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第5話 同盟の誕生

朝のホームルームが終わり、担任が教室を出ていくと待ってましたとばかりにクラスの人間たちは転校生─────香椎結佳の座る席に向かっていった。


「ねぇねぇ、どうして白麗学園からこの学校に転校してきたの?」


「趣味は何? できれば、男の趣味とか教えてくれないかな?」


「アニメとかドラマは何を観てるの?」


「え……えぇと……」


矢継ぎ早に繰り出されてくる質問に結佳は答えられない。

答えるよりも早く次の質問が出てくるから当然だが。


「………………」


そんな、アニメやドラマの1シーンのような光景を慧は睨むように見ていた。


その瞳に映るのは大勢の人間に囲まれて狼狽えている茶髪の美少女。

確かに、美少女が転校してくるなんて言うあり得そうであり得ないことが起こり得たら今のようなドラマやアニメの1シーンが起きても納得できる。

だが、慧はその1シーンの中心にいる美少女の存在に納得ができなかった。


「……間違いない。アイツはあの日、病院にいた……何者だ?」


見間違い──────そう、考えることはできなかった。

少女と遭遇したときの状況は忘れたくても忘れられないほど危険だったからだ。


「なんだ~影野。お前、もしかして結佳ちゃんに惚れたのか~?」


「寝言が言いたかったらまず寝ろ……てか、お前は春を掴むんじゃなかったのか? いいのか? 野次馬に入らなくて」


不意に隣から聞こえてきた言葉に振り向きもせずそう言うと隣からは不気味な含み笑いが聞こえてきた。

慧自身、あまり女子を見続けるというのがいい趣味とは思わないため隣にいる当夜の方に視線を移した。


途端に、視界に入ってきた金髪のドヤ顔がうざかったのですぐに視線を香椎結佳の方に戻した。


「っておい!? 見ろよ俺のこと!! せっかく、かっこつけてるんだから見てくれよ~」


「あぁ、かっこつけてたのか……そいつは悪かった。俺はてっきり殴ってほしいのかと思ってたわ」


「んな訳あるか!! いいか? よ~く聞けよ……今、彼女と会話をしてもその他大勢と一緒に見られるため彼女の印象には残らないんだ!」


机に手を付きながら熱弁する当夜の顔を慧は冷めた目で見た。


すでに、当夜の声が大きいためその熱弁は教室中に響いているからだ。


つまり、彼が喋れば喋るほど彼のやろうとしていることは香椎結佳に伝わる可能性がある。


「んで、その他大勢と一緒に見られたくない煙道さんは一体どうするというんですか?」


と言っても、親切にそのことを教える気は毛頭ない慧はそのまま当夜の話を進める。

周りの方も当夜の熱弁が気になったのか友人たちと話すのをやめて聞き耳を立てていた。


「そりゃ、もちろん!! 放課後………いや、昼休みにでも結佳ちゃんを誘ってふたりっきりで静かな場所で会話をするに決まってるじゃないか!!」


右手を振り上げながら言い切った当夜に慧は素直に感心した。


(この男………断られることを全く想定してねぇ)


