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月の精霊~異世界って結構厳しいです~  作者: 鬼頭鬼灯
ゾルテの精霊― 一章
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11.愛すべき神子


「あれは神子の声か……?」

 エルカ公国の宰相が、黒々とした眉根を寄せた。背後に控えていた兵士が機敏に応える。

「確認してまいりましょうか」

「『月の宮』において無暗に動かれるのはお勧めしませんよ、衛兵殿」

 アランが優雅に兵士の動きに手を振る。他国の兵に命令を下すのは無作法だが、エルカ公国の宰相は、そこに言及する前に顔を強張らせた。兵士が踵を返すと同時に、全ての回廊の出入り口に、重い石の扉が落とされる。天井から降りた壁は巨大な石そのものの重みを想像させる、鈍い音を立てて床と同化した。二度と開かないのではないかと、一抹の不安を抱かせる景色だ。

 参加者全員が青ざめた時、氷の刃を彷彿とさせる、凛とした声が響いた。

「我が『月の宮』で神子を垣間見る権利を持つ者は、買い上げた主のみ。――控えよ」

 他国不可侵を貫く『月の宮』の主──雪花と青花が、音もなく、忽然と全員の前に姿を現した。

 『月の滴』を挟んで、参加者の正面に現れた二人の顔は、不快のためか、怜悧に参加者全員を睨み据えている。神出鬼没な『月の宮』の主に、全員が緊張を走らせた。

 エルカ公国の宰相が、怯みながらも不手際を詫びた。

「失礼をいたしました。何分、競りに参加するのは初めての者ばかり。もちろん勝手はいたしますまい」

 雪花が無表情に頷いた。

 一方、中庭の外側で、サーファイは紗江の首根っこを摑まえ、小声でとがめる。

「こんなところで何をやってるんだ! 部屋で大人しくしてろって言われただろう……っ」

 猫よろしく身を竦めた紗江は、よく分からない顔で首を捻った。

「だって、部屋にいてもつまらなくて。ちょっとくらい競りに来た人を見ても、罰は当たらないのじゃないかしら」

「――見ないで良い!」

 紗江はむう、と口を尖らせ、尋ねる。

「いいじゃない、少しくらい……。どう? やっぱり高貴な人たちが、たくさん競りに参加していらっしゃるの?」

 サーファイは小声で叱る。

「馬鹿、声を押さえろ! 競り本番にお前が登場してどうする!」

「登場してないわよ、ちゃんと外側にいるじゃない。なあに、声も聞いちゃいけないの?」

 見た目で競り値が上がったという過去があるなら、確かに顔は見せない方が良いかもしれないけれど(自分の顔がどれほどの評価をされるものかは、よくわからないが)、声くらい聞こえたって問題ないと思う。

 そういうと、サーファイのこめかみに血管が浮かんだ。

「そうだよ……! 声に惚れられても、面倒なんだ!」

「そんな変人いないわよ……」

 いくらなんでも、声なんかのために大枚払う人間はいない。胡乱に見返した紗江を、サーファイは小脇に抱えた。

「……っとに、お前は何もわかってない! 実際、声に惚れ込んだっていう貴族は五万といたんだよ……っ」

「え……っ」

 荷物よろしく腹の周りに腕を回され、紗江は呻く。腹が圧迫されて、苦しいのだが、サーファイは気に留めず飛翔した。

 月の滴を避けて、紗江が使っている風香殿へ向かっているようだ。横目に見えた競りの会場に、紗江は顔を上げる。『月の滴』周辺に人間が溢れていた。雪花と青花に対峙して座っている人の数は、見たところ、優に五十は超えていそうだ。

 紗江はサーファイの袖を引っ張った。

「ねえ、サーファイ。競りに参加する人……あんなに居るの?」

 目を丸くして見上げると、彼は顔を顰める。

「ああー……あそこにいるのは、ほとんどが兵士。参加しているのは十五人。それでも全部、各国王室からの参加者だから、異常だがな……」

「……異常……」

 そんなにたくさんの人が、『月の神子』という、紗江自身よく分かっていない存在を必要としているのだ。

 紗江は理解しようとして、しきれず、頭を振った。

「わ……私、役にたつのかな……」

 不意に、力の使い方も未だよく分かっていない自分が、不安になる。

 助けてほしいと乞われ、良いですよと答えたのはいいものの、助け方は分かりませんでは、話にならない。

 不安に襲われた紗江を、サーファイは笑った。

「そう重く考えるなよ。まあ、重いことだが、力の扱い方はおいおい慣れていくと思うぜ。少なくとも、俺はそうだった」

「そ……そうなんだ……」

 今のところ頭で思ったことが勝手に実現されているという、不思議現象でしかないけれど、その内使いこなせるようになるなら、少しは役に立つかもしれない。

 ちょっとだけ気持ちを浮上させた紗江の頭を、サーファイが乱暴に撫でる。

「そうだよ。それにお前は、見目が良いからな。ちょっとばかし役立たずでも、その顔だけで十分だって思うだろうよ!」

「そう……かなあ?」

 ははは、と笑い飛ばされ、紗江は困惑する。自分の顔は、それほど良いという自覚はないのだが。

 サーファイは不安そうな紗江の瞳を、まじまじと見下ろす。

 白地に朱金の刺繍の衣をまとった少女だ。

 本人は気付いていないが、漆黒の長い髪に滑らかな肌は白く、細い指先は常に磨かれて艶やかな色を湛えていた。大きな瞳は濡れた輝きを放ち、誰もが欲しいと思う姿かたちをした少女がそこにいる。

 サーファイは優しい表情で、頷いた。

「……誰もが欲しがる、美しい姫様だよ、お前は」

 思わぬ賛辞に、紗江は頬を染めた。ぽっと赤くなった紗江の顔を見るなり、サーファイは眉を上げ、そして何を思ったか、腹から手を離した。

 両手を広げ、降参のポーズを取った彼を見上げ、紗江は目を丸くする。

「え? 手、離したら……っ」

 私、まだ空も飛べないのに――!

 内心絶叫しながら、紗江はテラスへ落ちた。

 さすがに『月の神子』でも、テラスに落ちたら死ぬのではないだろうか。これが人生最後の光景だなんて、間抜けだわ。

 そんなことを思った紗江の体は、打ち付けられる直前、ふわりと大きな布に包み込まれ、抱き留められる。

「……っ」

「――なんと失礼な」

 有能な侍女――ソフィアが紗江の耳元で呟いた。

 いつの間に待ち構えていたのか、テラスに居たらしいソフィアが、月の力を使って紗江を上手に受け止めてくれたのだ。

 彼女は目を白黒させる紗江を、大事そうに床に立たせ、上空でまだ目を丸くしているサーファイを睨みつけた。

「二度と同じ過ちをされませぬように!」

 どすの利いた声だ。サーファイは広げた両手を腰辺りで拭い、視線を逸らす。そして情けない声で小さく、答えた。

「……ああ、すまん」

 なぜ落とされたのかよく分からないながら、紗江はとりあえず、額の汗をぬぐった。

 ――死ななくて、よかった……。


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