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第13話 磁力の壁

結佳の言葉の後、慧は何も言えなかった。

正直、彼女の友達が生きていると聞いたとき、安心していた。

生きていてよかったと……心の底から思っていた。


だが、それは甘かった。


どうして、タクシーで彼女の友達の安否を聞いたときに彼女の恋人と二人を助けてくれた人のことも聞かなかった?


そんな考えが頭をよぎる。

だが、慧はその考えを無理やり押し込めた。

今は後悔している時ではないから。


「………彼女の……お前の友達はどうなんだ……大丈夫なのか?」


結佳が言葉を発してから数秒経った後、慧はそう聞いた。


すでに、結佳の友達の怪我が軽傷なのは知っている。

だが、話を聞いた瞬間──────状況を理解した瞬間、心配なのはその友達の体ではなく心だった。


結佳は慧の目を見るとすぐに言い放った。


「大丈夫なわけないでしょ? 涙が枯れるまで泣いてたのに……それでもまだ、泣き続けてるわよ」


その言葉は静かな怒りに満ちていた。

慧は静かに拳を固く握りしめる。


我慢できなかった。


「俺は………馬鹿だ」


小さく、結佳にも聞こえないような声でそうつぶやく。


思い出すのは慧がこの場所に来ることを決めた時に結佳に電話した時の会話。

あの時、香椎結佳はなんといっていた?

答えは……今と同じ言葉。


─────答えを言う前に一つ聞かせてくれ……お前の知っている事件では誰かが泣いているのか?


─────涙が枯れるまで泣いて……それでも、なお泣き続けている子を私は知ってるわよ。


彼女の戦う目的にたどり着く道はどこにでもあった。

少し考えれば分かることだった。

だが、慧はそこに辿り着くことができなかった。


「俺は……馬鹿だ!!」


慧は叫んだ。

これ以上は我慢できない。


「香椎……すまなかった」


「どうして、あなたが謝ってるの?」


「俺はお前の友達があのダストに襲われたことを知っていた……なのに、お前が命を懸けてまであのダストを倒そうとする理由が分からなかったんだ」


慧はその場で頭を下げてあやまった。

大切な人が傷つく恐ろしさを慧は知っている。

だからこそ、分かってやれなかったことが悔しかった。


「俺は……誤解していた」


「何を?」


「お前のことをだ。俺はあの日─────────俺が能力に覚醒した日のことを心のどこかで引きずっていたんだ」


「……意味が分からないんだけど?」


「あの日、お前は俺の前に姿を現す前から病院にいたんじゃないか?」


「……それが?」


「やっぱりな。だが、お前は俺たちを助けなかった……理由は俺を能力者へと導くためかそれ以外か分からないが……少なくとも、俺とあそこにいたガキは死んでもおかしくなかった。だから、思うことを躊躇っていたんだ……お前が誰かを傷つけられて怒っていたということを」


静かに慧は結佳に向けてそう言う。

本当に少し考えれば分かることだったのだ……結佳がどうしてマグネット・ダストに執着していたのか。

だが、過去の経験が思い込みとなって慧が結佳の怒りの理由を知るための道筋を断っていた。


「…………いったい、あなたはそんなことを私に暴露して何がしたいの?」


「お前と一緒に戦いたい」


「はぁ?」


「お前があいつを倒さないといけない理由は分かった。だが、あいつの能力は厄介だ……正直、強い。だから、二人で協力しよう。お前は一人で戦うんじゃなくて、俺はお前を守るんじゃない………二人で協力してあいつを倒すんだ!」


