第8話 力の証明
放課後の校舎で香椎結佳は一人で歩いていた。
正確には『彼』を捜していた。
「全く……ホームルームが終わると同時に出ていくだなんて……もう、帰ったのかしら?」
結佳はそう言いながら駐輪場まで行くが、そもそも『彼』の自転車が分からないうえに自転車通学かすら分からないため無駄足だった。
小さくため息をつくと、結佳は携帯を取り出し操作する。
画面に映ったのは先日奪っておいた『彼』のプロフィール。
すでに、『彼』は結佳の電話番号もメアドも知っている。
だから、電話をかけることにもメールを送ることにも抵抗はない──────はずなのだ。
「あぁ~~~~~もう!!」
だが、実際は電話をかけることもメールを送ることもできなかった。
理由は分かっている。
自分から男に連絡するのに抵抗があるのだ。
結佳が前に通っていた高校は『白麗学園』というお嬢様校である。
そのため、いろんな男に遊びに誘われたりはした。
だが、自分から男を誘うのは初めてだった。
「全く……どうして、私がこんなこと……」
理由は分かっている。
『彼』と同盟を組んだのが昨日の話。
そして、一日で結佳は悟った。
このままでは、危険だと。
同盟とは一定以上の信頼関係がある上で成り立つと結佳は考えている。
そして、今の自分と彼の状況はプライベートでは接触せず、学校でも周りの目を気にして接触しない。
このままでは、信頼を成り立つまえに同盟関係が崩れ去る可能性がある。
だからこそ、結佳は『彼』を遊びに誘おうとした。
場所なんてどこでもいいから、彼と話しともに同じ時間を過ごすことによって信頼関係を気づこうとしたのだ。
だが、『彼』はホームルームが終わると同時に教室を出ていった。
「………はぁ」
無意識のうちに溜息がこぼれた。
帰ろうと思った。
これ以上、『彼』のことで頭を悩ませたくなかった。
「でも……その前に」
そう呟きながら結佳は足を進める。
まだ、理由は分からないが『彼』が『黒鉄将輝』という名の男を気にしているらしいことを結佳は知っている。
そして、その『黒鉄将輝』という男が自分と同じ二年との喧嘩で部活を退部させられた上に停学を喰らったことを。
可能性は少ないが、黒鉄将輝が復学した今日、どこかで二年生と再び争っているかもしれない。
そして、その場所に『彼』がいるかもしれない。
そんな、淡い希望を持ちながら結佳は校舎裏に向けて足を進めていく。
結果、結佳の予想は半分当たっていた。
『彼』はいなかったが、黒鉄将輝と二年生は争っていた。
「………はっ……ははっ!!」
自分が黒鉄将輝か?
その質問を受けた将輝は笑い出した。
まるで、欲しかったものを手に入れたかのように。
「おもしれえよ……なんだ? 復学したら俺と同じような奴が二人も……なぁ、そうなんだろう? お前にも特別な能力があるんだろ? なんだ~? そのAの文字は?」
「……あなたが会ったもう一人の能力者の左目の文字はもしかしてWかしら?」
「……なんだ。知り合いだったのか?」
その言葉に結佳はわずかないらだちを感じた。
やはり、『彼』は能力者と接触していた。
「……やっぱり、近いうちにどこかに遊びにいって信頼関係を育む必要があるわね」
若干、怒気を含めて結佳の言葉の意味が分からず、将輝は一瞬頭に疑問符を浮かべるがすぐに走り出した。
「だったら、俺が今すぐに遊んでやるよ~~~!!!」
「そういえば、まだあなたの名前を教えてもらっていないのだけれども──────────」
言っている途中、結佳の姿は将輝の視界から消えた。
「!?」
一瞬後、結佳は将輝の目の前に現れた。
将輝の腹に右手を当てながら。
「────────あなたが黒鉄将輝でいいのかしら?」
そこまで言われて、将輝は自分が攻撃されていたことに気付いた。
腹のあたりに強力な圧力を感じ将輝の体は勢いよく吹き飛び校舎にめり込んだ。
超高速による攻撃の強化。
それは『Acceletion』の能力を持つ結佳の攻撃法の一種だった。
加速した状態で攻撃することによって、推進力が加わり、結佳の攻撃は強力になると同時に男性に比べて劣る結佳の腕力を補っていた。
結佳は右手の手のひらをゆっくりと見た。
