File.10 転生者メイド
File.10 転生者メイド
名家である聖護院家で働く新田蛍は転生者である。転生とは死んだはずの人間が、その時の知識や経験などの記憶を持って蘇る事であり、つまり現世の記憶と転生前の記憶と言う2つの記憶を持つと言う事である。
転生者である新田蛍は、自分が転生する前、つまり前世はどう言った人間なのかを理解していた。地球に住むごく普通な平凡なOLで、上司からのストレスを酒で酔っぱらっていたら、いつの間にか目の前に電車が来ていて、その電車に轢かれて死んだ。簡単に言うと、酒によって駅のホームから落ちて人身事故を起こしたと言う事である。普通ならば、これで終わったはずだが、何故か彼女はそれから約30年後の別世界にて、新田蛍として生まれた。所謂、転生である。
ネット小説を嗜み程度に読んでいた新田蛍は、自分がどんな状況に居るのかをすぐさま理解した。
転生。一度は憧れる物。
チートな力を使って、ハーレム、もしくは逆ハーレムを作るも良し。
この世界にはない知識を持ちこんで、知識チートなる技術革新を起こすも良し。
産まれた直後に身体を動かして、神童扱いされるも良し。
まさに夢のような物だと、新田蛍は――――――最初は思っていた。
自分には神様からくださったチートな力は無かったし、地球とは別世界とは言っても自分は技術革新と言う程凄い知識を披露出来る訳ではない。生まれた直後は身体を動かすのも難しかった。
結果、彼女はごく普通……よりもちょっとだけ凄いくらいのただの賢い人と言う事になった。賢い人である。天才でも、神童でもない、ただの賢い人だ。
学校では賢い人で良かったが、学校を卒業したら別だ。ただ賢い程度では死んでしまう。そこで、給料の割の良いこの聖護院家でメイドとして働く事になった。
転生者である新田蛍が、メイドとして働いている経緯は先のとおりである。
メイドの仕事は苦労の連続だった。
洗濯は綺麗にしわのならないように干し、掃除は埃が見つからないくらい綺麗にする。食事は美味しく、そして飽きの来ないように。聖護院家の家の人達の頼まれ事にもきちんと答える。
メイドは新田蛍以外にも居るとは言っても、メイドの人数で仕事が軽く訳でも無い。メイドが多いと言う事はそれだけ仕事も多いと言う事なのだから。
毎日、毎日。メイドとして人に尽くす生活。
そんな日々も慣れて来ると、楽しい物だ。
家事も、お世話も、仕えるべく主人達が笑顔になるのならば、多少苦しかろうが頑張ろうと言う気力が湧いてくる。笑顔になる。
他のメイド達とも協力し合い、いつしか自分が転生者だと言う事すら忘れてしまうくらい、新田蛍はメイドとしての生活を送っていた。
転生者であると言うアドバンテージが活かされるのは、たった1つだけ。
「ねぇ、蛍~。次の物語、聞かせて!」
「はい、お任せくださいませ。お坊ちゃま」
地球に住む人達、いや日本で済む人達ならば誰もが知り、この世界にとってはかなり興味の惹かれる物。そう、昔話。
日本には昔から多くの昔話がある。桃太郎や猿蟹合戦、鶴の恩返しなどの物語をこの世界風にアレンジして聞かせた所、この家の坊ちゃまは喜んだ。以来、坊ちゃまに話を聞かせるのが蛍の仕事の1つになっている。
「では、今日は『かさじぞう』でもお話しましょうかね」
「わ~い! 蛍のお話はいつも面白いな~。どうやって考えてるの?」
「さぁ、どうやってでしょうね?」
嬉しそうに笑う坊ちゃまに、こちらの方も嬉しくなるような顔で微笑みかける蛍は、自分が転生者である事を本当に嬉しく思いながら、今日もいつものようにお話を聞かせるのであった。