第9話 能力の代償
「決まってるだろ? お前を……救いに来たんだ」
昼休みの時には喧嘩に乱入し、今も放課後に突然乱入してきた男は自分に向かってそう言ってきた。
その事実を認識した瞬間、先程まで怒りの矛先だったカンガルーもどきの化け物の存在を忘れながら───────黒鉄将輝は笑い出した。
右手を額に当てながら黒鉄将輝は笑い続ける。
そして、笑い声がやむと──────
「ふざけるな」
──────地の底から聞こえてきたのではないかと錯覚するほど低い声が発せられた。
その、緑色の右目も銀色の左目も目の前にいる存在─────影野慧にくぎ付けになっている。
もはや、カンガルーもどきの化け物への怒りはなくなっていた。
その代り、その時以上の怒りが慧に向かっていく。
「俺を救いにきただと……? ハッ! お笑い草だ! やっぱりてめえ……ここで死ね」
言うと同時に、将輝は走り慧に向けて拳を放つ。
慧は即座にその場を離れると地面を転がりながらも将輝の拳をかわした。
「嘘じゃない! 俺はお前を救いに来たんだ……お前はまだ救われるんだよ!」
「いい加減にしろ!!」
慧の言葉に将輝は吠えた。
慧の言葉が信用できないからではない。
むしろ、信じてしまいそうである。
能力者は能力を解放する際に左目の色が変わる。
将輝の場合は緑から銀に、結佳の場合は茶色から赤に、そして、慧の場合は赤から青に。
だからこそ、戦闘中である結佳も将輝も左目の色は変わっている。
能力を解放しているから。
だが、慧の両目は赤色。
それはつまり、能力を解放していないことを示す。
もちろん、自分をだますためにあえて使っていないのではないのかとも将輝は考えていた。
だが、その考えは一瞬で捨てた。
能力を解放するということは決してそれぞれの持つ特殊な能力を使うということだけではない。
能力を使うことによって個人の身体能力は飛躍的に上がる。
そして、その身体能力は自然と攻撃力や防御力、跳躍力や走力となり最終的に戦闘力となる。
つまり、能力を持つものと持たないもの─────この差は大きいのだ。
だからこそ、将輝は慧を信じてしまいそうになる。
能力を持たないものは能力を持つものに勝つことはできない────否、戦いにすらならないことを知っているはずだから。
だからこそ、黒鉄将輝は攻める。
影野慧に能力を使わせるために。
自分と戦わせるために。
これ以上、影野慧を信じないために。
「戦え!! お前も能力者だろ? 能力を解放しろよ!」
「何度も言わせるなっ。俺は戦う気なんてないんだ………俺はお前を──────」
「だまれえええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
聞きたくなんてなかった。
何故なら、自分はもう救われないから。
『救う』なんて言葉に幻想を抱き、絶望するのは嫌だった。
だから、この力を使ってねじ伏せるしかない。
それこそが、この能力を得た意味。
将輝の攻撃をなんとかかわし続けていた慧だが、能力によって強化されている将輝の身体能力によりすぐに押され始め右こぶしがわずかにかすった。
強化された拳はかすっただけでも生身にダメージを与え慧は地面に転がる。
「終わりだあああああああああああああああああああ!!」
「くそっ」
倒れた慧に将輝は止めの一撃を喰らわせようとした。
慧は心の底からムカついた風に舌打ちを一回するとすぐにボールペンを胸ポケットから取り出す。
慧の左目が青く染まると同時に、ボールペンを青い光が纏いその姿を剣に変える。
金属と金属がぶつかり合う音が響くと将輝は笑みを浮かべた。
「やっと、戦う気になったか……? さぁ、始めようぜ……死闘を」
「………話してもダメなら仕方がないな」
心の底から残念そうに慧はそうつぶやいた。
そして、持っていた剣を捨てる。
「おいっ!? どういうつもりだ?」
「何度も言わせるなよ……俺は戦う気も死闘を繰り広げる気もない……だから」
慧の捨てた剣は元のボールペンになって地面を転がる。
将輝を無視して、慧はボクシング部の先輩たちが倒れている方向に向かうと、そばに転がっているボクシンググローブを一組手にし両手に装着した。
瞬間、ボクシンググローブを青い光が纏いそれらはグローブへと姿を変える。
グローブというよりは手袋と言った方が正しいソレは慧の手を纏いながらも異様な存在感を放っている。
「口での会話がダメなら拳で会話をしようぜ……なぁ、元ボクシング部」
右手を将輝に向けながら慧は強くそう言い放つ。
戦うためではなく、救うために拳を振る決意をしながら。