まるで、誘ったら絶対にOKしてもらえるかのような当夜の口ぶり。

ついでに、本人がすぐ近くにいるというのに叫ぶように言い切った馬鹿さ加減。


慧は目の前の男を感心せざるを得なかった。

ぜひとも、最近悩んでばかりで疲れている自分にその馬鹿さを分けてもらいたいと切望した。


「………へぇ、そんなに私のことを気に入ってくれてるんだ?」


突然の第三者からの言葉に当夜は固まった。

いつの間にか、質問地獄を抜け出していた結佳が目の前にいたからだ。

そこまでして、ようやく当夜は自分の言っていた言葉の音量に気付く。


「あ……あああああああの…………」


まさか、本人に聞かれてるとは微塵も思っていなかった当夜は動揺を隠しきることもできずに結佳に話しかけようと奮闘し始める。

結佳は首をわずかに曲げながら続きの言葉を待っていた。

慧は手をあごの下に乗せながら傍観に徹する。


「───────────俺と付き合ってください!!」


「お断りします」


瞬間、その場は凍りついた。

緊張のためかまるで、ラブレターを差し出すかのように両手を伸ばしながらしてきた当夜の告白を間髪入れずに結佳は笑顔で断った。

そこに喜んだり恥ずかしがったりする余裕もないほど瞬間的に。


「慧……俺の春は終わったよ……」


「だから、今の季節は春だからとっくに始まってるし終わってねえっつの……てか、今は俺のところに来るな。目立つだろ?」


「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


慰めてもらいたかったのか、戦いに敗北した武士のような表情で慧に話しかけてくる当夜だったが慧は憐みの目をしながらもそう言った。


授業がもうすぐ始まるというのに叫びながら廊下に駆け出して行った。

目立つ金髪が完全に視界から消え去ると慧は溜息をつきながら結佳の方を見る。


結佳の方も慧の方を見ていた。

自分に告白してきた相手の親しい男に興味を持ったのか……それとも、別の理由があるのかは慧には分からない。


だから、聞くことにした。


「ありきたりな質問で悪いが、一つ……聞いてもいいか?」


「どうぞ」


「どうして、この学校に転校してきたんだ?」


その質問にクラスの人間の興味が二人に集中する。

おそらく、質問ばかりしていて結佳自身はほとんど答えていなかったのだろう。


「白麗学園は確かにここからは少し遠いが……あくまで少しだ。引っ越し程度だったら、わざわざ転校してくる距離ではないと思うが?」


慧の質問にクラスの視線────主に男子の視線が突き刺さってくる。

言い方がまるで、なぜこの学校に来た? とでも言いたげだとは慧自身も理解していた。


だが、香椎結佳が前にいた学校───────白麗学園は本当に行こうと思えば放課後にでも行けそうなほど近かった。

しかも、白麗学園は県でもトップレベルに位置するお嬢様校。

学歴や校風なども今、慧たちがいる蒼鷺高等学校とは比べ物にならないほど高い。


それこそ、この場にいる女子に蒼鷺と白麗のどちらかを選べと言ったら全員が白麗と答えるほどの人気のある学校でもある。


「………それはね~」


結佳が答えを言おうとした瞬間、まるで彼女の答えを遮るかのように1時限目始まりのチャイムが鳴りだした。

そのチャイムに反応したかのように遅れて教師が教室に入ってくる。


「おら~、授業が始まるぞ~。席に着け~」


その言葉に二人の周りに集まっていた生徒たちは各自の席に戻っていく。

結佳も自分に割り振られた席に戻るため足を進める─────


「───────昼休みに屋上で待ってる」


──────途中、すれ違いざまに早口で慧に向けてそう言ってきた。

慌てて慧は振り向くが結佳は何もしていないかの如く着席する。


「すいません!! 遅れました!!」


「遅い! さっさと、席に着け!!」


購買に行っていたらしく、ちゃっかりパンと飲み物が入った袋を手に持ちながら教室に入ってくる当夜のことを見ている慧だったが、その頭の中では先ほど結佳に言われたことの内容が何度も繰り返されていた。






