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Chapter20[俺は雨にそぼ濡れる…]

 失敗した。


「ダメだろ……俺」


 完全に俺のミスだ。

 そのせいで宿の下では怒号が響き、大声で俺の名前が呼ばれ続けている。ギルドの追手が嗅ぎつけてきたのだ。通りももう封鎖されていることだろう。


 もう逃げられない。


 俺は宿の部屋の中で頭を抱えたままため息をついた。


「だめじゃないかよ……」


 どうしてこうなった。

 それを問うのなら俺が悪いのだ。

 すべてはたった一つの油断が生んだ悲劇。俺はもうギルドに一生追われ続けるに違いない。


「ほんと、何やってんだ……」


 寄生虫パーティこと、タクジンたちをとっちめたところまではよかったのだが、完全に調子に乗って大切なことを忘れていた。


「ダメだろ……俺。開拓者ギルドに入る前にシルファリオン解除してなきゃダメでしょ俺えええええええええええええええええ!!!」


「ショウタ師匠――――――!!!」

「是非私を弟子に――――――!!」

「ふっざけんな俺が先だあああ!!」

「何言ってるのよ、わたしよ!!!」


 階下からものすごい大声で俺を呼ぶ声がする。


 というわけで。

 俺は魔導士ギルドの風系統魔法使いのみなさんに一生追われ続ける運命です。






「そもそもお前が余計なことをするからこうなったんだぞ!? 責任とってくれ! 宿の主人から「ほかの宿泊客に迷惑だから早晩に荷物まとめてくれ」って宿泊契約金の五倍を積まれて土下座されたんだ!!」


「手持ちが増えてよかったじゃない」


「代わりに宿無しだっつうのよオオオオおおおおおおおおおおおおお!! ヤドカリから宿無しに奇跡のクラスチェンジだっつうのおおおおおおオオオオオオオオオオ!!」


 シルファリオンの透明化を使って宿から脱出した俺はメインストリートで透明化を解いて壁外に出て、そこで変装用にぼろっちいマントと革鎧を購入して戻ってきた。

 途中、大量の黄色のローブを着た魔法使いとすれ違ったし、門の衛兵にはがっつりと小金貨を握らせて戻ってきていないことにしてもらったので門の前で張り込んでいることだろう。

 その足で宿もチェックアウト、完璧に宿無しのホームレスになってしまった。


 腹黒亭ならまさか宿泊しているとは思うまいと思って寄ってみたのだが、やつらどうやら随分と鼻が利くようで、そこでも待ち伏せがあった。シルファリオンで気付かれかなったが。

 しかも空を飛べるやつも居るようで、屋根の上にも人を置いて街のなかは全て見張られている。

 行く宛もなく、仕方なしに開拓者ギルドに行くと気を気を利かせたドローレスが新規登録に偽装して奥にかくまってくれてどうにか。


「なによ。油断したあんたが悪いんでしょうが」


 その通りなのだが、納得できない。ドローレスがそもそも俺のことを探ろうとしなければ良かった……いや、やめよう。

 確かに俺の不注意だったのだから。


「こっちにも開拓者の実力の把握って仕事があるのよ。何のために受付に美女そろえてると思ってるわけ?」


「ハニートラップなのかよ!!」


「怪しそうだったらそれとなく探りを入れるためのね」


 どちらかというとスパイだな。下っ端の力を知っておこうとするのは組織として持っていて当然の性格だとは思うが、実害こうむると納得はしかねるというか。

 こうしてかくまってもらえるように取り計らってもらえているだけましと言えるか。

 たぶん、王都で味方になっているドローレスのそば以上に安全なところはない。


「それで、あれは本当にあのシルファリオンなの?」


「ああそうだよ。あのシルファリオンだよっ」


 御大層に「あの」なんてつけて呼ばれている。

 そう。二十八節もの長い詠唱を必要とし、その効果は完全な透明化などという常識外れをオマケ扱い。音速の三倍さえ容易く引き出し、使用中は常時風のバリアと筋力サポート付き。

 こんな魔法がチート以外で使えるはずがないじゃないか。


 魔法姫は無詠唱で魔法を使うし、ドローレスが単純な剣だけで金属を切断したのを見せられてこれくらいなら平気かもと気を緩めたというのもある。

 もしもまずかったとしてもシルバーランクならうっかりしていたとかそうごまかそうとも思っていたのだ。


 風の系統なので空間魔法と違ってロストテクノロジーではないのだが、あまりに使える人間が少なく、今や見つけたら絶滅種発見並みの大騒ぎになるらしい。


 曰わく、風と同化する。

 そのようにだけ伝えられたがために高山に登って風のみを感じ取ろうとしてうっかり即身仏(ミイラ)になってしまう風魔導士も居るのだとか。

 なかなか即身成仏への道は遠い。


 必要なのは認識力と莫大量の空気を保持し続けるための魔力、あとは流体力学的な知識があれば補助になるのでそれくらいなのだが。


「そんなものの使い方を知ってる魔神なんてそりゃあこの騒ぎにもなるわよねえ」


「軽く言いやがって……」


 ミイラにならずに最上級の魔法を習得できるかもしれない。少なくとも手探りで迷信にすがってミイラになるよりは、と考える生真面目な求道者は実は少数だ。


 今、俺を追い掛け回しているほとんどは魔法の才能さえないやつや、中途半端だからすごい魔法使いの弟子について多少でも使えるようにならないかと考えたやつや、そんなすごい魔法使いの弟子につけば偉ぶれると考えた寄生虫まがいの奴らである。