結佳は目を丸くして黙り込んだ。

しばらくして、ゆっくりと目をつぶり軽く深呼吸をすると、体の向きを変えてマグネット・ダストの方を見る。


「香椎……?」


「何してるの? 私たちは協力関係を結んでるんでしょ? さっさとあのダストを倒すわよ……二人で」


「……あぁ」


結佳の言葉に嬉しそうに答えると二人は剣とナイフを構える。

そして、同時に走り出した。






すでに、マグネット・ダストの能力の正体は暴いた。

目の前の怪人は名前の通り、慧と結佳の体に流れる『生体電流』と呼ばれる電流に磁石のように干渉してその体を自らのもとへと引き寄せていた。

だから、二人はマグネット・ダストから極力離れないようにしながら剣とナイフで斬っていく。

距離が近ければ引き寄せられても問題ないからだ。


「香椎!」


マグネット・ダストを斬った後蹴り飛ばすと、慧は結佳に向けて叫んだ。

結佳も慧の意図に素早く察すると小さく頷き、ナイフを横に水平に構えた。

一瞬後、結佳の姿は消え、慧と結佳から離れ能力を使う絶好の機会だったマグネット・ダストの体がよろめいた。

そして、そのままダンスでも踊っているかのようによろめいていく。


「超高速での連続斬撃……いくら、ダストでもそんな攻撃を受けていれば磁力なんて操ってられないだろ」


剣を構えたまま、慧はよろめき続けるダストから少し離れた位置でそう呟く。

できれば、このまま結佳がダストを倒すことを慧は望んでいた。

おそらく、結佳自身も友達とその恋人の仇をとりたいだろうから。


「グァ…………」


ダストが発したうめき声。

ソレが慧の耳に聞こえてきた瞬間、ダストを斬り続けていた結佳の体は吹き飛んだ。


「香椎ッ!?」


緊張感だけは保ち続けていたため、すぐに反応した慧は走り出すと結佳の体を支える。


「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


ダストのうめき声が叫び声に変わると結佳の体を支えていた慧自身も遠く吹き飛ばされた。

結佳を守るために強く抱きしめながら慧の体は地面を転がり続け二人が止まるころにはダストとの距離もだいぶ開いていた。


「香椎……大丈夫か?」


「えぇ……おかげさまで怪我はないわよ……」


「そいつは安心した……だが、くそ……やっぱり、追い詰められると反発かよ!」


叫ぶと慧は走った。

だが、その足は途中で止まる。


「ッ!?」


ダストのもとへと向かう途中、まるで見えない壁のようなものが慧の進行を邪魔していた。

なんとか、力づくで通ろうとした慧だったが、次の瞬間、その体は吹き飛ばされた。


「影野!」


「大丈夫だ……くそ、あいつのところに行けなくなってやがる……」


「どうやら……ダメージを負わせすぎたみたいね」


「どういう意味だ?」


「一種の防衛本能でしょ? これ以上、ダメージを追わないため私たちが近づけないように磁力のバリアを張ったのよ」


その言葉を聞いて、慧は舌打ちした。

引き寄せられるのも厄介だったが、このまま、反発され続ければ倒すことなどできないのだ。

だが、マグネット・ダストを守る見えないバリアは決して固いとかそういうわけではない。

慧と結佳、二人の……人間の持つ『生体電流』に反応して二人は反発される。


「だったら……むりやり、近づくしかないか……」


小さく、そう呟くと慧は結佳の方を見た。

結佳の方もダストにどうすれば近づけるか考えているらしく、その視線はマグネット・ダストに集中している。

だが、体力の方も限界なのだろう、酷く汗を流しながら呼吸が乱れている。


「香椎」


「……何?」


「一つ、試したい方法がある……悪いけど、もう少しだけ頑張ってくれないか?」


その言葉を聞くと、結佳はダストに向けていた視線を慧に移す。

その瞳が慧に言葉の意味を訪ねていた。


「俺があのバリアに反発されそうになったらさ……能力を使って超高速で俺の背中を蹴り飛ばせ」


「はぁ!? 何言ってるの? てか、正気?」


「正気だよ。磁力で反発されるんだったらソレよりも強力な力でダストのもとに行けばいい」


慧の言葉を聞いて、結佳は何も言えなくなった。

確かに、超高速で移動する際の運動エネルギーをそのまま蹴りとして慧の背中にぶつければ磁力のバリアを突き抜けてダストのもとに行けるかもしれない。

だが………それは無謀な賭けだった。


「そんなことをしたら強力な二つの力に潰されてぺっちゃんこになるかもよ。第一、ソレだったら私が自分で行った方が確実でしょ?」


