表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第4話 動き出す運命

力が溢れていた。

化け物に散々痛めつけられたにも関わらず。


正面から挑んでくる慧に対して化け物は迷うことなく拳を突き出した。

慧は反射的に右手を出すと化け物の拳を押さえた。


「───────ッ!?」


全力で押さえたにも関わらず慧の体は吹き飛ばされる。

これで戦いは終わったとばかりに化け物はその場を立ち去ろうとした。

慧がすでに満身創痍だったのは見ていてわかる。


化け物には使命がある。


先生をすべて休ませる。


どんな手を使ってでも。


だから、化け物は外にいる『先生』を倒すために活動を再開しょうとした。

怪我をすれば、入院すれば、明日の手術は休むしかないのだから。


「貴様……何者ダ?」


不意に足を止めると化け物はそう言った。

振り向いた化け物の視界に映るのは─────警備員の持ち物だったであろう警棒を手にして立っている慧の姿。


先ほどまでの人間たちは一発二発殴ったら活動を停止していた。

なのに、突然自分の邪魔をしてきた人間は何度殴っても立ち上がってくる。


「ただの人間だ……と言いたいところだが、悪いな。数分前からその言葉は使えなくなっちまった」


どこか、悲しそうにそういう慧。

振り向いた化け物の視界には悲しみや不安、覚悟や決意が入り混じった青と赤の二色の瞳が映る。


「正直、今の俺がなんなのかは俺にも分からない……だけど」


静かに、だが、悲しそうにそうつぶやいた慧はそこまで言って化け物を睨んだ。

その睨みに化け物は震えた。

先ほどまで何度向かってこられようと恐怖を感じなかった化け物が今は慧の二色の瞳に睨まれるだけで恐怖心が浮かび上がっていた。


「俺はお前を倒したい!! 子供(ガキ)は約束を守った……あいつは最後まで泣かなかった。だから、今度は俺が約束を守る。お前を倒して俺は妹のもとに帰る……そして、アイツは明日手術を受けるんだ」


「無謀ナコトヲ……」


性懲りもなく自分に向かってくる慧にそれだけ言うと化け物は拳を構えた。

手に持った警棒からして慧はそれを使うらしいが、警棒を使っても勝てないことは先ほどの戦いでも分かっているはず。

そんな疑心と先ほど慧から感じた恐怖を無理やり消すと化け物も走り出し慧に殴りかかる。


慧は警棒を握りなおすと叫んだ。

何を叫んでいるのは自分にも分からない。

だが、先ほど幻覚から解放された時から分かったことがある。


化け物を────異常の存在を倒す方法。


その答えが今、慧の頭にははっきりと浮かび上がっていた。


────────自分も異常の存在(・・・・・・・・)になればいいのだと(・・・・・・・・・)


慧と化け物との距離が短くなってきた瞬間、不意に慧の持つ警棒は光りだした。

その光は慧の叫びに反応するかのように強くなりながら警棒を包む。


化け物が拳を振り上げると慧も光に包まれた警棒を振った。

慧によって振られた警棒は光を振り払うかのようにしながら再び姿を現した。


だが、その形はすでに(・・・・・・・)警棒ではなかった(・・・・・・・・)


慧の右手に握られているのは剣。


黒と青を基調に銀色の刃が飛び出している一本の剣だった。


化け物の拳と慧の持つ剣がぶつかり合う。


「はあああああああああああああああああああああああああああ!!!」


一瞬、均衡を保とうとしていた石の拳と剣だったがすぐに石の拳は砕け慧の持つ剣は化け物を斬った。

衝撃で化け物が吹き飛ぶと慧は肩で息をしながら化け物をにらむ。


化け物が砕かれた拳には目もくれずに慧の方を睨みかえした。


「貴様……何者ダ?」


そして、先ほどと同じ質問を繰り返す。

慧は剣を振り下ろすと左手で自分の左目を抑えた。


「この力がなんなのかは俺にも分からない。だが、左目に映った流星群が俺を導いてくれた……武器を手にしろと」


そう言うと、慧は化け物に向けて歩を一歩進める。


「もしかしたら、俺は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない……だけど、それでも、俺は子供(ガキ)を救ってやりたい。自分の犯した過ちに苦しんでいるアイツを救ってやりたいんだ」