 寄生虫といえば、例の俺が捕まえた五人組についてだが、あいつ等は開拓者の資格をはく奪されて奴隷として売られるらしい。

 その時、売られた時の金が一部俺に支払われるそうだ。

 曲がりになりにでも元ブロンズならそれなりの値段がつくし、ドローレスが割のいい仕事だと言っていたわけである。


「それで? 俺はいつまでここに待たされてりゃいいんだ?」


 まるで早く出ていきたいというかのようなセリフだが、本心では「いつまでここでかくまってもらえるんだ?」と思っている。


「ただの受付嬢にそんなことわかるわけがないでしょうが」


 ドローレスに連れて行かれた先は異世界ファンタジー定番イベント発生ポイント、ギルド最上階、ギルドマスターのお部屋である。

 壁には一目でただの飾りとわかる三メートルもの大剣が飾ってあるし、俺が座っている長椅子もやわらかい。

 机もがっしりしていて、安物によくある壊れやすそうな感じが全くしない。


 まあ、あの剣は飾りというには少し装飾が足りない気がするが、ごてごてし過ぎても剣としての迫力のようなものがなくなるのだろう。

 実際、開拓者ギルドマスターの部屋にいるのだと思えば似合っていなくもない気がする。


「いや、待たせてすまんな」


 二時間ほどして、ようやく出かけていたギルドマスターが帰ってきた。

 学生が職員室の呼ばれるようなもので、お褒めであろうとお叱りであろうと普通の開拓者ならギルドマスターの部屋に行ったら緊張してしかたがないそうだが、今の俺にとってここは唯一の安全地帯。

 緊張するどころかあまりの安全ぶりにリラックスしてしまった。


「お前か。エリーゼのところで最近仕事を受けてる使える雑用ってのは」


 すぐに俺に気が付いたギルドマスターは、破顔してそう言った。笑ったのだと思うが、彼のいかつい顔ではまるで獰猛な獣が牙をむいたようにも見えるから恐ろしい。

 そういえば笑うという行為は、もともとは牙を剥く動きがもとになっていると聞いたような聞かないような。

 とりあえず座ったままというのは何となく礼儀知らずな気がするので立ち上がって挨拶をする。


「どうも、ストーン……じゃない、ガラスランク開拓者、ショウタ・シブヤです」


「開拓者ギルド、レニングヴェシェン支部ギルドマスターのグリフレッド・レンディだ」


 右手を差し出されたのでそれを握り返す。本来ガラスランクで会える相手ではないのだが、こうして握手まで交わしてくれるとはなかなか気さくな人らしい。


「すまないな。街中大騒ぎになってやがるもんだからちょっと城まで行ってたんだ。騎士団長の野郎うるせえのなんの」


「どうもすみません」


「気にすんな。仕事に対して全力で当たるってのはルーキーにとって当たり前のことだ。できるなら先々でも初心を忘れるな?」


 わしわしと頭を撫でつけられる。撫でるというよりもわしづかむというほうが正しい感じで、雑ではないのだが不器用なのだなと思った。


「座ってくれ。叱りつけに呼んだわけじゃねえ」


 街中で魔法使いが大騒ぎをしているだけでなく、暴走した魔法使いたちのせいで今、壁外と市街区と隔てる門はまともに機能していないらしいが、今回の一件は俺に責任を求められるものではないので、俺におとがめがあるわけではないそうだ。


 ここに案内したのはドローレスの一存だが、もう話はいっていて、グリフレッドも英断だとほめている。

 どうやらまだ匿ってもらえることがわかってほっとした。


「話の前に、まずは仕事の報酬だ。開拓者ギルドは信用がほしいんだが荒くれ者が多くてな。取り締まりも大切なんだ。よくやってくれた」


 ギルドマスターに渡された袋には小金貨が三十枚も入っていた。これだけだと思っていたら、まだ奴隷にしたときの金が一部報酬として渡される話も残っているらしい。


 明日と明後日に大々的なオークションが行われるのでそこで出品するらしい。ギルドマスターなので商業ギルドを通して出品枠をとることも簡単だったようで、普通に奴隷商人に売るよりも期待してろと言われた。