今の一撃、結佳は『手加減』をした。
それは校舎を破壊しないためでもあったし、目の前で校舎にめり込んだ後ゆっくりと倒れた男を間違っても殺さないためでもあった。
結佳は携帯を取り出すと手早くメールを打ち始める。
「おいおい……誰かを呼ぶのか?」
その言葉にメールを打つ手が止まる。
瞳を前に向けると黒鉄将輝は制服の埃を払いながらも悠然と立っていた。
「おっと、そろそろ質問に答えないとな。そう、俺が黒鉄将輝だ。そして、アンタも気づいただろう? 今の攻撃……アンタは手加減したんだろうが……それによって救われたのは俺ではなくアンタだってな」
「……言い返せない自分が許せないわね」
結佳は素直にそう言いながら再び自分の右手を見る。
怪我など一つもない綺麗な手のひら。
だが、もし手加減せずに本気で殴っていればその手のひらは綺麗ではいられなかったかもしれない。
触れたから分かる。
目の前の青年の体は皮膚の柔らかさなど持ち合わせておらず、逆に鋼鉄の固さを持ち合わせていることを。
そして、高速での攻撃とは相手に強力なダメージを与えると同時に自分にも多少の反動を与える。
高速で移動しながら素手で鋼鉄を殴る────────そんなことをすれば、どちらが壊れるかなど考えなくても分かっていた。
(どうする……? 武器はある……だけど、それはこの戦いを殺し合いに……取り返しのつかないものにすることを意味する)
考えながら結佳は後ろの方にある自分のバッグに軽く視線をやる。
バッグにはナイフが入っている。
だが、それは怪物─────ダストを倒すために所持しているのあり人間─────能力者には極力使いたくはなかった。
「とりあえず、このまま倒させてもらうぜ……そうすりや、また、あの武器使いも現れるかもしれねえしなぁ!!」
叫びながら将輝はボクシングの構えをとると結佳との距離を縮めていく。
結佳は急いでバッグにやっていた視線を将輝に戻すと再度能力を使って加速する。
「─────がはっ!?」
「ッ!?」
次の瞬間、結佳は将輝の腹を右足で蹴っていた。
高速での強力な打撃をもろに受けた将輝は体中の酸素を吐き出し、鋼鉄の体に蹴りを決めたことによって右足から鈍い痛みを感じた結佳は顔をゆがめた。
「───────女の蹴りで吹き飛んでたまるかよ!!」
「なっ!?」
衝撃で再び、校舎に激突しかけた将輝は叫ぶとすぐに結佳の右手を掴んだ。
必死に離そうとするが、それより先に衝撃により将輝と手を引っ張られて結佳が校舎に吹き飛んでいく。
将輝を盾にすることによって校舎への激突を免れた結佳は衝撃のせいで若干平衡感覚が失われた体を起こそうとするが将輝は手を離さない。
「もう逃がさねえ……喰らっとけ」
左手で結佳の右手を掴んだままそう言うと将輝は右腕を瞬時に構えて拳を結佳に放つ。
すぐに左手で防いだが鋼鉄の固さとボクシング部で鍛えた右ストレートの威力に将輝に掴まれていた手を強制的に離され叫び声を上げながら地面に叩きつけられた。
「はぁ……その能力……防御にも攻撃にも使えて……厄介ね……」
追撃を避けるためにすぐに立ち上がった結佳だが、先ほどの一撃のダメージが予想以上に大きく若干ふらつく。
「女の割には大したもんだと思うぜ……だが、いい加減助けを呼んだらどうだ?」
「あら? あなた相手に助けを呼ぶなんて……園児でも呼べばいいのかしら?」
「……いい度胸だ」
言うと同時に将輝は結佳に向けて走り出す。
同時に、将輝の視界から結佳が消えた。
「元ボクシング部の動体視力をなめるなよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「くっ……」
叫びながら、将輝は体の向きを変えて自分の背後に全力のストレートを放つ。
背後にいたのは結佳。
その手には将輝によって倒された男たちが使っていた金属バット。
不意打ちは失敗したが今更攻撃を止めるわけにもいかないため、結佳はバッドを握り締めながら全力で殴りかかる。
金属バットと金属の拳が激突する。
だが、一瞬で結佳の持っていた金属バットは右ストレートの威力によって弾き飛ばされた。
「終わりだああああああああああああああ!!」