更に一歩、歩を進める。


「一年前……俺は妹を救うことができなかった。だから、今度こそ救いたい」


微笑を浮かべながらそう言うと同時に慧は走り出した。

化け物も周りに散らばった石や砂を右手に集めて剣のような形にすると慧に向かっていく。


二つの剣はぶつかり合った。


「なぁ、どうしてお前は人を傷つけたんだ? 主の願いを叶えたいんだろ? どうして、主を悲しませるようなことをしたんだ?」


「主ノ願イハ先生ガ休ムコト……ソノ障害トナルモノハ全テ排除スル」


「だから、そんなことアイツは望んでないだろ!!」


化け物の言葉に叫ぶと慧は化け物の剣を弾いて化け物を斬った。

その攻撃に化け物がひるむと慧はすぐに剣を化け物の腹部に刺す。


そのまま、力任せに走り出すと慧は剣を病院の壁に刺して化け物の動きを封じた。


「確かにアイツはお前の言うとおり医者が休むことを望んだかもしれない。だが、医者が傷つくことは……多くの人々が傷つくことなんて絶対に望んでいなかったはずだ!! アイツは怖かったんだろ? 手術が……なのに、お前は何がしたいんだよ!! 主の願いを叶える? お前のやったことはただ、アイツを悲しませただけだろ!!」


「………ソレガドウシタ?」


「なっ!?」


「我ハ主ノ願イヲ叶エルノミ……主ガ喜ボウガ悲シモウガ我ニハ関係ナイ」


「……なんだよ……それ」


慧は言葉を失った。

相手は言葉を話せるし考えることができる。

その点では人間と……自分たちとさほど変わらないと思っていた。


だが、それは全くの間違いだった。


目の前の異常の存在は少年のために力を使っているように見えた。

だが、それは違う。


結局、少年のことは考えていないのだ。

ただ、願われたからその願いを叶える。

それだけだったのだ。


「いい加減にし─────────────ごふっ!?」


その先を言う前に化け物の拳が慧の腹にめり込んだ。

剣を離すと慧はその場に座り込んで咳き込む。

同時に、慧の手から離れた剣は元の警棒に戻り、長さ的に化け物にのみ刺さる形になった。


「死ネ」


「!?」


無機質な声とともに振り下ろされた化け物の剣をかわすと慧は立ち上がった。

だが、その体はふらついている。


「今の攻撃で気絶しなかったことを考えると体の方も何故か強化されているらしい……ハハッ、運が良いぜ」


腹を押さえながら、苦笑交じりにそう言う慧だが、実際、体が強化されているとしたら苦しみが長引くことだということも理解していた。


化け物は右手の剣と左手の拳を構えるとすぐさま慧に襲いかかる。

慧はすぐにその場を跳んで化け物の攻撃をかわした。


(……どうする?)


一旦、化け物との距離をとると慧は必死に考えた。


手で触れた物を一時的に武器の形に変える。


それが理由も分からずに得てしまった慧の能力。

だが、ここにあるのは床につながったソファーだけだ。


(何か……武器になりやすそうなやつはないのか?)


