Chapter17[馬車馬とブラック企業]
奴隷の話をして以来、俺はドローレスにこき使われている。
開拓者なので受ける依頼は自由だし、実際、ギルドに行かなければいくらでも逃げおおせる話なのだが、そうするとお金が稼げない。
まず、俺がギルドに行くとドローレスが俺用にまとめた依頼の組み合わせを勧めてくる。
効率のいい街の回り方までしっかりまとめ上げられていて、俺が一人でやった開拓者生活二日目のとは段違いの効率化だった。
おかげで俺はFランクの、ストーンランク開拓者でもできる内容の仕事だけで一日平均で十八万デローを稼ぎ出している。
今日はまだ二万しか稼いでいないので事実上は平均二十五万くらいか。
これはシルバー、ゴールドランク開拓者並みの稼ぎらしい。
彼らの場合は一度に大きく稼いであとは護衛などをこなしているが、俺はチリを積もらせて山にしている。
石材の運搬のように、数をこなすことで大金になるが、しかし一度でへとへとになる重量物の運搬を多く回してもらっているので、稼ぐのも早い。
財布の中身をさらすのはいつだって抵抗があるが、現在の手持ちはなんと六十三万デロー。
千以下は面倒なのでカウントしない。
膨大な量の中から素早く仕分けてくれるドローレスを味方につけた俺は破竹の勢いで雑用開拓者としての名を轟かせているらしい。依頼で向かった先々で空気の手の呼び声を頂戴している。
二つ名のようでこっぱずかしいが、エアハンマーを使った運搬だとごまかしていたのと、とんでもない量を運搬できるということで噂が流れるのも早かった。
魔法を演習場で見せたりはしていないが、依頼の数を大量にこなしたのでその間にランクアップして今はストーンランクではなくガラスランクである。依頼を五十回成功するとガラスランクにはなれるそうだ。
プラス、失敗が成功数の六分の一以下であること、だっただろうか。今のところ失敗した依頼はないので問題ないと言われた。
「熱く乾いた成長と膨張の活性。体に貯めたる薪をくべる。目覚めよ、内より手を添える激しき悪魔! フィジカルフレイム! 帆船を押す追い風を求む。西に歩を進める我が背を押し、世界の形を机上へと! セールウィンド!」
さらに効率を上げるために強化や補助の魔法を重ねてかける。
広い王都の中でも屋根の上を風のように、しかも体内物質の反応活性を上げて強化された体で駆け回っていると目的地まであっという間だ。
セールウィンドはばらしたが、フリクションキャンセルやフィジカルフレイムは内緒で使っている。
普通の魔法使いは一系統の魔法を習得するので精いっぱいだそうなのだ。そもそも才能がある方向だけ伸ばしていっても使い物になるのはほんの数割だとかで、多系統の魔法を実用レベルで使えるのはほんの一部だ。
たとえば、宮廷魔導士のような。
ツインテールウルフ程度のザコを倒すために森を百メートル単位で潰して平気な顔をしていた化け物どものカテゴリである。
空気の手とか恥ずかしい名前が蔓延しつつある中で、俺の仕事風景を見た風系の魔法使いが一度魔法を教えてくれと頼んできたのだが、これはこれからも増えそうなのにこの上火属性や水の属性まで使えるとばれたら拍車をかける。
断っても断っても食い下がってきてかなりしつこく、最後には逃げたのにギルドで待ち伏せまでされてうんざりした。
あれを増やすのを手伝う気など起きるはずがない。
魔法の扱いにもすっかり慣れた。
夜の間は暇だったので、門が閉まるまでは壁外に出て街中ではできない攻撃の魔法を使ったりもしている。
風系の魔法を中心に、エアハンマーやウィンドランスの攻撃用魔法、エアクッションやエアシールドのような防御用魔法などだ。
実際にエアハンマーは動作を調整すると台のようにも使える。しかしエアハンマーよりもゼログラヴィティのほうが制御が簡単なのでいまだにエアハンマーだとごまかしているだけだが。
「依頼完了だ。手続きを――」
「している間に次の依頼、行ってらっしゃいな」
ついに馬車馬という言葉が頭に浮かび上がる。
「おい……。ガラスランクで同時に受けられる依頼の数は四つまでじゃなかったのか?」
