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Chapter19[シルファリオン]

 ドローレスの返答は答えになっていないが、あれ以上は聞けなさそうだったのであきらめて仕事に出かけた。

 受けさせられたのはギルドから名指しの緊急依頼一つだけで、場合によってはかなりの額が手に入るらしい。


 目的の場所は職人通りと呼ばれる場所だ。俺が最初にステンドグラスの運搬のために来たガラス工房もここにあるので、思い出深い場所でもある。


 ギルドから名指しの依頼が来るというのは基本的にシルバー以上でなければまずありえない。しかし何故かドローレスは俺に依頼を投げた。

 突発的で、ちょうどよく俺が近くにいたという理由だそうだが、おそらく何か隠している。


 それとなく周囲を見回して、路地裏に入ったところで詠唱をして駆動系の魔法を発動する。

 普通に仕事をするなら自分にもゼログラヴィティをかけて重力を軽減し、重さを軽くしてからセールウィンドの追い風効果とフィジカルフレイムの筋力強化を基本に魔法を使う。


 あとは水の薄い膜で摩擦力を軽減してスケートやスキーのように滑走するフリクションキャンセル、土を細かい突起状に発生させて滑りにくくするスパイクステップを併用するが、今回はセールウィンドの代わりにシルファリオンを使ってみようと思う。


 シルファリオンが出せるスピードはセールウィンドの数十倍で、ほぼ完全な上位互換なのだが、魔力に困らない俺が普段使っていない理由も同様にこのスピードである。


 ゼログラヴィティで重量をなくしているとはいえ、あまり乱暴に扱っていいわけではない。

 音速の三倍を優に出せる魔法など運搬の役に立つどころか、下手をしたら運搬するものを壊してしまう。

 だが、今回はシルファリオンを使おうと思う。


「吹け、一陣の東風(こちかぜ)。春の訪れを告げる草原の波。日の暖かさを受ける土の匂いと雪解けの冷たさに陽気に笑う王の御子。逆巻け、南よりの薫風(くんぷう)。夏の輝きを増す潮の香り。命の力強さと陽光の恵みを喜ぶお転婆王妃。踊れ、透明なる西の月風。実りを願う秋のざわめき。木の葉と手を取る情熱と宵の別れを惜しみ紅に染まる王女。荒べ、北からの木枯らし。凍え唸る嵐の冬に煌めく宝石。冷たく美しい氷の心と空と大地を覆う雪の凪で支配する空の国王。地面と空の軽さに踏み込んで舞え花の結晶! 万道通れぬ星の下はなく。随風、天の翼を(よろ)え!!」


 全二十八節の大詠唱。

 風が竜巻のように集まり、密度を増して激しく唸る空気が静かに鎧となって俺を包み込む。

 この風の鎧がシルファリオンという魔法だ。


 一つの魔法でいくつもの効果を持っているが、今回重要なものを挙げるなら、風の流れによって匂いと足音が消えることと、高密度圧縮された風が光さえ捻じ曲げて俺を透明にしてくれることだ。

 移動に風を使うとせっかくのシルファリオンがもったいないのでこれにフィジカルフレイムを重ねてかけて屋根の上に跳躍する。

 空気抵抗を押しのけるバリアがあるのでいつもよりもスピードは速い。


 すると、少しして屋根の上に開拓者が二人飛び上がってきた。

 どちらも透明化して姿も音も匂いもなくなっている俺には気づかず、路地の向こう側に着地する。注意深く見ても最初からわかっていなければ見逃す巧妙さで路地を見張っていた。


