第2話 異常との接触
今回は慧の説明も軽く入ってます。
最後には───。
チャイムの音が高校中に響き渡ると生徒たちのテンションは一気に上がった。
慧も授業の教材を机にしまうと鞄から弁当箱を取り出す。
「おいっ、影野~。昼飯一緒に食おうぜ~」
「待っててやるからさっさと弁当なりパンなり買って来い」
「おうっ」
慧の言葉にそう返事すると金髪が目立つ男子生徒は即座に教室を出ていく。
友人が来るまで弁当がお預けになった慧は背中を椅子の背もたれに預けながら昨夜のことを考える。
突然左目に映った流星群。
何度も気のせいだと思ってもそのことが頭から離れてくれなかった。
同時に、風呂場で左目が青く染まったことも慧の不安を駆りたてる。
「一番まともな考え方は何らかの異変で頭痛が起こり直前まで見ていた流星群が濃く記憶に残っていたから幻覚を見た……と言いたいが」
右手を口元に当てながら小さくそうつぶやく慧だったがその考え方を慧自身が否定していた。
あの時、慧は確かに流星群の光景を見ていたが同時に妹である美奈の姿も見ていたからだ。
つまり、慧は幻覚と現実の両方を同時に見たことになる。
「あり得るのか……?」
呟きながらも慧は昨日、風呂場で出したように『あり得ない』という結論を出す。
化学的根拠があるわけではないのだが、どうしても『あり得る』という結論を出すことができなかった。
「お待たっせ~~~~~!!」
慧が考え事をしていると、パンを購入しに行ってた友人が戻ってくる。
結局、慧は『病院に行けばわかる』と自己完結させて友人の方を見た。
友人の姿を確認した瞬間、慧は目を見張った。
クラスでも目立つ金髪を持っている友人はパンが限界まで詰められたビニール袋を持っていたからだ。
「どうしたんだ煙道? そんなに戦利品を手にして……まさか、遂にカツアゲでもしたか?」
「するか!! 全部買ったんだよ……」
慧の言葉を金髪の生徒『煙道当夜』は即座に否定すると慧の机の真上で持っていた袋を逆さにした。
当然のごとく、袋に詰められていたパンは机に落ちていく。
「一緒に食べようぜ!!」
「……用件は?」
サムズアップをしながら満面の笑みでそう言う当夜に対し慧は冷ややかな視線を当夜に送りながらそう返した。
友人関係にあるからこそ分かるが、煙道当夜という人間は何の目的もなく友に食事を奢るような男ではないのだ。
───というよりも、当夜はすでに慧が弁当を持っていることも知っている。
「いや~、ちょっと、お前の愛妻弁当のおすそ分けをしてもらいたいかな~って」
「……俺の耳がおかしいのか? 今、愛妻弁当と聞こえたんだが?」
「言ったよ!! だって、羨ましいじゃねえかよ……。毎日毎日手作りの弁当を持ってきてさ……普通、妹が毎日弁当を作るか?」
「妹は中学生だからな……よって、毎日の昼が弁当なわけだ。そして、これはそのついでだ」
無駄にハイテンションになっている当夜に冷静にそう教える慧。
実際、何度か慧は自分の弁当は用意しなくても良いと美奈には言ってるのだが、そのたびに『一人分作るのも二人分作るのも手間は変わらない』と言ってくるのでいつの間にか、美奈に作ってもらうのが当たり前になっていた。
「ついででもなんでも女の子に弁当を作ってもらうなんて羨ましすぎるんだよ!! ……というわけで、はんぶんこしようぜ」
「いやだ」
「お願いします。今日だけなんで……えぇ、もう。ここにあるパンを全て献上しても良いですから!!」
よほど、『女の子の作ったお弁当』が食べたいのか慧にバッサリ断られても当夜は机に手をついて頭を下げながら頼み込んでくる。
────おっ、面白いのがやってるぜ!
────何だ何だ? 喧嘩か?