午前の授業を終えるチャイムが鳴るとクラスの人間たちは一斉に弁当を取り出したり購買に食事を買いに行く。

その中で、パンと飲み物の入った袋を持った状態で教室を出ていく少女を慧は見逃さなかった。


「香椎結佳……」


慧はその少女の名を静かに呟くとバッグから弁当を取り出して移動した。

移動先は──────当夜の席。


「おっ、珍しいな……ちょうど、俺もそっちに向かおうかと思ってたんだぜ」


そういいながら、手に持っているパンと飲み物の入った袋を見せてくる当夜に微笑を返すと、慧は手に持っていた弁当を当夜の机に置いた。


「悪いが、今日はこの弁当とその食料を交換してくれ」


「え……あぁ、まぁ、別に構わないが……いいのか? 明らかにこっちの方が得してるぞ?」


「ちょっと、用事があるんだよ……のんびりと弁当を食ってる暇がない」


「…………そうか」


それだけ、呟くと当夜は手に持っていた袋を慧に差し出す。

慧はそれを受け取ると教室を出て行った。






蒼鷺高等学校の屋上は立ち入り禁止になっている。

だが、屋上へとつながる扉には鍵がないため教師にさえ見つからなければ生徒は屋上に行くことができた。


屋上へとつながる扉を開けると一気に強い風が慧に当たる。

風の抵抗を無視しながら屋上に出ると慧はすぐに香椎結佳の姿を探した。


結果、彼女はすぐに見つかった。


屋上にいくつかある段差に座りながらパンを食べていた。

その光景を見て、やはり弁当を食べてくれば良かったと少し後悔しながら慧は彼女の目の前まで来た。

そこで、ようやく慧の姿を認識した結佳はパンを食べながら慧を見上げる。


「思ったより早かったね。お昼は?」


「……まだだ。この要件が終わったら食う」


「じゃあ、一緒に食べましょう」


そう言いながら結佳は場所をずらし慧の座れる空間を作る。

一瞬、結佳の隣に座ることを躊躇した慧だが覚悟を決めると彼女の隣に座って先程当夜から受け取った袋からパンを取り出し食べ始める。


静かな時間が続いた。


聞こえてくるのはパンを食べる音と飲み物を飲む音のみ。


「……何故、俺を呼んだ?」


数分後、結佳の食事が終わると先に食べ終わっていた慧はそう聞いた。

他にも色々と聞きたいことはあったが、焦っても意味が無いと分かっていたからだ。


「呼んだ理由? あなたと話がしたいからに決まってるじゃない」


「だったら、質問を変えよう」


優しい笑顔を浮かべながらそう誤魔化してきた結佳に厳しい口調でそう言うと慧は立ち上がり、結佳の前に立った。


「俺があの日手に入れた能力……あれは何だ? あの化け物はなんなんだ?」


「私が知ってる前提なんだね」


「俺を能力に導いたのはお前だろ? それに、お前自身も一瞬で俺と化け物の間に入ってくるっていう異常の行動をしてきた」


慧の言葉に結佳は頭をかるくかくと立ち上がった。

そして、慧の目を見る。


「その質問に答える前にさっきの質問に答えようか? 私がどうしてこの学校に転校してきたのか……ってやつ」


「そういえば……聞いてなかったな」


「あなたに会うためよ」


満面の笑みでそう言ってくる結佳に慧は右手で頭を押さえた。


もしかしたら、自分を追ってきたのかもしれない。


そんな、自惚れのような考えはあった。

だが、実際にそう言われるとは微塵も考えていなかった。


「仮にそうだとして……どうして、俺の学校が分かったんだ」


「いや、あなた、あの日、制服だったし」


「……………だったな」


最初に浮かんできた疑問は一瞬で解決された。


「覚えてない? あの日、私言ったはずだけど……? 私のことは後で分かるって」


その言葉で、慧は四日前のことを思い出した。

確かに慧と化け物の戦闘に乱入してきた少女───────結佳は慧にそんなことを言った。

同時に、慧はその後、彼女に言われたことも思い出した。


「その後、すぐに詳しいことは後で話すって言われた気もするんだが?」


「だから、話すってば。何? 影野って結構心配そうなの?」


「別にそんなわけじゃ────って、どうしてお前が俺の名前を知ってるんだ?」


「ん? あぁ、それは……コレ」