「ドローレスめ。ずいぶんと焦っているな」


 ついに開拓者を雇ってきたか。初めての名指し依頼とさっきのインパクトでごまかせると思ったんだろうが、逆に怪しかったのでこうして罠を張らせてもらった。


 見たところ、シルバーランクの開拓者が二組だ。

 片方は兎獣人の奴隷を使っているあの一団。

 まさかシルファリオンほどの魔法を使えるとは思わなかったのだろうか。それとも急ぎだったせいでシルバーランクを使ったか。


「まあいいさ。面白い報告になるだろうな」


 衝撃波も風をまとめて吸収して、シルファリオンを強化しつつひとっ跳びに職人通りに到着した。ちなみに着地点の真横には兎獣人の女の子がいる。

 やっぱりかわいいなあ。俺もこういう子をいつか買いたいものだ。


 いくらなんでも触ったら気づかれるのでもう一度跳躍して場所を変える。

 間近でウサ耳を堪能させていただきました。ごちそう様です。

 このためにわざわざ詠唱がバカほど長いシルファリオンを使ったといっても過言ではなかったりする。


 二十八節って。神はこの詠唱をまとめるのに苦労したことだろうなあ。


 さて、目当ての人物はウサ耳ちゃんの視線を追っていたのですぐに見つかった。予想通り、防具屋の店主に無理を言って恫喝している。

 さて、依頼はこれを報告しに戻れば完遂のぼろい仕事だが。


 うん。ムカついていることだし、ここは一発は一発の精神で殴り返しに行こうじゃないか。ええと、正論を用意するからちょっと待ってくれ……よし。

 中世の街並みのようなこの世界の町では窓ガラスは高価なため、薄い羊皮紙で窓の代わりにぼんやりとした光を採光している。完全にふさぐ蓋をしなければ防音などかけらもない構造なので外からでもやり取りが丸聞こえだ。


「だからよお。ここで買った鎖帷子がぼろかったせいだろ?」


「こっちはオーガの相手をして危うく死にかけたんだぜ!?」


「だからうちの商品にそんなハートマークに急所を取り払ったようなものはおいてないと言ってるだろう! だいたい、あんたがその鎖帷子を買っていったのは二か月も前のことじゃないか!」


「だから気づかなかったんだよ」


「ったく。こっちは大声でこの店が不良商品を扱ってるって言いふらしたっていいんだぜえ?」


「ブロンズランクの開拓者が言いふらすことだ。みんな信じるだろうなあ?」


「な……!?」


「いやだったらほら。わかるだろう?」


「このクズ野郎が……」


 悔しそうに若い男が歯ぎしりをする。

 店に入っているのに誰も気づかないとはすごい魔法だ。いざとなれば音速超過で疾走できるし、こんな隠密能力まであるとは盗みにもってこいな魔法じゃないか。


 いや、もっていかないけどな? そこの銀色に磨かれた板金鎧とかかっこいいから欲しいとか思うけど、勝手に持っていったりはしないよ? 幽霊騒動を起こして買い手がつかなくして廃品寸前にして値切ったりもしないよ?


 うーん。しかしかっこいいなあ。全体的に銀色なところも、一片の曇りもないところも、ふちをツタのような植物の飾りをあしらっているのも、首のところに何かのシンボルがあるのも。

 触ってみても怒られないかなあ。怒られるよなあ?


