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Chapter14[Guilty:ギルティ]

 貴族たちの屋敷が並んでいる貴族街も基本的には壁を挟んでいる市街区と変わらない。煉瓦造りで古めかしい。

 違うのは古めかしいとはいっても風化しているという意味合いではなく、文化的に俺がそう感じているだけだということと、一つ一つの家屋が市街区よりも大きいことか。


 開拓者ギルドサイズの建物は当たり前、さらに大きいサイズの煉瓦造りがそこらじゅうにある。

 市街区にもいくつか教会はあるようだが、王城のすぐそば、王都のほぼ中心にある教会はまるで聖地ですとでもいうかのように大きい。

 教会というよりも聖殿、神殿と言ったほうがイメージも伝わりやすいような気がするくらいだ。


 どこから入ったものか。悩んだが、ここは一番大きい扉から行こうと思って押して開けようとすると、手を押し当てたところで白い服を着た男に声をかけられた。


「どうなさいましたか? ミサは日曜に行っておりますが……」


「ガラス工房から依頼を受けてきた開拓者だ。ステンドグラスを運んでくれって言われたんだが、どこに運べばいい?」


「運搬の方でしたか。でしたらそのまま聖堂の中に。職人の方が待っておいでですよ」


 大きいだけあって扉は結構重厚で、白い修道服の男と協力して片方をやっと開く。ステンドグラスは普通、数人がかりで慎重に運ぶシロモノで、それに伴う横幅を通り道にも要求するものだが、俺の場合は片方だけでいい。

 浮かせたステンドグラスは重さがないので空気を押しのける抵抗さえ押しのければ片手でも持てるのだ。職人たちに渡せば彼らがはめ込むらしいので、ひもで括って牽引するだけの簡単なお仕事だった。


 聖堂は教会にふさわしく荘厳な雰囲気をしていた。高いところにあるステンドグラスから差し込む陽光が幻想的ともいえる空間を作っている。

 職人たちが作業をしているので若干雰囲気は下がってしまっているが、その分は祭壇の前で祈りをささげている白い服の少女がいるので問題はない。


 祈っているだけだというのに厳粛な雰囲気を醸しているあの少女はいったい何者なのか。あれが本物の信徒というものか。

 ステンドグラスの、背中に白い羽の生えている人間はやはり天使なのだろうか。この世界にはあの神ではない神様がいるらしいのでそっちだろうか。

 それとも羽をもっている鳥とかの獣人なのか。

 女性のようだし、もしかしたら『彼女』とやらなのかもしれない。


「よろしければ解説しましょうか?」


「いや、どうせ覚えられない」


 あれが聖書のどこそこに書かれているなになにです、とか説明されても頭に入ってくるわけがない。興味がないのだから。

 信者でない人がキリスト教と聞けばキリストが偉い人で神様がいて天使がいて、そういったのに祈っているとしかイメージが出てこないように、なんかすごい人がいるとか、その程度でやっとだろう。


「そうですか」


 残念そうに男は引き下がったが、やや離れたところで俺のほうを見ていた。


「邪魔か?」


「ああ、いえいえ。これは申し訳ありません。ただ、貴方がもの珍しそうにしていらっしゃったので気になってしまいまして。教会は初めてですか?」


「ああ」


「やはりそうですか。私は生まれも育ちも教会でしたので、そんなに珍しそうに見ている方というのはあまり知らないのです。日ごろ、信者の方ともあまり触れあえないもので」


「下働きなのか?」


 教徒の服の洗濯とかをしているのだろうか。


「事務仕事ばかりでして。正直に申し上げますと開拓者の方を見るのは初めてなのです」


「ふうん……」


 開拓者ギルドは市街区にあるし、ずっと貴族街にいるのならそりゃあ見ることも少ないだろう。

 治安のためと言って、貴族街と市街区を隔てる王都の第二城壁では俺もさんざん取り調べのようなことをされた。

 市街区と壁外を隔てている第三城壁ではギルドカードが通行証のようになってタダで通してくれたものだが、貴族街は気安く来る場所ではないということだ。


「もしよろしければ、お話を――」


「司教様!!」


 下働きの男が何かを言おうとしたが、高い女の声にさえぎられた。

 聖堂の奥の扉から出てきた、黒いチュニック(しゅうどうふく)を着た少女はこちらに小走りで来たかと思えば下働きの男の前に立った。


「部屋にいらっしゃらなかったのでどこにおいでになられているかと思えばこんなところにいらしていたのですね! さあ! すぐにお戻りになってください! お仕事が残っていますよ!」