────いや、煙道が一方的に謝ってるみたいだぜ。
同時に、そんな当夜の行動につられて野次馬も二人の周りに集まってきた。
何気ない日常を過ごす高校生にとっては些細な出来事でも物凄く興味を引かれる。
「……食え」
「─────えっ?」
「全部やる。……その代わり、今日だけだ」
突然の慧の言動に当夜は唖然とした。
頼み込んでおいて言うのもなんだが、まさか全部もらえるとは考えていなかったのだ。
「い……いいのか?」
「あぁ。俺はパンを食うからな」
そう言うと、慧は机の上に乗せられたパンの山から適当に一つとると袋を開けて食べ始める。
慧がパンを食べ始めると、すでに二人の間に起こっていた出来事が終わったことを悟った生徒たちが次々と元いた場所に戻って行った。
「い……いただきます」
お礼を言おうにもパンを食べる慧から妙な威圧感を感じている当夜は手を合わせてそう言うとゆっくりと弁当箱を開けて食べ始める。
「……うめえ。お前の妹って料理うまいんだな」
「…………」
「こんなうまい料理が毎日食えるだなんてお前も幸せ者だな~」
「…………………」
返事はない。
どんなに、当夜が呼びかけても慧は無言でパンを貪っていくのみだった。
「……不思議なものだな」
「……え?」
「野球をやってた頃は目立つのはとても喜ばしいことだと思ってたのに……今はただ、嫌気が差すだけだ」
今度は当夜が何も言えなくなる番だった。
慧と当夜───二人は同じ中学出身で二人とも野球部のレギュラーだった。
慧がファーストで当夜がセカンド。
ピッチャーのように目立つポジションではないが、相手を直接アウトにすることのできるこのポジションに二人とも誇りを持っていた。
二人の通っていた中学の野球部が県でも強豪の部類に入っていることもあり二人は大会で活躍するごとに目立った。
だが、慧は一年ほど前から別のことで目立っている。
両親を失った可哀そうな男。
その噂はすぐに学校中に広まり、周りは慧に優しくした。
だが、その優しさは逆に慧の心を傷つけた。
周りが優しくすればするほど、自分が可哀そうに見られていると自覚してしまうからだ。
「また……さ、野球やればいいじゃん! お前の実力だったらすぐにレギュラー取れるぞ。俺とお前でさ……また、活躍してあのころのように目立とうぜ!! ……今のお前は昔と何も変わらないと証明するためにさ」
「悪いが……それは無理だ」
「どうして!?」
個人が踏み込んではいけない領域───そう、自覚しつつも当夜は聞いた。
一年前、突然慧が自分が所属していた野球部に退部届を出した時、誰よりも必死に考え直すように言ったのは当夜だった。
両親が死んだため野球を続ける余裕はない。
そんなことは分かっていた。
だが、分かってはいても二人で野球を続けた中学生の頃の思い出と一年の途中までの思い出が当夜の頭を離れることはなかった。
「……もう、あいつを泣かせたくないからだ」
「おいっ、それってどういう────」
「昼休みが終わるぞ。とっとと食え」
当夜の言葉に上乗せするかのようにそう言うと慧は再びパンを食べることに没頭する。
当夜の方もそれ以上何も聞くことなく再度弁当を食べ始める。
6時間目の授業の終わりを告げるチャイムが学校中に響くと生徒たちは一斉に帰りの支度をし始めた。
「おいっ、まだ授業は終わってな─────」
「時間は守りましょうよ。先生」
まだ、授業の方は続きだったため生徒たちに注意しようとする教科担任だったが生徒の一人に逆に言われて何も言えなくなった。
授業が長引くことで有名の世界史の授業を受けている生徒から見れば、世界史が6時間目なのは幸運以外の何物でもなかった。
通常の授業だったら、次の授業まで10分程休憩があるためその休憩を削って授業ができるが、6時間目が終わると即帰りのホームルームが始まるため削る時間が無いのだ。
帰りのホームルームをするために担任が教室に入ってくると入れ替わるように世界史の教科担当は教室を出て行った。
「放課後だ~~~!! ……と言っても、俺は部活だがな。お前はどうするんだ?」
「俺はこれから病院だ」
「病院? どこか悪いのか?」
「頭がちょっとな……」
帰りのホームルームが終わって駆け寄ってきた当夜にそう誤魔化すと慧は荷物を持って教室を出て行った。
残された当夜は一人慧の言葉の意味を考え始める。
慧の通う高校『蒼鷺高等学校』通称、蒼鷺高校の校門の前では美奈が慧のことを待っていた。
別に約束したわけではない。
そもそも、待ち合わせ場所も家だったのだが、帰りに勝手に病院に寄られることを恐れたのだ。
「あっ、お兄ちゃ~ん!」
「……おかしいな。いつから、校門の外が家になったんだ?」
待つこと十数分。
やっと、慧が自転車に乗りながら校門から出てきたため笑顔で迎えた美奈だったが予想通り、慧が温かく迎えてくれることはなかった。