そう言いながら、結佳が慧に見せてきたのは携帯の画面。

その画面を見た瞬間、慧は不快感を露わにした。

画面に映っているのは誰かの名前と電話番号に、メアド────────つまり、プロフィールだった。

そして、その誰かとは──────慧自身。


「……何で、お前が俺のメアドやら電話番号を知ってるんだよ」


「あの時、あなたが意識を失った後に地面を転がっているあなたの携帯を見つけたから悪いと思いながらもメアドとかを頂いたわ」


「何故?」


「学校が分かっても名前とかが分からないと、同じクラスになれないじゃない。……残念ながら住所は記入されていなかったけどね」


「なんとなく書かなかったんだが……書かなくてよかったよ。って、それじゃあ、お前が俺たちのクラスになったのも仕組んだのか?」


「えぇ。あなたと同じクラスになったほうがこの先楽だし」


一体何をしたんだ────────とは怖くて聞けなかった。

ただ、目の前にいる少女が危険だということは理解した。


自分に会うためにお嬢様校を捨ててまでこの平凡な高校に転校してきた香椎結佳。

慧は不意に寒気を感じた。


理由は分からないが、彼女をそこまでさせる何かがあるということが分かったからだ。

そして、今の彼女の目的は自分自身だからだ。


「……俺に会って何がしたいんだ?」


「あなたと協力がしたい」


「協力?」


その言葉に慧は怪訝な表情をした。

今の自分が彼女に協力できることなど見当たらないからだ。


「あなたも見たんでしょ? 流星群を……」


「……その言い方だと、やっぱり俺が変な幻覚を見たり異常な力を手に入れたのはあの日に見た流星群のせいなのか?」


慧の言葉に結佳は表情を変えることなく軽く頷く。

慧の方もその答えに表情を変えることはなかった。


最初から予想はついていたのだ。

六日前に美奈と一緒に見た流星群。

あの時、慧の体には異常が起きた。

だが、一緒に見ていた美奈には何ともなかった。


そして、五日前─────化け物との戦いの中で能力を手にした時も六日前に流星群を見た時と同じ頭痛と幻覚を見た。


「医者は俺の体に異常がないって言っていた……教えてくれ。俺はどうなった? この力はなんなんだ?」


「だったら、私と協力しなさい。そしたら、私の知ってる全てをあなたに教えるわ」


「だから、俺がお前と何を協力するって言うんだよ!!」


そこまで言って、慧は自分が焦っていることに気付いた。

化け物と戦っているときはただ、夢中だったため何も気にしないでいた。

だが、時間が過ぎ冷静になればなるほど不安になる。


自分の体に何が起きたのか?


その不安を慧は振り払うことができなかった。


「そうね……確かに何も知らない状態で協力しろ言うのは虫が良すぎたわ。座って。教えてあげるわ……私の知っていることを」


その言葉に幾分か冷静さを取り戻した慧は黙って結佳の隣に座りなおした。


「そうね……どこから言ったらいいのやら……」


おそらく、話が複雑なのだろう結佳は頭を押さえながら考え込んでいた。

慧は黙って結佳の口が開くのを待つ。


やがて、考え終わったのか結佳の視線は慧の目に映る。


「全ての始まりはあなたも見たあの流星群よ」


「……それは分かってる」


「そう。じゃあ、あの流星群が26人の人間たちに力を与えたってのも知ってるかしら」


その言葉に慧は眉をひそめた。

そんなことは知らない─────だが、気づいたのだ。


慧の表情を察した結佳は慧の返事を待つことなく勝手に話を進める。


「そう。その26人のうちの一人があなた─────Wの能力者よ」


「W……26……アルファベットか?」


「察しがいいわね。そう、能力者の能力はAからZで始まりそれが被ることはないわ」


「なるほど……そいつは分かりやすい……って、どうしてお前は俺がWの能力者だと分かるんだ?」


「あなたが気づいているかどうかは分からないけど能力の使用中は左目の色が変わるわ。一般人の目には色が変わっているだけに見えるんだろうけど───────私たちは違う。能力を使用した状態……つまり、自分の左目の色を変えた状態で相手の左目を見れば相手の能力の頭文字が見えるのよ」