「その制度はまとめて失敗されても被害をとどめるためにあるの。どうせ成功してるんだから、次の依頼を受けても最大で四つしか失敗しない。そうでしょう?」
だったら臨機応変に対応するわ、と問題発言をしてくれて、ドローレスはギルドで休む暇さえ取り上げにかかっている。
これで新しく神に報告することができた。
拝啓、神様へ。
就業時間十四時間、職務内容は丸太や石材、鉱石の大量運搬など。俺が就職した先はとんだブラック企業でした。
まあ、給金は比べ物にならないくらいいいはずだが。
この調子なら今日中に七十万は堅いし、八十万に届くかもしれない。
「いやあ、あんたが働いてくれるとうれしいわ。街の人からの信用はここ数日でうなぎ上りよ。雑用系は開拓者からの人気はないけど、街の人が困ってるのを助けるからギルドの人気取りにはいいのよね。空気の手名指しで来てる依頼もあるくらいよ?」
「だから協力してくれたわけだ……。中身は?」
「まだ先だけど、七月に王都を出る商人の護衛……というか荷物の運搬ね。さすがに一日中魔法を使い通しは無理だって言っておいたんだけど、向こうは一応話を通せって言うから」
要するに荷馬車の代わりということか。
パスしておこう。
一日も魔法を使い続けたことなんてないし、何かあったら責任が取れない。
「もう一生ここで仕事しない? あんたが来てから依頼の量も増えてきてるからギルドとして、雑用開拓者でも大歓迎。今ある依頼が片付いちゃったら日収二十万なんてそう長くは続かないけど、それでも日に五、六万ならずっと稼げると思うわよ? 王都は広いもの」
日収五万。つまり月収なら三十をかけて一五〇万デロー。
年収一八〇〇万デローもの高給取りである。
サラリーマンが五〇〇万円くらいなのでケタ違いと言えよう。物価もこっちのが安いし。
屋台で串肉を向こうで買うならまず百円くらいするが、こっちではたったの五デロー。
今の宿も高めの宿を取っているが、一泊で百デロー程度なので、日収五万デローとは凄いことなのだ。開拓者ギルドの馬車馬だが。
「何度も言ってるだろ? 俺は路銀を稼ぎに来てるんだ。レニングヴェシェンに永住する気はないんだよ」
それでももうしばらくは王都にいることになるだろう。路銀の目標額にはすでに届いているが、俺は奴隷を買う気なのだ。
というのも、旅先で危険指定種と鉢合わせた時の備えとしてミートシールド、もとい詠唱時間を稼いでくれる防御ラインが必要だからだ。
なので目標金額は五〇万デロー改め、ブロンズランクの開拓者並みの接近戦闘ができる奴隷を追加して、一五〇万から二〇〇万ということになる。
ついでなので日に十五万デローくらい稼げる間は王都にいてもいいかもしれないと考えたが、それではいつか延び延びになって踏ん切りがつかなくなりそうだ。
「そんなに旅に出ようとするなんて、やっぱり、ワノクニに帰るんですか?」
ポンコツ受付嬢が妙なことを言った。
「帰る……?」
「あれ? 違うんですか? 黒髪に黒目でしたからてっきり……」
帰るも何も、俺はこの世界の出身ではない。ワノクニとやらがどこの地名かは知らないが、少なくとも俺の『帰る』場所ではない。
「ヤマト人のほうなのかしら? 珍しいわよね。あそこは鎖国してるじゃない?」
「いや、ヤマトでもないんだが……」
黒髪黒目が根拠のようだし、民族的な特徴が似ているのだろうか。
なんとなく引っかかったので詳しく聞いてみることにした。
「二年前にあったワノクニ征伐のことよ。このグリニャードが東方の小国を手に入れたっていう戦争の話。知らない?」
知らない、とうなずく。
「まあ大きい声じゃ言えないけど、征伐ってついただけの普通の戦争よ。ワノクニとヤマトは金脈や高い技術を持ってるから昔から狙ってたんだけど、小国のくせに強くてね?」
ワノクニやヤマトではサムライと呼ばれている達人たちやブシと呼ばれている騎士たちがやたらめったら強いらしい。
サムライの持つヤマト剣は反りとしなりで重装甲歩兵をその鎧ごと切断し、矢を降らせても矢を切り捨ててしまうし、ブシの取る大きい弓は二〇〇メーテル先からでも鉄板を貫通した。
さらに独特な魔法を使う軽戦士のニンジャや、魔法使いのミコ、オンミョウジが巧妙に協力し合って魔法を防ぎ、こちらの陣地を攪乱するので、それで周辺国は何度も出兵はしてたんだけどそのたびに失敗していたそうだ。
