Chapter23[伝説のレイピア]
結局、下手にいい店に入ってしまったばかりに俺の秘密はあっさりと露呈した。
「やはりか……」
「うひゃああああ……」
「発動体なしに魔法が使えるとは……」
実演で簡単に魔法を使ってみせると、弟子二人も店主も目の前で起きたことに目をぱちくりさせながら呆然としていた。
「あの……みんな。頼むからこれは内緒にしておいてくれ」
「どうしてですか? すごいことなんですよ? 魔法を発動体なしでだなんて、魔法姫の再来だってくらいです!」
ラナの口調が敬語に戻っている。
声を上ずらせて興奮した様子で、もう言っても直せないことを悟ってしまった。
「だからこそ、ということか」
「ロナルドは理解が早くて助かるよ」
演習場でも特にいい質問を連発していたし、頭の回転はかなり速いようだ。
「どういうことですか?」
「今日の騒ぎを思い出せ。風系統の魔法使いだけでもこの騒ぎだというのに、発動体なしの魔法など、今度は六属性全ての魔法使いが詰めかけるし、魔法姫の前例がある以上は王家まで食いついてくるぞ」
「旅がしたいっていうのにそんなのにかかわっていられねえよ……」
確実に今日の開拓者たちがまた同じ騒ぎを起こすだろうし、王家の誘いを断ったなんてことになったらやりにくいことこの上ないではないか。
いうことを聞かない英雄なんてそれこそ追われる対象になりやすいし。
「いいじゃないか。もしかしたらこれも教えてもらえるかもしれないぞ? 逆に言いふらしたら新しい弟子に時間を取られて教えてもらう時間が減るかもな」
「絶対、黙ってます!」
敬礼のポーズまでして口をつぐむラナ。ロナルドが彼女に隠れて親指を立ててきているので、うまくあしらってくれたということか。
実に空気の読めるハゲだ。
「…………」
もとい、弟子だ。
言い直しましたからばらさないでください。
「でも先生、発動体を一度も使ったことがないってことですか?」
「ああ。初めから、詠唱したら発動できたからなあ」
まるで昔から練習していたかのようなセリフだが、嘘は言っていない。
実際、この世界に来て初めて魔法を使った時から発動体なんて使っていなかったのだから。
「ってことは、発動体は偽装か……有名になったから隠すのも難しくなったってところかな? となるとうちみたいな本格的な店よりその辺で安物を買ったほうがいいな」
「自分の店で買わずに他人の店で買えって勧める店って……大丈夫なのか?」
「うちは魔導士ギルドと提携させてもらってるから、むしろ質のいい商品を保つほうが難しいのさ。偽装なら品質は問わないんだろうし、だったら無駄にお金を使わせるよりはイメージアップを狙わせてもらうよ」
なるほど、さすが商売人。よく考えている。
「有名人にうちのロゴの入った商品を使ってもらえるって利権はおいしいんだがな。初心者用の安物なら発動体処理が入っていても三万デローもあればそこそこもつのが買えるから、ロナルドに見極めてもらえ。それに、うちで扱ってるのは発動体だけじゃない」
「というと……増幅体か」
発動体が体内に散っている魔力を一か所に集めて扱いやすくまとめるものなら、増幅体は魔力の加速器だ。
同じ燃料を使っていても、ジェットエンジンの形をラムジェットエンジンに変えればさらに強い力を得ることができるのと似たようなもので、魔法を使う前に増幅体に魔力を通しておけば、より強いエネルギーをもった魔力として使うことができるようになるのだ。
地球人にわかりやすくたとえるのであればなら電流量が同じ電圧の高低を思うと近いものになるだろう。流れる水の量が同じでも水の勢いが違うのだ。
「まあ、その分、魔力の扱いは難しくなるんだけど……予算はどのくらいだい?」
接近戦ができる弟子を二人とったおかげで奴隷を買おうと思っていた金が丸ごと浮いているからな……。
「五〇万デローくらいでいいのはあるかな?」
「そうだな……風系統だっていうのなら、これなんてどうだ」
奥から引っ張り出してきたのは短めの細い剣だ。植物をイメージした細かい彫刻が施されていて、柄のナックルガードもツタが絡み合うようなデザイン。
さらにツタのようなナックルガードや刃の腹にある溝部分の上に金が乗せられていて、それがさらに細いツタと花を描いている。
「きれい……」
ラナが俺の横から顔を出して見入っている。よく手入れされているし、それによって放つ輝きが言いようのない感動を与える剣だ。
はっきり言って俺も一発で気に入った。
「トランザム工房の作品でレイピア型の増幅体だ」
手に取らせてもらって、様々な角度から眺める。
よく磨かれているが、材質はなんだろう?