考えを巡らす慧だが、その眼前に化け物の拳が近づいてきたことに気付くとすぐに身を低くして化け物の攻撃をかわした。


姿勢を低くした慧の視界に映るのは石でできた体とその体に刺さっている一本の警棒。


「それだ!!」


化け物の体に刺さった警棒の存在に気付いた慧はすぐに手を伸ばした。

その手が警棒を握った瞬間、警棒は一瞬光って剣の形になる。


同時に突然腹部に鋭い痛みが走ったのであろう化け物の動きも鈍くなった。

その隙をついて慧は剣を逆手に握りなおすと全体重をかけて剣を振り下ろす。


「ガ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


化け物の体が切り裂かれると病院中に響き渡るほどの巨大な叫び声が化け物から発せられた。

慧はその叫びを聞きながら剣を普通の握り方に握りなおすと座ったまま化け物の体を斬った。


「ガ………」


すでに言葉すら出ない状態の化け物をしり目に立ち上がると慧は剣を構える。


「終わりだ……」


そう言い切って、すでに石を何度も斬っているせいで刃こぼれしている剣を慧は強く握ると慧は剣を振りおろす──────


「ぐ……がはっ」


────寸前、最後の力を振り絞った化け物の拳が慧の腹にめり込みすでに限界を超えていた慧の意識を刈り取っていく。


「っ!?」


だが、意識を失う寸前慧は自分の唇を噛んだ。

その痛みで失いかけていた意識を無理やり覚醒させると剣で化け物を斬った。


化け物はその場で座り込むとその体が光に包まれていく。


「ソノ力……ソウカ、流星ニヨッテ生マレタ存在ハ我ラダケデハナカッタノカ……」


最後にそう呟くと化け物の体は白い光に包まれる。

光が収まると化け物の代わりに現れた漆黒の石は重力に従って地面に落ち砕けていった。


「終わった……ぜ」


化け物の最期を見届けた慧もその左目が赤色に戻ると同時に地面に倒れた。

その手に剣だった警棒を握りながら。






慧が目を覚ましたのは見慣れた自分の部屋の天井─────ではなく、清潔な白色の天井だった。

寝起きのせいか、ぼんやりとした意識のまま腹部に感じる重みの正体を突き止めるために起き上がるとすぐにその部屋の正体がわかった。


「病院……か」


そこがさっきまで自分が戦っていた病院の部屋だと気づくのに時間はいらない。

それよりも慧にとっては自分の側で寝ている妹の存在のほうが気になった。


おそらく、慧が起き上がったせいで慧の腹部から追い出されたのであろう美奈はベッドに不格好な形で寝ていた。


その頬にある涙の跡が起こすことを躊躇わせたが聞かなくてはいけないことがあるため意を決して慧は美奈の体を揺する。


「んにゅ……おはよう、おにいちゃん─────って、お兄ちゃん!?」


「病院だぞ。静かにしろ」


「できるかああああああああああ!!!!」


起きるなり叫んだ美奈を叱った慧だが美奈は逆に更に大きな声で叫んだ。

たまらず、両手で両耳を慧は抑える。


「馬鹿っ! どうして、化け物に向かっていったの……?」


「いや、まぁ、それには深い事情が─────じゃなくて、今はどんな状況だ? 俺はどのくらい眠ってたんだよ」


「……お兄ちゃんは丸一日眠ってたんだよ。今も本当は学校の時間」


それを聞いて慧はすぐに病院に置かれた時計を確認した。

時刻は10時ちょっと過ぎ。

つまり、美奈の言うとおり本来ならば学校に行ってる時間。


「………お前な……学校をさぼっちゃダメだろ」


一応、兄としてそう叱る慧だったが、そう言われた美奈は一瞬驚いた表情をした後目に涙を浮かべながら震えだした。


「お……おい? どうし──────」


言い終える前に美奈からの平手が慧の頬に激突し慧の体はベッドに強制的に寝かされた。


「馬鹿っ!! 学校をさぼるな? 無理に決まってるじゃん………私がどれだけ心配したか分かってるの? 不安だったんだから……お母さんやお父さんみたいにお兄ちゃんまでいなくなったらどうしょうって……ずっと、不安だったんだから…………」


「美奈……」


ベッドに倒れた慧に馬乗りになりながらそう叫ぶ美奈。

その頬を伝う涙は慧の顔にもかかってきた。


「先生は異状がないって言ってたけどやっぱり不安だし……電話をしても出てくれないしメールを送ってもお兄ちゃんは戻ってこなければ返事もなくて……ずっと、ずっと………不安だったんだよ!! あぁ……ああああああああああああああああああああああ──────────ッッ!!!」


「……ごめんな」


慧は泣き叫びながら自分の胸に顔をうずめている美奈の頭をなでながら心の底から謝った。


「本当にごめんな……俺が悪かった」


「お兄ちゃん……おにいちゃ~~~ん!!」


延々と泣き続ける美奈の頭を慧は撫で続けた。






それから、一時間後。

慧は泣き止んだ美奈を学校に行くように勧めた。

当然のように美奈はそれを断ったが、どうやら、昨日から家に帰っていないらしく美奈の服装が制服だったことと時間的に午後の授業に間に合いそうなことから慧は諭すように美奈に学校に行くように言った。

