第3話 覚醒の時
突然の化け物の出現により医者も患者も逃げて静けさが支配している病院。
少女は物陰に隠れながら一つの光景を見ていた。
少女の瞳に映っているのは病院の静けさの元凶である石の化け物とその化け物に無謀にも向かっていく青年の姿。
「普通の人間がダストに勝てるわけがない……でも、助けるのは後ね。彼が……能力者かもしれないし」
自分に確認するかのようにそう言うと少女は気配を物陰に姿を隠しながら、目の前の状況を見る。
車いすの少年から離れた青年は化け物に向かって走った勢いのまま化け物にとび蹴りを放っていたが見た目通り、石の鎧を纏っている化け物は少しよろめいただけで済みすぐに青年に殴りかかった。
青年は身を低くして化け物の攻撃をかわすと大ぶりの攻撃で隙だらけになったばけものを殴る。
「………ぐっ」
青年のうめき声は少女にも聞こえた。
石の鎧を纏っている化け物を殴ることはそのまま、石を殴ることを意味する。
結果、ダメージを負うのは化け物ではなく青年の方だった。
痛みのせいかすぐに手を戻すと青年は左手で化け物を殴った右手をさすり始める。
そして、化け物は容赦も情けもなく青年に殴りかかった。
すぐに青年は腕を交差してその場を離れるためにジャンプしたが化け物の拳は青年に当たり、青年はそのまま吹き飛ばされる。
そのまま、青年は地面に叩き落された。
「お兄ちゃん!!」
車いすに乗っていた少年はそう叫ぶとすぐに車いすを操作して青年の方に向かった。
少女はそこまで見ると肩で担いでいるバッグを開けた。
「どうやら、彼は能力者じゃないみたいね……」
そう呟くと少女はバッグの中から鞘に納められたナイフを取り出す。
不完全にとはいえ、化け物の攻撃を防いでいたためおそらく、青年は意識を失ってはいないだろう。
だが、立つことはありえない。
それが、少女の意見だった。
今の数秒間の攻防で青年と化け物の実力差ははっきりした。
これ以上続けるのは誰がどう見ても自殺行為だ。
だから、青年は立たない─────そう、思っていた。
「……何……してるの? あの男は?」
少女はナイフを握り締めたまま目の前の光景に唖然とした。
普通は立たない───立つはずがない。
それが、普通のはずだった。
だが、青年は─────ゆっくりと、腰を上げていた。
体中が痛い。
攻撃は防いだはず────だが、石の固さを持つ化け物の拳は青年の────慧の体力を一気に持って行った。
「……かっこわりい」
散々、少年に啖呵を切った結果が瞬殺。
相手が化け物だから?
自分が人間だから?
そんなことは今の慧にとってどうでも良かった。
言えることはただ、一つ。
やはり、自分はあの化け物には勝てない……。
「おにいちゃん! 大丈夫!? 意識はある?」
慧が少年の方に目を向けると少年は泣き叫びながら慧に話しかけている。
慧は痛みのせいであまりはっきりとしていない意識の中で考えた。
今、少年は何を考えているんだ?
少年は言った。
あの化け物を生み出したのは自分だと。
すべて、自分が悪いのだと。
「ごめんなさい……」
その言葉で慧は眉を吊り上げた。
「ごめんなさい……僕が、変なことを考えたからみんなに被害が……僕のせいだ……僕の」
少年は泣きながら謝り続ける。
その姿を見た瞬間、慧は歯を食いしばった。
似ているのだ。
今の少年は似ている。
かつて、自分のせいで両親が死んだと考えて謝り続けた一人の少女に。
「いい加減に……しろよ」
慧は自分でも理解できないほど怒っていた。
化け物に対しても少年に対しても───自分に対しても。
「子供の涙は一年前に見飽きたはずだ……なのに、なんで俺は子供を泣かせてるんだ?」
「何……してるの?」
少年は泣くのを忘れて慧にそう聞いた。
化け物の強さは分かっているはずだ。
少なくとも、慧はあの化け物には勝てない。
それなのに……慧はゆっくりとだが立ち上がろうとしていた。
「何しているの!?」
「何ってさっき言っただろ? 俺はあの化け物から逃げない……絶対にな」
そう言うと、慧は完全に立ち上がり化け物を見た。
化け物は慧を観察するかのようにその場を動かないでいる。
「逃げないって……確かにそう言ったけどダメだよ! 死んじゃうよ!! あんなの人間が勝てる相手じゃないよ!!」
「大丈夫だ」
「何が?」
「……たった今、約束を思い出した」
「約束?」
少年は今の状況も忘れて心底あきれたような声を出した。
