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月の精霊~異世界って結構厳しいです~  作者: 鬼頭鬼灯
ガイナの神子─ 終章
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眼差し


 シェスマン家の娘を直ぐに呼びつけたロティオは、彼女の見てくれに度肝を抜かれた。色濃く縁取られた瞳、長い睫は明らかになにか余分に長さを付け足しており、赤い唇はこれ以上ない程扇情的に彩られていた。

 州城に設けられた来客用の部屋は、軍支部に設けられている部屋よりも雰囲気が柔らかい。鉄格子の扉で閉ざされた部屋に呼びつけるよりは、よほど話をしてくれるだろうと兄からの助言を受けてのことだった。

 来客用の椅子は長く使う予定だったため、高価なものが採用されている。臙脂色の起毛地を使った、柔らかな長椅子に腰を掛けるだけで女から男を誘う香水が舞い上がる。

 高貴な家の娘として恥じない、上等な赤い着物に身を包んだ彼女は、扇を広げて緩やかに自分を扇ぎながら笑んだ。

「お初にお目にかかりますわ。わたくしが、サクヤ・シェスマンです。よろしくお願いいたしますね」

 彼女の見てくれに度肝を抜かれていたロティオが何も言わないので、自分から自己紹介をしたようだった。気の強そうな彼女の瞳が、早くしろと言っている。

 ロティオは渾身の精神力で淡々とした表情を保ったまま、彼女の向かいに座った。

「本日はお忙しいところありがとうございます」

「いいえ。不肖の弟がお世話になっているのですもの、喜んでお付き合いいたしますわ」

 言外に人質を取られた状況で逆らえるはずが無かろうと言っている気がした。ロティオは苦く笑った。

「……今回お呼びしたのは、弟さんの件ではございません。貴方は宝石商としての仕事も手掛けていらっしゃるそうですね」

 彼女は瞼を少し落とし、ロティオの手元に視線を移した。手の中には、昨夜統計を出した宝石の出入記録がある。

「ええ……そうですけれど」

「非常に大きく店舗展開をされているご様子」

「悪いことはしておりませんわよ」

 単刀直入過ぎる。話しにくいなと思いながらも、ロティオは尋ねる。

「はい……それは分かっています。貴方ではなく、別の……第六区画あたりについてご存じなことがあればと思いまして」

 彼女は眉を上げ、あっけらかんと言った。

「ああ。玉水溢の旦那の事でございますか?」

 何も言っていないのに、即座に名が出るところを見ると、相当有名な事だったのだろうか。商人間の売買に関して官吏は干渉できないとはいえ、全く気付いていなかったことが今更悔やまれる。

 後でアラン殿下に相当嫌味を言われそうだと、ロティオの顔色は悪くなった。

「やっとお気づきになったのねえ。いつ気付くのかしらと、弟たちと賭けをしていたのだけれど、思ったより早くてようございました」

「そうですか……」

 言うに事欠いて賭けとは。接した経験のない異種族のような錯覚を覚える。

 彼女はロティオの顔色を気にせず饒舌に語る。

「私も経営に携わり始めたところなので、あそこの旦那に喧嘩を売るのもためらわれていたの。官吏に通報して、万が一間抜けな官吏が捉え損ねでもしたらと思うとねえ。でもねえ、第六区画は女性に人気の石がたくさん取れるものだから、忌々しくてねえ。ほほほ」

 酷い言われようだ。

 間抜け――。自分は間抜けなのだろうか――。

 ふとアラン殿下が戻った折に感じた、己の無能ぶりへの絶望が蘇る。彼女は機嫌よく笑っている。

「でもさすがですわねえ。誰も気付いていませんでしたのよ。玉水溢の息子は、金儲けに掛けてだけは頭のまわる、小賢しい男でしたから。モノ州の大店とせこせこと小金を稼いでは肥やしを増やして、ぶくぶくと太って行っていたのですわよ」

 誰も気付いていなかったと言う言葉に若干救われた。ロティオは顔を上げる。

「あなたは、どのようにお気づきになられたのですか?」

 彼女は小首を傾げ、妖艶な笑みを作った。

「あら。簡単ですわよ。うちの店はこれでも玉水溢なんかより、ずっと儲けておりますの。それこそ、あの男の店よりもたくさんの石が必要なんですわ。けれどねえ、小さな店のくせして第六区画を買い占めるような、たいそうな真似をするんですのよ。この私を差し置いて。生意気でしょう? だから、ちょっぴり玉水溢の中間管理職を苛めてあげたの。そうしたらあっさり教えてくれたわ」

「苛めて……」

 玉水溢のような大店を小さな店と言い切ってしまうほど、彼女の店は巨大だった。ガイナ王国を超えて、三国の全てだけでなく遥か五十か国へ店舗展開しているのだから。

 彼女は琥珀色の目を細めた。

「ああ、可愛がってあげたと言う方がよろしいかしら」

 その瞳の中にある、邪でありながら楽しそうな色に、ロティオは俯いた。怖い女だ。小手先で男を誑かしてやっただけだと言っているのだ。

「それでその……具体的な……」

「ねえ、あなた」

 彼女はロティオの言葉を遮った。顔を上げると、彼女はまっすぐに自分を見据えていた。

「はい」

「あなたは、玉水溢の旦那を捕まえられる技量をお持ちなの? 必ず捕らえて下さるの?」

 彼女の目は真剣だった。ロティオは笑った。優しく笑えたのだと思う。

「もちろんですよ。私たちは、法の下に公平です。必ず捕らえられると、申し上げます」

 彼女は顎を上げた。

「そうですか。でしたら私が知っていることを、教えて差し上げる。玉水溢の旦那と煌泉印が契約を結ぶ場所を知っているから。だから上手くやって下さいな」

「……ありがとうございます」

 彼女はきつい眼差しを向けてくる。

「言っておきますが、私は玉水溢がどこで契約を結んでいるのか知っているだけで、全く一切関わりはございませんからね! 間違っても私を巻き込まないでくださいまし!」

 ロティオは軽く笑っていた。気の強そうな彼女でも、不安になるのだなと可愛らしく思えた。

「もちろんです。必ず玉水溢を捕らえますよ。貴方は巻き込まない。ご安心ください」

 彼女は、ちろりとこちらを睨み、そして眉を落とした。ほっと息を吐いて呟く。

「……やっと。やっとあの子は……解放されるわ」

「あの子?」

 答えないだろうと思ったが、彼女は扇の下でふふ、と笑った。

「鬱陶しい客を跳ね除けられない、可哀想な私の弟の一人ですわ」

 彼女の弟はジンキ一人だけだったはずだが。彼女は窓の外を見やり、穏やかな喜色を浮かべた。

「やっとあの男から解放されるのねえ……よかったわ」

「サクヤさん?」

 尋ねると、彼女の顔は再び元の負けん気強い女のそれに戻っていた。

「さ。早く終わらせますわよ。私これでも、忙しいの」

「そうですね……」

 ロティオは苦く笑いながら、聴取のため書類を開いた。

 玉水溢の瓦解まで、それほど長くはかからない。ロティオは静かに確信していた。



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