたが断った。俺の場合は見たいなら魔法で視覚を強化してしまえばいいし。
前のほうはもう詰まっていたので、奥のほうの座席についた。どうせセリには参加しないので、問題ないしな。
待っている間、カタログを眺めていると、人も集まってきた。午後一時から開始なのに、もう人がすし詰めになっている。王都の奴隷オークションは随分と盛況のようだ。
今日の分のカタログによると、終了は夜にまでもつれ込むようだ。ナンバーを見ていると、一二〇番までついているし。
明日が本番だそうだが、今日も目玉となる商品は用意されている。
「レッディイイイイイイイス、エエェン、ジェントルメエエエェン!!」
午後一時になると、ものすごい巻き舌の声が魔法で拡声されて会場中にものすごいテンションをまき散らした。
「昨日も大盛況だったがァ、今日もたっくさん集まってくれてありがとオオオオオオオオオ!! お前ら、準備はいいかアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!? 今日のために金は集めてきたかアアアアアアアアアアアアアアアア!!? ため込んだ金貨が火を噴いて、好みの奴隷を買い込む祭りの始まりだアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」」
「今日も司会はこの私! ユウリが担当させてもらいますよオオオオオオオオオオオオオ!!!」
司会の大声をかき消すくらいの大歓声が巻き起こる。
ものすごい熱気だ。野球観戦にでも来たのかと思ったぞ。
「まずは最初に場を温めてくれる奴隷の紹介だ!! ナンバー一番、ランゲルハンス商会から出品されたァァ、サクラちゃんだアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
舞台の真ん中がカーテンになっていて、そこから奴隷を歩かせるようだ。
盛大な大音声で紹介されて出てきたのは黒い羽根を背中から生やしている女の子だった。
集まった客がどよめいたので俺もオペラグラス代わりに魔法を使ってみてみることにする。風の力を使った強化魔法と、光の散乱を抑える範囲魔法。
カタログではナンバーと名前と種族、最低落札価格しか載っていなかったのでどんな見た目をしているのかわからなかったが、かなりの美少女だ。
俺と同じ、黒髪と黒目。やや鋭い目つきも雰囲気に合っていて、反抗的な印象を受けるが、顔は文句なしに整っている。
スレンダー系でオッパイスキーたちにはマイナスだが、その細さがはかなそうな印象も与えて花のように摘み取りたくなる感じだ。
「この奴隷、サクラ・ホソハシはこの間グリニャードが魔法姫を連れて征伐したワノクニの出身だ!! 種族は獣人種のカラス! 種族的には珍しくねえが、見ての通り、抜群のカワイコちゃんだぜ!! こんな掘り出し物はすくねえぞオオオオオオオオオ!!!? もちろん処女!! 気の強いところも調教して自分の色に染めていく楽しみが増えるってなもんだ!!」
「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」
「もちろん開幕で出てくる子がかわいいだけじゃ済むはずがねえ!! 捕まえるときには持っていた十字の槍でブロンズランクの開拓者に怪我を負わせた凄腕ちゃんだ!!! 愛玩用だけじゃなくて戦闘もできるなんて、こいつはお得だぜエエエエエエエエエエエエエ!! 最低落札価格は特別に一〇〇万デロー!! 野郎ども、見逃すんじゃねえぞおおおおおおお!!?」
「一〇〇万!」
「一〇五万!」
「一三〇万!!」
あちこちから同時多発的に手があげられ、どんどんと金額が上がっていく。
壇上の司会も、この騒々しさの中でよく聞き分けられるものだ。
オークションが進行するにつれて、奴隷の相場も何となくつかめてきた。健康で働き盛りの男なら五〇万くらい、そこから種族とか容姿、能力で値が上がっていく。
カラスの子は戦闘ができてあの見た目だったので、五〇〇万という高値で売れた。
出品されているのは主に人間種、つまり俺の世界に広く版図を広げている人間そのままの姿の人と、獣人種と呼ばれる、体の一部に動物の特徴を持った人たち、あるいは動物が人間の特徴を持ったかのような半獣種という種族が主だ。
やや少ないのが鉱人種や小人種。鉱人種はいわゆるドワーフを思い浮かべてもらえればわかりやすい。小柄でずんぐりした体形の小人。ハンマーを握らせたら似合いそうである。
小人種はそのままちっこい人。だいたい俺の半分くらいの背しかなくて、頭身はドワーフと違って人間と似ている。人間をミニチュアにた感じだろうか。普通に動いているけど。