「まぁまぁ、良いじゃん。一緒に病院にいこ」
「自転車を置いてくるからもう少しここで待ってろ」
「は~い」
本当だったら小言の一つでも言いたい慧だったがここは高校の目の前の上に今、怒っても妹が家に帰るはずもない為慧は観念して自転車を駐輪場に置きに行った。
見たところ、学校帰りらしく美奈は自転車に乗っていなかったからだ。
その場合、強制的に病院に行くのも家に帰るのも電車を活用しなければならないのだ。
慧たちの家の最寄りの駅から一駅離れた場所に都内でもっとも大きな病院が存在する。
その病院の三階には入院患者のための病室があった。
「……はぁ」
部屋のベッドに座りながらため息をつく小学生らしき少年も入院患者の一人だった。
「明日……」
かつて、少年は交通事故に遭い命を取り留めたものの両足をマヒするという後遺症を負った。
一応、歩くことはできる。
だが、走ることはできないし歩くのも長時間は無理だった。
その足の手術が明日だった。
医者は手術をすれば必ずもう一度走れるようになると言っていた。
それでも、少年は手術を受けることが不安だった。
「もう、明日なんだよな……」
話を聞いたときは素直に嬉しかった。
両親も喜んでくれた。
だが、時間が進み手術の日が迫るごとになかったはずの不安は少年を襲い始めた。
少年はベッドの隣にある棚に置かれた石を取ると両手で包み込んで胸に当てた。
その石は今日、両親に無理言って散歩に行った時に病院の庭で拾ったものだった。
漆黒に染まった綺麗な石。
母はこの石は『こくようせき』なのだと教えてくれた。
理由はわからないが、少年はこの『こくようせき』に物凄く興味を惹かれた。
持っているだけで力をもらえるような感じがするのだ。
「もし……」
何分か『こくようせき』を持ったままじっとしていた少年はポツリとつぶやく。
「もし……明日、先生がみんな休んだら手術しなくてもいいのかな」
少年はそうつぶやく、
自分の不安を言葉にして。
そして、一度口にした言葉は少年自身に影響を与えた。
目の前の不安。
それから一時的にでも逃げるために少年は禁句を口から発した。
「明日、先生全員休んでくれないかな……」
その瞬間、少年の持っていた『こくようせき』が光出す。
慌てて『こくようせき』を体から離して『こくようせき』の様子を確認した少年は目を見開いて驚いた。
さっきまで漆黒だった『こくようせき』に白く文字が浮かび上がったのだ。
『STONE』と。
浮かび上がった白い文字はそのまま光となって『こくようせき』を包む。
少年の手から離れると『こくようせき』は少年の目の前でその姿を変えていった。
病院の一室では医師が慧と美奈の目の前で慧の検査の結果を見ていた。
慧と美奈は緊張した表情で医師の言葉を待つ。
「……体には何の異常もないと思いますよ」
「本当ですか!?」
「あ……あぁ、本当だとも」
飛びかかんばかりに椅子から身を乗り出した美奈をそう制すると医師は一息ついてから慧と美奈のほうを見る。
「検査の結果を見ても特におかしい部分は見当たりません。おそらく、疲労が原因とみて間違いないかと……」
「よかったねお兄ちゃん!!」
「あぁ。これでやっと心置きなくバイトに行ける」
「何言ってるの!? 今日はお休み! 家でゆっくりしてて……」
「異常はないんだからいいだろ?」
「疲労が原因とみて間違いないって言ってるんだよ!!」
「……分かった分かった。バイト先に連絡しておく」
しつこく食い下がる美奈を見て慧はすぐに降参した。
ここまできた状態で無理やりバイトに行こうものなら拗ねて一週間は口をきいてくれなくなるからだ。
しかも、台所は美奈の管理下にあるため今後一週間の食事にも影響が出る恐れもある。
「ところで先生……何か騒がしくありませんか?」
「あぁ、私もそれは気になってた」
今、慧たちがいる部屋は外からの音を寄せ付けずこちらの音も外に漏らさない……つまり、防音状態だった。
本来は患者の親族と病状について話をしているときに第三者……多くの場合患者事態に話の内容を聞かれないようにするための設備だ。
「この部屋に聞こえるということは……外で何かがあったのかな?」
そういいながら席を立つと医師は部屋の扉を開いた。
直後、多くの悲鳴が三人の耳に響く。
「なんだ!?」
考えるよりも先に廊下に出ると慧は悲鳴のする方向へ走る。
そして、その足は不意に止まった。
「おにいちゃん……足早すぎだよ……っで、どうしたの?」
「なんだ……あれは?」
慧の声が震えていることに疑問を抱きながらも慧の向いている方向に目を移した美奈は驚愕の表情になった。
二人の目の前では一般人や看護婦、医師や警備員が声を出すこともなく倒れていた。
わずかに逃げ惑う人々の中に混じっている……異常の存在。
