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月の精霊~異世界って結構厳しいです~  作者: 鬼頭鬼灯
ゾルテの精霊― 一章
13/112

13.謁見


 アランがどんな手を使って紗江を買い取ったのか知れないが、迎えに来たその日、彼はまず王城に紗江を連れて行った。ガイナ領の王城は最北の山の頂上にあるらしい。事態を把握しかねた紗江は、緊張のあまり視線を動かすこともままならず、ただ目前の人物に目を向けた。

謁見の間として設けられた広間の上座に台座があり、一つ上の視線となる位置の椅子に腰かけているガイナ王というおじさんは、物語に出てくる王様そのものだった。灰色の髪に赤い瞳、金と黒の重そうな衣を身に着けた王様は、紗江と視線が合うと、何ともいえない笑顔を浮かべた。

 黙っていると厳しそうな目つきだったのだが、紗江が紗の布の隙間で首を傾げると相好を崩した。

『あなたが月の神子か。初めまして、私がガイナ一世だ』

 紗江は妙に嬉しそうな王様の意図が分からず、膝を屈める。

『初めまして……あの、私は』

 名乗ろうとするのを遮って、アランが紗江の目の前に立ちふさがった。

『月の神子の顔を見せました、これで結構でしょう。それでは失礼します』

 ──え、挨拶もまともにしてないんですけど。

 紗江の手首を掴んでさっさと退室しようとするので、さすがに驚く。たたらを踏んだ紗江に、王様が後ろから声をかけた。

『ああ、神子殿』

 振り返ると、アランは煩わしそうに足を止めて王を睨んだ。王様にそんな態度で大丈夫なのかしらと、おろおろしている紗江を、王様はにっこり見下ろした。

『アランを、どうかよろしくお願いしますね』

 紗江はきょとりと瞬き、深く考えず頷いた。

『……はい』

 アランは渋面だった。


 ガイナ領を東から見下ろす山の中腹に建てられた城が、アランの館だ。鈍い色の煉瓦で作られている建物は三つの塔で構成されており、城の外壁があまりにも高く、外から中を窺うことはできない。

 黒い門が重い音と共に開き、紗江を乗せた馬車は中央の塔の前で止まった。

 兵士の一人が車扉を開け、期せずして車の中にいた、漆黒の双眸の少女を目にし、息を飲んだ。

 白い肌に赤い唇が一際目を引く少女。腰辺りまである黒髪は艶やかで、城主に手をひかれて降り立った姿はまさに天女。白い衣が尾を引き甘い芳香が広がる。常に厳しい顔つきの主も、彼女へ向ける眼差しは、酷く甘かった。



「足元に気を付けられよ」

「はい……」

 紗江は改めて周囲を見渡す。

 地面は全て綺麗な石が敷き詰めらている。灰色の石を使った地面に対し、建物は年季を感じる、くすんだ煉瓦色。きっちりと黒い着物を身に着けた男性二名と、淡い茶色の着物を身に着けた女性が三人、解放されたアーチ型の扉前に立っている。同じ着物であることを見ると、あれは制服だろうか。

「俺の家令と執事、そして侍女だ。左の二名はお前の侍女となる」

「……はい」

 気のない返事しか返せない。紗江は、侍女の紹介よりも重大な問題を感じていた。着物が重すぎて、足が思うように前に進まないのだ。

 月の宮で来ていた着物も尾を引く長さではあったのだが、アランが寄越した着物は、その長さと重さが倍だ。

 アランに手をひかれるものの、足元はおぼつかない。アランは紗江の顔色を読み取り、微笑みを浮かべつつ耳元で囁いた。

「……部屋まで我慢しろ」

 紗江は涙目で微笑み返す。

「あの……もう、歩くの……つらいのです、ご主人様……」

 休憩させてほしい気持ちで一杯だ。涙目で見上げると、彼の眼元が痙攣した。

ご主人様(・・・・)は止めてくれるか」

「あ、では……なんとお呼びすれば……」

 正直、呼び名なんて気に留めていられないくらいに、肩が痛くて、息も苦しい。

「アランでいい」

 紗江は頷き返そうとしてできず、息を吐き出した。

「……あの、名前より……その、ちょっと……休憩しても……」

 城の入口までの距離が、一キロ先に感じる。どうせなら扉の目前で停車してくれれば良いものを、城の入口から車止めまで兵が整列して待ち構えており、皆の前を歩かねばならないらしい。

 おそらく月の神子のお披露目も兼ねているのだろうが、距離が長い。実際のところ百メートル程度だろうが、今の紗江には無限に見えた。

 寄り添って歩く二人は、傍目にはとても親密に見えたが、実際の会話は険悪だ。

「名前よりとはどういうことだ。これからお前の主人となる人間への敬意というものが、お前にはないのか?」

「……その、敬意を払いたいのは……山々……というか、この服の選択はどうなのでしょう」

 重すぎると思わなかったのでしょうか、と尋ねれば、彼は鼻を鳴らす。

「お前のようなお転婆には、それくらい重い着物でなければ淑やかに見えんだろうが」

「やっぱり計算かぁ……。重い。重いよ……。その計算高さが重い……」

「お前の体力がここまでないことは計算外だったが」

 紗江はアランを、半泣きで見上げた。

「王城に行かなければ、ここまでではなかったと思いますが……。これを着て数時間たっていますから、もう辛いです」

「あと少しだから我慢しろ」

「ううう……」

 ──逃げ出して婉曲的に殺してやる……。

 呪いに似た、危ないことを考えてしまった紗江の視界に、砂嵐が生まれる。貧血だ。倒れてしまいたい。しかしここで倒れるのは、アランに悪いような気がする。多分重いぶん、この衣装はとっても高価だ。

 頭上で、諦めたような溜息が聞こえた。

 彼は諦めの表情と共に、紗江の体を軽々と両腕で抱き上げた。

「ひゃ……っ」

 前置き無しで横抱きにされた紗江の口から、小さく悲鳴が上がる。

 アランの逞しい腕は、酷く重い紗江の着物と体そのものを抱えても重さを感じていそうになかった。足取りは何の障害もないかのように軽快だ。

 紗江はアランを見上げる。切れ長の赤い瞳に凛々しい眉。宝石のような輝きを放つ銀白色の髪が、風に揺れた。

 紗江はまじまじと目を凝らす。ただの白髪だと思っていたが、銀色が混ざっていたようだ。

 ――綺麗な、お顔……。

 下から見上げても美しい顔というのがあるとは驚きだ。疲労と感嘆の入り混じる眼差しで、ぼんやりと見つめていると、赤い目がちらと紗江を見下ろした。

「――軽いな」

「……それは、良かったです」

 『月の宮』で出される食事は野菜ばかりで、来た当初よりも痩せた自覚があった紗江は、ほっと胸を撫で下ろした。


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