少ないのが、森人種と呼ばれているエルフだ。妖怪人食いエルフじゃなくて、トールキンのほうの美形のエルフだとわかって俺はちょっと安心した。
いや、異世界に来たんだし、エロフの夢ってのがあったんだよな。
でも特技も何もなかったのに男で五〇〇万デローもついて落札された。
女だと男より高い値段が付きやすい種族らしいので俺に手が出せる奴隷ではない。
さらばエロフ。
この世界では男尊女卑の思考があるようで、俺からすればやや旧態然とした考え方が主になっている。
そのため、稼ぐのは男が多く、女が稼ごうと思ったら人気の娼婦か、もしくはドローレスのような並外れた実力を持った開拓者でなければいけないらしい。
よって、愛玩用として買い手の付きやすい女奴隷のほうが高く売れる。
逆に、男のほうが高値が付きやすい奴隷というのもあって、それが戦闘奴隷や労働奴隷と呼ばれる、耐久性が求められる奴隷だ。
たとえば、俺が捕まえた五人組である。女もそれなりに整った容姿はしていたのに、タクジンやギコルといった、残り四人の男のほうがいい値段が付いた。ブロンズランクの開拓者は熟練者と呼ばれるランクで、戦えば強いらしい。
俺としては烈風拳……シルファリオンを使った状態で軽くパンチしただけで倒せたので実感もわかないのだが。
「さあてお次はご覧あれ、かの有名なアヴァラータ家の当主! 借金がかさんで首が回らなくなっちまって没落したご貴族様!! 家財一切売っても返しきれねえってんで一家全員が売りに出されることになっちまった!! 見ての通り、かなりの美形だああああああああ!! こいつは森人種の美形にも勝るとも劣らねえええええええええええ!! きっと泣かせた女も多いんだろおおなああああああ! うらやましいぜ!! おおっと、私の感想は聞いてないって? ごもっとも! じゃあさっそく競ろうかご婦人方! 最低落札価格、三〇〇万から!!」
おいおい、特技も何もなしか。
確かに物静かそうな、のんびりした感じの美形だけど、それだけで三〇〇万もするんじゃあ誰も買わないだろうな。見た目にはセッター、ロナルドに連れて行ってもらった魔法道具屋の店主の森人種に匹敵するんだが。
たぶん、借金を取り返すためにこれが最低ラインなんだろう。
それでも苦し紛れとは思えないトークのおかげか、一人の中年女性が手を挙げて入札している。あ、司会がほっとした。
だが、さらに手が上がった。手を挙げていた中年の女と同じく、奴隷がよく見える前のほうのボックス席に座っている子供だ。
「一〇〇〇」
子供のソプラノで紡がれた数字に会場中が静まり返った。
「え、ええと……聞き間違いでしょうか……一〇〇〇、とおっしゃいましたか、お嬢さん?」
「確かにそう言いました。一〇〇〇、出しましょう」
「ここで言っているのは一〇〇〇ではなく、一〇〇〇万ですが……」
「わかっています。お前はわたしをばかにしているのですか? 一〇〇〇万で入札します」
子供のいたずらか何かと思ったのか、司会がどうにかこうにか話しかけたようだが、子供のほうはまるで一足す一は?と尋ねられたらこんな声になるのではないかというような調子で冷たく返す。
「で、では一〇〇〇で、一〇〇〇万がありました……。他に! ほかにありますでしょうかあああああああああ!!? ありませんね? ありませんね? では、落札!」
がん!と小槌がいい音を立てるが、会場は圧倒されたままだ。司会の男も無理やり大声でテンションを上げようとしていることがよくわかる。
どんな貴族の子供ならあんな値段を提示できるのだろうか。
「……あいつは」
魔法を使ってみてみれば、なんと宮廷魔導士の『魔法姫』だった。まわりの視線をまるでそよ風とばかり、澄ました顔で兵士に囲まれながらオークションの流れを観察している。
たしかにオークションという形式なら買い手の提示さえあれば商品の値段は青天井だが、しかしあの奴隷に一〇〇〇万もの値がつくほどの価値があるとは思い難い。
何かできることがあるのなら司会の男が言っていただろうし、それがなかったということは、つまり性奴隷としてくらいしか役に立たない顔だけ男ということだ。
ああいうのが好み、と片づけるには値段が大きすぎるのも疑問だ。
「続いての奴隷は先ほどの奴隷の妻! 夫妻そろって出品されてまいりました、アリシア・ヴェルカ・アヴァラータ!!」
かせに鎖でつながれていながらも、優雅な姿勢で壇上に上がってきたのは気品のある、女の色気をぞんぶんに振りまいている女の人だった。
歩くたびに揺れる体の一部の大きさに圧倒される。
何がなんてもう明言しなくてもいいよな? 身長じゃないことだけは明言しておこう。
一斉に男の喉が生唾を飲む音がした。巨乳も貧乳もそれぞれに味があるという趣味の持ち主だが、あればかりは肉食獣のように食い散らかすのが正しいと思えるほどの肉感。
