第二章 旧友たち (4)
「ごめん、仕事が忙しくてさ……」
僕は使い古された言い訳をしながら考えた。急に大隅がこっちにきて僕と飲みたいと言ったのはこのことがあったのだろう。里奈が死んでから、僕はあまり実家に帰らなくなった。長い大学の長期休暇も一週間かそこら戻るだけで、今の仕事を始めてからは一度か二度しか帰っていない。故郷へ帰ると、どうしても里奈を思い出してしまう。それが嫌だった。自分でも、情けないのは分かっている。
「そうか。でも来週は帰ってやれよ。十八日はあいつの……」
「健、やめなよ」
秋野が口を挟んだ。中津川は下を向いている。今までの楽しげな空気が、急に重くなった。五月十八日、それは里奈の命日。僕はそれが気に入らなかった。なぜ人が死んだ日を記念日のように扱うのだろう。死んだ者を追憶するだけでは癒されはしない。少なくとも僕は。
そして死んでいったものはどう思うだろう。早く忘れて欲しいと思うのか、それともいつまでも覚えていて欲しいと思うのか。
「お前を見てると、自分からあいつを遠ざけてるように思えるんだよ。俺はなんかそれが寂しくてさ」
大隅はしみじみとした調子で言った。彼も里奈が死んだあの夜、遠い距離からすぐに駆けつけ、手遅れだとわかると泣いていた。里奈は僕以外の人たちにとっても大切だった。それは分かっている。
「大隅の言うこともわかるよ。僕もいつかは気持ちに区切りをつけたいと思ってる。でも、朝起きた時ふと思うんだ。里奈を迎えに行かなきゃって。そしてすぐ、彼女はいないって気付く。いまだに、僕の脳みそは混乱してるみたいなんだ……」
僕は言った。小学校の頃から、里奈を迎えに行って一緒に学校に行くのは僕の日課だった。大学に入っても、あの日までは……。
「仕方ないさ。穗村君は僕らより川合さんとの付き合いが長いんだから」
中津川がそう言った。里奈が死んだとき、浪人中の彼は理学部から医学部に進路を変更した。僕が医者だったなら彼女を死なせないと言って。続いて、秋野が口を開く。
「でもやっぱり、五人じゃなきゃ物足りないわね。私の花嫁姿も里奈に見てもらいたかったな……」
秋野はよく、なにかあると里奈に相談をしていた。五人の中ではたった二人の女同士、僕らにはしにくい相談もあったのだろう。里奈が死んだことを信じたくないのは皆同じだ。ただ三人は僕のように幻想にすがりつくのでなく、仕事に、勉学に、恋愛に自分を投資することで乗り越えた。全てを投げ出した僕とは違う。
「まあ、いつまでもこんな辛気臭い話をしてるのも駄目だな。ごめんな穗村。俺がこんな話始めちゃったから」
「いや、いいんだよ」
大隅に答えながら、僕の中で矛盾する二つの思考が交錯する。もっと里奈のことを話したいという思いと、もうやめて欲しいという思い。結局僕は後者に席を譲った。
「まだ夜は長いわ。パァーっと行きましょう!」
わざとらしくテンションを上げて秋野が言った。その明るさが少しありがたい。僕も久しぶりの旧友たちとの再会を暗いまま終わらせたいわけではなかったから。
そのあとは誰も里奈の話題を出すことなく、夜が更けていった。みんな僕に気を使っているのだろう。少し負い目を感じながらも、僕はその夜を楽しむことにした。いつかきっと彼らとその話ができるようになるだろう、そう思いたかった。