やっぱり鉄だろうか。
これだけ精緻な彫刻の施されている、しかも増幅体ともなればそれだけで高い価値があるはずだ。
全体で銀のような貴金属を使っているということはないだろう。金は使われていても量はそこまでではなさそうだし。
「切れるのか?」
「いいや、そんな形をしているが、そいつは『杖』だからな。刃物としての形が整っている以上、紙ペラくらいなら切れなくはないだろうが、人間相手でも突き刺せば歪んで壊れちまう」
「そんなにもろいのか」
「そりゃあ銀でできてるからな。鉄と違って切った張ったには向いてねえよ。代わりに魔力伝導率はいいんだけどな」
「ええ? これ、銀なのか!?」
そんなものが五〇万デローっぽっちで買えるわけがない。増幅体の機能がなくて、この細工の宝剣だというのなら納得も行くが、いくらなんでも安すぎる。
「この機会でもなきゃあ売れねえんだ」
「売れない? この剣なら貴族相手でも買ってくれるだろう?」
「それがそうもいかねえんだ」
セッターが困った顔をする。
「そいつはもともと、とある貴族様がトランザム工房に「至高のものを作れ」って言って金板五枚も出して注文を出したんだが、注文通りに作ったせいで使い物にならなくなっちまったのさ」
「どういうことなんだ?」
「つまり、性能が良すぎたんだろう」
ロナルドの言葉にセッターはうなずいた。
「その貴族様は魔法もそれなりにやる人でな。それでこいつを注文したんだが、加速されすぎた魔力に気付かずに魔法を暴発させて体を内側から吹き飛ばしちまったんだ」
「う、うわあ……」
「そいつは……」
さっきまで剣に魅入っていたラナが引いている。俺もなんだかダイナマイトでも持っているような気分になった。
「その貴族様の家は当主様の爆死でお家騒動があって没落しちまってよ。それで、家財を売りに出してきたんだが、こんなもん増幅体の機能が使えなけりゃあただの宝剣だ。どうにか直接交渉して安く買い取ったんだが……うちも魔導士ギルドに提携してもらって、信用を大事にしてるからな。そんな曰くつきの代物となりゃあ」
それはおいそれとは売れないよなあ。
「インテリアにほしいって貴族もいないではないんだが、発動体も増幅体も、杖ってのは魔法を使うためにある。まして軽い気持ちで買っていかれて「試してみよう」なんて考えられたらいい迷惑だ。貴族様からクレームがついたら面倒極まりねえってんで、もうとっくに売ったことにしてた一本だ」
「そんなものをどうして?」
「このロナルドが弟子に入る、それも発動体なしで魔法を使ってるような奴なら使えるんじゃないかと思ってな」
なんだか実力を買ってもらっているようだが、チートで得たものなので微妙に喜んでいいのか悪いのか。
「あと、貴族様じゃねえみたいだし、爆発四散しても問題になりにくいしな」
「本当に信用を大事にしてんのかアンタは!!」
冗談だ、と大笑いしているが、本当に冗談なんだろうな……。
「普通に買えば金板五枚、五〇〇万はする代物だが、ほかに使える人間もいないだろうし、うちをひいきにしてくれるなら特別に五〇万で譲ってもいい」
おお、それはかなり魅力的な話だが。
「でも俺はしばらくしたら王都を出ることになるんだ」
「そうなのか……」
セッターは残念そうにしたが、少し考えて、
「よし、ならこうしよう。これから先、弟子をとることになったら必ずうちをひいきにしてくれることと、行く先々で必ずうちを宣伝するようにしてくれ。そうしたら同じ条件で譲ろうじゃないか」
広告塔代わりというわけか。たしかに、風系統魔法最強クラスの魔法を使う人がひいきにしているのならみんなそこを贔屓にするだろう。
「客の数は足りているって話じゃなかったか?」
「客が大幅に増えるなら商品も増やすまでだ。それに、周辺一帯の店に客を融通できる立場になれば紹介料だってとれるようになる」
それなら収益も上がるのだろうか。商売は専門外なのでよくわからない。
「それに、うちは大型店ってわけじゃないからな。ご貴族様御用達の高級触媒やら発動体、増幅体なんかも取り扱ってるんだが、魔導士ギルドから来たやつに初心者用の発動体はよく売れるんだが、客層が狭くていまいち利益が上がらねえ。品質はいいのをそろえてるんだからそういうのも売れてほしいってわけだ」
「わかった。それで頼む」
「よし、契約成立だ」
商業ギルドで正式に契約を交わして、俺は伝説(貴族が爆死した)の杖を手に入れた。