逃げなければ死ぬ。
そんな状況で約束を思い出したからと言って何になるのか少年には理解できないのだ。
そんな少年の考えを無視して慧は喋りだす。
「一年前に妹と約束したんだ。交通事故にあっても殺人犯に会っても宇宙人が攻めてきても怪獣や怪人に襲われても絶対に死なないって……だから、大丈夫だ」
慧のその言葉に少年は心の底から呆れた。
慧がいつ、どんな状況で妹とそんな大それた約束をしたのかを少年は知らない。
だが、その約束を今思い出しても現状は変わらないということだけは理解できた。
「約束してるから……お兄ちゃんは死なない。そう言いたいの?」
「あぁ」
「馬鹿じゃないの!! そんな約束……いくらしたって意味が無い! だから、早く逃げてよ……死ぬ前にさ」
「……お前はいつまで泣いてるんだ?」
「……え?」
「自分があの化け物を生み出した……そうやって後悔ばかりしてずっと泣き続けるのか? ……だったら、俺を信じて待ってる方がよほど楽じゃないか?」
最後に笑みを浮かべながら慧はそう言う。
慧が化け物に勝てる確立など無に等しい。
相手は人間ですらないのだから。
「……もう泣かない」
でも、少年は慧を見上げながらそう言う。
「約束する。僕はもう泣かない……だから、お兄ちゃんも絶対に妹のところに帰って!!」
「約束だ」
優しい笑みを浮かべながらそう言うと、慧は右手の小指を少年に差し出す。
一瞬、何がしたいのか分からなかった少年もすぐに気づいて自分の小指を差し出す。
二人はお互いの小指を絡めると何も言わずにそれを切った。
「行くぜ……化け物」
化け物を睨みながらそう言うと慧はすぐに倒れている警備員たちのところに向かった。
そして、警備員たちの周りに落ちていた金属製の警棒を二本拾うと化け物に特攻を仕掛ける。
化け物は慧が再び向かってきたのを確認すると右手を挙げて慧に殴りかかる。
慧はそれを寸前でかわすと右手に持っていた警棒で化け物に腹を叩いた。
「ぐっ……」
だが、石でできた化け物の腹は金属でできた警棒でも太刀打ちできない。
逆に、警棒を伝って鈍い衝撃で慧に伝わる。
すぐに左手に持った警棒も使って叩いたが化け物にはダメージがない。
慧はすぐに化け物から離れると周りに武器になりそうなものがないか探した。
素手では化け物を殴ることすらできないからだ。
「主ノ願イヲ邪魔スル者ハ消ス」
地底から響いたかと思うほどの低い声。
それが、化け物の発した声だと気づくのに時間はいらなかった。
化け物がその重そうな体には似合わないほどの速度で慧を襲ってきたからだ。
「────ッッ!?」
迫ってきた化け物の拳をすぐに二つの警棒を使って防ぐが衝撃を押し殺すことはできずに慧の体は一瞬空中に吹き飛ばされた後すぐに地面に叩きつけられる。
「ぐっ……あっ……」
痛みにうめき声をあげる慧だが化け物が拳を振り下してくると痛みをこらえながらその場を回転して攻撃をかわした。
すぐに体制を立て直すために立ち上がろうとする慧だが化け物がさらに殴りかかってきたことに気付くとすぐに姿勢を低くしてかわす。
そして、二つの警棒を地面に置くと両手を使って化け物の片足を持ち上げた。
バランスを崩して化け物が倒れると慧は化け物の足をそのまま押し出す。
物理的な攻撃は効かないためこのまま足を折って動きを封じたいのだ。
「この……重量野郎が……」
化け物の足の予想を超える重さに苦戦しながらも慧は化け物の足を押す。
化け物の反撃のせいで足の重みは増し慧のほうが押され始めるが慧は歯を食いしばりながら化け物の足を押していく。
病院の外で、美奈はずっと携帯を耳に当てていた。
だが、何度も電話しているにも関わらず相手は電話に出ない。
「早く出てよ……お兄ちゃん」
祈るように携帯に向けてそう呟くが返ってくるのは兄の声ではなく留守電に設定されている電子音声。
美奈は電話を切ると病院の出入り口をみつめる。
あれから、十分ほど経過しているにもかかわらず慧は病院から出てこない。
周りでは何人も警察に連絡しているが、みんながみんな怒鳴り口調になっている。
────病院に化け物が現れたんだ。
そんな、非現実的なことを言われても警察の人間は理解できないだろう。
当事者である自分たちだって理解できないのだから当然かもしれないと思いながらも美奈は再度慧に電話をかける。