「アレは俺たちの体の電流に反応してるんだろ? だったら、本人じゃダメだ。外部から力を受け自分の意思じゃどうしょうもないレベルにまで達さないと」


「でも………」


そう言いながらも、結佳の言葉は続かなかった。

慧の言うとおりだからだ。

どんなに高速で走っても、自分の意思で止められる場合、磁力に反応して足が止まってしまうのだ。

磁力に反応しても止まらずにいるためには慧の言うとおり、外部から力を受けるしかない。

そして、自分の意思ではとめられないほど危険な速度に達さないといけないのだ。


「…………さっきも言ったけど、二つの力に潰されるわよ。あなたのやろうとしていることは強力な壁に高速で突っ込むのと大差ないんだから」


「大丈夫さ」


「その自信はどこから来るの?」


「妹に言ったんだよ……明日の朝食を楽しみにしてるって……だから、大丈夫だ。ここで潰されて死んだら約束を破ることになるだろ?」


「そんな約束……なんの力にもならないわよ」


「なるさ……それを俺が証明してやる」


「勝手にしなさい」


「あぁ。だから、走ってる途中で息切れなんて真似はやめてくれよ」


「………今のうちに深呼吸しとくわよ」


その言葉に慧は苦笑いすると、剣を逆手に持ち替えてダスト目がけて走る。

マグネット・ダストの耳障りな叫びが鮮明に聞こえてくるのとほぼ同時に磁力のバリアにぶつかった。


「香椎、やれ!!!」


身体が吹き飛びそうになるのをなんとかこらえながらそう叫ぶと、すぐに背中に強力な衝撃が伝わってきた。

身体がバラバラになりそうなほどの痛みが身体中に走ると慧の体は磁力のバリアを無視しながら吹き飛んでいく。

前と後ろの強力な力に潰され、失われそうな意識をなんとか手放さずに慧はダスト目がけて飛んでいく。

だが、その速度はだんだん落ちて行った。


「くそっ………届かない」


結佳によって蹴られた衝撃がなくなり、磁力によって体が吹き飛びそうになってもマグネット・ダストは慧の剣の届く距離にはいなかった。


「諦めて……たまるかよ!!」


叫ぶと慧は剣を大きく後ろにやる。

そして、マグネット・ダスト目がけて剣を投げた。

剣は慧の手を離れるとすぐに光り始める。

元のボールペンに戻ろうとしているのだ。


「まだ、戻るな……届け………届けえええええええええええええええええええ!!!!」


慧の叫びに反応したのか光を発しながらも剣としての姿を維持していたボールペンはダストに刺さった。

その攻撃でダストがひるむと、磁力のバリアは消えたらしく吹き飛んでいた慧の体は地面に転がる。


「香椎!! 今だ………行け!!」


転がりながらも発せられた慧の叫びに、地面に立膝をついていた結佳は小さく頷いた。

同時に、超高速でマグネット・ダストの前に移動する。


「これで……終わりよ!!」


慧の攻撃でひるんでいたマグネット・ダストを結佳はナイフで斬った。


「グァ……アアアア………」


マグネット・ダストの叫びが途切れ途切れになるとその姿は光に包まれて消えていった。

残ったのは砕かれた黒い石のみになった。


マグネット・ダストの消滅を確認すると結佳はおぼつかない足取りで地面に倒れたままの慧の所まで向かう。

慧の目の前まで来るとゆっくりと、手を差し伸べた。


「いつまで、寝てるのよ……早く立ちなさい」


「悪いな……っと」


「ちょっ!?」


だが、結佳自身の体力も限界だったため慧を起こすつもりが逆に、そのまま慧の上に倒れてしまった。

無言の時間が数秒続いた。


「あの………起きてくれませんか?」


「分かってるわよ……分かってるんだけど………」


必死に立ち上がろうとする結佳だったが、すでに立ち上がる体力も失われているらしくその腕は結佳が立ち上がるよりも先に折れた。


「お~い、個人的には柔らかい物体がいい感じに俺の疲れを癒してくれるんだが……そろそろ、帰らないと朝になるんだけど」


「ちょっ、うるさいわよ変態! 今どくから待ってなさい………あぁ……力が出ない~」


必死に気力で立ち上がろうとする結佳だが、限界を超えた体力は結佳の体を支えてはくれない。

軽くため息をつくと、慧は結佳の体を抱いたまま体を起こし、結佳の体を一度どかすと立ち上がった。


「ほら、肩貸してやるからさ……なんとか、駅まで歩こうぜ……急がないと終電までなくなっちまう」


「いいわよ……あらかじめ、タクシー会社に予約はしてあるからここまで来てもらうわ」