鉄をぶった切るサムライと聞いて少し心ときめいてしまった。もしもヤマト剣が日本刀と同じだったら買い集めてみよう。かっこいいし。日本人の男なら一度は握ってみたいと思うのではないだろうか。
あとミコ。たぶん巫女。千早と緋袴着せた女の子を半脱ぎにさせてみたい。サムライガールの羽織も捨てがたいのでチート使っていいとこ見せたりして、いつかゲットしよう。
「そんなものとまたどうして戦争なんてしたんだ。向こうから攻めてきた……んじゃないよな」
グリニャード王国はかなりの大国だ。ワノクニは小国だといっていたし、さすがにそれはないだろうと思いながら言う。
もっとも、大国アメリカにケンカを売った大日本帝国という例があるので確信までは持てないが。
「タカ派が魔法姫を煽ったみたいなのよ」
魔法姫というとあの、ユヴェルの森で会った宮廷魔導士か。
「それもよく知らないんだよな。九歳の子供だってことと宮廷魔導士だってことは聞いたけど」
「王都の東に住み着いていた三〇〇メーテル級のドラゴンを雲の木を作るすごい火魔法で焼き殺してデモンストレーションにした馬鹿よ」
「すごかったですよね。夜だったのに昼間みたいに明るくなって、すごい風がここまで届いたんですよ。あのときは貴族街のガラスがみーんな割れちゃったって聞きますし、建物も結構倒壊しちゃいましたし。確か、王宮と教会のステンドグラスも全滅したんですよね」
「わたしは年齢制限で士官を断られたからやりましたって聞いた時にはぶん殴ってやろうと思ったけどね」
頬が引きつるのを感じた。
太陽みたいな閃光に大樹のような雲って、それは核兵器の類ではないのか。
そんなものをただのデモンストレーションでぶっ放したというのか。
無詠唱でものすごい破壊力の魔法を連発していたので、あまりの反則ぶりに俺と同じチート持ち転移者、転生者ではないかと疑っていたが、だとしたらもう少し行動に大人らしい――と高校生になりたての俺が言うのも変だが――遠慮が出ると思う。
なんてデタラメ。
神のチートなしであれか。
「で、それを知った軍系貴族のタカ派が戦功を立てたら宮廷魔導士になれるってそそのかして宣戦布告。犠牲もそれなりにあったみたいだけど、開幕直後の魔法攻撃で向こうは壊滅したそうよ」
その時についた二つ名が魔法姫。
余談では、さらにタカ派は勢いのままヤマトを攻め落とそうとしたそうだが、ワノクニと違ってヤマトは島国で、攻めている最中にものすごい嵐にあって船がいくつも転覆したので魔法姫に助けてもらいながら撤退したそうだ。
王国もこの事態を無視することができず、野放しにするよりも首輪をつけて飼った方がいいと判断したそうだ。
「とまあ、そんなことがあって、ワノクニを占領したグリニャード王国にはワノクニの人間も、たまにだけどいるからそれだと思ったんだけど」
そうか。俺がいきなり奴隷にされたのにはそういう理由があったのか。檻の中とはいえ、言い換えれば馬車に乗せてくれた奴隷商人も護衛たちも俺をワノクニの人間だと思って戦争奴隷にするつもりだったのだ。
「なるほど……それであいつも……。でも俺の故郷はワノクニでもヤマトでもないから、別に帰るとかそういうのじゃないな」
「ああ、二世だったのね」
「違う。詳しいところは言えないが全く別なところにある島国なんだ」
異世界の日本から来たので嘘は言っていない。
「だったらどうして旅に出ようとしてるんですか?」
「そうだな……見てみたいからだ。見たことのないものが、世界にはたくさんあるはずで、それを俺は全部見てやろうと思ったんだよ」
神から与えられた調査の仕事も兼ねたいい趣味だと思う。
ただ、あまりに馬鹿げた理由だったせいか、ドローレスもポンコツ受付嬢も呆けてしまった。
こうなると一気に気恥ずかしくなるもので、頬を指先でかいてしまう。
「そんなこと言わずによお。俺たちと仕事しようぜ空気の手」
空気を読まない声が後ろからかけられた。
奴隷に対しても優しい扱いをするのが主人公という役回り。それが肉の盾って……(焦)
こういう主人公です。不快になられたらすみません。
 