勝利を確信した将輝は左手で結佳に殴りかかる。
結佳はバットを弾き飛ばした状態のままでいた将輝の右腕を両腕で掴むと、将輝の右腕を軸にとび上がり将輝の背後に行くと、その背中に両足を当てる。
「終わるのは……あなたよ!!」
掴んでいた右腕を離すと同時に結佳は将輝の背中を蹴り、その場で宙返りをしながら地面に着陸した。
一方、将輝の方は結佳の蹴りのせいでバランスを崩し、勢いのついたまま地面に倒れた。
「はぁ……はぁ……」
地面に倒れたまま動かないでいる将輝を結佳は呼吸を荒くしながら見ていた。
カウンターが成功したのは全くの偶然だった。
まさか、あそこで振り向かれるとは思っていなかったのだ。
これが能力者──────自分達と同じ存在。
「意識があるかどうかは分からないけど、もう立つのはやめておきなさい。いつかまた、時が来たら私の方から会いに行くわ」
荒れていた呼吸を整えると結佳は悠然とそう言った。
正直、すでに余裕がなかった。
いくら能力を使って、高速で移動したとしても有効的な攻撃法がなければ勝つのは難しい。
だから、これ以上は武器を使わなくてはいけない。
バッグに入っているナイフを─────────。
声が聞こえた。
立つのを止めろと言っている。
ふざけるな──────そう、思った。
この力は証明だった。
全てを失った証明。
自分はこの力のせいで部も友人も失った。
だから、この力が負けることは─────────あり得ない。
「負ける……かよ」
そこにあるのは執念。
全てを失ったからこそ、この力だけは失うわけには行かない。
負けたら───────この力を持つ意味が失われる。
それは、この力を失うのと同じことだった。
「俺は……負けるわけにはいかないんだよ……負けたら……本当にすべてを失っちまう……」
ゆっくりと立ち上がりながら将輝は結佳を睨んだ。
女に押されている。
それだけで、元ボクシング部としてのプライドはズタズタだった。
「さぁ、本当の戦いはこれからだぜ……」
言うが、その体はふらつく。
思ったよりもダメージが大きいのか?
そう、自分に聞くが、答えは分からない。
「やめときなさい。能力はやみくもに使っていられるものじゃないのよ」
「な……に……?」
その言葉に、将輝は驚きを隠せなかった。
将輝は自分の能力の正体を知らない。
どうして、自分がこんな力を手に入れたのか?
この力を持つ意味とはなんなのか?
考えても分からなかった。
だから、この能力にデメリットがあることも分からなかった。
「名前を教えてくれたお礼に教えてあげるわ。能力の使用に伴って消費していくのは精神力。そして、消費されていく精神力は疲労となって肉体に影響を与えるわよ」
「……ソレを聞いて安心したぜ」
「……なんですって?」
「精神力ならまだまだ大丈夫だ……さぁ、第二ラウンドを始めようぜ!」
そこまで言い切ると、将輝は結佳との距離を縮めるために走り出そうとする。
だが、その足は走る前に止まった。
二人は同時にある方向に振り向く。
将輝によって倒された男たちのいる場所。
その場所が───────光っていた。
蒼鷺高校の屋上、『先輩』と『後輩』が話し合いを行っていた場所で唐突にメールの受信を知らせる音が鳴り響いた。
慧は手早く携帯を取り出すとそのメールの文面を確認する。
次の瞬間、慧の表情は驚愕に染まった。
「どうしたんですか?」
「………どうやら、俺と黒鉄将輝は運命的な何かで繋がっているらしいな」
その皮肉がたっぷりと込められた言葉に直人は瞬時に察した。
将輝がまだ、この学校にいるのだと。
「あの、僕が──────────」
「お前はここで待っていろ」
直人が言い終える前に慧はきつく言い放った。
言い返そうとしたが、慧の瞳を見た瞬間、直人は何も言えなくなっていた。
強い決心の込められた瞳。
そんな、瞳を前にしたら何を言えばいいのかすら分からなくなっていた。
「正直、お前らの仲を壊すきっかけを作った『先輩』である俺がこんなことを言うのは変だと思う。……だけど、信じてほしい……必ず、黒鉄将輝をここに連れてくる」
その言葉は全てを知っているからこそ、直人の心に響いた。
お互いに話をしていたからこそ分かった。