「あ、ああ、もう来てしまったのですかネリィ……」


 男の顔が絶望に染まった。

 対して少女の顔は怒りに染まっていく。


「どういう意味ですか? いいえ、まずは部屋にお戻りになっていただきます。お話はお部屋でいたしましょう!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいネリィ……!」


「待ちません! そうやってお逃げになった回数を覚えておいででしたらお判りでしょう!」


 修道服の少女は男の腕をとるとあっという間に引きずって行ってしまった。


「司教……って言わなかったか? あいつ?」


 宗教のことはわからないが、これは偉い人にため口をきいてしまったのではないだろうか。


「まあ、気にするタイプでもなさそうだし、いいか」


 帰り際、職人たちに依頼書に完了のサインをもらってから貴族街を出て、メインストリートにある開拓者ギルドに戻って報告をする。


「で、ではこれに手を置いてください……」


 真偽の石版と同じものでできている正六面体のガラスキューブのようなものに手を置いて依頼を完遂した旨を告げて証明する。


 討伐系だと顕著なのだが、開拓者の仕事はその証明が難しい。たとえばツインテールウルフを十匹ほど間引いてくれという依頼があったとして、それを本当に倒したと証明する手段ということだ。

 アヤシ草の採取依頼のように現物をギルドで確認できる依頼ならば間違えも起きないのだが、嘘をついてお金だけ受け取ろうとした者を防止するためにギルドも様々な手段を試してきている。


 一昔前は討伐系は討伐の証明になる魔獣の部位を切断してギルドに持ち帰り、雑用系なら今回のように依頼書に依頼者のサインをもらっておしまいだったのだが、それさえ偽造した奴がいたようで、今はこうして真偽の石版ならぬ真偽の石箱(せきそう)を使っているそうだ。


