Chapter10[神を殺す決意]
その様子を一言で言い表すのなら無様といったところだろうか。
逃げ回っている挙句に迷子になった俺が言うなという話ではあるのだが、ツインテールウルフにいいようにされている先輩開拓者の姿は正直見たいものではなかった。
武器を手にして戦っているといえば聞こえはいいが、その実際のところは必死になってじたばたしているというのが正しそうだ。
さっきから大声を上げている男が剣を振り回しているが、まるで当たらない。土をたたいて、その間に体当たりを食らって倒れて、とどめを刺そうと次の攻撃を仕掛けたツインテールウルフを、マフラーをした少女が蹴りつけて遠ざけた。
ほかにももう一人、剣を持っている女がいるが、そちらも攻撃に出る余裕はないらしい。まあ雄叫び君と違って無理に攻撃に出て周りの足を引っ張っていないだけましだが、このままではスタミナが切れて遠からず負ける。
魔法使いっぽい、杖を持っている革鎧の男も、魔法を詠唱する余裕はないようで、杖を振り回してぶん殴っている。たいてい外れているが。
ツインテールウルフの数は十匹くらいで、順番に攻撃していって相手が防いでいる間に次のオオカミが攻撃し、反撃を受けないように狩りをしている。
まだ誰も死んじゃいないが。
でも放っておいたら死ぬだろう。
手助けしてやろうと思って、どの魔法がいいか考える。あんまり強い魔法だと巻き込む可能性があるから、さっきほど範囲がなくてツインテールウルフを殺せる魔法がいい。
「恐れを知らず、敬うことを忘れた不義不徳のモノどもを貫く竜の咢。唸れ、狂乱する槍兵! 踏みつけにされた大地の怒り! ロックランス!」
攻撃後で、折り返している最中のツインテールウルフを狙って地面から岩の槍を隆起させる。
否、隆起させるなどと生易しい表現では正しくない。それは地雷のように爆発的な速度で真上の生き物の腹を串刺しにした。
「なっ!?」
「誰だ!」
開拓者たちが突然の魔法に驚いて、声の聞こえてきた俺のほうを見る。俺は続けて、
「助太刀する!」
俺も襲う相手と判断したツインテールウルフが襲いかかってきたのでその前にファイアボールで吹き飛ばす。
木をへし折るほどの威力の爆発が直撃しては耐えられなかったか、そのツインテールウルフは見事に吹き飛んで地面を転がった。
今のところ一番詠唱に慣れているのはウィンドランスだが、ファイアボールのほうが詠唱が短くて早く済む。
とはいえ、当たったら爆発するので開拓者のそばにいるツインテールウルフには撃てないが。
さらにファイアボールを撃って爆発に巻き込む形で二匹吹き飛ばすと、ツインテールウルフたちは逃げて行った。倒れたツインテールウルフは動かない。どうやら全部死んでいる。
どさくさに紛れて剣を持っている男が一匹切りつけて足を止め、もう一発で頭を割っていた。容赦ないな。
「ありがとう。ゴブリンを倒したんだけど、そうしたらツインテールウルフに襲われて、結構ピンチだったんだ」
助太刀をしたものの、なんと声をかけたらいいのかわからなかったので棒立ちになっていると、寒いというほどでもないのにマフラーを巻いている女の子が笑顔で話しかけてくれた。
快活そうな笑顔が特徴的な女の子で、見た目にもすごくかわいい。ヒロインちゃんか。ここでヒロインちゃんなのかと期待してしまう。さすが異世界。
彼女が視線を向けた先を見てみれば確かに緑っぽい肌の色をした、百三十センチくらいの不細工な人間が血まみれになっている。
人間じゃなくて、あれがゴブリンなんだろう。
「だったらよかった。今日なりたての新人開拓者だったから、余計なことしやがってって怒られるかもと思ってたんだ」
「え? 新人君なの? ユヴェルの森に一人で入ってるし、魔法も使えてるからブロンズか、でなくてもアイアンくらいのランクだと思ってたよ」
「いや、正真正銘」
もらったばかりのギルドカードを出して見せる。
