第11話 二つの選択肢
バイトから帰り、そのままリビングに向かった慧はその場で目を見開いていた。
信じられない光景がそこにあった。
傷んだローブを身に纏い鎌を携えている骸骨──────まるで『死神』だと思えるような存在が現在、影野家のリビング────慧の前に立っていた。
だが、慧が驚愕しているのは死神が目の前にいるからではない。
慧は知っている。
目の前の死神は正確には、死神ではなく死神の姿をした化け者だということを。
ダスト。
クラスメートに言わせれば、流星群の欠片が所有者の願いを叶えるために化け物の姿になった奴ら。
つまり、目の前の死神────名づけるなら、デス・ダストは誰かの願いを叶えるためにここにいることになる。
誰が?
何故?
疑問はある。
だが、慧はそれらの疑問をすべて捨ててただ、一点のみを凝視していた。
デス・ダストの持つ鎌を─────正確にはその鎌の血に汚れた刃を。
慧は呆然としながらも視線を下に移す。
フローリングの床は赤い液体で汚れていた。
そして、その中に一人の少女が倒れていた。
「美……奈………?」
かすれた声で少女の名を呼ぶが少女は返事どころか、身動きすらしない。
「美奈!?」
今度は叫ぶ。
だが、結果は同じ。
「力ヲ持ツトイウコトハ己ノ身ヲ危険ニ晒ストイウコト……ソシテ、ソレハ同時ニ周リノ人間ヲ危険ニサラストイウコトデモアル」
地獄から響くかのような不気味な声がデス・ダストから聞こえてくる。
慧は静かに制服の胸ポケットからボールペンを取り出した。
ペンは輝きだし一本の剣になる。
「力ヲ持ツトイウコトハ己ノ身ヲ危険ニ晒ストイウコト……ソシテ、ソレハ─────────」
「黙れよ」
先程と同じセリフをデス・ダストが言い終える前に、慧はデス・ダストを斬った。
斬った感覚はない。
まるで、ローブの下には何も存在しないかのようにローブのみがへこむだけ。
構わず、慧は斬り続けた。
何度斬り続けてもダストは倒れるどころかその場を移動すらしなかった。
それでも、慧は斬り続けた。
何度も何度も何度も……。
「オ前ハ何ダ?」
斬られながら、デス・ダストは慧に向けてそう聞いてくる。
慧は無視してデス・ダストを斬り続けた。
斬りながら、慧は気づいた。
デス・ダストは確かに斬られている。
纏っているローブも、骸骨のような頭も、携えている鎌も─────それら全ては剣によって斬られ、確かに斬られた跡がそれらには残っている。
なのに、それらは切断されない。
とっくにボロ布として床に落ちてもいいはずのローブも、砕けて床に落ちてもいいはずの頭の破片も、真っ二つになって刃の着いている方が床に落ちてもいいはずの鎌も───────何一つ、本来あるべき場所から離れることはない。
斬られた場所は跡になっているが、決して傷にはなっていない。
「力ヲ手ニ入レ、『普通』カラ『異常』ニナッタオ前ハ何ダ?」
慧はデス・ダストの言葉を無視してデス・ダストを斬り続ける。
だが、いくら跡がついても傷はつかない。
とっくに、バラバラになってもいいはずの死神は平然と言葉を発し続ける。
「オ前の……戦ウ目的ハ何ダ?」
その言葉で、慧は遂に剣を振るう手を止めてしまった。
戦う目的は確かにある。
一年前の自分たちと同じようにどうしょうもなく、泣くことしかできない人たちを救う。
あの時に見飽きた子供の涙をこれ以上見ないで済むように戦う。
それが慧の戦う目的。
そんなのは分かりきっている。
なのに、慧は剣を止めてしまった。
そして、慧の動きが止まると同時に、死神は動き出す。
あっちこっちに斬られた跡があり、とっくに切断されているはずの腕を動かして巨大な鎌を頭上に振り上げる。
ソレに気付いた慧はすぐに鎌に向けて剣を振った。
確かに、鎌は斬られた。
だが、跡がつくだけで、傷はつかない。
砕けるはずの刃はまるで、見えない力で引き寄せあっているかのようにその場に存在し続けている。
「─────────オ前ハ何ダ?」
数秒前に発した言葉をもう一度言うとデス・ダストは鎌を振り下ろした。
慧はとっさに、剣を構えて防御に徹した。
剣は砕けた。
何度攻撃しても砕けなかった鎌は慧の持つ剣をたった一撃で砕き、そのまま慧の頭上めがけて振り下ろされる。
瞬間、慧の視界は真っ赤に染まった。