何度も説得するうちに後で必ず連絡をするという約束で美奈は折れ学校に向かって行った。


そして、慧はある一室の前にいた。


プレートには知らない名前が書かれていたが慧は臆することなくその扉を叩く。


「………どうぞ」


幼い少年の言葉に許可をもらうと慧は扉を開けた。


病院のベッドに座りながら来客を待っていたのは化け物を生み出した少年だった。


「おにい……ちゃん?」


「妹からこの場所を聞いてな……手術、延期になったんだってな」


今、二人がいる病院は化け物に襲われたとはいえ、設備にはそれほどの打撃を受けていないためすぐに通常通り活動を再開した。


だが、それでも本来今日だったはずの少年の手術は延期にするほかなく──────。


「仕方がないんだよ……それも、僕のせいなんだから。先生が言ってた。化け物はいなくなったって……お兄ちゃんが倒してくれたの?」


「まさか、正義のヒーローが助けてくれたんじゃないのか?」


少年の言葉をそうごまかすと慧はベッドに腰掛けた。

少年の瞳は慧を見ている。

まるで、嘘を見抜くかのように。


「………今回の事件で怪我した人はいたが、幸い死んだ人はいなかったらしいぜ」


その言葉に少年の方がわずかに震える。


「………よかった。でも、僕のやったことは変わらないよね……?」


「あぁ」


慧の言葉に少年は驚いたように慧を見た。

慧としても、本当だったら少年を慰めてやりたかった。


お前のせいじゃない。

全て、あの化け物が悪いんだ……。


そう、言ってやりたかった。

だが、言うわけには行かない。

結果や理由はどうあれ、あの状況を招いたのは────────少年が願ったからなのだから。


「……怖いか? 手術」


その言葉に少年は首をゆっくりと横に振った。


「怖くないといえば嘘になるかもしれないけど……今はそんな怖さ、乗り越えられるような気がする」


「……そうか」


慧は笑みを浮かべながらそう言うと立ち上がった。


「……もう、行っちゃうの?」


「あぁ。俺自身これから検査があるし……俺を見てると化け物のことを思い出しちゃうだろ?」


「そんなことはないよ! ……でも、そうだね。お兄ちゃんがいるとまた、頼っちゃいそうだよ」


「…………」


どこか、寂しそうな表情を浮かべる少年を見ていた慧は右手を上げるとやさしく少年の頭に乗せた。


「え?」


「別に頼ってもいいんだよ……人は一人じゃ生きていけないんだから。お前が手術に怯えたのも普通のことなんだ。…………ただ、いくつもの偶然が重なったから今の状況になっただけ」


