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猫と二人

 洗濯機、コンロ、料理、浴室乾燥機、入浴、掃除機、とりあえず覚えるべきことが大量にあった。斎木さんは、あまりにも俺が知らなすぎることには文句ひとつ言わず、丁寧に教えてくれた。洗濯機を使えば、洗濯がすぐに終わること。コンロはマッチを使わずとも、火が出ること。世の中には色々な料理があること。浴室乾燥機を使うと、雨の日でも洗濯物が乾くこと。毎日お風呂に入って、温まること。毎日雑巾がけはせず、掃除機を使うこと。

 一か月の間、何も言わずに住まわせてくれ、何か返さねば、と思いできる限り掃除と洗濯と料理をした。最初のころは味付けが薄すぎたけれど、ここ最近はいい感じだ。


「おかえりなさい」

「ただいま。めっちゃいい匂い」

「チキン南蛮を作ってみました」


 明け方、夜と朝の境目くらいに斎木さんは帰ってくる。あのギラギラしていたお店は「ホストクラブ」と言って、斎木さんは「ホスト」として働いているらしい。前はすぐソファで眠ってしまったから、いまいち仕事の内容は理解していないけれど。

 ダイヤがにゃあにゃあと鳴きながら俺の足元にすり寄ってくるのを、上手く避けながら料理を食卓に運ぶ。村にいたときは、太陽と共に眠ることが大切だったから、早く寝て、早く起きていた。今では斎木さんと一緒に明け方、夜ご飯を食べて、お風呂に交互に入って、朝のニュースを見ながらベッドに入る。


「お、めっちゃ美味しそう。あの料理本?」

「はい。鶏肉の調理は初めてだったんですけど、写真の通りになりました」

「センスあるな。なあ? ダイヤ」


 斎木さんがそうダイヤに問いかければ、にゃあ、とダイヤが鳴く。ダイヤの朝ご飯も準備して、置いてあげると美味しそうに食べ始めた。


「じゃあ、いただきます」

「はい。いただきます」


 綺麗な顔で、美味しそうに食べてくれる斎木さんを見て安心して、俺もチキン南蛮を口に運んだ。美味しい。鶏肉の油も、皮のパリパリ加減も、卵で作ったソースも美味しい。白米と口の中で混ぜれば、より美味しい。この口の中で混ぜる技は斎木さんが教えてくれた。

時計が六時を指し、それを見た斎木さんが朝の六時のニュースをつける。村にはテレビが無かったので、あまり馴染みがなかったが一か月経って、流石に慣れてきた。一息ついて、みそ汁に口をつけたとき、聞き馴染みのある音が耳に入った。


「警察が宗教団体清貧の会の捜査に踏み切ることを昨晩発表してから、一夜が明けました。警察によりますと、こちらの宗教団体では、多額の献金及び、出生届が提出されず教育を受ける機会が奪われている子供が大勢いるとし、捜査を昨晩から開始しています」

「これ、って」


 テレビでは、本部の映像として、俺が逃げてきた村の門が映されていた。清貧の会は、俺が信じるように、と言われ続けてきた、それだった。


「ここから逃げてきたんだ?」

「そう、ですね」

「テレビとベッド、風呂も、あと肉料理も初めてって言ってたもんな。あぁ、あと本もか」

「……でもまさか、こんなことに」


 テレビでは、街の人が俺たち村の人間のことを批判し、村に住んでいる子供を可哀想に、と言っていた。何を今更。俺が子供の時には誰も助けになんて、来なかったのに。助けに来たと思ったのに、置いて行ったのに。


「身分証も持ってなかったもんな」

「村には、あるはずです。十五の時に外の大人が来て、戸籍をつくらされたので」

「ふーん。なら今度再発行しに行こう。あったほうが楽だし」

「……なんも、聞いてこないんですか」


 街の人の声から、専門家の人の意見に、部屋の中に響く音が変わっている。あり得ない。可哀想。許されない。村の掟が、テレビに大きく映し出される。思わず目を背けて、少し冷めてきた味噌汁を一気に飲んだ。


「聞いたほうがいい?聞かれたくないかなって」

「……それは、まあ」

「でも、この際だし聞くか。……どんな生活してた? 」

「……テレビに映ってる通りです。村の本以外は読むことは許されず、もし持っていたら燃やされて、罰を受けます。料理も、こんな豪華じゃなくて、村の中で、欲望を持たず、村のために生きることが、美しく、正しい、と」

「ふーん。で、逃げてきて、俺に拾われたと」

「そう、ですね」

「どうして異常だって気づけた?」

「村から歩いて一時間くらいのところにお店があったんです。お菓子とか、本があって、同い年くらいの子供もいて確か、駄菓子屋って名前でした。たまたま脱走して、そこを知ったんです。それから、ひっそり通っていくうちに、どんどん、村が変だって気づいて、いつか、逃げなきゃって思ったんです」

「そっか。……ありがとな、話してくれて」


 ちょうど、テレビが次の話題に切り替わって、ご飯も食べ終わった。ダイヤがソファで丸くなっていて、部屋の中は朝日で明るくなってきた。

 食器を片付けて、ソファでくぅくぅと寝息を立てているダイヤに近づく。優しくなでると、もっと撫でてと言うようにすり寄ってくる。


「かわいい、」

「ダイヤ、マジで可愛いよな。癒しすぎる」

「ほんとに、可愛いです。猫とか犬を飼うのも、禁止だったので」

「こんなにかわいいのに?」

「ですよね。こんなに、かわいいのに」


 かわいいのに、の後に何か言葉を続けたいけど、この感情がいまいちわからない。ダイヤは本当にかわいくて、ずっと抱きしめて、撫でていたい。眠るのを邪魔できないから、抱きしめはしないでおくけれど。


「愛おしいよな、猫って。無防備だし、ちょっと抜けてるし」

「……ですね」


 愛おしい、という言葉を頭の中で反芻する。ずっと、抱きしめて、撫でて、また抱きしめたいこの感情を、多分、愛おしいって言うんだろう。


「俺たちも寝ようか」

「はい。お風呂、もう少しでできますよ」


 ダイヤはいつの間にか、あんなに丸まっていたのに、お腹を見せるようにしてくぅくぅ、寝ていた。村では、役に立たない、奉仕できない生き物であるペットは邪魔な存在と言われていたのに。こんなにも、可愛くて、斎木さんの言葉を借りるなら、愛おしいのに。


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