ギルドカードは開拓者のランクと同じ名前の鉱物を被膜でコーティングされている。
なので、たとえばシルバーランクなら銀で、ブロンズランクなら銅できたカードを持っていて、その開拓者のランクはギルドカードを見れば一目瞭然となっているのだ。
ちなみに偽造したのがばれたら怖い人たちが来て捕まえられるらしい。そして医療魔法を併用して反省タイムを強制させられるんだとか。これ聴いて誰がやるものか。
俺のランクはストーンなので、本当に混じりまくっているそこらの石製としか見えないものが被膜されたカードである。正直、このカードは被膜のほうがもったいないような気さえする。
「うわほんとだ……じゃあストーンランクなのにそんなにすごい魔法を使えるんだ……どうして?」
「今日登録したばっかりだからな」
「え? それだけ魔法が使えるんだったら特別ルールですぐにガラスランクになれるはずだよ? 確か基準は戦闘に耐える魔法の行使を連続で行えることだったよね、ウーツ?」
マフラー少女は魔法使いの男に話しかける。
横顔かわいいなこんにゃろう。惚れちゃうじゃないか。
「ああ。俺もそうやってガラスランクになったしな。たしかギルドの演習場に連れて行かれて、専用の的に当てて威力を測ったぞ」
「そうなの? 俺、大丈夫かなあ……」
「十メートル先の的に当てられて、だいたい普通の人が剣でする攻撃くらいの威力があればいいんだ。爆発するファイアボールをツインテールウルフに当てられるなら平気だろう」
「そうか……帰ったら言ってみるかな」
俺が大丈夫かと心配したのは低いのではないかということではなく、高いのではないかということなのだが。
調子に乗って例の三十メートル火柱アタックとか出さないように自重しよう。
「ところで」
と、俺は倒れているツインテールウルフを指さした。
「俺が倒した分だけでも……もしくはその半分でも分けてくれないか? かんっぺき素寒貧で今晩の宿の金もやばいくらいなんだ」
「え? もちろんだよ。人の獲物に手を出すのは確かにマナー違反だけど、今の状況で僕らに倒せたというつもりはないし」
僕っ子か。ヒロインみたいな登場の仕方といい、萌え要素までからめてくるとはさすがあざといな異世界。異世界あざとい。
ちら、とマフラーちゃんが視線をやると、剣を持っている男女二人もうなずいたり何を当たり前のことを、みたいな返事をした。どうやら全部もらって行っていいらしい。
「あ、でもこれは俺が倒したから俺のだぞ?」
「ああ、見てた見てた」
というわけで男剣士が倒したやつ以外のツインテールウルフを回収する。
「開け」
一言で空間魔法で作った収納用の空間の入り口を開く。
アヤシ草が十本を超えたあたりで持っているのが面倒になって、これがゲームならアイテムボックスがあるのにと考えたときに思い出したように知識が浮かんできた魔法で、魔法で空間を作ってその中を倉庫のように使うことができる。
二十分にも及ぶものすごい長ったらしい詠唱をさせられたが、一度空間を作ってしまえばあとは開閉するように念じながらキーワードを一つ唱えるだけで開いたり閉じたりできるのでこれから重宝するはずだ。
毎回二十分の詠唱が必要だって言われたらさすがに使う気にはなれなかっただろうが。
岩に串刺しになっているツインテールウルフを苦労して引っこ抜いて、残りも爆発でどろぐちゃになっているのも含めて収納する。
触ったらゲットみたいな便利能力まではないのでちゃんと自分で収納口に入れなければならないのが欠点といえば欠点で、中は四次元空間みたいになっているので、体積さえ限界を越えなければわざわざ整理整頓をする必要はないのが利点だ。
ちなみに収納空間を作った時に使う魔力で個人個人倉庫の大きさは違うらしいが、俺のは大体体育倉庫くらいある。
宿が取れたらこんど一日休むときにでも魔力を全部使って作り直してみようと思っている。さあ、限界はどれだけかな?