「引っ越し依頼。この依頼書のサインは依頼者のものであり、依頼は完遂した」


 真偽の石版と同じく、触っている人が嘘をつくと内部が白く煙る。五秒ほど待って曇っていないのを確認してポンコツ受付が依頼書にハンコを押す。

 同じようにほかの二つも報告を済ませたのだが、


「いったいその細腕のどこに丸太二百八十六本、石材五万千九十七キードグロムを午前中だけで運べる力があるのかしら」


 報酬の支払いの段になってドローレスに絡まれてしまった。


「魔法でやったって言ってるだろう」


 それも真偽の石箱まで使って証明させられた。まったくもって手っ取り早い証明手段だ。嘘が通用しないから、常識はずれの成果をたたき出しても事実だとわかってもらえる。

 とはいえ、これ以上探られると魔法の種類までばれかねないのでやはり厄介でしかないのだが。


「エアハンマーを使った空気の台、ねえ……。これだけの重量物をずっと保持できるだけの空気の塊なんて作れるの? ねえ?」


「もういいからさっさと報酬よこせよ。魔法使いの魔法を探るのはマナー違反だろ」


 じっとりとしたいやな目を受け続けているのは精神安定上よろしくないので強制的に話を打ち切る。


「というか魔法使いなら早く言いなさいよ。五万キードもの重量物を浮かせられる魔法を使えるなら即ガラスランクよ?」


「言うのを忘れてたんだ」


「思いっきり煙ってるんだけど。しょっ引くわよ?」


 まだ石箱に手を置いたままだったので真偽の石箱がめちゃくちゃ仕事をしていた。

 見た目には中身まで詰まっている正六面体なのだが、どういうわけか浮かび上がる煙でご苦労なことにも「Guilty(ギルティ)」と表示までしてくれるほどだ。

 もちろん異世界の文字で。


 実にノリのいいガラスキューブだ。ガラスじゃないらしいが。

 あれこれ聞かれたが、ウソがばれるなら黙っていればいいのだ。真偽の石箱も隠し事までは暴けない。

 黙秘しているとしょっ引くぞともいわれたが、さすがに単なる職員の興味本位の詮索で断罪できるはずがないので、言えないことについては口を貝のようにつぐむことにした。


「くそう……頑として口を割らないつもりね……?」


「そうだな……どうしても教えてほしいなら教えてやってもいいけど、代わりに金を積んでもらおうか。情報料は一億デローくらいで手を打とう」


「高い! わかったわかった、何があっても教えないってことね」


 それでやっと諦めたのか、ドローレスは肩をすくめて見せた。


「じゃあ、これが三つ分の報酬。中身はちゃんと確認しておきなさい」


 カウンターの上に王国のデロー硬貨が置かれる。内訳は小金貨が六枚、銀貨が六枚、小銀貨が二枚、大銅貨が一枚、銅貨が四枚、小銅貨七枚。一部の五円玉的な役目を持つ硬貨を除いて十進法で硬貨が繰り上がっていくので全部で六万六二九七デローだ。

 さすが肉体労働系、仕事さえこなせば一気に金持ちである。


「この後は空いてる?」


「デートの誘いならまたにしてくれ依頼を受けて金を稼ぐ」


「六万デローあれば王都でもいい宿にひと月くらい泊まれると思うけど」


「そういえば昨日勧めてもらった腹黒亭! ひどかったぞ!?」


 宿の主人はまあ普通としても日本人として物申したい。たとえ文化レベルの違いだったとしても、あれで十デロー持っていかれたのは悔しいと思うのだ。


「まさかほかの宿もあれと同じレベルなのか!?」


「それこそまさかよ。あそこは安さで客取ってるの。宿として泊まれるだけましってことね。女の開拓者だと馬小屋っていうのも危険だったりするから」


 夜に部屋の中にいないと女が危ないのはどの世界でも共通のようだ。


「そんなに稼いで、何に使うのよ」


 またも重労働系の依頼をはがしてきた俺にドローレスが呆れて言う。


「旅の路銀稼ぎだ」


「へえ……どこまで行くの?」


「特に決めてないな」


 とりあえず神からはどこを調査しろと言われたわけでもないし、世界中を見て回るつもりでいる。だがどこに行くにしても金が必要なはずだ。

 行く先々でいつも稼げるとは限らないし、とりあえずここで五十万かそこそこは稼いでおくつもりなのだ。


「ええっ!? ショウタさんは旅をしてるんですか!?」


 なぜポンコツ受付がこんなに食いつくのだろう。

 旅が好きだとか、旅にあこがれているとかだろうか。


「旅をしてるっていうか、旅をしようとしてるって感じか。一文無しのつらさはよくわかったからな」


 本当に身に染みて。奴隷商人の馬車のなかでたっぷり味あわせてもらった。徒歩で移動するのはかなり無理がありそうなので乗合馬車に乗っていくつもりだが、それにしたって金はかかる。

 三時間ほどでまた三件の依頼を達成して戻ると、ドローレスがポンコツ受付嬢のところで待ち構えていた。厄介なのに目をつけられた気がしてならない。


「お早いお帰りね。何か問題でもあった?」


「そんなものあるか。きっちり依頼書にもサインもらってきたよ」


 今回は肉体労働以外にも普通の配達もしている。そちらは今のところ五つ中二つを届けただけだが、残りも今日中に届けるつもりだ。というわけで完了している二つにハンコをもらって、報酬を受け取る。


「じゃあ次はこれとこれだ」


「まだ配達依頼が済んでないじゃない。ルーキーなんだから一つずつ片づけて行きなさいよ」


「いいだろ? 失敗してないんだから」


 俺がこんな変なことをしている理由は、一回目、ステンドグラス配達の途中でほかの依頼もこなした……というかこなせたのと同じだ。レニングヴェシェンの街は広いので、できるだけ同じ場所に依頼者がいたりしている依頼をまとめて受けているのである。