「わかった。新しい鎖帷子を用意してやる……」


「いやいや、鎖かたびらなんてゴミはいらねえよ。ここはあの鎧をもらおうか」


 胸のところをハートマークに切り抜いたファンシーな鎖帷子を着ている男が板金鎧を指さす。さっき細切れにされた武器はもう新しくなっている。


「じょっ……冗談じゃない! あれはミスリル製なんだぞ!? お前の買っていった鉄の鎖かたびらとは物が違うんだ!! やれるわけがないだろう!!」


「だぁからぁ、だったらあたしらはここの悪評をまくだけじゃん? もう商売にならないだろうけど、何? 鎧と心中するか、それとも店を守るかどっちがいいの?」


 ロングソードを腰に差している女がいう。

 その間にハートマーク鎖かたびら男が板金鎧に手をかけて小手を外し、試着していた。


「おお、軽いし頑丈そうだ。まさに俺のためにある鎧じゃねえか」


「ねえタクジぃン。あたしも新しいの欲しいナあ」


「おお、その辺の適当に持っていこうぜ。店のシンヨーには変えられねえ。そうだよなあ店主?」


「じ、地獄に落ちろ……!」


 店主は唇から血が流れそうなほど強く噛んでいる。

 ミスリルの板金鎧か。やっぱり高いんだろうな。

 それをこいつら寄生虫のような存在が使うのか。ファンタジー金属に謝ってほしい。


「ああ!? んだとコラ……ああ!?」


 また暴力を振るおうとしたのでその間に割って入る。シルファリオンの透明化がはじける暴風とともに解除される。

 この風のおかげではた目には俺が飛び込んで助けたように見えたはずだ。


「て、てめえはさっきの……」


「そこまでだ。街の人に迷惑をかけるな。ドローレスに言われたことをもう忘れたのか? お前のような奴がいるから開拓者の信用が落ちるんだ」


「アンタは……」


 背中側でかすれた声を出した店主に振り返って微笑む。


「馬鹿がすみません。これ以上ご迷惑をかける前にギルドに連行しますので。ごめんなさいね?」


 そうしているとつかんでいた手が払われる。


「さて、ギルドから名指しで緊急依頼が入ってな。お前らの素行調査だとよ。お前ら、片耳は覚悟しておいたほうがいいんじゃないか?」


「え……? は……!? ちょっ……やばいんじゃないこれ!?」


「おいタクジン! ギルドの監査だぞ……!?」


「ドローレスの依頼ってやばいだろそれ……あの女、姿が見えたらもう切られたってやつが酒場でいたぞ!?」


「ばあかかてめえら! だったら! ここでこいつをフクロにしちまえばいいだけのはなしだろうが!?」


 タクジンというらしい、ハートマーク鎖帷子の男に言われて、はっとしたように残りの四人も武器を構えた。

 俺が逃げられないように素早く出入り口のほうもふさがれている。


「抵抗の意思あり。おとなしくついて来れば痛い目にはあわずに……いや、痛い目にあうくらいで済んだかもしれなかったのに」


「ざけてんじゃねえぞ魔法使い風情が。 ちょうどいいぜ。ここでケジメつけてやらあ! 勘違いしてんじゃねえぞストーンランク! ドローレスのババアがいなけりゃテメエなんざどうにでもなるんだっつうの!」


 五つの武器が殺到する。

 切っ先が俺の体を貫こうとした瞬間、出入り口のほうから矢が一本飛んできて、


「烈風拳……なんちて」


 それよりも速い拳打が五人の顎を打ち抜いて矢を掴み取った。


「な……ああ!?」


 そろって立てなくなって床に倒れ伏すブロンズランクの開拓者たち。うーむ。防御力も見せつけて軽く絶望させて逃げ出したところをぶちのめしたほうがカタルシスもあっただろうか。

 いいか。長く見ていたい顔でもないし。

 エアハンマーを詠唱して台にし、五人の武器を載せて運び出す。


「て、てめえ……なっ!?」


 寄生虫どもはどうしようかと思ったが、面倒くさいのでこれもエアハンマーに載せて運ぶことにした。指でつまんでひょいっとな。シルファリオンのおかげで抱きかかえて持ち上げないで済むのはいいことだ。



「どうも、お邪魔しましてすみませんでした」


 最後に防具屋に頭を下げて通りに出る。


「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」


 どうやら迷惑に思っていても手が出せなかった連中がいたらしい。そいつらの大歓声が巻き起こる。一度空に向かって拳を突き上げてやるとさらに歓声が大きくなった。

 そしてこちらにむけて弓を残心している男に向かって歩いて行く。


「いい腕だ」


 矢筒に矢を差し入れてやり、肩をたたいた。

 弓矢さえ追い越し、掴み取る超運動能力。これもシルファリオンの効果の一つだ。風をジェット噴射のように使うことで行動のスピードを、まとった風を油圧アームのように使うことで力を強化できる。

 まあ、実は反応できずに命中して止まったのを掴み取ったのだが。風のバリア万歳。なかったら飛び出したところを脳天貫通で死んでいた。いやあ、感覚もちゃんと強化しないとダメだな。勉強になった。


 さて、丸太ならもう少し気を使うところだが、別にこいつらなら遠慮はいらないな。

 道をあけてくれていた街の人ににやりと笑ってその場で跳躍して屋根の上に立って最後に振り返ってもう一度拳を突き出して歓声をもらう。

 そのまま屋根の上を疾駆して先行するシルバーランクを追い越して一気にギルドまでちょっと速めで移動する。


 開拓者ギルドの前につくころには上下の慣性Gで五人はグロッキーだ。

 いい気味いい気味。


 ギルドに入ると、さっき揉めたばかりの俺がたった数分でその相手をぐったりさせた状態で運んできたので何かを感じ取ったようで、真ん中の道をあけてくれた。どうもどうも。すみませんね。ありがとうございます。


「早かったわね……」


「そりゃあもう。シルバーランクがこいつらを見つけ出してくれたもんだからそいつを追いかけるだけでよかったんだ。ラッキーだったよ」


 カウンター前でエアハンマーを解いて五人を床に捨てる。


「現物ニコニコ納品、これで依頼は成功だな?」


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