少年の頭をなでながら慧は言う。

本当はこのまま立ち去るつもりだったが、少しでも少年の負担を軽くしたかった。


「あの時のお前……かっこよかったぜ。ありがとな……守ってくれて」


その言葉に少年は頬を赤く染めた。


「あの時は……夢中だったから」


「あぁ、俺も夢中だった」


そう言い合うと、二人は同時に笑い出した。


最後に少年の頭を軽く慧は手を少年の頭から離した。


そして、今度は迷うことなく扉の前まで足を進める。


「手術……頑張れよ」


扉を開けて部屋を出る寸前、それだけ言って、慧は部屋を出て行った。


「うん、頑張るよ。色々とありがとうね、お兄ちゃん……うぅん、正義のヒーロー」


少年の言葉は少年しかいない部屋の中で少年以外の耳に聞こえることなく消えていった。






それから、三日が過ぎた月曜日。


「今日からは登校してもいいよな?」


「うん、でも無茶はしないでよね?」


「あぁ」


影野家は朝の食卓で談笑していた。

すでに、慧は三日間学校を休んでいる。


事件のあった次の日────木曜日は病院にいたのだから仕方がないと慧自身納得している。


だが、金曜日と午前授業のある土曜日に休んだのは納得していなかった。


何故なら、その日は特に理由もなく休んだから。

というより、美奈によって休まされたから。


「全く……いくら怪我しているからって、三日も休む理由にはならないだろ?」


「だって、心配だったんだもん。………大体、なんで入院しなかったの?」


慧に言われた、目を伏せていた美奈は形勢逆転とばかりにそう言ってきた。


不幸中の幸いというか、慧自身は怪我はしたものの骨折などの大きな傷を負わずに済んでいた。

だが、肉体がかなり消耗しているため医者に入院を勧められたのだ。

それを、慧は独断で断り家に帰ってきたためその夜、美奈に散々叱られたのだ。


「だから言ってるだろ……面倒くさかったから」


「それは理由にならないって言ってるじゃん!!」


「いやまぁ、本当は学校のことも考えて帰ったんだが……どうせ、休むんなら入院していても良かったかもな」


幸い、病院で化け物が現れた事件はニュースにもなったため学校やバイトを休むのは簡単だった。

まぁ、どちらも休んでから連絡したため学校はともかくバイト先には少し叱られたが、問題ないと考えることにした。


「全く……あっ、もうこんな時間。お兄ちゃんはそろそろいかないと遅刻するよ?」


「あ……やべ。───────ごちそうさま」


美奈に言われて時計を確認した慧は美奈の言うとおり、時間がやばいことに気付き掻き込むようにして朝食を食べ終わる。


「食器は片付けておくからもう、行きなよ……はい、これ。お弁当」


「サンキュー」


妹の特製弁当をカバンに入れると慧はすぐに家を出て自転車を取りに行った。

だが、いつも自転車を置いてある場所には一台の自転車──────美奈の自転車しかない。


「……やべ。そういえば……自転車、学校に置きっぱなしだった」


最後に学校に行った水曜日、美奈が学校に押しかけてきたせいで自転車を学校に置いてきたことを思い出した慧は思わずその場で手をついて落ち込みそうになった。


時間的に駅まで歩いた後、駅から学校に歩いたら完全に遅刻なのだ。

というよりも、今から全力で走っても電車の時間によっては遅刻は免れなかった。


「……走るか」


それでも、走る以外の選択肢がない慧はその場で全力で走り始める。

後になって、今日のところは美奈の自転車を借りて、次の日から一台ずつ持って帰ればいいと気づいた時には本気で手を学校の廊下につけて落ち込むことになるのだが、そんなことを今の慧は知らなかった。






「ま……間に合った」


すでに、朝のホームルーム開始のチャイムが鳴っているため、遅刻なのだが教室に担任がいないためセーフとなった慧は呼吸を整えながら自分の席に着いた。


それを確認した当夜がすぐに慧のもとに駆け寄ってくる。


「おい、影野! お前、大丈夫か? あの事件に巻き込まれたんだろ? 危ないよな~~~~まだ、犯人は捕まっていないっていうし……」


永遠に捕まらねえよっと、突っ込みたい慧だったが今は呼吸の安定を第一にして黙って当夜の言葉を聞いていた。


「まぁ、でも世の中悪いことばっかじゃねえよな~」


「はぁ……お前は……一体……何を言ってるんだ?」


突然話の内容が変わったため呼吸が安定しきっていない状態で慧は聞くことにした。

すると、当夜は顔面に満面の笑みを浮かべながらまるで、秘密の話でもするかのように顔を慧に近づける。


「実はさ、今日転校生が来るんだよ。それも、すっげえ美人。いや~、ついに俺にも春?」


「因みに……今の日本の季節は……春だが、お前の季節は今までなんだったんだ?」


若干、呼吸を安定させながらそう聞く慧だが、美人の転校生という情報に舞い上がっている当夜の耳には届かなかった。


そんな当夜をどうしょうかと考えを巡らせているとほどなくして担任が来たため当夜もすぐに自分の席に戻っていった。


「あぁ~と、遅れて悪かった。実は急な話だったんだが、今日から転校生がこのクラスに入ることになった。入ってきたまえ」


担任がそう言うと、あらかじめ開けっ放しにされていた教室のドアから一人の少女が教室に入ってきた。


「なっ…………」


その姿を見た瞬間、慧は驚愕した。


入ってきたのは、肩辺りまで茶色の髪を伸ばしどこか幼さを残した顔の少女。

確かに、当夜の言うとおり、美人だった。


そして、慧はこの美人に会ったことがある。


「間違いない……両目とも茶色だが、アイツは確かに──────」


その先をいうことを慧は躊躇った。

その時の状況が到底普通と呼べるものではなかったからだ。


「白麗学園から転校してきた香椎結佳です。……仲良くしてくれると、嬉しいです!」


転校生───────香椎(かしい)結佳(ゆか)の笑顔に男子生徒から歓声が上がった。

同時に、女生徒からも拍手が巻き起こる。


だが、慧は歓声を上げる気も拍手を送る気にもなれなかった。


「香椎……結佳……」


できることは、五日前、化け物との戦闘中に突然姿を現して自分が異常の存在になることを導いた少女の名を呟くことだけだった。

というわけで、前回の後書きに書いた通り、謎の少女の正体……といってもまだ、名前だけですが判明しました。

転校というありきたりな展開になってしまったのは素直に実力不足ですね……。

ついでに、後書きが毎回『というわけで』から始まるのも実力不足……というよりも口下手だからです。

次回は謎の少女────香椎結佳と慧が接触します。

感想や意見なども頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