目を開いて真っ先に視界に映ったのはコーヒーのカップだった。
「夢……なのか?」
寝起きのため、覚醒しきっていない頭で慧はそう呟く。
同時に、携帯がメールの着信を知らせてきたため慧は即座に携帯を取り出してメールを確認する。
受信していたのは2通。
1通────たった今、送られてきたのは先日、相手の強い要望で彼の友人とともにメアドを交換した後輩である黒鉄将輝だった。
『やっと、俺と坂井が入会するボクシングジムが見つかりました!! あっ、でも……また、あの化け物や別の能力者が現れたらすぐに駆けつけるんで遠慮なく電話してくださいね。 俺が影野先輩から受けた恩はそんなんじゃ全然返せませんけど、少しでも力になりたいんで!!』
文面を読み終えると慧は思わず苦笑いをした。
黒鉄将輝と拳を交え、不器用な男二人の友情を戻すという現実的なんだか非現実的なんだか分からないような放課後のあった日からすでにニ日が過ぎていた。
「やっぱり、メールだけで比較すると、二日前と同一人物とはいまだに思えないんだよな~」
小さく苦笑しながら慧は携帯を操作して将輝のメールよりも四分前に届いていたメールを確認する。
『もう少しで着く。』
文面はこれだけ。
だが、この文面を見た瞬間に、未だに覚醒しきっていない慧の頭は覚醒した。
ここは喫茶店。
そして、自分がここにいる理由は───────────メールの相手である香椎結佳に呼ばれたから。
彼女から電話があったのは授業が終わり、家に帰ろうと自転車を置いてある駐輪場まで足を進めた頃だった。
香椎結佳が慧たちの通う青鷺高等学校に転校してきてから経過した日数はわずか三日。
『お嬢様校である白麗学園から突然転校してきた美少女』という肩書まで手に入れてしまっている香椎結佳という存在がクラスに溶け込むにはまだ、早すぎる時間。
だからこそ、二人は『日常』では関わらない。
『日常』では香椎結佳は転校生であり影野慧は普通の学生だから。
『話があるの。悪いけど……今から指定する場所で待っていてくれないかしら?』
だが、一本の電話で『日常』では関わるはずのない二人は関わる。
『日常』から『異常』へと舞台を変えることによって────────。
「お待たせ」
「確かにはやかったな……とても、今日学校に遅刻してきたとは思えない」
香椎結佳が喫茶店に現れたのは慧がメールを確認してから約二分ほど経過してからだった。
寝ていたため時間の感覚はないが、先ほど確認した際に自分が彼女を待つために喫茶店に滞在していた時間が約三十分になるという事実を知ったため軽く嫌味を言っておくが、結佳は何も言わずに慧の向かいに座った。
「調べたいことがあってね……。クラスを中心に話を聞いていたのよ」
「調べたいこと? 遅刻と関係が?」
慧としては冗談半分に聞いたつもりだったのだが、その言葉を聞いた瞬間、結佳の目が険しくなったのに気付いた。
地雷を踏んだ。
すぐに、そう気づいたが、だからと言って何と言えばいいのか分からず慧は黙っている。
結佳も何も言わない。
その後に二人が言葉を発したのは注文を受けにきた定員に発した慧の「コーヒー」と結佳の「紅茶」という言葉のみ。
その後は、また無言の状態が続いた。
「………あなたは夜間外出はできる?」
結佳がそう聞いてきたのは、二人が注文した飲み物がそれぞれ二人の前に置かれた後だった。
「夜間外出? 具体的には何時だ?」
「そうね……十時ぐらいかしら?」
「確かに夜間だな……」
言いながら、慧は渋い顔をした。
結佳の言葉に答えるなら慧は夜間外出は『できる』
すでに、注意してくれるであろう親はいないのだから。
だが、だからといって問題がないわけではない。
今の慧には注意してくれる親はいないが、誰よりも慧を心配し何よりも側にいなければいけない妹がいるのだから。
「…………夜間外出の理由を教えてくれ」
「ダストが現れた」
予想していた答えだったため、慧は冷静に結佳の言葉を受け止めた。
同時に考える。
ダスト──────────結佳曰く、元は慧たちに力を与えた流星群の欠片が所有者の願いを叶えるために姿を変えた化け物。
そのダストが現れたということは誰かの願いを叶えるために活動しているのだろう。
おそらく、誰かの笑顔を犠牲にしながら。
ならば、すぐにでも倒さなければならない。
ここで返事をし、結佳と一緒にダストを倒しに行く。