その言葉に慧は顔をしかめた。

能力を使用している時に左目の色が変わるということは知らなかった。

だが、以前に風呂場で見た自分の左目が青く染まるという現象。


アレもやはり、幻覚などではなかったのだ。


「……あの化け物はなんなんだ?」


慧の問いに結佳は制服のポケットから袋を出して慧に見せた。

その中身を見た瞬間、慧の表情は変わる。


袋の中に入っていたのは石。


だが、その石は慧が倒した化け物が変わったのと同じ漆黒の色をしていた。


「これはあなたが倒れた後、私が回収したものよ──────そして、これが化け物の源よ」


少年(ガキ)が言っていた……石に願いを言ったら化け物になったって。その石はなんなんだ?」


「これはあの流星群の欠片よ。そして、この欠片は所有者の願いを叶える─────あなたが見たように化け物の姿になることによってね」


流星群の欠片。

それだけで慧は妙に納得してしまった。

自分に異常の力を与えるほどの流星群の欠片なら化け物を生み出したとしても不思議だとは感じないのだ。


「まぁ、今はあなたによって砕かれたから化け物を生み出すほどの力は残されていないけどね」


その言葉に慧は心底安堵した。

出来れば、あんな化け物とは二度と出会いたくないのだ。


「──────とりあえずは、これで私の知ってることは全部言ったかな? どう? 協力してくれる?」


「いや、待て……今のお前の言葉を聞く限り、俺が協力することはないと思うんだが?」


「何言ってるのよ……あなたには化け物退治を手伝ってもらいたいのよ」


満面の笑顔でそう言う結佳に慧は心の底から嫌そうな表情をした。

たった今、二度と化け物とは会いたくないと思ったばかりなのに一瞬でその希望は崩されたのだ。


「断る。俺は平穏な生活を送っていきたいんだ」


そう言うと、慧は結佳に背を向けた。

情報は得られた。

これ以上は巻き込まれたくないのだ。


「……あなたは人が泣いてるのを無視する気?」


──────だが、その言葉に慧の足は止まる。

思い出すのは少年の泣き顔。


「化け物は所有者の願いを叶えてくれる……だけど、その方法はあなたが見たように極めて暴力的だわ。あんな方法で誰も泣かずに済むと思う?」


──────思わない。


答えは一瞬で出た。

だが、それを口には出さない。


出してしまったら自分の望む平穏な日常は終わりを告げてしまう気がしたからだ。


「危険なのは化け物──────今更だけど、私達は『ダスト』と呼んでるんだけど、危険なのはダストだけじゃないわ。能力者が自分の欲望の通りに能力を使えばダストと同等かそれ以上の被害が出る。分かるでしょ? 誰かが止めないといけないのよ」


慧は黙っていた。

すぐにでもこの場を離れたい───────そう、思っているはずなのに体は動いてくれないのだ。


「………………………どうして、俺に頼むんだ?」


「逆に聞こうかしら? ……どうして、あなたはあの少年を助けたの? 逃げればよかったのに」


少年を救った理由。

それは一年前を思い出すから。

少年を救うことによって一年前よりも強くなっていると信じたかったから。


だが、それだけではない────────


子供(ガキ)の涙は嫌いなんだ……一年前に見飽きたからな」


──────それはあの時と同じセリフ。


「だったら、力を貸して……あなたには力があるの。人の笑顔を守る力が……あの時と同じように、たった一人のためでもいい! その一人のためが多くの人のためになるんだから!!」