 次に街の騒動に関して。

 先ほども言われたように、あくまで扇動しているわけではなく、ただ魔法使いたちが暴走した結果なので俺へのおとがめは一切なし。

 レニングヴェシェンの治安維持をしている騎士団の関係者は苦い顔をしていたようだが。


 魔導士ギルドのほうでも対応は進めてるらしいが、向こうはもともと相互扶助団体でも、集まっているのは金じゃなくて魔法を求めている奴らだから、めったに暴走しない代わりに一度暴走すると鎮めるのはそう簡単じゃないらしい。


「いっそ、ショウタ・シブヤには行方不明にでもなってもらって、俺はタロウ・タナカとかジロウ・スズキとかで再登録してもらうってのはできないんですか?」


「そりゃ無理だ。カードの再発行はやっても多重登録はやってねえ。でねえと依頼の同時受諾制限に意味がなくなっちまうだろう?」


 それもそうか。カードAで三つ受けておいてカードBで三つ受けたらストーンでも六個の依頼を同時に受けることができてしまう。


「そこでお前。ちょいと依頼を受けてほしいんだ」


「また名指しで依頼を?」


「そう。難しいことはねえ。ただ、場所はギルドの演習場を貸してやるから、そこで限定して弟子をとるなり、一切弟子をとらんというなりしてくれって話だ。もちろん報酬は出す。引き受けてくれるな?」


「もちろんです」


 即答する。もともと俺の油断が原因で起きた騒ぎなので俺が鎮静化できるならそれに越したことはない。

たぶんさっきの小金貨はこのための先払いだろうし。


「そうか。引き受けてくれるか。もし嫌だっつったらうなずくように説得させるところだったんだ。穏便に済んでよかったぜ」


 ちらりとドローレスを見たよこのおっさん。冗談じゃない。

 シルファリオン使っても安心できないのに生身でいるんだぜ、今。

 長々と詠唱していたら何千回ぶった切られることか。


「実をいうとな、今回の一件が起こる前からお前のことは知ってたんだ」


「というと?」


 何か悪いことでもしていただろうか。


「Fランクの依頼が急に稼ぎをあげて利益を出せばだれだって疑問に思うだろうが。それでエリーゼに聞いてみればお前の話が聞けてな。教え方が上手な『先生』だってよ。ドジばっかで解雇寸前だったんだが、ここ数日で一気に改善されて、階段でこけなくなったし書類をぶちまけねえしインクの瓶を倒して書類を読めなくすることもなくなった」


 どれだけ駄目だったんだろう、あのポンコツ。

 エリーゼって名前だったのか、とついでのように思った。


「それが落ち着いてやれば丁寧な仕事をするようになった。あれは俺のダチの妹でな。どうだ、気に入ったっていうのなら俺から話を通しておくぞ? 風系統最上級魔法を使えるっていえばアイツも否とは言わねえだろ」


「何言ってるんだお前……」


 そういう話にはまずポンコツ(エリーゼ)の気持ちとかもあるだろう。

 大体、俺はレニングヴェシェンに定住するつもりは全くないのだ。ドラゴンとかも見てみるつもりだし、そうなったときに身を守れないのでは足手まといである。


「なんだ、つまらん。もう女がいたか」


「いねえよ……。なんでそんな話になるんだ」


 そもそも俺はまだ十五歳だというのに。結婚できるわけがないだろう。


「操を立ててるんじゃないのか? 怖ええ嫁がいるからほかの女に手を出せねえとか考えてるのかと思ってたぜ」


「俺はまだ十五だ」


「なあに言ってんだ。十五っつったらもう結婚もできる年だろうが」


 そうなのか。

 日本では男は十八になるまで結婚できなかったのだが。

 いや、時代的……というか文化レベル的に中世に近そうだし、だったら日本でも十五で元服って言って大人扱いされていたのだったか。

 どうやら酒も飲めるしタバコも吸っていいらしい。


 いい、と言われてもまだホームは日本だと思っているせいか、どうにも手を出す気にはなれないが。こっちでも二十になったら手を出すか考えてみよう。


「それから、お前のギルドカードをよこせ」


 ああ、依頼を受けるために必要なんだったな。なくしたら再発行にランクに応じた金を払わないといけないので、なくさないように空間魔法で作った『倉庫』の中にしまってあるのだ。

 マントに隠れて、ポケットから取り出したかのように偽装してガラスを被膜したカードを出して渡すと、代わりに白く金属光沢を放つカードを渡してきた。


「悪いが、エアハンマーで五万キードも運べて、シルファリオンまで使える奴をガラスランクで遊ばせてるわけにはいかねえ。特例措置で三段階ランクアップだ。詳しい説明はエリーゼにしてもらってくれ」


「ここでしてくれよ」


「俺も暇じゃねえんだ。悪いな。それに、俺なんかよりも女に説明してもらうほうがいいんじゃないか?」


「下に行ったら弟子にしろって依頼を出してる連中がいるだろうが」


 変装しているが、猛獣の前で話が頭に入ってくるとは考えづらい。


「気にするな。どの道、今すぐ出てってもらうんだから」


「え゛……」


 グリフレッドの目に反射して見えた俺は雨天に捨てられる仔犬のような目をしていた。


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