香椎結佳はわずかに冷や汗を垂らしながら目の前の存在を見る。
カンガルーに似ているが、全身から禍々しい殺気を放っている。
自分たちが『ダスト』と呼んでいる存在。
黙ってお互いを見つめあっていた香椎結佳とカンガルー・ダストの姿は一瞬で消える。
片方は能力を使って超高速の移動、片方は自慢の脚力で目に見えないスピードで跳ぶことにより。
一人と一体がすれ違う寸前、カンガルー・ダストは右手で結佳に殴りかかってきた。
結佳はそれを左手で防ぎながらカンガルー・ダストの背後に移動─────しようとしていた。
「ッ!?」
だが、途端に左腕に走った激痛に結佳は顔をゆがませるとすぐにその場を離れてカンガルー・ダストと距離をとる。
「しくったわね……」
自分の左腕をさすりながら結佳は心底悔しそうにそうつぶやく。
先程までの戦いで黒鉄将輝の一撃を受けた左腕にはまだ、鈍い痛みを感じる。
幸い、骨折などはしていなさそうだが、この痛みはまだ続きそうだ。
そして、痛みは結佳の動きを一瞬遅らせ致命傷へと繋げる。
気づいたら、カンガルー・ダストは目の前にいた。
一瞬、視線を左腕に移していただけ。
その一瞬で、化け物は動いていた。
逃げる?
無理だ……相手はすでに攻撃する体制に入っている。
ならば……。
一瞬で、思考を走らせると、結佳は高速で動き目の前にいるカンガルー・ダストに突っ込みその腹に右足で蹴りを叩き込む。
「グッ!?」
カンガルー・ダストのうめき声が聞こえると、結佳は左足で地面を思いっきり蹴って更に右足をカンガルー・ダストの腹に埋め込ませる。
すぐに、衝撃でカンガルー・ダストの体は吹き飛んだ。
同時に、結佳も走り出す。
カンガルー・ダストの体が地面に落ちる前に、一度、放り投げていた自身のバッグのもとに行った後、カンガルー・ダストの体が地面に落ちると同時にその首にバッグから取り出したナイフを突きつけた。
「悪いわね……私はあなたと違って跳んでいるわけじゃない……これで終わりよ」
黒鉄将輝との戦いでは結局、使わなかったナイフを突きつけながら結佳は言う。
正直、もう体が限界だった。
ただでさえ、能力を使っている負担があるうえに、黒鉄将輝の一撃の痛みが体を蝕んでいる。
能力は精神力を消耗し疲労となって肉体に影響を与える。
ダメージを負っている肉体に来る疲労は通常よりも強く感じている。
だからこそ、もう終わらせる。
「さようなら」
最後にそう言うと、結佳はナイフを振り下ろした。
ナイフがカンガルー・ダストの腹の部分に刺さると、カンガルー・ダストは絶叫した。
叫びながら結佳に殴りかかる。
能力を使って高速で逃げようとする結佳だったが、同時に左腕から痛みを感じ一瞬反応を鈍らせる。
迫りくるボクシンググローブに結佳は思わず両手でガードしていた。
「きっ!?」
ダストの人間離れした破壊力を持つパンチを両腕で防いだことにより左腕から感じる激痛が強くなった結佳は思わず叫びそうになった。
だが、ソレを我慢すると吹き飛ばされて地面に倒れる。
「はぁ……はぁ……」
すぐに立ち上がるもその体はふらついている。
左腕を走る激痛が強くなるのを感じると同時に、能力の負担が強くなっているのも感じた。
全身にかかっている疲労と痛みを無視すると、結佳はカンガルー・ダストを見る。
カンガルー・ダストは亡霊のようにふらふらしながら、結佳の方に近づいてきている。
ナイフの刺さっている腹部から白い光を漏らしながら。
「許サン……主ノ願イハ黒鉄将輝ヲ抹殺スルコト……ダガ、ソノ前ニ貴様を抹殺スルコトニシタゾオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「……まだ、私を抹殺しようと考えていなかっただなんて驚きね」
吠えるカンガルー・ダストにそう言うと、結佳は軽く視線を黒鉄将輝によって倒された男たちに向ける。
すでに意識を失っているため自分たちの目の前で『日常』からかけ離れた戦いが行われていることにすら気づいていない者たち。
結佳はその中の一人がダストの所有者だと確信した。
「願いは『黒鉄将輝を抹殺すること』だなんて……アナタも随分と物騒な願いを叶えようとするものね。まぁ、いいわ───────────でも、これだけは最後に言っておくけど」
結佳が喋っている間にカンガルー・ダストは跳んだ。
通常のカンガルーを遥かに超えた跳躍力。
その跳躍力は離れていた結佳との間合いを一瞬で詰める──────ことはなかった。
「───────私は死ぬわけには行かないのよ。やらなきゃいけないことがあるから……叶えたい願いがあるから」