『石の皮膚を纏った化け物』
そんな表現が慧の頭をかすめた。
形は間違いなく人型をしている。
だが、その体を纏っているのは柔らかい皮膚ではなく石だった。
「……逃げるぞ」
そう、言うしかなかった。
目の前の存在は間違いなく危険だ。
そう、本能が訴えていた。
「いたぞ~!! 奴を捕まえろ~!!」
立ち尽くしている慧と美奈の背後から警備員が数人走り去ると化け物に向かっていく。
だが、すぐに警備員は地べたに這いつくばらされた。
化け物は殴っただけ。
だが、その拳は文字通り石のように固い。
慧と美奈は走った。
この場にいれば殺される───そんな恐怖が二人を襲った。
「もうやめてええええええええ!!!」
叫びながら車いすに乗った少年は二人とすれ違った。
「─────なっ!? 美奈!! 先に行ってろ!」
「何言ってるの!?」
「いいから!!」
半ば強制的に美奈を走らせると慧は少年の乗る車いすを背後からつかんだ。
少年は泣き叫びながら慧のほうを見た。
「邪魔しないで!! あの化け物は僕がとめないと……僕が生み出したんだから!!」
「そっちは危険だ! 俺と一緒に逃げろ───待て。お前今……なんて言った?」
慧はただ、車いすの少年を連れて逃げようとしただけだった。
美奈を先に行かせたのは車いすを押すより一人で走ったほうが間違いなく早く安全だからだ。
だが、少年は今言った。
自分があの化け物を生み出したんだと……。
「おいっ!? どういうことだ? なんなんだあれは?」
「こくようせきだよ……」
「黒曜石?」
「そう、僕が今日拾ったんだ……そしたら、あんな化け物に─────」
慧はだんだん自分が苛立っていることを感じた。
少年の拾った黒曜石が化け物に?
そんな冗談に付き合う余裕など持ち合わせていないのだ。
「ふざけるな! 石が化け物に? いい加減に─────」
「本当だよ!!!」
慧は言葉を失った。
涙目で叫んだ少年は必死だったからだ。
嘘じゃない……?
そんな考えが慧の頭に浮かぶ。
「……詳しく説明してくれ」
「僕は明日手術なんだ……」
「手術?」
思わず聞いた慧だったがそれで少年が車いすに乗っている理由を理解した。
少年は慧の言葉に小さく頷くと小さく話を続ける。
「怖かったんだ……先生は絶対に成功するって言ってた……だから、最初は安心できた。だけど、明日になると怖くて……怖くて。だから、言ったんだ……明日先生が全員休んでくれないかなって……そしたら、こくようせきが突然光って─────」
「化け物になった?」
少年は小さく頷いた。
おそらく、その言葉に嘘はない。
というよりも、背後に存在している石の化け物が少年の言葉の真偽を証明していた。
「まるっきり、SFの世界だな……」
「全部僕のせいなんだ……僕の」
少年は泣きながらそうつぶやく。
「ぐぁっ……」
鈍い音と同時に男性の声が聞こえたため慧が振り向くと警備員の一人が化け物の足にすがりついていた。
その顔が血まみれであることが今まで必死に石の化け物と戦っていたことを物語っていた。
化け物は警備員を蹴り飛ばすと起き上がろうとした警備員を殴った。
殴られた警備員が地面に倒れるともう、誰も起き上がらなかった。
「あ……あっ……」
少年はその光景を見て信じられないように首を振る。
自分が願ったせいで多くの人間が傷ついてしまった。
もしかしたら、死んでしまったかもしれない。
その事実が少年を襲う。
「くそが……」
そう呟くと今まで視線を少年に合わせるため立膝をついていた慧は立ち上がった。
そして、化け物を睨む。
「おい、少年……あいつはお前の恐怖の象徴ってことでいいのか?」
「えっ?」
「あいつを倒せばお前は明日の手術に挑めるのか?」
「何を言って……」
「俺が倒してやる」
少年のほうに顔を向けながら慧はそう言い放った。
その瞳には迷いがない。
「何言ってるの!? 無理に決まってるじゃん」
「あぁ、無理かもしれないな……」
「だったら────」
「だけどさ……全部無理とか怖いとか言いながら逃げてたら何もできなくなるぜ? 俺はあの化け物から逃げない……だから、お前も明日の手術を逃げるな」
「どう……して……?」
少年は信じられなかった。
目の前にいるのは完全な化け物。
怖くないはずがない。
なのに、目の前の青年は逃げないという。
「どうして!?」
「嫌いなんだよ……子供の涙は……一年前に見飽きたからな」
それだけ言うと、慧は肩から下げていたバッグを放り捨てて化け物に向かって走りだした。
というわけで、慧の過去の話からいきなり、化け物との接触まで行きました。
物語を読むと慧が何の理由もなく少年のために化け物と戦っているように見えるかもしれませんが、一応慧にもそれなりの理由があります。
それはまた、次回。