「閉じろ」
四匹とも収納して収納用の空間魔法を閉じる。アイテムボックス(仮)にはアヤシ草含めて、ここまでで倒したり手に入れたものも入れてあるので、買い取り商まで持って行けばそれなりの値段になるのではないだろうか。
「い、今のは……?」
「まさか……」
「いや、でも……」
取り分を回収して、ついでに森の出口方向を聞いておこうと先輩開拓者たちを見ると、なぜか俺のほうをじっと見て棒立ちになっていた。
まさか獲物を横取りするために殺されたりするのだろうか。そうだったら一番最初に来た一人は道連れにしてやると叫んでお互いに押し付けあっている間に逃げるのだ。
「ねえ、今のって……もしかしてなんだけど……」
互いに顔を見合わせた後、代表してマフラーの女の子が話しかけてきた。
しかし様子がおかしい。襲ってくる感じじゃないというか、言いにくいことを言おうとしているようだというか。
「自分でもバカなこと言うなとは思うんだけど……さすがにあんな量が奇術でどうにかなるわけないし……いまの、もしかして空間魔法、……とか?」
「そうだけど?」
ものすごい驚いた顔をされた。目とか真ん丸になるくらいに。やだ、見開いた目もかわいい。
「え? 俺、何かおかしなことを言ったか? そんな顔されると心配になってくるんだけど」
「おかしなことも何も……だって空間魔法ってとっくの昔に逸失した魔法だよ!? 魔導士ギルドが躍起になって解明しようとしてるくらいなんだから! え? もしかして僕らが知らないうちに完成したの?」
「そうなの、ウーツ?」
「いや、……すくなくとも俺は聞いていないな」
今度は俺のほうがはっとした。
なんとなく事情が呑み込めてきた。俺はなんとなくチートの中にある知識から空間魔法を使っているが、それらは昔の人たちが手に入れたりそこから神が推察した知識で構築されていて、この時代ではなくなっているロストテクノロジーだったのだ。
「ねえ、もしかしてすごい魔導士なの?」
「あ、いや、俺は……そう! 昔から気づいたら使えてました的な感じで……」
「ああ? 魔法ってのは詠唱しなきゃいけねえんだろ。生まれつきとか何言ってんだお前」
しどろもどろになってごまかそうとしていると、男のほうの剣士が詰め寄ってきた。それを魔法使いウーツが引き止める。
「やめろジーノ。魔導士の魔法を無理に聞き出すのはマナー違反だぞ。言ってみれば生命線だからな」
「そうなのか? だって魔導士ギルドとか行くと弟子入りできるんだろ?」
「そりゃあ身内には教えることもある。だが誰にでも教えてはいない。商人が商売のコツをホイホイ教えていないのと同じようなものだ」
なんかわかりやすいたとえだ。
「そうなんだ。ごめんね。僕たち、魔法使いのルールに疎くって。ほら、魔法使いってあんまり開拓者になったりしないから」
そうなのか、と返す。
魔法使いは基本的に誰にでもなれるというわけではないようで、まず根本的に魔力を持っていないとだめなのだとか。
説明してくれたというよりも向こうが勝手にしゃべった中から拾っている情報だ。
帰り道の方向を聞いたら迷子になっていたことを察してもらえて、方向を教えてもらえたが、ちょっと待っていたら案内もすると言われたので待つ。
ウーツこと魔法使いがゴブリンの死体からものを奪い取って、剣士が仕留めたツインテールウルフの死体をさばいて皮にする。腹のほうにナイフを入れて、そこから服を脱がすように皮をはいでいくのはちょっとびっくりした。
狩人が動物の皮をはぐという話を本で読んだとき、どうやって剥いでいるのか謎だったが、ようやくわかった。肉は袋に入れて、これも持って帰るらしい。
「おまたせ」
「なんか悪いな。仕事の最中だったのに帰ることになったみたいで」
「ううん。僕らもゴブリン倒して帰るところだったから」
笑顔をフォローしてくれるマフラーの子。こんなにかわいいのに性格までいいだなんて。
神よ、この出会いに感謝します。頑張って口説き落としたら結婚式には呼ぶぜ!
「そういえば名前! 名前なんて言うの? 俺、彰大。渋谷……じゃない。ショウタ・シブヤ」
「変わった名前だね。僕はカール。カール・ヴェーラーだよ」
「カール? カールっていうの?」
「? うん、そうだけど……?」
カール。つまり。
「男ぉおおおおおお!?」
ゴッド殺す。




