第三章 和装の死神 (3)
翌日、小鳥のさえずる音で僕は目を覚ました。瞼を開かないまま、手探りで自分の寝ている場所の感触を確かめる。これはよく知っている感触だ。目を開け、確かめる。眼の前に広がるよく知った自分の部屋。やはり僕はベッドの上に寝ていた。時刻は午前十一時、思ったよりも早い。
僕は寝転がったまま昨夜の出来事を考える。やはり、夢だったのだろうか。やけに記憶に残る夢だ。着替えていないところを見ると、僕は無自覚に部屋に帰ってきて、そのままベッドに転がりこんだのだろう。そう思って寝返りを打とうとしたとき、僕は右のジーパンのポケットに違和感を感じた。何か入っている。右手をポケットに突っ込み、それを取り出す。
「スーパーボールだ……」
青く小さな球体を顔の上に掲げて呟いた。ではあのスーパーボールを拾ったときまでは現実だったのだろうか。いや、やはり……。
僕は起き上がった。もしかしたら里奈に対する罪悪感が見せた夢かもしれない。大隅の話、それに酔いなどが夢を見させる要因となったのだろうか。でもどうしてもあれは夢や幻覚では片付けれられない何かがあった。死神の少女、彼女の言葉を思い出す。
ここに初めて来たときの駅。それは多分僕が故郷から出てきたとき、この町で初めて使った駅だろう。なんとなくそれは頭に浮かんできた。
そして、チャンスは明日までという言葉。それは今日を指すはずだ。里奈の魂を救うタイムリミット。
僕は少しの間考えていたが、すぐに行動に移った。どうせあってないような人生だ。どんなことが起ころうとも関係は無い。顔を洗い、服を着替え、身支度を整える。荷物は財布、携帯電話、腕時計の三つだけ。それに、青いスーパーボールをポケットに押し込んだが、これはほとんど無意識の行動だった。
里奈への思いと決着を付けよう。そんな考えが頭に浮かんだ。
最後に一度何もない部屋を振り返ってから、僕は扉に鍵をかけた。
目的の駅は今のアパートの最寄り駅から三駅隣にある。会社とは逆方向にあるので、普段はあまり行く機会がない。
駅に着いて、改札を通りながらここに初めて来た時のことを思い出す。僕と里奈、そしてそれぞれの両親が一緒だった。僕と里奈の一人暮らしのために、みんなであたりを探索し、生活物品を買いそろえたのを覚えている。故郷から出て生活したことのない僕にとっては新鮮であり、また寂しさを感じるものだった。そのときやっと家族と離れて一人で暮らすことを実感した。
休日のため、それなりに駅は混んでいた。僕は人々の間を歩き、辺りを見回す。だが、その雑踏(ざtっとう)のなかに昨夜の死神の姿は見受けられない。やはり、夢だったのだろうか。そう思った時、後ろから声がした。
「やはり、来てくれましたね」
透き通るような、抑揚のない声だ。僕は振り返り、昨日と同じ青紫色の着ものを着た少女を視界に確認した。その表情は微かに笑っているように見える。
「分かっていたみたいだね」
「はい、じゃあついて来てください」
死神が僕に背を向け、歩き出す。僕はその後ろ姿を追いながら、いやに周りが静かすぎるということにようやく気付いた。何とも不思議な感覚だった。いつの間にか僕と死神以外の人影は無くなっており、何故か空気がいつもより澄んでいるように感じられる。まるで早朝の森の中のような感じだ。
聞こえるの僕の靴が地面のタイルを叩く乾いた音だけ。数メートル先の少女からは何の音もしない。ふと自分の腕時計を見ると、短針、長針はおろか、秒針さえも動いていない。駅に備えつけられている時計を見ても同じだ。不思議な感覚だった。まるで元の時間と空間から取り残されてしまったような気がした。