だが、数秒のコールのうち聞こえてくるのはすでに聞き飽きた電子音声の声だった。
「お兄ちゃん……」
美奈は携帯を耳から離すと携帯を捜査してメール画面に切り替える。
もしかしたら、通話できない状況にいるのかもしれない。
そんな不安に駆られながら美奈はメールを打ち込んでいく。
「だから、化け物が現れたつってるだろ!? いいから、早く来てくれよ!! あぁ、いたずらじゃねえよ!!!」
「あっ」
不安で震える指で何とかメールを打ち終え、送信しょうとした瞬間、隣にいた男の方がぶつかり美奈は携帯を落としてしまう。
慌てて携帯を拾った美奈は携帯が壊れていないことに安堵するとメールを慧に送る。
メールが送信されたという確認が画面に映ると美奈は携帯を閉じて手で包み込むように持つ。
「約束したよねお兄ちゃん……怪人に襲われても絶対に死なないって。私、待ってるからね」
小さく、弱く、そう呟くと美奈は両手で包み込んだ携帯が鳴りだすのを待ち始めた。
慧が必死に化け物の足を折ろうとしているのを見ながら少年は悔しそうに顔を歪めていた。
慧が化け物の足を折ろうとしていることにはすぐに気づいた。
できれば、手伝いたい……だが、それは不可能だった。
少年の足は今の慧みたいに踏ん張ってはくれない。
今の少年の足には走る力すらないのだから。
ただ、慧ががんばっている姿を見ることしかできずに歯がゆい思いをしていると、不意に携帯のバイブの音が少年の耳に聞こえてきた。
辺りを見渡して一つの黒い携帯を見つけると少年は車いすを操作して携帯を拾いに行く。
「ごめんなさい……」
持ち主には悪いと思いながらも少年は携帯を開く。
そして、少年は驚きのあまり目を見開いた。
携帯の画面には一通のメールと十三件の着信があったことを知らせているのだ。
前に、親に携帯の使い方を教えてもらったことがある少年はすぐに着信履歴を見る。
美奈
十三件の着信相手は全てその名前だった。
この携帯の持ち主かと思いながら少年は受信したメールを開いた。
『お兄ちゃん大丈夫!?
電話にも出ないからものすごく心配しているよ!
………病院の外で待ってるから絶対に帰ってきてください
ずっと、待ってるから。
連絡待ってます。』
メールの内容はそれだけだった。
だが、メールの相手が言いたいことがそれだけではないことは着信履歴を見ればすぐに分かる。
そして、この携帯の持ち主も少年は分かった。
「……僕は何をしてるんだ?」
携帯を折りたたむと少年はそうつぶやく。
足が不自由だから。
突然現れたお兄ちゃんが頑張ってくれているから。
自分は無力だから。
そんな考えが少年を支配する。
少年はその考えを頭を振って追い払った。
「そんなの言い訳にもならない。結局、僕は逃げてるんだ……化け物からも自分からも」
「ぐっ……がぁ……くそ……があああああああああああああああ!!!」
慧は後ずさりしながらも、叫びながら化け物の足を押す。
すでに、化け物の反撃のせいで慧の体力は限界を超えている。
徐々に重くなっていく化け物の足。
すでに、押すどころか支えないとそのまま足に潰される状況になっている慧。
「潰レロ……サッサト、潰レロ」
「不吉なこと言うなよ……そんなことされたら、妹との約束を守れないじゃないか」
「知ルカ……主ノ願イヲ叶エルタメ、貴様ニハココデ消エテモラウ」
「主の願いのため? ふざけるなよ……少年はそんなこと、望んでないだろ? 泣いてるじゃねえかよ!! お前のやってることはただの暴力だ!」
「主ノ願イハ先生ガ休ムコト……ソノ邪魔ヲスルモノハ消エロ」
「はっ、先生を傷つければ勝手に休むということか? そして、その邪魔をするものも同じように休ませる……傷つけることによって……いい加減にしろ!! 誰かが死んだらどうするんだ? 死んだ者は帰ってこないんだぞ!!」
化け物からの返事はない。
だが、不意に慧が今まで折ろうとしていた化け物の足が軽くなる。
理由は分からないが、慧はすぐにすべての力を使って化け物の足を折りにかかった。
「……死ネ」
直後。
今まで、慧が押していた化け物の足はバラバラになった。
掴んでいた物が消え、慧の手は空を切る。
唖然とした慧の瞳に映ったのは右肘から先が無数の石に変化した化け物の姿。
「─────ッッ!?」
化け物の足が変化した大小さまざまな大きさの石はまるで石を持ったかのように慧に襲いかかる。
大きな石が腹に当たり、小さな石が肩に当たる。
