第三章 和装の死神 (1)
「じゃねー」
「さよなら」
「じゃあな穗村ー」
三人が手を振って僕から離れていく。僕は祭りが終わってしまった後のような虚無感を内に秘めながら、次第に夜の町に消えていく三人に手を振り返す。何か分けもなく怯えたくなる、そんな感覚だ。
僕は彼らの姿が見えなくなるまで店の前に留まったあと、三人とは逆の方向へ歩き出す。彼らがくれた暖かさは、もう春の夜風に拭い去られてしまったようだ。僕は星も見えない暗い空を仰いだ。
「もうこんな時間か」
腕時計に目を落とすと、時刻は午前二時を回っていた。当然もう電車は無い、だがタクシーを呼ぶほど金銭的余裕ながあるわけでもない。仕方なく、僕は一駅分を歩いて帰ることにした。あまり酒は飲まなかったため、そこまで酔いは感じない。しかし、明日からの日常を考えると、足取りは重い。
家に帰って寝て、昼過ぎに起きて、少しだらだらすればもう次の朝、会社だ。また何の楽しみもない生活が始まる。もうこの意味のない人生を終わらせた方がいいのかもしれない。ぼんやりとした頭でそう考える。
その時急に、辺りの空気が変わったように感じた。風が急に冷え込んだようで、体が一瞬震える。
不気味さを感じて立ち止まり、僕は辺りを見回した。何も変ったところは無い。街灯のともる普通の路地だ。もちろん時間が時間なので人の姿は無い。街頭の淡い光に照らされたコンクリートの道が続いているだけだ。そして下を向いて見て、初めて僕は足元に転がる小さな球体に気がついた。
半分無意識にそれに手を伸ばし、掴む。親指と人差し指で挟めるほどの大きさの物体。固いゴムのような手触りだ。街灯に照らし、よく見てみる。
それは青いスーパーボールだった。子供のころによく遊んだ覚えがある。この近くの子供が遊んでいるときに落としたのだろうか。直径三センチほどで、泥かなにかで薄汚れている。僕はその小さなボールに何故か妙な懐かしさを覚え、ズボンのポケットにしまった。そして顔を前に向けたとき、前に立つ人影に気づいた。
街灯の光が届かないところにいたため、最初はそのシルエットしか見えなかった。つい数秒前には誰もいなかったはずなのに、確かにその影は人の形をしていた。
一体どういうことだろう。この路地には隠れる場所は見当たらない。恐怖を覚えたが、何故か足の筋肉は凍ったように動かない。
僕の混乱をよそに、人影は僕に近づいてきた。街灯の光に照らされ、少しずつその姿が露わになる。僕ははっと気付いた。紫の瞳に黒い髪、そして青紫の着物。昼間公園で見た、あの少女だ。彼女は紫の瞳で僕を見つめながら微笑した。
「こんばんわ」
冷たく透き通るような声が夜空に響く。戸惑う僕から四メートルほど離れたところで、彼女は立ち止まった。
「私は死神。今夜はあなたにお願いがあってきました」