何故なら、すでに結佳はカンガルー・ダストの目の前にいたから。
跳びながら攻撃する体制をとっていたカンガルー・ダストよりも早く結佳はその腹に蹴りを叩き込む。
正確に……カンガルー・ダストの腹に刺さっているナイフに向けて。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「うるさいわよ! 生徒や先生が来たらどうするの?」
致命傷に更なるダメージを受けたカンガルー・ダストの体は叫びとともに白い光に包まれていく。
光が収まるとカンガルー・ダストの体は黒い石となりナイフとともに地面に落ちると同時に石は砕けた。
ダストの最後を見届けると結佳は速やかにナイフと石を回収した。
回収した石をナイフと一緒にバッグにしまうと結佳は能力の使用をやめてその場に座り込んだ。
能力の使用による疲労と黒鉄将輝、カンガルー・ダストから負ったダメージが予想以上に大きかったのだ。
軽く深呼吸をして体調を安定させると結佳は慧と将輝が戦っている方向を向いた。
慧の能力は『手で触れているものを武器にする』というもののため自分よりも『体を鋼鉄のように固くする』能力を持つ黒鉄将輝との相性は良い。
慧の能力がどこまで凡庸性に優れているのかは定かではないが、剣や槍と言った風な殺傷力のある武器以外の武器も使えるはずなのだ。
リーチがあり、殺傷力のない……もしくは低い武器を使えば素手で戦っていた結佳よりもはるかに優勢に戦える……はずなのだ。
そう………はずなのである。
「なのに……あの人は何をしているの……!?」
はずだからこそ、結佳は今の状況が信じられなかった。
その茶色の瞳にはお互いになぐり合う二人の男が映っている。
二人の瞳がオッド・アイになっていることから二人が能力を使っているのが分かる。
そして、慧の両腕に装着されているグローブこそが慧が自身の能力で生み出した『武器』なんだということもすぐに察した。
だからこそ、結佳は思わず呆れた。
能力によって鋼鉄の『肉体』を手に入れた黒鉄将輝に鋼鉄の『拳』だけを手に入れても意味が無いからだ。
「あなた……本当に何を考えてるの……?」
殺さない方法ならほかにもある。
もっと、安全な方法が……。
なのに、あえて危険な方法を選んだ慧の考えが結佳には理解できなかった。
「アンタ……何考えてんだよ」
全身から汗を拭きだしながら黒鉄将輝は聞いた。
目の前で自分以上の汗を流しすでに倒れそうになっている先輩──────影野慧に向けて。
「何度……言わせんだよ……俺は……お前を…救いにきたんだ……よ」
呼吸が続かず、途切れ途切れに慧はそう言った。
体をふらつかせながら─────そのたびに、足で体を支えながら。
「いい加減にしろよ! 分かってるだろ? 拳同士の戦いじゃあアンタは俺には勝てねえよ。能力も……経験も圧倒的に俺に有利すぎるんだよ!! なぁ、どうして剣を握らない? 答えろよ……武器使い!!」
慧の言葉を聞くなり将輝は激怒した。
すでに、慧と将輝はお互いに何度も殴りあった。
お互いに本気で。
だからこそ……慧は将輝には勝てない。
能力で体を鋼鉄化している将輝と武器であるグローブを装着することによって拳を強化している慧。
二人の攻撃力に大きな差はない。
だが、防御力には大きな差がある。
将輝はその能力の特性上体を鋼鉄のように固くすることができるから防御力も得ることができる。
だが、慧の能力は武器を生み出すこと────将輝と違い攻撃力を得ることができても防御力を得ることはできなかった。
そして、黒鉄将輝は元とはいえ、最近まではボクシング部だった。
今まで何度も拳で敵を倒すために厳しい練習をしてきた将輝と慧では……圧倒的に経験値が違う。
慧自身、ソレを分かっていた。
黒鉄将輝の能力が肉体の鋼鉄化だということも元ボクシング部だということも知っている。
自分の拳では勝てないことも。
だけど、剣を……ほかの武器を使うことなんてできなかった。
何故なら、自分は戦いたいのではないのだから。
伝えないといけないのだ……真実を。
「何も言う気がないんだったら……とっとと、死ねええええええええええええええええ!!!」
いつまでたっても、何も言わない慧に業を煮やした将輝は突っ込んだ。
慧も黙って応戦する。
二人はほぼ同時に右手を構えるとお互いの胸を殴った。
「ぐふっ」
「がはっ……」
衝撃でお互いに離れると、二人はすぐに体制を立て直して再び殴りあう。
殴りながら……殴られながら将輝は考えた。
どうして……こいつは倒れない?