そうしなければ、犠牲者は増えるばかりなのだから。
なのに、慧の口は動かなかった。
「別に無理に付き合ってとは言わないわ。時間的にも難しいだろうし……きっと、親もうるさいだろうからね」
「………………後で連絡する。時間をくれないか?」
「九時半までなら待つわよ」
「分かった」
短くそう言うと、慧は席を立つ。
途中、慧が最初に頼んだコーヒーと、後に二人が頼んだコーヒーと紅茶の伝票を確認すると、すぐにそれらをとった。
別に、結佳が飲んだ紅茶の代金までは払わなくてもいいのだが、ここで紅茶代をもらうというのも何故か嫌だったため深く考えずレジの前に立つとさっさと、金を払った後店を出た。
店を出ると、慧はすぐに携帯で時間を確認する。
時刻は16時27分。
「もう、美奈も帰ってきてるな……っと、電話か」
携帯のディスプレイにはバイト先の電話番号が表示されている。
「はい、影野です……はい? 店員が二人病欠? なるほど……分かりました。いえ、大丈夫です。では、17時から………はい。時間は………20時には帰らせてくれるとありがたいんですが……はい、ありがとうございます。では後程……」
通話を終えると、携帯をしまいながら慧は軽くため息をついた。
電話の要件はバイト先の従業員が二人休んだから時間があれば来てくれないかという要望だった。
慧は途中、美奈に『バイトに行く。9時には帰る。』という文面を送ると自転車をバイト先までこいで行った。
『──────────昨夜、四人を殺害し、三人に重軽傷を負わせるという殺人事件が起きました。犯人はまだ、特定できておらず警察は情報の提供を求めています────────また、警察の調べによると襲われた七人のうち、六人は三組の恋人だということが分かり、犯人の動機は恋愛に関係があると見て調査を進めています。』
「ひどい事件だな……」
「本当だね」
夕食を口に運びながら、慧と結佳は口々にそう呟いた。
現在の時刻は20時57分。
もうじき、結佳に連絡をしなければならない。
「どうしたのお兄ちゃん? なんか、難しい顔してるけど……もしかして、不味かった?」
「そんなことはない! 美奈の料理は相変わらず美味しいぞ! いや~、バイトで疲れた後の美奈の食事は本当に堪らない!」
「そう……なら、いいんだけど。そんな、無理してテンションあげられても心配するだけだよ?」
「ぐっ……」
妹の指摘に慧は思わず言葉に詰まってしまう。
美奈の方は料理が失敗していなかったことに安心したのか黙って食事を再開していた。
慧も食事を再開しながらそんな美奈の姿をみる。
─────────────守らなくてはいけない。
不意にそんな感情が慧を支配した。
両親が死んでから、その想いははるかに強くなった。
もう、父も母もいない。
守れるのは───────自分だけ。
何度も、そう考えてきた。
だが──だからこそ、慧は悩む。
─────────────俺は何がしたい?
偶然か必然か────運命か宿命か───慧は『異常』の能力を手に入れた。
その能力から逃げるという選択肢もあった。
能力を持ちつつも『異常』と関わらず、『日常』を過ごす。
そんな選択肢は確かにあり、妹を──────美奈を守っていくためには最も選ぶべき選択肢だと思う。
今も慧の目の前には選択肢がある。
一つ目は今日の夜、香椎結佳と一緒にダストを倒しに行く。
もう一つは妹と一緒に家で過ごし、平和な時間を満喫する。
美奈を危険に晒したくないのなら、生きて美奈も守っていきたいのなら夜間外出はすべきではない。
戦って死ぬかもしれない。慧の戦いに美奈も巻き込むかもしれない。───────取り返しのつかないことが起きるかもしれない。
だったら、家で平和な時間を過ごすという選択肢を選ぶべきなのだ。
「美奈……俺、今日………夜に出かけないといけないからさ………先に寝ててくれ」
「え?」
なのに、慧の口から出た言葉は選ぶべき選択肢ではなかった。
『日常』ではなく『異常』、『平和』ではなく『危険』。
「どこに……行くの? ………帰ってくるのは何時?」
数秒の間を置いてから、美奈はそう聞いてきた。
その表情は不安そうに曇っている。
「バイトに欠員が出ているから駆けつけてくれないかって頼まれてるんだ……普通だったら、断るべきなんだろうけど、あそこには世話になってるしさ」