目の前の人物は本当に将輝を─────そして、自分を救おうとしている。
だったら──────────。
「分かりました。僕はあなたを信じてここで待ちます……だから、裏切らないでくださいね」
「約束だ。安心しろ……俺は約束に関しては真面目だからな」
笑いながらそう言う慧につられて直人も笑い、二人で笑いあうと、お互いに拳を軽くぶつけた。
それは些細な二人の約束の証。
そして、慧は走り出す。
時間がない。
結佳からのメールには二つの内容があった。
一つは黒鉄将輝と接触した報告とソレを黙っていたことへの怒り。
そして、もう一つは──────────ダストの出現。
「場所は校舎裏……すぐだ。待っていろ……二人とも!」
二人の目の前で光っていたのは一つの黒い石だった。
その石に浮かび上がっている『KANGAROO』という白い文字に二人が気づいた瞬間、石は化け物に姿を変えた。
姿は先程浮かび上がった文字の通り、『カンガルー』に似ている。
だが、その両腕にはボクシンググローブが装着されておりとても、動物園などにいるカンガルーとは一緒にはできなかった。
「な……なんだよ……アレ?」
「ダスト……私たちはそう呼んでいるわ。簡単に言えば、私たちと同じ力が独立した存在」
「私たちと同じ力って……本当にこの力はなんなんだよ!!」
「言ってる暇はないわよ」
結佳の言うとおり、化け物──────カンガルー・ダストは一瞬で将輝との間合いを詰めると右手に装着されているボクシンググローブで将輝を殴った。
「がはっ……」
すでに、将輝は腕を交差すると同時に、能力を使って攻撃を防いでいた。
だが、結佳の時同様強力な加速力がそのままパワーに加算されているうえに、目の前の怪物は文字通り化け物の力で将輝に殴りかかってきている。
結果、カンガルー・ダストの攻撃は防御の上から将輝にダメージを与えた。
「全く……」
危険を察知した結佳もすぐにカンガルー・ダストに猛攻を仕掛けた。
それに気づいた、カンガルー・ダストも結佳に反応する。
カンガルーの特徴でもある強力な跳躍力を十分に使うと、一瞬で、結佳とカンガルー・ダストとの距離は0になる。
今まで、黒鉄将輝と戦っていたおかげか、ある程度、ボクシングのパンチに目が慣れていた上に、同じ加速能力の持ち主として動きを見失わずにいられたおかげで結佳はカンガルー・ダストの攻撃をなんとか避けるとその顔に向けて回し蹴りを叩き込む。
「……柔らかいわね」
カンガルー・ダストが吹き飛んでいくのをしり目に、足から伝わってくる柔らかい感触に結佳は若干、感動しそうになっていた。
だが、すぐに気持ちを切り替えながらカンガルー・ダストの方を見る。
予想通り、カンガルー・ダストは大してダメージがないかのように平然と起き上がってきた。
「この野郎……ぶっ殺す」
どうやら、怒りによって精神力を支えているのか、先ほどとは違い、しっかりとした足取りでそう言うと、将輝は構えた。
結佳はそんな将輝を見てから、軽く別の方向を見て静かに笑みを浮かべた。
「私がこっちの相手をすればいいのかしら?」
「あぁ……頼む」
「後で、言い訳を聞かせなさいよ……私たちは同盟を組んでいるんだから」
「分かった」
短くそういうと──────影野慧は黒鉄将輝の前に立った。
「また、会ったな武器使い……確か、俺は死にたくなかったらこれ以上俺に関わるなと言ったはずだが何しに来たんだ?」
言葉とは裏腹に心底楽しそうにそう聞いてくる将輝に慧は静かに笑みを浮かべながら言った。
「決まってるだろ? ……お前を救いに来たんだ」
今度は一人の想いではない。
目の前の少年の友人であり──────自分の後輩の想いも乗せて慧は言い切った。
大分、間が開きましたがやっと投稿することができました……。
因みに本編から分かる通り、ダストが生まれる際のモデルは幅広いです。
動物だったり無機物だったりと。
相変わらず長くなってしまうのになかなかストーリーが進まないという状況に陥ってしまうあたりがやはりまだまだ書き手としての実力がないということなんですかね……。
まぁ、そんな自分でもこれからも頑張って行きたいと思っているのでよろしければまた、次回も読んでくだされば幸いです。