そう言うと、結佳は携帯を取り出してどこかに電話をし始める。

十中八九、タクシー会社なんだろうと予想しながら慧は結佳の隣に座りなおした。


「すぐに来るって言うから待ってましょ」


「へいへい……」


そこまで言うと会話することもなく二人は暗い夜空の中地面に座りながらタクシーを待っていた。


「てかさ……あなた、モデルガンとか持ち歩いてないの?」


数分後、先に沈黙を破ったのは結佳だった。


「日常的に持つにはかさばるだろ? モデルガンは……」


「でも、飛び道具があれば色々と便利よ」


「じゃあ、今度銃型のキーホルダーでも探しとくよ」


「そうしなさい……ってほら、もう来たわよ」


暗くてよく分からないが自動車のライトがゆっくりとこっちに近づいてくるのが遠目でも分かった。


「随分と早いな」


「私たちが乗ってきた車をここら辺で待機させといたのよ」


「なるほどな」


慧がそう言うと、休んでいる間に体力を回復させた結佳は立ち上がり、タクシーとは反対であるマグネット・ダストが倒された方向に向かう。


「どうした? タクシーはこっちだぞ」


「カバンを投げ捨てたままなのを忘れてた」


慧に向けてそう言うと、結佳はマグネット・ダストと戦っている途中で投げ捨てたカバンを掴み、その中からビニール袋を取り出すとマグネット・ダストが倒された場所に行き、そこに落ちている石をビニール袋の中に入れてカバンに戻す。

そして、タクシーのところには行かずに立ち止まっている慧のところに戻った。


「あら、待っていてくれるだなんて優しいじゃない?」


「いつ倒れるか分からない女を置いて行けるかよ」


慧の言葉に苦笑いで返すと結佳は向かってくるタクシーに向けて手を上げた。






タクシーの後部座席で結佳は疲れ果てて眠ろうとしている頭を起こしながら考えていた。

内容は慧が戦っていた化け物。


(あいつらは確かにダストではなかった……じゃあ、もしかして……)


そこまで考えて、結佳はカバンからダストだった石を取り出す。

砕けた石はもう誰かの願いを叶えるためにダストに姿を変えることはないだろう。

しかし、かといって用済みというわけでもない……。

何故なら、この石は慧や結佳たちに能力を与えた流星群の欠片。

例え、砕けたとしてもそのことに変わりはない。


「ふぅ」


石をカバンに戻すと結佳は隣を見た。

そこでは慧が眠っている。


「…………あなたの方が疲れてるんじゃないの?」


起こそうとしたつもりが逆に起こされかけるという十数分まえの失態を思い出しながら結佳は誰にも聞こえないような音量でそう呟いた。

その頬はその時に起きた恥ずかしさのせいで若干赤い。


「でも……まぁ、あなたには助けられたわ」


正直、慧がいなかったらマグネット・ダストは倒せなかった。

一人で戦っていたら友達の復讐のことばかり考えて逆上し、ダストの能力である磁力に翻弄されたまま殺されていただろう。

認めたくはないが、認めるしかない。

自分は影野慧という男に助けられたんだと。


「……………私は………私たちは頑張ったよ」


誰にも聞こえない声で結佳は呟く。

ソレは今も病院にいるであろう友への言葉。


「だから、あなたも頑張りなさい………そうすれば、彼も頑張ってあなたのところに帰ってきてくれると思うから……」


そこまで、呟くと結佳は目を閉じた。

目を閉じると、今朝、学校に行く前に見舞いに行ったときに見た彼女の悲しそうな……だけど、すでに涙を枯らしていた顔が脳裏に浮かぶ。


「信じてるから……きっと、あなたはまた、笑えるって」


そう呟くと、結佳の意識も段々と薄れてゆく。

そのまま、二人はタクシーが慧の家の最寄駅に着き、運転手が声をかけるまで静かに眠っていた。

四月から大学生活が始まりました。

………いや、環境が変わるのって大変ですね……おかげで中々執筆できずにもやもやとする日常が続きました。


今回の話でまた少し、慧と結佳の仲が深まりました。

同盟を組んでいる二人ですが、慧は結佳のことについては全く知らないためその信頼関係は綻びだらけです。

そんな二人がお互いを信頼していく過程もこの作品の見どころの一つなわけですが……うん、先は長そうですね。


次回は今回の話の後日談です。

慧と結佳の信頼関係同様いつごろ投稿できるのかは分からないですが、気長に待っていてくださると嬉しいです。

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