可能な限り、冷静に慧はそう言った。
最初から、言い訳としても無理があるとは思っている。
だが、どんな理由を並べても美奈は絶対に納得しない。
二人っきりの家族だから。
だからこそ、慧は半ば強制的に外出できるような言い訳を言う。
バイトという名の……言い訳を。
「………帰ってくる?」
「明日、お前のつくる朝食を楽しみにしている」
「……絶対に?」
「俺の帰る場所はここしかないだろ?」
「………………………………今度……………デートしてもらうんだからね」
「……楽しみにしてるよ」
最後の言葉のみ苦笑いしながら返すと、美奈も少しだけ笑い、二人は食事を再開した。
『答えを聞かせてくれるかしら?』
時刻は21時26分。
食事を終え、美奈とテレビをギリギリまで観た後に慧がかけた電話の相手──────香椎結佳の第一声がソレだった。
「答えを言う前に一つ聞かせてくれ……お前の知ってる事件では誰かが泣いてるのか?」
「………ふっ」
「何笑ってるんだ?」
「涙が枯れるまで泣いて……それでもなお、泣き続けている子を私は知ってるわよ」
「え?」
「返事はしたわ……今度はそっちの番よ?」
「あ……あぁ、分かった。俺もダストを倒しに向かう」
「そう。じゃあ、最寄駅を教えて……そこまで迎えに行くわ」
『迎えに行く』という単語が少し気になったが、慧は最寄駅を結佳に教えると電話を切った。
────────────涙が枯れるまで泣いて……それでもなお、泣き続けている子を私は知ってるわよ。
頭の中を支配するのは結佳が言っていたその言葉。
その言葉を考えていると唐突に一つの疑問が頭の中に生じた。
「アイツはなんで、今回現れたダストを知ってるんだ?」
かつて、彼女の前に現れたのならばその時に倒しているだろう。
一人では難しかったならば慧に連絡があったはずだ。
そのための同盟なのだから。
かすかな謎を胸に抱えたまま慧は出かける準備をし始めた。
すでに太陽も隠れてしまい、激しい寒さに耐えつつ自転車を駅の近くに止めた慧は最寄駅で結佳の姿を捜していた。
「最寄駅に迎えに行くとか言ってたら……じゃあ、車か?」
「正解」
独り言に返事があったため、そちらの方に向くと白いコートに身を包んだ結佳が立っていた。
側にはタクシー。
「乗って」
言われるがままに慧がタクシーに乗ると、あらかじめ行き先を知らされていたらしく、タクシーは走行を始めた。
「………あのさ、今さらだけど、どうしてこの時間なんだ?」
走行中、静かな空間が気まずくなり隣に座っている結佳にそう聞いたが、結佳は軽く慧の方を見ただけで何も言わない。
慧の携帯がメールを受信したのは慧が視線を前に戻してからすぐだった。
気まずい空気を少しでも無視したかった慧はすぐにメールを確認したがその表情は一瞬強張る。
メールの送信者の名前は香椎結佳─────────今、隣にいる少女の名前だったからだ。
『携帯をサイレントマナーにしなさい。』
書いてある文面はそれだけ。
隣を見ると結佳はいつのまにか携帯を片手に持ちながら慧の方を見た。
理由も分からず、慧は携帯を操作してサイレントマナーに設定する。
すると、同時にまた、メールが来た。
相手は確認するまでもなく香椎結佳。
『昨夜、六人の恋人が襲われた事件を知ってる?』
『知ってるが……それがどうした? てか、どうしてメールなんだ?』
ほんの数時間前に夕食を食べながら観ていたニュースの内容を思い出しながら慧はメールを送る。
ついでに、隣の様子も見てみたが結佳は慧の視線を無視してメールを打っていた。
すぐに、そのメールは慧に送られてきた。
『犯人はダストよ。』
そのメールを見た瞬間、慧はまた結佳の方に振り向いた。
今度は結佳も慧の方を見ており二人の視線は交差する。
結佳の瞳は慧を見続けている。
まるで、返事を待つかのように。
『どうして、お前が知ってるんだ?』
『襲われた中の一人が私の友達だからよ。』
手が震える。
昨日の事件で襲われた七人のうち四人は死んだ。
じゃあ、結佳の友達も──────。
『言っておくけど、彼女は生きているわよ。』
『……ホッとした。』
『ダストの……というよりも、ダストの所有者の願いはおそらく、男女が共にいること……極端な言い方をすれば恋人を傷つけることだと思うわ。』