どう考えてもすでに慧は倒れているはずなのだ。
先輩たちですら一撃で倒れた。
なのに……目の前の男は何度殴って倒れない。
「……俺とお前は似てる」
将輝の一撃を喰らい後ろに下がった慧は唐突にそう言い放った。
将輝には慧が何を言っているのか理解できなかった。
「大事な人が離れていく……大切だった場所を失っていく……その気持ちは俺にもよくわかる」
「良く分かるだぁ? アンタ……本当にいい加減にしろよ! 友人が離れていく気持ちが……部活を辞めないと行けなかった気持ちが……アンタなんかに分かるかよ!!」
今度こそ……本当に、将輝は我慢の限界だった。
自分の気持ちが分かる?
自分とアンタが似ている?
ふざけるな……そう思った。
こんなやつなんかに……こんな、自分を救うだなんて嘘を吐いてるやつなんかに自分の気持ちなんて分からない。
こんなやつなんかに────────。
文句を言いたい。
だけど、何を言えばいいのかすらもう分からなかった。
とにかく……目の前の奴を倒したかった。
だから、将輝は慧を殴る。
殴られた衝撃で慧との間合いが開くとすぐにその間合いを縮めながら何度も殴る。
早く……目の前の奴を倒したかった。
これ以上、口を開かせたくなかった。
これ以上、聞いたら……自分は救われるんじゃないかと思ってしまいそうだから。
だから、止めの一撃を慧に────────
「─────なぁ、お前はどうしたいんだ?」
───────喰らわせることはできなかった。
その言葉に拳は止まった。
殴りたいのに……聞きたくないのに、拳が動いてくれなかった。
「未知の能力を手に入れ……同時にお前は何かを失った。だけど……すべてじゃないけど、失ったものを取り戻すことができるんだよ! いいのか? 取り戻したくないないのか? 友を……坂井直人との友情を!!」
その言葉に将輝の心が揺れた。
取り戻せる……直人との友情を。
目の前の奴を信じれば……取り戻せる。
だけど……信じることはできない。
だって、直人は自分の能力を──────自分という存在を恐れた。
もう……取り戻せるはずなんてなかった。
爪が食い込むほど拳を強く握り締めると将輝は慧を殴った。
慧の体は吹き飛ばされて地面に叩き落される。
「俺は信じない……俺はこの能力を得る代償にアイツとの友情を失ったんだ……当たり前だよな? こんな化け物……怖いに決まってるよな? あぁ、そうだよ……所詮俺たちに居場所なんてないんだ……そうだろ? アンタも俺と同じなら……居場所を失ったんなら分かるだろ?」
慧は口元から血を流しながら黙って立ち上がる。
何も言わない。
ただ、無言で……将輝を殴った。
「がぁ!」
「……お前……いい加減にしろよ!」
叫ぶなり慧は更に将輝に殴りかかった。
すぐに体制を立て直した将輝は何とか慧の攻撃を防ぐが慧は反撃する隙を与えることなく殴り続ける。
「俺を信じられなくて当たり前だ……でもさ、なんで坂井直人を信じない? 本当にお前が怖くてお前から逃げたと思ってんのかよ……一つ教えてやる! アイツはお前を憎んでなんかいない……助けてくれて嬉しかった……そう、アイツは言っていた。だからこそ……嬉しかったから、アイツはお前から離れたないと行けなかったんだよ!!」
その言葉に将輝は唖然とした。
今、慧が何を叫んでいる言葉の意味が分からなかった。
「アイツはな……坂井直人は……お前を……黒鉄将輝を救いたかったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、将輝は遂に防御することすら忘れた。
慧の拳が顔に当たり、将輝の体は勢いよく吹き飛んだ。
大分間を開けてしまいましたが、やっと投稿することができました。
相変わらずサブタイトルは適当です……というか、小説を書くのに一段落し投稿するに至ると毎回サブタイトルに悩まされていますw
次回で黒鉄将輝と坂井直人を中心とする話に終止符が打たれます。
意見や感想があれば送って下さると嬉しいです。