 気分的にはゲームの効率プレイか。

 複数のイベントを同時進行して、一つの街に移動してはそこで起きるイベントフラグをまとめて回収していく方法。


「よし、ちゃんと手続きもできてるな。じゃあまた行ってくる」


 ちなみに、配達物は重量物ばかりだったのでゼログラヴィティを使っていたのだが、途中でギルドに戻る時だけは空間魔法で倉庫空間の中に収納させてもらった。

 ドローレスに浮かせているのを見られると面倒なことになりそうだったので警戒しておいて損はないと思ったのだ。

 出すときも空間魔法がばれないように通りの陰で出して浮かせた状態で配達先に持って行ったし、抜かりはない。


「じゃあここにサインを……はい、ありがとうございました」


 まるで元の世界の宅配便の人のようなことを言って、サインをもらった五枚の配達表と引き換えに依頼書にサインをしてもらう。

 日が暮れるまでに配達依頼を含めたもう五件の依頼をこなして、俺は日没に染まる空を見ながら今日はここまでにしようと思った。

 ちょうど配達の依頼が終わったのでキリがいい。


 計算したら今日だけで十万飛んで六百三十一デロー。

 やはり石材や丸太のように運んだ量で報酬が決まるものが比重を大きく占めている。

 昨日は森で危険指定種に襲われ、迷子になってようやく十七デローの依頼を達成したのと、ツインテールウルフの死体で二〇〇デローほどを稼ぎ出したというのに、今日は命の危険がないまま街を観光しがてらの仕事で十万デローである。


「ああ、だから開拓者になる魔法使いが少ないのか」


 言うまでもなく、こういうことができたのは俺が魔法チートなおかげなので少し違うのだろうが、魔法兵のように宮仕えなら有事の際以外は命の危険はなく、しかもその時にしたって最前線で戦うわけではなく弓兵のような役回りになるため、死ににくい。


 毎日危険指定種とがっぷり四つに組み合って戦っている開拓者とは雲泥の差だろう。しかも給与がもらえるので生活も安定する。

 なるほど、とうなずいた。カールたちが初対面なのに勧誘しにくるわけである。


 開拓者ギルドは夜九時まで開いているし、まだ七時くらいだ。依頼はもう終わったので焦る意味もないし、のんびり街を歩く。

 朝七時から十二時間くらいも働いていた計算になるが、実際には歩いていただけなので足は疲れたものの、勤労の疲れらしきものはない。


 昼間、昨日気になっていた屋台で串肉を買ってみて、これがかなり美味しかったのを思い出し、近くの屋台で串肉を買う。

 昼間の屋台とは使っている肉が違うようで、かなり歯ごたえがある肉だ。


 店主に肉の種類を聞くと、ツインテールウルフの肉だといわれた。

 固くて普通ならおいしいとは言えない肉だが、腹黒亭の料理を思い出せばこれでもかなりましなほうだ。

 野菜くずのスープと焼いた肉の時点でかなり格差はあるのだが。


「こんばんは。少しよろしいですか?」


「んぐ?」


 串肉を頬張ったまま屋台を物色しながら歩いていると男に声をかけられた。

 声をかけられるとは意外なことだ。今の俺は薄汚れた貫頭衣を着ているので、周りにあまりいい印象を与えていないらしく、歩いていると露骨に嫌な目で見られている。


 ドローレスに古服を売っている店を教えてもらっているので明日には買うつもりでいたが、いまの俺は浮浪児に見えるらしい。

 そんな俺に話しかけてくるとは何のつもりだろうか。思わず、男を見る目が冷淡なものになる。


「魔法使いの開拓者の方ですね? 午前中に魔法で運搬をなさっていたのをお見かけしまして、声をかけさせていただきました」


「仕事の話か? そういうのはギルドに持って行ってくれ。確認した時に貼り出されていて、報酬がよかったら受けるよ」


「いいえ。その話ではございません」


「だったらどこかで雇いたいって? 旅の路銀を稼いでいるだけだから」


 話しかけてきた男は首を振って否定した。


「じゃあなんだって言うんだ?」


「商談でございます。魔法使い様。奴隷をお買い求めになりませんか?」


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