『……怖いつか哀れだな……証拠はあるのか?』
『三組目のカップルと殺された二組のカップルの違いがあるのよ。
それは三組目のカップルのみ途中で誰かが助けてくれたこと。
ダストならば二人が三人になったとしても変わらないはずなのに助けが入った瞬間、ダストは襲うのを 止めてすぐにいなくなったらしい。』
『……おい、それってまさか……?』
『今日はデートのお誘いを受けてくれてありがとうね♡ 一日限りの恋人さん。』
わざとらしくつけられたハートマークに背筋が凍る予感をしながら、慧はメールを打っていく。
『こんな夜にしたのは何故だ?』
『そうしないと、ほかの恋人たちがたくさんいるかもしれないでしょ? 例え、恋人じゃなくても男女の二人ならば襲われるのよ……例えば、親子でもね。
だから、こんな時間になったのよ。
襲われるのを私たちにするために……そして、巻き込まれる人が出ないように』
慧はメールを送ろうとしてやめた。
おそらく、今日も襲われた恋人や親子はいるだろう。
だったら、学校が終わったらすぐにでも行けばいいと思った。
だが、結佳のいうことも理解できた。
襲う相手が多ければ多いほど自分たちが襲われる可能性は少なくなる。
そして、昼ならばまだ、周りに人がいるため『男女の二人』という条件に当てはまる人たちが現れる可能性は少なくなる。
同時に、襲われたとしても助けが入る可能性も大きくなる。
だから、香椎結佳はこんな時間にした。
人が少なくなる時間に『男女の二人』を用意してダストをおびき寄せるため。
「着きましたよ~」
運転手の言葉を聞いて慧は辺りを見渡すとそこは普通の町だった。
だが、慧はそこを知っている。
昨日、七人もの人たちがダストに襲われた場所だ。
慧は車を降りるとすぐにダストの姿を捜した。
だが、姿どころか影すらも見つからない。
結佳の方を見ると、すでに結佳は運転手に金を支払っていた。
運転手が礼を言うとタクシーはすぐに走り出していく。
「金を半分払う」
「あら? 数時間前に紅茶を奢ってもらったんだし別にいいわよ」
「桁が違うだろ」
「だったら、生きて帰ったら食事でも奢ってよ」
その態度に払わせる気がないと悟った慧は渋々結佳の言葉に頷いた。
それから、十五分が経過してもダストは現れなかった。
二人はコンビニで買ったおでんを食べながら周囲に警戒を続けている。
「なぁ、あまり言いたくはないが本当に現れる──────って、熱っ!?」
喋っている途中に何か熱いものが口に当てられたため慧は叫びながらソレを口に入れる。
熱いものの正体は大根だった。
「どう、おいしい?」
「熱いのと突然なのとで味が分からなかった……。てか、何をする?」
「今の私たちは一応恋人同士なんだからそれっぽいことぐらいした方がいいと思わない?」
「思わない」
「じゃあ、思って」
そう言いながら結佳は今度は煮卵を箸でつかんで慧に向けてくる。
慧は頑なに口を開けない。
「ダストを倒したくないの?」
「ちっ」
仕方なく、慧は口を開けた。
大根の時とは違いほどより熱さの卵の味が口の中に広がっていく。
「幸セノ時間ノ終ワリダ」
どこか、人間とは違う機械のような声が聞こえてきたのはそんな時だった。
慌てて声のしたほうに振り向くと───────そこにはダストがいた。
右肩には青くSの文字、左肩には赤くNの文字が付いており、顔はU字になっている。
「今度ハ滅ビノ時間ヲ受ケ入レロ」
「……やっと、現れたわね」
一瞬、その低く殺意の込められた言葉を誰が発したのか理解できなかった慧は結佳の方を見た。
香椎結佳は慧の視線を無視して鋭くダストの方を見ている。
「幸セノ時間ハ終ワリダ……サァ、滅ビノ時間ヲ受ケイレロ」
「受け入れるのは………お前だ!!」
叫ぶと、結佳の左目は赤く染まって、その姿が慧の視界から消える。
「どうしたんだ……?」
戦いは起きた。
だが、結佳の突然の変化の理由が分からない慧はただ呆然としていた。
相変わらずですがサブタイトルは適当です。
今回は戦いが起こるまでの話でした。
いくら、日常を守るために異常に関わると決めたといってもやはり、悩んでしまうものなんですよね~。
因みに、冒頭の慧が見た夢は今後に関わる………かもしれません。
感想や意見などもお待ちしています。
次回は戦闘回です。