肘、足、頬、膝。
痛みをこらえながらも腕でガードする慧だが、石は慧の様々な場所に当たる。
全身に走る鈍い痛みに慧は叫びそうになるが、大きな石が腹に当たると体中の酸素が体外に放出され声を出す余裕さえ奪われる。
全ての石が慧に襲いかかり終えると、化け物の拳は慧の交差している腕に当たる。
すでに、体力が限界を超えた慧はガードの上からでも化け物の攻撃を全く防ぐことはできずに吹き飛んだ。
化け物から放たれあたりに散らばった石は化け物の足の部分に集まるとすぐに元のように化け物の足に形成される。
慧は自分に迫ってくる化け物を薄れゆく意識の中で見ていた。
もう、立ち上がる気力も体力もなかった。
「悪い……約束……守れなかったわ」
化け物を倒せなかったことを少年に謝ってるのか、ここで、自分が死ぬことを妹に謝っているのかは慧にも分からなかった。
ただ、無意識に口から後悔の言葉が発せられていく。
そして、誰かが殴られた音が慧の耳に聞こえた。
その直後、誰かが倒れる音と何かが倒れる音。
その二種類の音が慧の耳に聞こえる。
「──────」
嫌な予感がした。
音は聞こえたのに痛みはない。
雰囲気でわかる。
化け物は近づいている途中で止まった。
誰かが化け物を止めた。
動けないはずの体を無理やり動かすと慧は起き上がった。
慧の予想通り、化け物は慧に迫ってくる途中で止まっていた。
だが、今の慧にとってそれはどうでもよかった。
重要なのは、化け物の前で地面に転がっている二つの存在。
一人の少年と一つの車いす。
「お前……何してるんだ!?」
「はは……僕、考えたんだ……」
少年は弱弱しい笑顔を浮かべながらそう言う。
その表情は、たった今、化け物に殴られたようには見られないほどやさしく、けなげな笑顔だ。
「僕がさ……いなくなれば、あの化け物は消えるんじゃないかって」
「だから……何を考えてるか聞いてるんだよ!!」
慧は相手が名も知らない少年にかかわらず心の底から怒鳴った。
本当は何を考えてるかなど聞きたくない……そんな、矛盾を理解しながら。
「あの化け物は僕の願いが生み出した存在……だったら、僕がいなくなれば……きっと」
「分かった、もう喋るな。……すぐに病院に連れて行ってやる。だから、それまで待ってろ……あの化け物は俺が倒してやるから」
「もういいんだよ。ありがとね……お兄ちゃん」
「礼なら後でたっぷり聞いてやる! だから、喋るな!」
「ねぇ……僕、笑えてる?」
「喋るなっつってるだろ!! 笑えてるよ……だから、黙っていてくれ……」
懇願するように慧がそう言うと、少年はわずかに笑顔になった。
なぜ、笑うのか慧には理解できなかった。
「よかった……約束……したもんね? もう、泣かないって……本当によかっ──────」
言い終える前に、少年の瞼は閉じられた。
笑顔のまま。
瞳からは涙を流しながら呆然とする慧。
震えながら、目を見ると──────そこには化け物が平然と立っている。
「俺は……また、救えなかった」
少年の決死の行動が無駄になったことを理解した慧は枯れた声でそうつぶやく。
一年前と同じだった。
一年前も慧は両親の死というどうしょうもない状況に立たされた妹を救うことはできなかった。
死んだ者は二度と生き返らないからだ。
だが、今回は違う……違うはずだった。
自分の生み出してしまった化け物に苦しんでいる少年。
その姿は、一年前に自分の言葉のせいで両親が死んだと苦しんでいた妹と同じだった。
だからこそ、救ってやりたかった。
死んだ者は生き返らない……だけど、生まれてしまった化け物を倒すことはできる。
それが、どんなに不可能に近いことでも慧はやりたかった。
「何も変わらない……俺は一年前から何も変わっていない」
もしかしたら、そうすることよって自分を変えたかったのかもしれない。
あの少年を救うことによって一年前の自分よりも強くなりたかったのかもしれない。
だが、結局化け物は倒れない。
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!」
力の限り叫ぶと慧は立ち上がり、化け物に向かっていく。
拳を固めるて化け物を殴る構えを作る。
拳が砕けても構わなかった。
今はただ、目の前の化け物を殴りたかった。
なのに、頭に走る激痛が慧の動きを阻害する。
「なん……だよ……。こんな時に……ふざ…けるな……よ。異常……ないんだろ……う」