結佳の叫びは屋上中に響いた。

同時に、慧の心にも響く。


「……だから、どうして俺に頼むんだ!?」


だからこそ、慧は叫んだ。

すぐにでもこの場を離れたい。

いつもの日常に帰りたい───────そう思ってるのに、慧の足は動かない。


理由は分かっている。

分かっているからこそ───────慧は自分にいらだっていた。


「──────あなたは逃げなかったでしょ? ダストへの恐怖心はあったはずなのに……あなたは逃げなかった。死んでいたかもしれないのに……あなたは逃げなかった」


慧は振り向いて結佳の方に向かった。


それ以上は言わせてはいけない。

言わせるな─────そう、慧の心が警報を発していた。


「───────信じてるのよ。あなたが能力に飲み込まれないと………私と一緒に戦ってくれると」


その言葉に慧の足は止まる。

結佳の目は慧の目を見ていた。


「…………初対面の人間を信じるとか、お前は馬鹿かよ?」


「いいんじゃない? 馬鹿でも……人は救えるわ」


笑顔でそう言う結佳に慧は舌打ちした。


平穏な日常で生きていたい。


それは慧の本音だった。


だが、その『平穏』をはるかに超える『異常』が現実に起きている。


どうしょうもない状況に何もできずに───────泣くことしかできない状況に立たされている人間たちが実際にいる。

─────一年前の自分たちと同じように。


だが、今の自分には力がある。

そういう人たちを救える力が───────今の自分にはある。


だったら──────────救ってやりたい。


それもまた、慧の本音だった。


「俺の名前は影野慧。能力は手で触れたものを武器に変える『Weapon(ウェポン)』……お前は?」


だからこそ、慧は決心した。

目の前の少女と協力する。


分かっていた─────仮に今、少女との協力関係を結ばなくても誰かが泣いていればきっと、自分は戦うだろうと。


だが、認めたくなかった。

それを認めることは妹との約束である『絶対に死なない』を破るかもしれないから。


もしかしたら、一年前と同じ悲しみをもう一度妹に与えてしまう可能性があるから。


だから、目の前の少女と協力関係を結ぶ。

一人だったら妹との約束を破ってしまうかもしれない。

だが、ニ人ならばその可能性は格段に小さくなる。


目の前の少女と協力関係を結ぶことが───────最善の道なのだ。


平穏な生活は壊したくないが人は救いたい。


そんな我が儘を貫きとおすための道。


慧の言葉を聞くと結佳は一瞬驚いた表情をした後微笑んだ。

思わず、見とれてしまうほどの笑顔だ。


「私の名前は香椎結佳。能力は高速で移動する『Acce(アクセ)leration(ラレーション)』よ」


結佳の言葉で慧は納得がいった。

戦いの最中に突然姿を現したのは能力を使って高速で移動したからだと分かったからだ。


だから、化け物は吹き飛んだ。


目に見えないほどの速度で攻撃されたらその威力も当然、強力になるから。


お互いに名前と能力を紹介すると結佳は手を差し出した。


「よろしくね。影野」


「あぁ……香椎」


慧はその手を固く握った。


同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。

ニ人は手を離すと結佳が先に屋上を出ていく。


ニ人で一緒に教室に戻ると色々と面倒くさいからだと慧はすぐに察した。


授業開始ギリギリに戻ることを決めた慧が空を見上げながら時間を潰していると不意に携帯が鳴りだした。

確認すると見慣れないアドレスからメールが一通届いていた。


『協力関係の証として私のプロフィールを送ります。

 というわけで、頼りにしてるわよ。

 優しい戦士さん』


慧は苦笑しながら添付されてきたプロフィールを携帯に登録した。

登録作業を終えるとすぐにメールを返信する。

何だかんだで、あの女に振り回された気がして少しむかついたからだ。


『こっちも頼りにしてるぜ。

 男を簡単に手駒に取ってしまう悪女さん』


メールの返信完了が確認されると慧は笑みを浮かべながら教室に戻るため屋上を出て行った。

今回は一応説明回も含めたんですがあまり、説明らしき説明はなかったという……。

結佳は俗にいう仮面優等生みたいになりそうですね。

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