腰は引き締まっているのに臀部でもう一度張り出していて、言いようもなく……その、エロい。
夫妻そろってなんて美人なんだろうか。
女の森人種はまだ見たことがないが、セッターいわく、森人種の中ではスレンダーなのが美しいという美的価値基準なので彼女のような男の獣欲をここまでそそる女は、かの美形集団種族の中にもいないだろう。
おそらく先ほどの、この女の夫だという男で場が静まり返ったので、場を温めなおすためにとっておきを引っ張ってきたのだろう。
「このレベルの女はまずオークションには出てこねえぞ!? 極上! この女を表現するのにほかに言葉は要らねえ!! ちまこましたことなんて言う必要はねえ。この女を抱きたいかどうかだああああああああああああああああああ!!」
男たちが咆哮する。貴族らしき人間までもが開拓者に混ざって大声で叫んでいる。
娼婦にでもなればすごい稼ぎを出しそうなものだが、それでも借金の額が大きく、奴隷として売られるようになったのだろう。予想通りに最低落札価格も馬鹿みたいに高い。
いわゆる高級奴隷というやつだ。
「五〇〇万!」
「五四〇万!」
「五四五万!」
「五六五万!」
あっとうまに値段が吊り上っていく。五〇〇万デローといえば王都でいい家が買える額だ。入札している連中はもう正気を失ったように目を血走らせていて、かるい恐怖を覚える。
五〇〇万なんて値段は貴族でも一財産だろうに、まだ吊り上っていく。壇上に立っている女の人は微笑んでいるが、俺だったら歯の根が合わなかったことだろう。
「七五〇万!」
すごいと思う半面、冷静を保っている俺の背中には冷たいものが走っていた。七〇〇万といえば見目麗しい上級魔法の使い手に付けられるような値段だ。人間種につく値段としては最高レベル。
さすがにスピードダウンしているが、それでもボックス席の数名が争っている。
「八七〇万デロー! 八七〇万デローが出ました!! ありませんか? ありませんね?」
貴族たちも相当に粘ったが、ボックス席に座る開拓者が競り勝ったらしい。
「一〇〇〇」
小槌が音を鳴らす直前、再度魔法姫からの入札で会場が静まり返る。
なんだろう、あの夫妻に何か秘密があったりするのだろうか。これだけの値段が付く秘密のようなものが。
「一二〇〇万!」
「「「お、おおおおおおお!!!」」」
完全に白けた空気が漂った会場だったが、開拓者の一言でどよめきと歓声が上がった。
まさか、競り勝つつもりか。人身売買の場で不謹慎かもしれないが、面白い展開になってきたと、身を乗り出して経緯を見守る。
「一五〇〇」
値の上げ方がおかしい。
最初から容赦手加減一切なし、遊び心もなく、魔法姫のほうは入札者に対する意識などこれっぽっちも見せずに「買い物」をするように言った。
値が上がったからさらに乗せただけ。そこには駆け引きなど全く存在しない。
もしも次にあげられたら同じようにして返すのだろう。
「一八〇〇万だ!」
「「「「オオオオオオオオオオオオオ!!」」」」
開拓者のほうも大きい打撃を繰り出した。値段などもはや問題ではない。
一〇〇〇万を提示された時点ですでに破格。それだけの金があれば最高の森人種だって奴隷にできる。
「二〇〇〇です」
「二四〇〇万だ!」
「二五〇〇です」
魔法姫のほうはどうやら五〇〇万刻みにしているらしい。まだまだこの程度は余裕ということか。
戦争を一人で起こすほどの魔法使いはこのレベルで稼げるというのだろうか。宮廷魔導士って怖い。
王城爆散とか考えたことがばれたらあんなのが猟犬として放たれるというのか。
二度と考えるまい。
「三二〇〇万でどうだ!!」
もしここが奴隷商館だったら商人が靴をなめてでも飛びつく買い物だ。
歓声も最高潮。損得勘定などとっくの昔に振り切れているが、二五〇〇から一気に跳ね上げた攻撃は観衆を大きくわかせて喜ばせた。
だが。
「一億」
無慈悲な、淡々とした声はさらにそれを叩き潰す。
空気が凍りついた。体は抜群でも、ただの人間の女に、それも一度ほかの男のものになっている女に、魔法姫ともあろう魔法使いがどうしてどこまでこだわるのか。
「ありませんか?」
会場中から視線を向けられた開拓者が肩をすくめて首を振る。これ以上はないということか。
健闘をたたえてまばらな、徐々に大きくなる拍手が彼を包む。俺も拍手する。あれは仕方がないのだ。相手が悪すぎる。食らいついただけ素晴らしい競争だった。
結局、それで落札されたが、一度凍りついた会場の空気はどうしようもなく。
目玉商品を立て続けに並べてどうにか最後の森人種の競りの時には熱も戻ってきたくらいだった。
かなり美人で、観衆が息をのんでいたのにそっちには手を挙げなかったな、魔法姫。
 