頭を抱えながら苦し紛れにそうつぶやく慧。
その左目には昨夜と同じように流星の光景が映っている。
慧は過呼吸をしながら、化け物の方をみる。
化け物は苦しんでいる慧など気にも留めずに殴りかかろうと拳を振り上げた。
何とか、かわすために体を動かそうにも頭痛と左目に映る流星群の光景のせいで体も動かなければ視点も定まらない。
「くそっ……ここまで……なのか」
右手で左目を押さえながら、慧は呟く。
化け物の振り上げられた拳は頂点に達せられると勢いよく振り下ろされる。
「ごめんな……美奈」
慧は確かに死を覚悟した。
今の体調で化け物の拳をまともに受ければ生きている可能性は少ない。
ここで終わる。
未練などない。
あるとすれば………残される妹のことだけだった。
妹。
不意に美奈の悲しそうな顔が頭に浮かんだ。
「死ねるかあああああああああああああああああ!!!」
叫ぶと慧は両手を上にあげた。
何がなんでも化け物の一撃を防ぎたかった。
そして、化け物は──────慧の視界から消えた。
一瞬、慧にも何が起こったのか分からなかった。
突然、視界に何かが飛び込んだかと思ったら、化け物は横に吹き飛んでいき化け物の立っていた場所にナイフを持った一人の少女が立っていたのだ。
少女は驚いて何も言えずにいる慧の横を通り過ぎると少年の首筋に手を当てる。
「この子……まだ、生きてるわよ」
「えっ?」
「流星群を受け入れなさい」
その言葉に慧は驚いて少女のほうを見た。
肩辺りまで伸びた茶色の髪。
どこか、幼さを残している顔。
赤色と茶色のオッドアイ。
それは思わず見惚れてしまうほどの『美少女』だった。
だが、たった今、少女から発せられた言葉により慧の警戒心は強くなる。
「お前……誰だ?」
「私が誰かなんてことは後で分かるわ。それより、今、あなたの左目には流星群の光景が映っているはず。その光景を拒まずに受け入れなさい」
「突然現れて……お前は……何を言ってるんだ? 知ってるのか…? この症状を……」
「詳しいことは後で話すわ。それよりも選びなさい。今すぐに流星群の光景を受け入れて生き残るか……拒んで死ぬか?」
その言葉に慧は何も言えなくなった。
死ぬわけには行かないのだ。
慧は深呼吸して呼吸を安定させるとゆっくりと両目を瞑った。
両目を瞑っているにも関わらず流星群の光景は慧の視界に映り続ける。
不思議と、今はその光景が怖くなかった。
すると、慧の心に反応するかのように頭痛も収まる。
無数の流星群が慧の目の前で落下していく。
慧は流星群に望んだ。
────力が欲しい。あの化け物を倒す力が……。
その瞬間、慧の見ていた流星群の光景は光に包まれた。
光が収まると慧は暗い闇の空間にいた。
たった今まで、病院にいたはずなのにだ。
辺りを見渡すと何かが周りに散らばっている。
剣、ナイフ、鎌、銃、棒、トンファー。
慧の周りに散らばっていたそれらの武器は慧がその存在を認識した瞬間、慧の周りに集まりだした。
慧は視界に映る剣に触れるため手を伸ばす。
慧の手が剣を握った瞬間、収まっていた頭痛が再び慧を襲った。
何かが頭に入り込んでくる感触。
慧は叫んだが、その声は闇の中には響かない。
そして、頭痛が収まった瞬間、慧は病院で目を開けた。
「今のは……そうか、そういうことなんだな」
幻覚から解放された慧は立ち上がると同じように立ち上がってきた化け物を見た。
そして、何も言わず走りだす。
「覚醒……したわね」
少年を抱きかかえながら少女は慧には聞こえないほどの声でそうつぶやいた。
さっきまでの慧の瞳は両方とも赤だった。
だが、先ほど立ち上がった時の慧の瞳は赤と青のオッドアイになっていた。
左目が青く染まったのだ。
昨夜、慧が風呂場で見たように。
「Wの能力者……その能力見せてもらうわ」
少女は走り出した慧に向けてそうつぶやく。
そして、少女が少年を地面に置いた瞬間、少女の姿は現れた時と同じように突然消えた。
というわけで、やっと3話の投稿です。
序盤から出てきた少女の正体はわりとすぐに明らかになります。
少女の発したWの意味も察しが良い方はすぐに分かるかも……?
因みに読んでもらった方は分かると思いますが、怪人は普通に喋ります。
まぁ、喋れない怪人もいますが……。
次回は能力に覚醒した慧と化け物の戦いです。
次回もまた、読んでくれると嬉しいです!!